けれどそんな幸せな時間はあっという間に過ぎ去っていき、とうとう家族との待ち合わせの時間が近づいてきた。
けれど、それまでは少し時間に猶予がある。
僕たちは家族が到着するまで、空き教室で待つことにした。
今日まで、怒涛の日々だった。
一息つくと僕は睡魔が襲って、思わず椅子に腰掛ける。
そして、僕とは違って、窓辺に浅く腰掛ける流夏に視線を移す。
「どうだった? 初めての、文化祭」
「すげぇ楽しかった」
何かで取り繕うこともなく、素直な言葉。
その言葉に、誇らしさが僕を包む。睡魔を抱えながら、僕は口元を綻ばせた。
「でしょ?」
「ああ。感謝してる」
「いやいや、僕は全然。むしろ、ありがとう」
そして、僕たちはまだ外で活気に包まれる声を聞く。
そうしているうちに、僕の眠気は最大になった。
「ねみぃの?」
そんな僕に気がついたのか、流夏の優しい声が降りかかってくる。
「……うん」
「じゃあ、寝ろよ。家族が来たら、起こしてやるから」
「え、いいの? ありがとう」
そんな流夏の優しい声が響いた瞬間、僕の意識はもう微睡の中を漂っていた。
暖かくて、心地よくて、流夏の落ち着いた、綺麗な声が響いているような、そんな空間が広がる。
そして、僕は夢の中へ深く落ちていった。
この時見た夢は、もう、覚えていない。けれど、優しい世界が広がっていたような気がする。
そんな夢が覚めたのは、きっと、すぐのこと。
僕は、柔らかくて、温かくて、心地よい、そんな感覚に目が覚めた。
どれくらい寝てしまったんだろう。
今は何時?
優たちはまだ来てないかな。
そんな心配事が折り重なって、僕は反射的にパチっと目を開けた。不自然に、唇に感じる溶けるような感触を気にも留めず。
「っ」
……え?
なに、これ。
僕が目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
流夏の綺麗で透き通るような肌が目の前にあった。ただ、距離が近いっていうほどの距離じゃなかった。
もう何処かが触れているんじゃないか、って言うくらいに、近づいた距離。
僅かに流夏の吐息を感じて、僕の心臓は止まる。
閉じられた瞼と、長い睫毛が視界に映る。
そして、遅れて、唇の感覚が伝わった。柔らかくて、ほんのり甘くて、だけど脆くて、一瞬で溶けてしまいそうな感覚だった。
……キス、されてる?
そう気がついた瞬間、僕の心臓はどうしようもないほどに飛び跳ねた。
どうすればいいか分からなくて、僕は流夏の胸を押した。
「え? ……佐倉?」
驚いたように、目を見開く流夏。
だけど一番驚いているのは僕だった。
どうして、キスなんか。
好きでもない僕に、どうして……?
僕はまだ、唇に残り続ける感触に手を当てながら、流夏を見た。
ただ驚きと、言うよりも、それ以上の感情が溢れる僕自身に嫌になる。嘘でも、事故でも、その温もりが嬉しいと思ってしまう。
「……悪、い。つい」
次に響いたのは、流夏の聞いたことのない小さな声。
その声に反応して、パッと流夏を見上げると、流夏の頬は真っ赤に染まっていた。その頬を隠すように、手のひらで覆っている。
なん、で?
なんで、流夏がそんな顔するんだよ?
