「……いたっ」
感じた指先の痛みに、思わず声が溢れ出す。
左手の指先に目をやると、そこには鋭利に尖ったシャーペンが、指の腹に小さな丸を描いていた。
乾燥しているからか、余計に痛み出す。
まだ秋だと悠長に構えていたのに、気がつけば冬が纏おうとしていた。
窓の先には、色褪せた葉がチラリと覗く程度。
ほとんどの枝からは茶色が顔を覗かせて、ただ梢が並ぶ寂しい季節となった。
目の前の教卓には珍しく、制服を着た生徒が視界を遮っていた。
なんだろう。話し合いかな?
意識を若干、そちらに向けながら、僕はまたシャーペンを手のひらで転がしていると、その声はどんどん肥大化していく。
そして手のひらをパンと合わせる音に、僕の意識は教卓に向くこととなった。
「もうすぐ、文化祭になります! 今年は色々忙しかったから、準備が遅れています」
教卓を軽く叩きながら、ようやく鮮明になったその言葉。
その言葉を発していたのは、怜奈だった。
珍しくメガネなんてかけて、その脇には紙の束で溢れかえっていた。
ああ、そういえば、玲奈は学級委員長だっけ。
文化祭っていうのもあったな。
そんなことを頭の片隅で考えながら、クラスメイトの様子を探る。怜奈の高い声に反応して、机に堕ちていたクラスメイトも意識を取り戻す。
怜奈が教卓にいるという、その非日常的な光景に目を擦りながら。
けれど、怜奈の言葉を認識すると、教室は授業中とは思えない空気が流れていく。喧騒に包まれて、騒がしくて。
文化祭という、一大イベントに思いを寄せているようだった。
「だから、今すぐにでもクラスの出し物を決めたいんですけれど……。何かいい案とかありませんかー?」
怜奈のその声によって、喧騒はさらに肥大化していく。
「え! メイド喫茶やりたい! メイド服着たいー」
「そんなん誰得だよ。お化け屋敷やろうぜ!」
「それも被るだろ? 無難に演劇とか面白くていいんじゃね?」
口々に自由に夢を語っていく。
怜奈は、その言葉に
「待って待って、順番にね」
と笑って、白いチョークを右手に握った。クラスメイトの声と、黒板の音を何処かで感じながら、僕は一人耽っていた。
……文化祭。
小さくため息をつく。
僕にとっては、あまり面白い行事じゃなかった。クラスの出し物の準備は、もちろん楽しい。けれど、遅くまで残らないといけない。
それだと優や翔の世話が出来ない。勝手に帰って、少しだけ揉めた痛い過去がある。僕だってクラスメイトと夜の校舎なんてものを楽しみたかったのに。責められた時は、少しだけ自分の炎が萎んでいく感覚がした。
文化祭という響きは好きだ。でも、それだけ。
そう思ったけれど、僕はある事実に気がついた。
今年は、ルカがいる。
ルカと一緒に、文化祭というイベントを過ごすことが出来る。
クラスの出し物は、それはそれは熱が入る。
容姿端麗で、身長も問題なし。そんなルカが、もし演劇で王子役を務めたら、きっと学校中が盛り上がるだろう。
それに、僕も見てみたい。
過ごしてみたい。
隣じゃなくても、同じ空間に存在するルカと、同じ景色を眺めたい。
ルカはどう思っているんだろう。
あまり乗り気ではなさそう、と思わず苦笑する。
そして気がついた時には体はくるりと回転していた。
「ルカ」
「……ん」
やはりその綺麗な瞳が僕を捉えると、心臓が早くなって、上手く顔が見れない。僕を捉えるその瞳に、変な汗をかいてしまう。
それを誤魔化すように、僕は口早に唇を開いた。
「ルカは文化祭、何したい?」
もう十個ほどの箇条書きで埋め尽くされている黒板に視線を移した。
ルカはその言葉を耳にすると、困ったように眉を寄せる。
ルカは案外顔に、思っていることが出やすいらしい。まだ一週間ほどの付き合いなのに、何となくでも考えていることが分かってしまう。
きっと、どうでもいいとか思ってたんだろうな。
と僕は苦笑する。
これも最近知った、ルカのこと。
それが一つ一つ重なっていくごとに、僕は心が満たされたように、幸福感に包まれる。
愛おしい一面に、僕の毎日は輝いていた。
そして少し間を開けたのち、徐にルカが口を開く。
