自分の為だけに生きるというのは、案外、難しいようだ。逆に、貧しくなった村上は迷い無く生きていて満ち足りているように見える。昔の自分は惨めだったというのに、この違いは何なんだ? 

 複雑な気分を引きずったまま、学校の下駄箱を開けていた。何となく投げやりな気持ちで溜め息を漏らすと、なぜか、そこに一通の手紙が入っていたのである。改めて目を凝らすと、パステルグリーンのクローバー柄をあしらった封筒だった。

「何だ?」

 男子トイレの個室に入り、慌てたように封を剥がす。そして、万年筆と思われる手書きの手紙を読み進めていくと、そこには、思いもよらない不思議な世界が広がっていたのである。

 まさか! 動揺しているオレは自分の目を疑いながら読み直していく。

 哀しき貧乏ボーイのオレを、彼女がどう思っていたのか……。それは、この手紙によって明らかになっていくのだ。丁寧な文字を慎重に目で追っているうちに、指先と睫毛が小刻みにプルプルと震えてきた。
  
           ※

 突然、ごめんなさい。こないだ、担任の先生が作文を読みましたよね。山田君の事だとすぐに分かりました。山田君は、いつも穏やかで静かに微笑んでいました。私は、なんて大人っぽい人なんだろうって思っていました。

 山田君は、ものすごく運動神経がいいのに自慢したりしはしません。意地悪な村上くんみたいに、運動オンチの男の子や太った女の子をからかったりしません。そういうところがいいなぁと想っていました。

 近所のおばあさんの買い物を手伝ってあげてましたね。ピンと伸びた背中。サッパリとした無駄のない歩き方。綺麗な後姿を瞳で追うたびに私は胸の中で思っていたのです。

 あなたのようになれたら、どんなにいいだろうって……。

 週末、山田君がボランティア活動をしていることを知っています。あなたに近寄る為に参加しようかと思いましたが恥ずかしいのでやめました。

 その代わり、私は、あなたが借りていた学校の図書室の本を片っ端から借りていったのです。まるで、ストーカーですね。私は、弱くてダサイくて地味で太っている自分が大嫌いでした。

 覚えてますか。教室にゴキブリが迷い込んだ時、みんな大騒ぎをしていたけれど、山田くんは、スッと手で包んでから窓から逃がしていましたね。

 バレンタインデーにチョコレートを渡そうとした女の子がいました。しかし、私は、咄嗟に鋭い声で言ってしまったのです。

『やめなよ。山田くん、糖分を取らないようにしているんだよ』

 親切を装って彼女の行動を牽制してしまいました。だけど、私は、実は、山田くんが甘党だという事を知っています。

 誰とも付き合って欲しくなかったのです。

 ずっと好きでした。

 高校に進学して会えなくなってからは部屋に閉こもり大声で泣きました。ウジウジと迷うだけで、結局は何もしようとしない自分が嫌でした。

 分厚い黒縁の眼鏡を外しました。あなたを真似て目の不自由な方の為のボランティア活動を始めました。週末は養護施設や病院で本を読んでいます。