そして文化祭は、盛大な花火と共に、その幕を閉じた。
二学期最後の行事が終わると、クリスマスや年末年始が刻一刻と近づいてくる。冬も深くなって、コートとマフラーが手放せない季節となった。
あの日から。
あのクリスマスの日から、三度目の冬がもう、すぐそこまで来ている。
流夏は相変わらず、心が読めなかった。
文化祭でのキスのことも、聞くことなんて出来なかった。それとなく雰囲気を作っても聞こうとしても、いつもはぐらかされる。
それでも、僕を見つめる瞳は優しかった。
何を考えているのか分からない。
流夏の好きな人は僕じゃないのに、思わせぶりな態度にどう接すればいいか、分からなくなっていた。
けれど、流夏を見る度に、悩んでいたことなんて、忘れ去ってしまう。
流夏は本当にずるくて、意地悪だった。
僕がドキドキすることを、平気でしてくるのだ。
寒くてポケットに手を入れていると、一緒に手を入れてきたり。
まるで好きな人を見るような優しい眼差しで、僕を見ることがよくあるような気もする。ただの僕の勘違いかもしれないけれど、その頻度は日に日に増していた。
その手を握り返したい。
何度そう思ったことかは、分からない。
けれど、過去の自分の痛みが襲ってきて、僕はただ顔を赤らめることしか出来ないんだ。
そして今日。
とうとう、二学期末のテストが終了した。
今年中に学校に行くのも、残り数日だと告げるチャイムが鳴り響く。
「はい。テスト終了です。鉛筆を置いてください」
担任のぶっきらぼうな声が響いて、その瞬間、クラスの中は喧騒に包まれる。嬉しそうに目を細めるクラスメイトや、疲れた体を癒すように伸びをするクラスメイト。
一人一人形は違えど、待っている幸せな日々に心が浮き立っているようだった。
……それはもちろん、僕も。
「テスト、出来た?」
僕は振り返った。
そこには悔しくなるほどに似合う、黒縁のメガネをつけている流夏がいる。テストに疲れたのか、机に突っ伏した流夏が。
僕は露わになった流夏の髪の毛を、気づかれないように撫でていく。
「んー。わかんねぇ」
「そっか。でも大丈夫だよ! もうクリスマスだし!」
流夏と違いテンションの高い僕は、これ以上ないスピードで矢継ぎ早に捲し立てる。
クリスマスは、僕にとって大好きな行事。
だって、三年前のクリスマスの日。そこで流夏と出会えたから。
「何かあんのか?」
その言葉にドキッとする。
流夏の記憶の中には、僕は僕のままで存在していないだろうけれど。『さくらさん』に置き換わっているんだろうけれど。
僕はずっと覚えている。あのクリスマスの日の、流夏を。
三年の時を経て、流夏にまた巡り会えて、好きになった。
そして、僕は決意をした。
きっとこのまま諦めるのを引き延ばしにしていたら、いつか流夏を傷つけしまう。だから、クリスマスの日に、綺麗さっぱり諦めることにした。
流夏と距離を置いて、なるべく目を合わせないようにして。
そして、嫌われて、僕は流夏を忘れる。
流夏には申し訳ないけれど、きっと流夏だっていつかは忘れていくだろう。こんなにも優しくて、意地悪で、ギャップの塊である流夏は、誰からでも好かれる。
きっと僕じゃなくても、流夏と一緒に過ごしてくれる人がいるはずだ。
これが、お互いが幸せになるために考え抜いた、僕の答えだった。
だから、最後くらい流夏と過ごしたい。
原点にして頂点。
そんな日であるクリスマスを最後に。忘れよう。
「ううん、特に、何もないんだけど……」
少しだけ、声が震えているのが分かる。
けれど、僕は決めたんだ。
「流夏、クリスマスに予定とかない?」
「俺?」
「うん」
急に話題を振られた流夏は、驚いたように目を見開いた。そして、少しの間、予定を思い返しているのか、視線が浮つく。
「多分、ないけど」
しばらく経ったのちに聞こえたその言葉に、僕の顔はパァッと明るくなった。
それなら、一緒に過ごせる。
「じゃあ、僕と一緒にどこか遊びに行かない? クリスマスの街とかって綺麗だから、ショッピングでも!」
イルミネーションがあちこちで煌めいて、人々の甲高い声が響き渡る街を思い返す。
そして、
「いいんじゃねぇの?」
「やったね!」
そう流夏が笑った。
机に突っ伏したまま、上目遣いで僕を見上げて。
その笑顔に、僕の心臓はドキドキと高鳴った。そして、どうしようもないほどに、流夏に触れたくなった。
一年前には絶対に考えられなかった、こんな展開。
流夏との出会いにしがみついて、街を練り歩いていた僕とは大違いだ。
今は、今年は、一人なんかじゃなくて、隣に流夏がいるから。
そして僕たちは、クリスマスに会うことを約束した。
スマホのスケジュールアプリに、『流夏とデート』の文字を書き入れる。
真っ白だったその画面に、黒い文字が浮き上がる。まるで、金色の文字で書いたかのように、その文字だけが輝いて見えた。
