そして怜奈が席に着いた時、タイミングよく昼休みを告げる鐘が鳴り響いた。
途端に騒がしくなる教室。
その喧騒を鎮めるように、文化祭の話し合いの間ずっと隅に追いやられていた教師が、両手を広げた。

「じゃあ、お前ら。ここの問題、やっとけよ? 次当てるからな。はい、じゃあ終わり」
「はーーい」

先ほどの一体感は何だったんだ、と叫んでしまいそうになるくらい、四方八方から脱力した声が飛び交った。
僕はその喧騒に交わることはせず、机上に散らばったシャーペンを丁寧に拾い上げる。
そしてそれらをペンケースに入れ終わり、ルカの方を振り返ると、いつものようにその姿はなかった。柔軟剤の淡く、甘い香りが漂っていることだけが、ルカの存在を証明しているだけ。
昼休みに、ルカは必ずいなくなる。
もっと話したいのに。
その存在を側で感じていたいのに。
あわよくば、一緒にお弁当を囲んだり、なんてしてみたいのに。
引き止めようとする前に、何処かへいなくなってしまうのだ。
いつもどこへ行っているんだろう、と首を傾げた時、不意に視界が真っ暗になった。

「……え?」

急な出来事に対応できるほどの反射神経は持ち合わせておらず、誰もが想像していたような展開が繰り広げられる。
けれど、暗闇の中から小さく切り取られた教室が見える。
それに、温かい。

「だーれだ!?」

笑いを含んだその声に僕は呆れるように、はあ、と空気を押し出す。
そうだろうとは思っていたけれど。

「怜奈? なに?」
「ふふっ! 正解―!」

僕がそう答えると、上機嫌に笑う怜奈がいた。
そしてそのまま、僕の机に移動する。

「そういや思ったんだけどさ……。こうってば、最近ずっと楽しそうだよね」

少し伸びた、白い爪をいじりながら、僕の方に視線を向ける。怜奈の瞳はまっすぐで、僕はその言葉にドキッとした。
脳裏にルカの顔が思い浮かんで、思わず視線を逸らしてしまう。
けれど、目を逸らしたということは肯定したも同然だった。

「やっぱりかぁ。成瀬くん、だよね?」

ふにゃりと口角を緩ませ、何かを孕んだような視線が僕を射抜く。
その瞬間、全身が何かに襲われたように痒くなった。
頬に熱が集まって、僕は思わず「はあ?」と言い返す。
けれど、小さい頃から一緒に過ごしてきた怜奈には全て、お見通しだったようだ。きっとルカと話している僕の顔のだらしないところでも、見ていたんだろう。

「照れなくていいって〜」
「別に、照れてない!」

怜奈は一度こうなると、しばらく平常にはならない。僕の後ろを雛のように付き纏い、至る所で僕を笑いものにする。
そして僕が、机の脇からお弁当箱を取り出そうとした時だった。

「ねぇ」

トーンの落ちた、怜奈の声。
その切り替えの早さに、僕の手が止まる。ふと怜奈を見ると、先ほどまでの戯けた表情はもうなくなっていた。

「……なに?」

頭にハテナマークを描きながら、僕は返答をした。

「そういえば、成瀬くんって、昼休みどこに行ってるんだろうね。いつもいないからさ」

ルカに興味を示したことがない怜奈まで、そう思っているなんて。
僕は小さく頷きながら、そっとルカの席を見た。
綺麗に整頓されていて、この景色だけを切り取って見ると、最初から人なんていなかったようだ。ただ虚空が広がっている。

「僕も、気になってた」
「気になる?」

その時、怜奈の口角が、何かを企む人のように上がった。

「知ってるの?」

その表情を見た途端、探りを入れるほかに選択肢なんてなかった。食い気味に返す僕を見て、怜奈はふふっと誇らしそうに笑う。

「友達がね? 見たんだってー。成瀬くんのこと。ほら、成瀬くんってかっこいいから目立つじゃん」
「……どこ?」

鼻を高くして、得意そうに話す怜奈を一蹴して、僕は聞き返した。
僕がルカと一緒にいたいこともある。けれど、またルカを一人にしたくはなかった。もしも、どこかで泣いているのなら、手を差し伸べてあげたい。
僕は今、それが出来る距離にいる。
怜奈は、そんな僕を見ると、小さく笑った。
そして、「ちょいちょい」と僕を手招きして、耳打ちをする。

「音楽室だよ。友達が見た時は一人だったみたい。行って来な!」

小さな手でグーサインを作る怜奈。
何もかも、お見通しのようなその笑顔に、僕の頬に熱が集まる。
そして、どうして音楽室に? という疑問を抱く前に、僕はお弁当箱を片手に教室を飛び出していた。