「ほんとだよ。おかげで、また剣道やりたくなっちまったじゃん」
「えっ」
今、なんて。
顔を上げて相良先輩を見つめる。
剣道がやりたいって?
「じゃあ、あの、部活、来ますか」
ドキドキしてうまく話せない俺を、相良先輩はじとっと見た。
「俺の話聞いてた? 俺はお前らと同じように外周走ったり、筋トレしたりできねーの。やったら数日足が使い物になんなくなるの。そんなやつ、迷惑なだけじゃん」
「そんなことないです! アドバイスとかくれるだけでも」
「嫌だねそんなの。今さらどんな顔で指導者の真似しろっていうの」
バッサリ会話を切られて、黙るしかなくなる。
俺は練習に相良先輩がいてくれるだけで元気モリモリ・パワー百倍になるけど、相良先輩はそうじゃない。
自分だったら、元気に剣道しているやつを見るだけで悲しくなって、その場にいるのが苦しくなるだろう。
「でもさ、ありがとな小池」
「はい?」
「楽しかったわ。一瞬でも、もう一回竹刀握れて」
先輩は空を仰ぐ。
「一番大事なものを失って、全部どうでもよくなってた。っていうか、どうやって生きたらいいかわかんなかった」
ぎゅっと胸が締め付けられる。
この人は、いったい今までどれだけの痛みに耐えてきたんだろう。
「お前が現れて、過去の俺のことを知っている人間がいると思うと落ち着かなくて、武道場まで見に行った。あー、あのチビが大きくなったなあって。時の流れの速さに焦った」
「やっぱり、見に来ていたんですね」
部活に入ってすぐのとき、相良先輩が道場をのぞいていたような気がした。
「気づかれてたか」
自虐的に笑う相良先輩。
「お前と勝負して、ちゃんとケリがつけられたような気がするよ。三分なら足は動く。でも、以前の俺にはもう戻れない」
「先輩……」
「戻れないんだ。それがちゃんとわかってよかった。ちゃんと諦められる」