「俺、文化祭出たことないから、分かんねーや。何がしたいのかってのも、何をするのかってのも」
「……もう高二なのに?」
その言葉に、情けなくもポカンと口を開きながら、ルカに返答した。
文化祭は学校行事の中で、修学旅行と同レベルで人気な行事だ。この年になってまで、体験したことがないなんて、考えるにも及ばなかった。
思わず喉をついて出た言葉に、ルカが一つため息をつく。
「忙しかったんだよ」
「ああ、そっか」
けれど、その言葉に納得した。ルカは本当に知名度の高いアーティストだった。それはもう、学校に行く暇さえなかったのかもしれない。
「それは、残念だったね」
「……別に。羨ましいとか、思ったことない。楽しそうでもなかったし。学校に真面目に通ってんのも、ここくらいだし」
僕がそう呟くと、ルカは被せるようにその言葉を発した。その言葉は、取り繕ったものではなく、本心から出た言葉のようだった。
きっとルカは学校なんて、行かないといけないから行く、という義務のようなものなのだろう。
「学校、嫌いなの?」
まるでパンドラの箱を開けるような気分。
ルカの過去を聞くのは、少しだけ怖かった。
「……好きなやつ、いねぇだろ。同調圧力に負けて、他人を下に見ないとやっていけないやつしかいないんだから」
……ああ。
やっぱりパンドラの箱は開けるべきではないらしい。
ふいと横を向いたルカの横顔には、悲しさや怒りが纏っていた。そして青い空を反射する瞳は、少し潤んでいる。
学校という組織をよく思っていないことは、明らかだった。
もしかしたら、転校前の学校で何かあったのかもしれない。
怪我をしているところを更に殴るような、そんな感覚に陥る。
僕はすぐに悔恨の意に駆られた。
けれど、そんなルカをそのままにすることなんて出来なかった。ルカの中にある、そのイメージを僕が、払拭したい。
違うって言わせてみたい。
そして、文化祭は楽しいんだと。
そしていつか、笑うルカをこの目で見たい。
そんなルカの初めてを、僕も味わいたくなった。隣で、ルカが楽しむ様子を見てみたい、と。
「でも、文化祭って楽しいよ! きっとルカも、そう思ってくれると思う」
「んなことあるわけねぇって」
「あるよ。僕がそうさせて見せるからさ! 約束する」
「……あっ、そう」
僕がそう笑うと、ルカは視線を外して窓の外に目をやった。
けれど、その横顔は以前のように、硬くも、冷たくもない。ほんのりと色づき始めた果実のように、鋭利だった瞳は何処かへ消えている。
そして僕は再び教卓へ視線を戻した。
ここ数日間、僕が話しかけても、最低限の会話は交わしてくれるようになった。
僕の握り込んだ拳を不思議そうに一瞥して、僕の瞳を見つめてくれる。
ようやく、その瞳に映れたような気がする。
それは、僕がルカのファンだと公言したからなのか、ただ転校の緊張具合が落ち着いてきただけなのかは、分からない。
けれどルカの綺麗な声は、顔は、健在だった。
それに、意外と考えていることが表情に出やすい。
整った左右対称の眉はよく動き、随所へ散りばめられていく。それに、ぱっちりとした大きな瞳だって、感情に合わせてうつろっている。同じ瞳なんてなくて、日々鮮やかに形を変えている。その整った、綺麗な顔は飽きることなく、一際輝いていた。
けれど、まだあの笑顔は見れていない。
世界中の綺麗を詰め込んだような、涙が溢れてしまうほどの美しい笑顔。
いつだって不機嫌そうに頬杖をついて、窓の外を眺めている。
話しかけにきた生徒も次第に、その美貌を観察するだけに留まりつつあった。一向に心を開かないルカに嫌気が差したのか、日を重ねるごとに喋りかける人も減っている。
それでもまさに、孤高の一匹狼という言葉が似合う風貌だ。
クラスメイトの誰かと話している姿なんて、ほとんど見ない。
僕と、学級委員長である怜奈ぐらいだろう。
それなのに、告白はよくされているらしい。
朝の登下校から、お昼休み、そして放課後と。まるで漫画のような人気具合だ。
ルカの俳優顔負けの容姿に惹かれたんだろう。
