相良先輩は地獄の底から響くような声で、おじいさんを怒鳴りつける。
「先輩、大丈夫ですよう……俺、ほら無事ですし」
立ち上がり、両手を広げて見せると、おじいさんがまたふんと鼻を鳴らす。
「無事だってよ」
「そういう問題じゃねえだろ」
「いいです、もうやめましょ」
「お前が怒れよ!」
今にもおじいさんを殴りそうな相良先輩を止めると、彼はこっちを振り返ってにらんだ。
泣きだしそうな、くしゃりとゆがんだ顔に胸が跳ねる。
「こんなジジイ、勝手に撥ねられやいいんだよ。なんでお前が助けるんだよ」
「その言い方はないのでは……」
「うるせえバカ! いいか、怪我したら終わりなんだ‼」
俺は反論できなくなった。
相良先輩の目に宝石を溶かしたような涙が溜まっていたからだ。
俺の胸倉をつかんだ手の力が、徐々に弱くなる。
「先輩……」
「大きい怪我は一生残るんだ。若いから直るとか、周りは言うけど」
どくんと心臓が跳ね上がったのがわかった。そのまま止まってしまいそうになる。
息が苦しい。そのあとは聞きたくない。
しかし俺に拒絶する権利などなかった。
「俺みたいになるな」
ふわりと彼の金髪が顎をくすぐる。
彼は俺の胸に顔を押し付けて、黙った。
言葉の代わりに、苦しげな呼吸の音が聞こえる。
俺はなにも言えず、相良先輩を抱きしめた。
そうしないと、先輩がバラバラに崩れて、なくなってしまいそうだったから。