カフェを後にした俺たちは、陶磁器を中心に展示している美術館へと足を運んだ。展示スペースには、様々な釉薬で彩られた美しい器たちが並べられている。青々とした縹色の器もあれば、気品溢れる飴色や茜色の器もあり、宇宙を思わせるような美しいグラデーションで彩られた陶器など、どれも製作者の想いまでもが伝わってくるようで、目を引くものばかりだ。そのひとつひとつに、職人の魂が込められていることを改めて実感する。これが土から作られるのだと思うと感動すら覚えてしまう。
「これとか、なんだか紫陽花みたい」
若葉は目を輝かせながら、一つの器を指差した。それは薄紫色のグラデーションで彩られた陶器だった。一見するとシンプルなデザインだが、よく見ると小さな花にも見えるような金箔が散りばめられており、その美しさに目を奪われる。
「へぇ……綺麗だな」
俺がそう呟くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。ガラス越しにその器をじっと見つめる若葉の横顔はどこか柔らかく見えた。
その後も俺たちは様々な作品を鑑賞し、そのまま出口付近へ足を運ぶ。出口の手前では実際に商品を購入できるショップがあった。そこには陶器の小さな飾りがついたヘアゴムなどのアクセサリーも置いてあり、若葉は興味津々といった様子でそれらを手に取っていく。シンプルなデザインだが、それが逆に上品さを感じさせてくれる一品だ。
「これ、さっきの器の色に似てる」
彼女が手に取ったのは六角形をした小さな陶器で、薄紫色のグラデーションが美しいものだった。どうやらその色彩がよほど気に入ったらしい。若葉はおもむろに髪を無造作に束ね、手に持ったそれを髪に添える。それは彼女の黒髪によく映えていて、彼女の華やかさをより一層引き立てているようだった。
「どう?」
そう言って若葉は俺の方へ向き直った。少し照れくさそうにしながらも嬉しそうに微笑む彼女に、俺は小さく息を呑んだ。彼女の笑みはどこか儚げで、それでいて暖かい雰囲気を感じさせるものだった。白いうなじが妙に色っぽくて、俺はその美しさに目を奪われながらもどうにか言葉を絞り出す。
「へぇ、いいじゃん。すげえ似合う」
「本当?」
「ああ」
込み上げてくる気恥ずかしさを誤魔化すように、俺は必死に平静を装う。俺の返答に、若葉はにこりと破顔する。その様子がまた可愛らしくて、俺も自然と頬が緩んでしまうのを感じてしまった。
「じゃあこれ買おうかな」
そのまま髪からヘアゴムを外すと、それを大事そうに手のひらで包み込む。その澄んだ瞳はきらきらと輝いていて、とても眩しいものを見ている気分だった。
レジに向かう彼女の足取りはとても軽くて弾んでいるように見えた。よほど気に入ったのだろうということが伝わってくる。そのまま会計を済ませると、若葉は壊れ物を扱うかのようにその飾りを鞄の中へしまっていく。
外に出ると日が傾き始めており、辺りは少し薄暗くなっていた。時刻は十八時に差し掛かっていて、空に浮かぶ雲も茜色に染まり始めており、どこか幻想的な雰囲気を感じさせる。そのまま帰るのももったいなくて、俺たちは近くにあった公園をぶらつくことにした。公園内にはブランコや滑り台といった定番の遊具があり、親子連れの姿が多く見られる。その楽しそうな光景を見ているとなんだか微笑ましく思えてきてしまう。木陰にあるベンチに腰掛けると、心地よい風が頬を撫でていくものの、肩が触れ合う距離に若葉が腰を下ろしたので、どきりと心臓が高鳴った。ふわりと香る甘い匂いに頭がくらくらするような感覚に襲われる。
「楽しかったぁ」
若葉はそう言いながら大きく伸びをした。その表情はとても満足げで、見ているこちらまで幸せな気持ちになってくる。俺は照れ隠しをするように視線を逸らし、足元の砂を弄ぶように足を動かす。
「今日はありがとう」
「ん」
若葉は俺の方に向き直ると、改めて感謝の言葉を口にした。俺は小さく首を横に振って答えると、彼女は嬉しそうに微笑んでから、少し間を空けてから口を開いた。
「その。また……一緒に出かけてくれる?」