ルカはいつも断っているらしいけれど、告白をする女子の列は絶えない。
正直、くだらないと思ってしまう。
容姿だけで、よくもまあ人を好きになれるもんだ。ルカのことなんて、対して知りもしないくせに。
けれど、意外と不器用なことや、声が綺麗なこと、そんなルカを知ってしまったら、ルカの人気は爆発的なものになるだろう。
僕だけが、知っているのに。
他の人には、知らないままでいて欲しいと思ってしまう。
それを太田から聞いた時は、心音が濁ったように聞こえずらくなった。
妙に体が重くなった。
その正体は、分からない。
けれど、ルカが僕の側から姿を消さないように、あわよくばその笑顔を見れたらいいな、なんて思っている。
そうしているうちに、文化祭の話し合いも終わりに差し掛かっていた。
黒板にはいくつかの選択肢が残されていて、けれど、どれも決定打に欠けているようだった。セータの袖から腕時計を覗いた怜奈は、右手に握っていたチョークをゆっくりと置く。
「時間なので、一旦切り上げます! じゃあ、また話し合うので、何やりたいか、考えといてくださいー! 早めにお願いっ!」
「はーい」
怜奈の張った声に、クラスメイトの声が幾重にも重なった。
僕もその声に反応した時、後方から小さな音が聞こえた。低いけれど、落ち着くような、安定感のある声。
ルカが「はい」と返事をしたらしかった。
それに気がついた途端、僕の口角が緩んでいくのが分かる。
案外、ルカは可愛らしい。
転校初日は、迷い込んだ狼のように牙を剥き出しにしていたのに。そんなルカが、あのクリスマスの日とはあまりにも違って、僕は正直動揺していたように思う。けれどそれは、ルカに深く残る傷跡を証明するものだから。
けれど、それでも隠しきれないルカの可愛さ、というものだろうか。そういうものが、時折見れるようになった。
こんな場面では、絶対に無視を貫きそうなのに。
「……ふっ」
思わず綻びそうになった顔を自制して、なんとか平生を保つ。僕の日々は、小さな狼に狂わされつつあった。
感じた指先の痛みに、思わず声が溢れ出す。
左手の指先に目をやると、そこには鋭利に尖ったシャーペンが、指の腹に小さな丸を描いていた。
乾燥しているからか、余計に痛み出す。
まだ秋だと悠長に構えていたのに、気がつけば冬が纏おうとしていた。
窓の先には、色褪せた葉がチラリと覗く程度。
ほとんどの枝からは茶色が顔を覗かせて、ただ梢が並ぶ寂しい季節となった。
目の前の教卓には珍しく、制服を着た生徒が視界を遮っていた。
なんだろう。話し合いかな?
意識を若干、そちらに向けながら、僕はまたシャーペンを手のひらで転がしていると、その声はどんどん肥大化していく。
そして手のひらをパンと合わせる音に、僕の意識は教卓に向くこととなった。
「もうすぐ、文化祭になります! 今年は色々忙しかったから、準備が遅れています」
教卓を軽く叩きながら、ようやく鮮明になったその言葉。
その言葉を発していたのは、怜奈だった。
珍しくメガネなんてかけて、その脇には紙の束で溢れかえっていた。
ああ、そういえば、玲奈は学級委員長だっけ。
文化祭っていうのもあったな。
そんなことを頭の片隅で考えながら、クラスメイトの様子を探る。怜奈の高い声に反応して、机に堕ちていたクラスメイトも意識を取り戻す。
怜奈が教卓にいるという、その非日常的な光景に目を擦りながら。
けれど、怜奈の言葉を認識すると、教室は授業中とは思えない空気が流れていく。喧騒に包まれて、騒がしくて。
文化祭という、一大イベントに思いを寄せているようだった。
「だから、今すぐにでもクラスの出し物を決めたいんですけれど……。何かいい案とかありませんかー?」
怜奈のその声によって、喧騒はさらに肥大化していく。
「え! メイド喫茶やりたい! メイド服着たいー」
「そんなん誰得だよ。お化け屋敷やろうぜ!」
「それも被るだろ? 無難に演劇とか面白くていいんじゃね?」
口々に自由に夢を語っていく。
怜奈は、その言葉に
「待って待って、順番にね」
