彼は瞼を閉じ、深呼吸する。
オレンジの夕焼けが、美しい横顔を照らしていた。
日が暮れる。今日が逝く。時間は戻らない。どんなにもがいても。
「さあ帰るか」
立ち上がった相良先輩の声はやけに澄んでいた。
俺は無意識に、遠ざかっていこうとする手を掴む。
「……なんでお前が泣いてんの」
怪訝そうな相良先輩の顔がにじんでぼやけた。
情けないことに、俺は泣いていた。
「嫌です。帰らない」
「駄々こねんなよ。子供か」
「そうです」
俺は子供だから、ほしいものを簡単に諦められない。
「先輩、剣道やりましょ。ムリのない程度に」
「だから、もういいって」
「ダメです。あんな勝負で勝手にケリつけちゃダメです。できる限り準備して、ちゃんとした大会で俺よりもっと強い人に負けるまで、ケリなんてつかない」
相良先輩は困ったお母さんのような顔で、座ったままの俺を見下ろす。
「それは俺が決めることだから」
「ダメですって。だって先輩、白い道着も防具もあんなに綺麗なまま保管してたんじゃないですか。全然剣道忘れられてないからだ」
先輩の道着はまったく黄ばんでいなかった。袴のひだもちゃんとしていた。
防具も、ちゃんと手入れされて、破れたところは大事に修理されていた。