少し不安げに、俺の顔色を窺うようにしながら、彼女は問いかけてきた。俺はその問いに応えるように大きく頷き返す。
「当たり前だろ、そんなん」
ぶっきらぼうな物言いになってしまったが、これが今の精一杯だ。心臓は煩いくらい高鳴っていて、勝手に緊張してしまう自分がいる。彼女はそんな俺の様子を見て少しホッとしたのか、ふうわりと柔らかく微笑んだ。
日の入り時刻が近づいているのか、公園内には街灯がつき始め、辺りも少しずつ暗くなってきている。そろそろ帰らなければ、と思いつつもなかなか立ち上がることができない。それは彼女も同じようで、俺たちは無言のままベンチに腰掛けていた。
不意に、ブーッと鈍いスマホの振動音が鳴った。俺のジーンズに入れたスマホが震えたわけではないので若葉のスマホなのだろう、と彼女に視線を向けると、若葉が慌てて鞄からスマホを取り出した。
「あ……お父さん、近くまで迎えにきてくれてるみたい」
画面を確認した若葉が、少し安心したように表情を緩めた。どうやら父親から連絡があったようだ。
「じゃあ……そろそろ帰るか」
「うん」
名残惜しい気持ちはあるが、もうこれ以上遅くなってしまっては彼女が心配されてしまうだろう。そう思ってベンチから立ち上がると、彼女もまた立ち上がって同じようにこちらを向いた。
「また連絡するね!」
俺と目が合うと照れくさそうに笑いながら小さく手を振ってくれる。俺はそれに答えるように手を振り返すと、彼女は満足そうに微笑んで背を向けた。そしてそのまま公園の出口に向かって歩き出す彼女の背中を見つめながら、小さくなっていく彼女の背にそっと手を伸ばした。だが、その手はただただ宙を掴むだけだった。
俺は、若葉のことを恋愛対象として意識してしまっている。この感情は、彼女への友情や憧れを勘違いしたものなのだと思いたかった。けれど、もう自分の気持ちを誤魔化せないくらい彼女にのめり込んでいる自分に気付いてしまった。
手を伸ばせば届きそうなのに届かない距離に彼女はいて、俺はただその背中を見つめることしかできない。
俺は小さくため息をつくと、自分の手のひらをじっと見つめた。遠くなっていく彼女を呼び止めて、この手で彼女を抱きしめたい。
そんな衝動に駆られるが、それを行動に移せるほどの勇気は持ち合わせていなかった。
「これとか、なんだか紫陽花みたい」
若葉は目を輝かせながら、一つの器を指差した。それは薄紫色のグラデーションで彩られた陶器だった。一見するとシンプルなデザインだが、よく見ると小さな花にも見えるような金箔が散りばめられており、その美しさに目を奪われる。
「へぇ……綺麗だな」
俺がそう呟くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。ガラス越しにその器をじっと見つめる若葉の横顔はどこか柔らかく見えた。
その後も俺たちは様々な作品を鑑賞し、そのまま出口付近へ足を運ぶ。出口の手前では実際に商品を購入できるショップがあった。そこには陶器の小さな飾りがついたヘアゴムなどのアクセサリーも置いてあり、若葉は興味津々といった様子でそれらを手に取っていく。シンプルなデザインだが、それが逆に上品さを感じさせてくれる一品だ。
「これ、さっきの器の色に似てる」
彼女が手に取ったのは六角形をした小さな陶器で、薄紫色のグラデーションが美しいものだった。どうやらその色彩がよほど気に入ったらしい。若葉はおもむろに髪を無造作に束ね、手に持ったそれを髪に添える。それは彼女の黒髪によく映えていて、彼女の華やかさをより一層引き立てているようだった。
「どう?」
そう言って若葉は俺の方へ向き直った。少し照れくさそうにしながらも嬉しそうに微笑む彼女に、俺は小さく息を呑んだ。彼女の笑みはどこか儚げで、それでいて暖かい雰囲気を感じさせるものだった。白いうなじが妙に色っぽくて、俺はその美しさに目を奪われながらもどうにか言葉を絞り出す。
「へぇ、いいじゃん。すげえ似合う」
「本当?」
「ああ」