と笑って、白いチョークを右手に握った。クラスメイトの声と、黒板の音を何処かで感じながら、僕は一人耽っていた。
……文化祭。
小さくため息をつく。
僕にとっては、あまり面白い行事じゃなかった。クラスの出し物の準備は、もちろん楽しい。けれど、遅くまで残らないといけない。
それだと優や翔の世話が出来ない。勝手に帰って、少しだけ揉めた痛い過去がある。僕だってクラスメイトと夜の校舎なんてものを楽しみたかったのに。責められた時は、少しだけ自分の炎が萎んでいく感覚がした。
文化祭という響きは好きだ。でも、それだけ。
そう思ったけれど、僕はある事実に気がついた。
今年は、ルカがいる。
ルカと一緒に、文化祭というイベントを過ごすことが出来る。
クラスの出し物は、それはそれは熱が入る。
容姿端麗で、身長も問題なし。そんなルカが、もし演劇で王子役を務めたら、きっと学校中が盛り上がるだろう。
それに、僕も見てみたい。
過ごしてみたい。
隣じゃなくても、同じ空間に存在するルカと、同じ景色を眺めたい。
ルカはどう思っているんだろう。
あまり乗り気ではなさそう、と思わず苦笑する。
そして気がついた時には体はくるりと回転していた。
「ルカ」
「……ん」
やはりその綺麗な瞳が僕を捉えると、心臓が早くなって、上手く顔が見れない。僕を捉えるその瞳に、変な汗をかいてしまう。
それを誤魔化すように、僕は口早に唇を開いた。
「ルカは文化祭、何したい?」
もう十個ほどの箇条書きで埋め尽くされている黒板に視線を移した。
ルカはその言葉を耳にすると、困ったように眉を寄せる。
ルカは案外顔に、思っていることが出やすいらしい。まだ一週間ほどの付き合いなのに、何となくでも考えていることが分かってしまう。
きっと、どうでもいいとか思ってたんだろうな。
と僕は苦笑する。
これも最近知った、ルカのこと。
それが一つ一つ重なっていくごとに、僕は心が満たされたように、幸福感に包まれる。
愛おしい一面に、僕の毎日は輝いていた。
そして少し間を開けたのち、徐にルカが口を開く。
「俺、文化祭出たことないから、分かんねーや。何がしたいのかってのも、何をするのかってのも」
「……もう高二なのに?」
その言葉に、情けなくもポカンと口を開きながら、ルカに返答した。
文化祭は学校行事の中で、修学旅行と同レベルで人気な行事だ。この年になってまで、体験したことがないなんて、考えるにも及ばなかった。
思わず喉をついて出た言葉に、ルカが一つため息をつく。
「忙しかったんだよ」
「ああ、そっか」
けれど、その言葉に納得した。ルカは本当に知名度の高いアーティストだった。それはもう、学校に行く暇さえなかったのかもしれない。
「それは、残念だったね」
「……別に。羨ましいとか、思ったことない。楽しそうでもなかったし。学校に真面目に通ってんのも、ここくらいだし」
僕がそう呟くと、ルカは被せるようにその言葉を発した。その言葉は、取り繕ったものではなく、本心から出た言葉のようだった。
きっとルカは学校なんて、行かないといけないから行く、という義務のようなものなのだろう。
「学校、嫌いなの?」
まるでパンドラの箱を開けるような気分。
ルカの過去を聞くのは、少しだけ怖かった。
「……好きなやつ、いねぇだろ。同調圧力に負けて、他人を下に見ないとやっていけないやつしかいないんだから」
……ああ。
やっぱりパンドラの箱は開けるべきではないらしい。
ふいと横を向いたルカの横顔には、悲しさや怒りが纏っていた。そして青い空を反射する瞳は、少し潤んでいる。
学校という組織をよく思っていないことは、明らかだった。
もしかしたら、転校前の学校で何かあったのかもしれない。
怪我をしているところを更に殴るような、そんな感覚に陥る。
僕はすぐに悔恨の意に駆られた。
けれど、そんなルカをそのままにすることなんて出来なかった。ルカの中にある、そのイメージを僕が、払拭したい。
違うって言わせてみたい。
そして、文化祭は楽しいんだと。
そしていつか、笑うルカをこの目で見たい。