「……なん、で?」
流夏のことが分からない。
僕はこんなにも大好きなのに、流夏はそうじゃない。でも、キスはするし、顔は真っ赤だ。
こんな時、僕が女の子だったら。
大好きなことを伝えて、流夏の返事が聞けるのに。
「悪い。本当に、つい、出来心っつうか……。忘れて」
「……っ。忘れるなんて、出来ないよ」
煩わしそうに前髪を掻き上げる流夏が視界に映る。
大好きなはずなのに、流夏が分からない。
けれど、答え合わせをすることも出来なくて、心が苦しい。
呼吸も出来ない。
空き教室の中には、静寂が訪れる。
どうしていいか分からなくて、熱くなった頬を冷ますように、深く深く呼吸をする。流夏と出会ってから、こんなにも無言が苦しいと思ったのは初めてだ。
と、その時。
そんな空気を蹴散らすように、扉が勢いよく開いた。
「「っ!」」
僕たちはその音に反応して、あり得ないほどに肩が跳ね上がった。
けれど、そこにいたのは。
「「お兄ちゃん!」」
「優? 翔?」
タイミングが良いのか、悪いのか、いつものように変わりなく、満面の笑みを浮かべた優と翔だった。文化祭が新鮮なようで、頬を紅潮させて、嬉しそうに笑っている。
そういえば、約束をしていた。
空き教室にいるから来てって、母さんに送っていたんだった。
「文化祭ってすごいね! すごい! 全部、キラキラしてる!」
そう嬉しそうに肩を弾ませる優。
その時、隣にいた流夏が小さな声で放った。
「佐倉の、妹と、弟?」
少しだけぎこちない話し方。そんな流夏に釣られるように、僕はこくりと頷く。
「そ、そう」
「合流出来て、よかったな。じゃあ、俺行くわ」
優たちを横目で見ると、少しだけ優しそうな笑みを浮かべて、流夏は僕の頭に手を乗せた。まだなんの心の整理もついていないのに……。
どうして流夏は、簡単に頭を撫でてくるんだろう。
簡単に僕の心を奪って、今も、大好きな笑顔で僕を見ている。
それが嬉しくて、苦しい。
「う、うん。また」
僕は小さく手を振った。
そして流夏は、優たちに挨拶をすると、空き教室を出ていった。まだほんのりと熱い空気が漂う中、僕は大きく息を吐いた。
本当に、びっくりした。
心臓が止まるかと思った。
だけど、それでも、全然嫌なんじゃかなかった。むしろ唇に残り続ける柔らかくて、溶けるような感触が、僕の心を満たしていく。
思い出すだけで、また熱が戻ってしまいそうだ。
「お兄ちゃん、顔赤い」
そう優に言われてしまうほど、僕の熱は冷め切らなかった。
けれど、それまでは少し時間に猶予がある。
僕たちは家族が到着するまで、空き教室で待つことにした。
今日まで、怒涛の日々だった。
一息つくと僕は睡魔が襲って、思わず椅子に腰掛ける。
そして、僕とは違って、窓辺に浅く腰掛ける流夏に視線を移す。
「どうだった? 初めての、文化祭」
「すげぇ楽しかった」
何かで取り繕うこともなく、素直な言葉。
その言葉に、誇らしさが僕を包む。睡魔を抱えながら、僕は口元を綻ばせた。
「でしょ?」
「ああ。感謝してる」
「いやいや、僕は全然。むしろ、ありがとう」
そして、僕たちはまだ外で活気に包まれる声を聞く。
そうしているうちに、僕の眠気は最大になった。
「ねみぃの?」
そんな僕に気がついたのか、流夏の優しい声が降りかかってくる。
「……うん」
「じゃあ、寝ろよ。家族が来たら、起こしてやるから」
「え、いいの? ありがとう」
そんな流夏の優しい声が響いた瞬間、僕の意識はもう微睡の中を漂っていた。
暖かくて、心地よくて、流夏の落ち着いた、綺麗な声が響いているような、そんな空間が広がる。
そして、僕は夢の中へ深く落ちていった。
この時見た夢は、もう、覚えていない。けれど、優しい世界が広がっていたような気がする。
そんな夢が覚めたのは、きっと、すぐのこと。
僕は、柔らかくて、温かくて、心地よい、そんな感覚に目が覚めた。
どれくらい寝てしまったんだろう。
今は何時?
優たちはまだ来てないかな。
そんな心配事が折り重なって、僕は反射的にパチっと目を開けた。不自然に、唇に感じる溶けるような感触を気にも留めず。
「っ」
……え?