初めてのデートの約束だった。
二学期最後の行事が終わると、クリスマスや年末年始が刻一刻と近づいてくる。冬も深くなって、コートとマフラーが手放せない季節となった。
あの日から。
あのクリスマスの日から、三度目の冬がもう、すぐそこまで来ている。
流夏は相変わらず、心が読めなかった。
文化祭でのキスのことも、聞くことなんて出来なかった。それとなく雰囲気を作っても聞こうとしても、いつもはぐらかされる。
それでも、僕を見つめる瞳は優しかった。
何を考えているのか分からない。
流夏の好きな人は僕じゃないのに、思わせぶりな態度にどう接すればいいか、分からなくなっていた。
けれど、流夏を見る度に、悩んでいたことなんて、忘れ去ってしまう。
流夏は本当にずるくて、意地悪だった。
僕がドキドキすることを、平気でしてくるのだ。
寒くてポケットに手を入れていると、一緒に手を入れてきたり。
まるで好きな人を見るような優しい眼差しで、僕を見ることがよくあるような気もする。ただの僕の勘違いかもしれないけれど、その頻度は日に日に増していた。
その手を握り返したい。
何度そう思ったことかは、分からない。
けれど、過去の自分の痛みが襲ってきて、僕はただ顔を赤らめることしか出来ないんだ。
そして今日。
とうとう、二学期末のテストが終了した。
今年中に学校に行くのも、残り数日だと告げるチャイムが鳴り響く。
「はい。テスト終了です。鉛筆を置いてください」
担任のぶっきらぼうな声が響いて、その瞬間、クラスの中は喧騒に包まれる。嬉しそうに目を細めるクラスメイトや、疲れた体を癒すように伸びをするクラスメイト。
一人一人形は違えど、待っている幸せな日々に心が浮き立っているようだった。
……それはもちろん、僕も。
「テスト、出来た?」
僕は振り返った。
そこには悔しくなるほどに似合う、黒縁のメガネをつけている流夏がいる。テストに疲れたのか、机に突っ伏した流夏が。
僕は露わになった流夏の髪の毛を、気づかれないように撫でていく。
「んー。わかんねぇ」
「そっか。でも大丈夫だよ! もうクリスマスだし!」
流夏と違いテンションの高い僕は、これ以上ないスピードで矢継ぎ早に捲し立てる。
クリスマスは、僕にとって大好きな行事。
だって、三年前のクリスマスの日。そこで流夏と出会えたから。
「何かあんのか?」
その言葉にドキッとする。
流夏の記憶の中には、僕は僕のままで存在していないだろうけれど。『さくらさん』に置き換わっているんだろうけれど。
僕はずっと覚えている。あのクリスマスの日の、流夏を。
三年の時を経て、流夏にまた巡り会えて、好きになった。
そして、僕は決意をした。
きっとこのまま諦めるのを引き延ばしにしていたら、いつか流夏を傷つけしまう。だから、クリスマスの日に、綺麗さっぱり諦めることにした。
流夏と距離を置いて、なるべく目を合わせないようにして。
そして、嫌われて、僕は流夏を忘れる。
流夏には申し訳ないけれど、きっと流夏だっていつかは忘れていくだろう。こんなにも優しくて、意地悪で、ギャップの塊である流夏は、誰からでも好かれる。
きっと僕じゃなくても、流夏と一緒に過ごしてくれる人がいるはずだ。
これが、お互いが幸せになるために考え抜いた、僕の答えだった。
だから、最後くらい流夏と過ごしたい。
原点にして頂点。
そんな日であるクリスマスを最後に。忘れよう。
「ううん、特に、何もないんだけど……」
少しだけ、声が震えているのが分かる。
けれど、僕は決めたんだ。
「流夏、クリスマスに予定とかない?」
「俺?」
「うん」
急に話題を振られた流夏は、驚いたように目を見開いた。そして、少しの間、予定を思い返しているのか、視線が浮つく。
「多分、ないけど」
しばらく経ったのちに聞こえたその言葉に、僕の顔はパァッと明るくなった。
それなら、一緒に過ごせる。
「じゃあ、僕と一緒にどこか遊びに行かない? クリスマスの街とかって綺麗だから、ショッピングでも!」
イルミネーションがあちこちで煌めいて、人々の甲高い声が響き渡る街を思い返す。
そして、
「いいんじゃねぇの?」
「やったね!」
そう流夏が笑った。
机に突っ伏したまま、上目遣いで僕を見上げて。
その笑顔に、僕の心臓はドキドキと高鳴った。そして、どうしようもないほどに、流夏に触れたくなった。
一年前には絶対に考えられなかった、こんな展開。
流夏との出会いにしがみついて、街を練り歩いていた僕とは大違いだ。
今は、今年は、一人なんかじゃなくて、隣に流夏がいるから。
そして僕たちは、クリスマスに会うことを約束した。
スマホのスケジュールアプリに、『流夏とデート』の文字を書き入れる。
真っ白だったその画面に、黒い文字が浮き上がる。まるで、金色の文字で書いたかのように、その文字だけが輝いて見えた。
初めてのデートの約束だった。