そんなルカの初めてを、僕も味わいたくなった。隣で、ルカが楽しむ様子を見てみたい、と。
「でも、文化祭って楽しいよ! きっとルカも、そう思ってくれると思う」
「んなことあるわけねぇって」
「あるよ。僕がそうさせて見せるからさ! 約束する」
「……あっ、そう」
僕がそう笑うと、ルカは視線を外して窓の外に目をやった。
けれど、その横顔は以前のように、硬くも、冷たくもない。ほんのりと色づき始めた果実のように、鋭利だった瞳は何処かへ消えている。
そして僕は再び教卓へ視線を戻した。
ここ数日間、僕が話しかけても、最低限の会話は交わしてくれるようになった。
僕の握り込んだ拳を不思議そうに一瞥して、僕の瞳を見つめてくれる。
ようやく、その瞳に映れたような気がする。
それは、僕がルカのファンだと公言したからなのか、ただ転校の緊張具合が落ち着いてきただけなのかは、分からない。
けれどルカの綺麗な声は、顔は、健在だった。
それに、意外と考えていることが表情に出やすい。
整った左右対称の眉はよく動き、随所へ散りばめられていく。それに、ぱっちりとした大きな瞳だって、感情に合わせてうつろっている。同じ瞳なんてなくて、日々鮮やかに形を変えている。その整った、綺麗な顔は飽きることなく、一際輝いていた。
けれど、まだあの笑顔は見れていない。
世界中の綺麗を詰め込んだような、涙が溢れてしまうほどの美しい笑顔。
いつだって不機嫌そうに頬杖をついて、窓の外を眺めている。
話しかけにきた生徒も次第に、その美貌を観察するだけに留まりつつあった。一向に心を開かないルカに嫌気が差したのか、日を重ねるごとに喋りかける人も減っている。
それでもまさに、孤高の一匹狼という言葉が似合う風貌だ。
クラスメイトの誰かと話している姿なんて、ほとんど見ない。
僕と、学級委員長である怜奈ぐらいだろう。
それなのに、告白はよくされているらしい。
朝の登下校から、お昼休み、そして放課後と。まるで漫画のような人気具合だ。
ルカの俳優顔負けの容姿に惹かれたんだろう。
ルカはいつも断っているらしいけれど、告白をする女子の列は絶えない。
正直、くだらないと思ってしまう。
容姿だけで、よくもまあ人を好きになれるもんだ。ルカのことなんて、対して知りもしないくせに。
けれど、意外と不器用なことや、声が綺麗なこと、そんなルカを知ってしまったら、ルカの人気は爆発的なものになるだろう。
僕だけが、知っているのに。
他の人には、知らないままでいて欲しいと思ってしまう。
それを太田から聞いた時は、心音が濁ったように聞こえずらくなった。
妙に体が重くなった。
その正体は、分からない。
けれど、ルカが僕の側から姿を消さないように、あわよくばその笑顔を見れたらいいな、なんて思っている。
そうしているうちに、文化祭の話し合いも終わりに差し掛かっていた。
黒板にはいくつかの選択肢が残されていて、けれど、どれも決定打に欠けているようだった。セータの袖から腕時計を覗いた怜奈は、右手に握っていたチョークをゆっくりと置く。
「時間なので、一旦切り上げます! じゃあ、また話し合うので、何やりたいか、考えといてくださいー! 早めにお願いっ!」
「はーい」
怜奈の張った声に、クラスメイトの声が幾重にも重なった。
僕もその声に反応した時、後方から小さな音が聞こえた。低いけれど、落ち着くような、安定感のある声。
ルカが「はい」と返事をしたらしかった。
それに気がついた途端、僕の口角が緩んでいくのが分かる。
案外、ルカは可愛らしい。
転校初日は、迷い込んだ狼のように牙を剥き出しにしていたのに。そんなルカが、あのクリスマスの日とはあまりにも違って、僕は正直動揺していたように思う。けれどそれは、ルカに深く残る傷跡を証明するものだから。
けれど、それでも隠しきれないルカの可愛さ、というものだろうか。そういうものが、時折見れるようになった。
こんな場面では、絶対に無視を貫きそうなのに。
「……ふっ」
思わず綻びそうになった顔を自制して、なんとか平生を保つ。僕の日々は、小さな狼に狂わされつつあった。