その顔には自信と確信が滲んでいる。不覚にも村上のまっとうな態度に気圧されていた。何となく心の中がザワザワと乱れ始めてきたのだ。

「……帰るよ」

 クレープを齧りながらフードカーのカウンターに背を向けて歩き出していく。そんなオレの隣を三人の女子達がキラキラと笑いささめきながら通過していく。

「村上王子、いつものクレープお願いねーー」

「了解でーす」

 極上の声音で返答しているた。まさしく和気藹々としている。常連との客の女子高校生が嬉しそうに語りかけている。

「うちら、この味、マジで好きなんだ。お世辞時じゃないよ。クリームの味がいいよね。それにクレープの生地の歯ごたえも絶妙にいいの」

「嬉しいです。実は、それ、特別な粉を使っているんですよ」

 オレは立ち止まり振り返って目線を絞った。村上の笑顔はアイドルのようにキラキラしている。昔の、不貞腐れた様子や荒れた感じの空気は微塵もなくなっている。本当に充実しているのだ。

 クルンとお互いの生活が反転している。だけど、この違いは何なのだ? どうして、オレはこんなに苛々しているのだろう。村上の笑みを見ているとムカつくのはなぜだろう。

 自分でも理解不能だった。奇妙な敗北感のようなものを抱いていた。駅のホームで下り列車を待ちながら複雑な気持ちを抱えていた。目の前を通過する特急列車を睨むようにして眉をしかめ、胸に溜まっている物の正体について考えてみる。

『家族の為に生きている。こんなオレだからこそ価値があると本気で思えるんだ』

 先刻、村上はオレに言った。もしかしたら、ああやって、自分で考えて働く事が村上の誇りになっているのかもしれない。

 あいつの事を認めるのは口惜しいが、あいつのクレープは美味い。また食べてみたいと思わせるほど、素晴らしいクオリティだったのだ。

    ☆

『では、皆さん、有意義な夏休みを過ごしてくださいね』

 ここの校長の話は落語家のような独特のテンポがあり聞いていて飽きない。早いもので高校終業式だ。明日から夏休み。

 高校二年で転校してきたので部活にも入っていない。アルバイトをする必要もない。義父が学業に専念するようにオレに言ったので、それに従っている。休みの日も自宅にいると、オレの部屋に三人の声が聴こえてきて阻害されているように感じて憂鬱になる。 

 それにしても、村上の好きな女の子とは誰なのか予想もつかなかった。当時、村上に告白する女子は大勢いたが、村上はいつも断っていた。

 そんな事を思い返していると。終業式が終わっていた。下駄箱のところで友達に誘われた。

「マリオ、オレ達、これからカラオケに行くんだけど、おまえ、どうする?」

 歌うのは好きじゃない。でも、友達とウダウダと過ごすのも悪くない。それでも、今日はやめとくよと小さな声で告げていた。

 ずっと自分が望んでいた普通の暮らしを手に入れている。それなのに心に空いた穴を埋めるものが見付からなくて足掻いている。