なに、これ。
僕が目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
流夏の綺麗で透き通るような肌が目の前にあった。ただ、距離が近いっていうほどの距離じゃなかった。
もう何処かが触れているんじゃないか、って言うくらいに、近づいた距離。
僅かに流夏の吐息を感じて、僕の心臓は止まる。
閉じられた瞼と、長い睫毛が視界に映る。
そして、遅れて、唇の感覚が伝わった。柔らかくて、ほんのり甘くて、だけど脆くて、一瞬で溶けてしまいそうな感覚だった。
……キス、されてる?
そう気がついた瞬間、僕の心臓はどうしようもないほどに飛び跳ねた。
どうすればいいか分からなくて、僕は流夏の胸を押した。
「え? ……佐倉?」
驚いたように、目を見開く流夏。
だけど一番驚いているのは僕だった。
どうして、キスなんか。
好きでもない僕に、どうして……?
僕はまだ、唇に残り続ける感触に手を当てながら、流夏を見た。
ただ驚きと、言うよりも、それ以上の感情が溢れる僕自身に嫌になる。嘘でも、事故でも、その温もりが嬉しいと思ってしまう。
「……悪、い。つい」
次に響いたのは、流夏の聞いたことのない小さな声。
その声に反応して、パッと流夏を見上げると、流夏の頬は真っ赤に染まっていた。その頬を隠すように、手のひらで覆っている。
なん、で?
なんで、流夏がそんな顔するんだよ?
「……なん、で?」
流夏のことが分からない。
僕はこんなにも大好きなのに、流夏はそうじゃない。でも、キスはするし、顔は真っ赤だ。
こんな時、僕が女の子だったら。
大好きなことを伝えて、流夏の返事が聞けるのに。
「悪い。本当に、つい、出来心っつうか……。忘れて」
「……っ。忘れるなんて、出来ないよ」
煩わしそうに前髪を掻き上げる流夏が視界に映る。
大好きなはずなのに、流夏が分からない。
けれど、答え合わせをすることも出来なくて、心が苦しい。
呼吸も出来ない。
空き教室の中には、静寂が訪れる。
どうしていいか分からなくて、熱くなった頬を冷ますように、深く深く呼吸をする。流夏と出会ってから、こんなにも無言が苦しいと思ったのは初めてだ。
と、その時。
そんな空気を蹴散らすように、扉が勢いよく開いた。
「「っ!」」
僕たちはその音に反応して、あり得ないほどに肩が跳ね上がった。
けれど、そこにいたのは。
「「お兄ちゃん!」」
「優? 翔?」
タイミングが良いのか、悪いのか、いつものように変わりなく、満面の笑みを浮かべた優と翔だった。文化祭が新鮮なようで、頬を紅潮させて、嬉しそうに笑っている。
そういえば、約束をしていた。
空き教室にいるから来てって、母さんに送っていたんだった。
「文化祭ってすごいね! すごい! 全部、キラキラしてる!」
そう嬉しそうに肩を弾ませる優。
その時、隣にいた流夏が小さな声で放った。
「佐倉の、妹と、弟?」
少しだけぎこちない話し方。そんな流夏に釣られるように、僕はこくりと頷く。
「そ、そう」
「合流出来て、よかったな。じゃあ、俺行くわ」
優たちを横目で見ると、少しだけ優しそうな笑みを浮かべて、流夏は僕の頭に手を乗せた。まだなんの心の整理もついていないのに……。
どうして流夏は、簡単に頭を撫でてくるんだろう。
簡単に僕の心を奪って、今も、大好きな笑顔で僕を見ている。
それが嬉しくて、苦しい。
「う、うん。また」
僕は小さく手を振った。
そして流夏は、優たちに挨拶をすると、空き教室を出ていった。まだほんのりと熱い空気が漂う中、僕は大きく息を吐いた。
本当に、びっくりした。
心臓が止まるかと思った。
だけど、それでも、全然嫌なんじゃかなかった。むしろ唇に残り続ける柔らかくて、溶けるような感触が、僕の心を満たしていく。
思い出すだけで、また熱が戻ってしまいそうだ。
「お兄ちゃん、顔赤い」
そう優に言われてしまうほど、僕の熱は冷め切らなかった。