込み上げてくる気恥ずかしさを誤魔化すように、俺は必死に平静を装う。俺の返答に、若葉はにこりと破顔する。その様子がまた可愛らしくて、俺も自然と頬が緩んでしまうのを感じてしまった。
「じゃあこれ買おうかな」
そのまま髪からヘアゴムを外すと、それを大事そうに手のひらで包み込む。その澄んだ瞳はきらきらと輝いていて、とても眩しいものを見ている気分だった。
レジに向かう彼女の足取りはとても軽くて弾んでいるように見えた。よほど気に入ったのだろうということが伝わってくる。そのまま会計を済ませると、若葉は壊れ物を扱うかのようにその飾りを鞄の中へしまっていく。
外に出ると日が傾き始めており、辺りは少し薄暗くなっていた。時刻は十八時に差し掛かっていて、空に浮かぶ雲も茜色に染まり始めており、どこか幻想的な雰囲気を感じさせる。そのまま帰るのももったいなくて、俺たちは近くにあった公園をぶらつくことにした。公園内にはブランコや滑り台といった定番の遊具があり、親子連れの姿が多く見られる。その楽しそうな光景を見ているとなんだか微笑ましく思えてきてしまう。木陰にあるベンチに腰掛けると、心地よい風が頬を撫でていくものの、肩が触れ合う距離に若葉が腰を下ろしたので、どきりと心臓が高鳴った。ふわりと香る甘い匂いに頭がくらくらするような感覚に襲われる。
「楽しかったぁ」
若葉はそう言いながら大きく伸びをした。その表情はとても満足げで、見ているこちらまで幸せな気持ちになってくる。俺は照れ隠しをするように視線を逸らし、足元の砂を弄ぶように足を動かす。
「今日はありがとう」
「ん」
若葉は俺の方に向き直ると、改めて感謝の言葉を口にした。俺は小さく首を横に振って答えると、彼女は嬉しそうに微笑んでから、少し間を空けてから口を開いた。
「その。また……一緒に出かけてくれる?」
少し不安げに、俺の顔色を窺うようにしながら、彼女は問いかけてきた。俺はその問いに応えるように大きく頷き返す。
「当たり前だろ、そんなん」
ぶっきらぼうな物言いになってしまったが、これが今の精一杯だ。心臓は煩いくらい高鳴っていて、勝手に緊張してしまう自分がいる。彼女はそんな俺の様子を見て少しホッとしたのか、ふうわりと柔らかく微笑んだ。
日の入り時刻が近づいているのか、公園内には街灯がつき始め、辺りも少しずつ暗くなってきている。そろそろ帰らなければ、と思いつつもなかなか立ち上がることができない。それは彼女も同じようで、俺たちは無言のままベンチに腰掛けていた。
不意に、ブーッと鈍いスマホの振動音が鳴った。俺のジーンズに入れたスマホが震えたわけではないので若葉のスマホなのだろう、と彼女に視線を向けると、若葉が慌てて鞄からスマホを取り出した。
「あ……お父さん、近くまで迎えにきてくれてるみたい」
画面を確認した若葉が、少し安心したように表情を緩めた。どうやら父親から連絡があったようだ。
「じゃあ……そろそろ帰るか」
「うん」
名残惜しい気持ちはあるが、もうこれ以上遅くなってしまっては彼女が心配されてしまうだろう。そう思ってベンチから立ち上がると、彼女もまた立ち上がって同じようにこちらを向いた。
「また連絡するね!」
俺と目が合うと照れくさそうに笑いながら小さく手を振ってくれる。俺はそれに答えるように手を振り返すと、彼女は満足そうに微笑んで背を向けた。そしてそのまま公園の出口に向かって歩き出す彼女の背中を見つめながら、小さくなっていく彼女の背にそっと手を伸ばした。だが、その手はただただ宙を掴むだけだった。
俺は、若葉のことを恋愛対象として意識してしまっている。この感情は、彼女への友情や憧れを勘違いしたものなのだと思いたかった。けれど、もう自分の気持ちを誤魔化せないくらい彼女にのめり込んでいる自分に気付いてしまった。
手を伸ばせば届きそうなのに届かない距離に彼女はいて、俺はただその背中を見つめることしかできない。
俺は小さくため息をつくと、自分の手のひらをじっと見つめた。遠くなっていく彼女を呼び止めて、この手で彼女を抱きしめたい。
そんな衝動に駆られるが、それを行動に移せるほどの勇気は持ち合わせていなかった。