ピピピピッ
頭痛を促進させるような、この神聖な冬の空気に似合わないアラームが鳴り響く。
まだほんのりと感じる頭痛に頭を抱えながら、僕は停止ボタンを押した。
昨日からずっと、布団の中に篭りっぱなしで、すっかり堕落した生活を送っている。
今日は、クリスマス。
本来なら、今日のために新調したコートを身に纏って、流夏とのデートに行く予定だった。そして、流夏に最後のお別れを告げる。
流夏を傷つけることも、自分自身が傷つくこともなく、全て円満に行くはずだった。
昨日までは。
あれから冷静になればなるほど、流夏の背中が脳裏に焼き付いて、離れない。
いつもより、何倍も小さな背中だったと思う。
『明けない夜はない。夜は必ず明ける』
そんな言葉があるけれど、今日だけは、ずっと明けないままでいて欲しかった。僕の気持ちの整理をつけるには、あまりにも短い時間だった。

「……今日、どうしよう」

黙っていたら、また涙が溢れそうになって、僕は無理矢理意識を逸らそうとする。けれど、その移った視線の先にいたのは、新調したコートだった。
流夏との約束は、夜六時に、駅前で。
三年前、僕と流夏が出会った、あのベンチが待ち合わせ場所だった。
流夏は来ないかもしれない。いや、きっと来ないだろう。
クリスマスという一年の中でも特別なイベントに、わざわざ僕なんかのために時間を裂くわけがない。
もし、僕がまだ体調不良であれば、なんとでも言い訳がついたのに。
皮肉なことに、流夏に看病された体は、もうすっかりいつもの調子へと戻っている。
僕は徐に、体から布団を剥がしとった。
透き通った、冷たい外気に肌が収縮する。
けれど、どこか心地良かった。
今日がクリスマスだからだろうか。流夏と出会ってから、クリスマスは記念日のようなものだった。クリスマスが近づくたびに、待ち遠しくて仕方がなかった。

「おはよう」
「おはよう! こう」
「おはよう! お兄ちゃん!」

すっかり腫れてしまった目を隠しながらリビングに入っていく。そこには、いつもと違う光景が広がっていた。
父さんに、母さん。
そして優と翔。
揃うことの少ない家族の笑顔が、そこにはあった。何やらプレゼントの包装紙を開けて、喜んでいる優と翔の笑顔が映る。
何にも染まっていない、その屈託なくて、純粋な笑顔に、僕は目頭が熱くなった。
そういえば、流夏もそうやって笑っていた。
転校してきた時はあんなに無愛想だったのに。まるで深く傷を負った少年のように、何かに怯えるように、体を震わせていたのに。すっかり、無邪気な笑顔で笑うようになった。
僕はリビングの椅子に座って、その様子を眺める。
やっぱり、行こう。
僕は決心する。
流夏が来なくても、僕は待っていよう。
もう一度謝って、そして、あの無邪気な笑顔が見たい。流夏との最後が、あの小さな背中なんて、嫌だ。

「こう? 今日出かけるんでしょ?」

そう決心した時、タイミングよく朝食を準備していた母さんの声が降りかかった。
……そうだった。
流夏と約束した日。嬉しさのあまり、母さんに話していたんだった。
僕は小さく頷いた。

「う、うん」
「いいわねぇ。クリスマスに出かけるなんて。青春ね〜」

そんな僕を見ると、母さんはいつにも増して声が高くなった。頬に手を当てて、羨ましそうに僕を見る。
母さんも、文化祭で流夏に会っている。
綺麗で、丹精な顔立ちをしている流夏は、僕の母さんまで射抜いたらしい。

「別に、そんなんじゃ……」

僕は恥ずかしさを紛らわすように、視線を逸らす。

「でも流夏くん、いい子だった。優しくて、綺麗な心を持ってるんだなって、伝えわってきた。もう、わたしの方が惚れちゃいそうだったよ。
だから何があっても、ちゃんと、真摯に向き合うことね」

そして母さんも、目の前で屈託のない笑顔を浮かべる優たちを見据えた。
先ほどまでの戯けた瞳とは打って変わった、真剣な表情だった。まるで何かに気が付いているように、淡々と述べた。
……そうだ。
ここで、逃げたら、僕は一生流夏に顔向け出来ない。

「うん。ちゃんと、向き合うよ」
「それでこそ、こうね」

クリスマスの日の朝。
透き通るような空気が纏って、空には水晶玉のように輝く青がどこまでも続いている日。そんな朝に、僕は決心をした。