あの当時は美容院に行く余裕がなかったが、最近は、ジェルというアイテムを使っている。

「おまえ、その制服はオレが行く予定だった学校じゃん。おまえの家はクソ貧乏だったのに、どうなってんだよ」

「なんで貧乏だと知ってんだ?」

 すると、鉄板の前の村上は円状に引きのばしながら言った。

「あの事件の後、うちの弁護士から聞いた。おまえの母親がハーフだと知ってぶったまげたぜ。おまえの母親と妹は美人だそうだな」

 どういう相槌を打てばいいのだろう。こいつとは会話をする気にはなれない。昔からの習性で、オレは曖昧に微笑みながら頷いていた。

 ザッと見渡したところ調理道具は整理整頓されている。衛生面に気を気を配っているらしい。クレープを作る村上は透明なマスクみたいなものをつけており、ビニールの手袋もきちんと装着している。背後の棚には除菌スプレーも置かれていたりする。

 狭いワゴン車の中でヒョイヒョイと果物を詰めて手際よく巻く所作にも無駄がなかった。

 手際よく真面目に働いている人の動作は見ていて気持ちいいものだと感心していると、村上が腕を伸ばしてきた。

「ほらよ。出来たぜ」

 スマホを取り出して電子マネーで支払おうとすると村上が首を振った。

「今日は払わなくていいぞ。その代わり、snsでオレの黒歴史を書くなよ」

「黒歴史って何だよ?」

「酔っ払って、おまえに怪我をさせた事がバレると売り上げに響く。オレは、女子高校生や主婦相手に稼いでるんだからな」

 それなら、まずはオレに謝れよ。おまえのせいで骨折したんだぞ。どこまでも無礼な奴だ。腹が立ってきた。どんよりとした苦味が胸に込み上げる。やはり、生理的に、こいつのことは好きにはなれない。しかし、オレは感情を顔に出さないまま言う。

「言わないよ。でも、意外だな。こんな可愛い車でクレープを焼いているなんて」

 顔は王子様だが、部活の先輩や顧問に突っかかるような奴だった。なぜか、いつも無駄に威張っていた。お客に笑みを振り撒くような奴じゃない。そんな村上が、こういう事をしているなんて信じられなくて戸惑う。すると、そんなオレの視線を飄々と受け止めながら薄く笑った。

「しょうがないさ。親父は自己破産してすぐに自分を養ってくれそうなホステスと再婚しやがった。オレの兄貴も大学を中退して働いている。オレは五時過ぎまでここで働いてから定時制の高校に通っている。兄貴も少しは援助してくれるが、俺が家族を養っているようなもんだ」

「へーえ、そうなんだ」

 頷いてから生地の端っこを齧ると、滑らかな生地の奥深い旨味が口に広がった。滑らかなクリームはしつこさはなくて、いい感じの甘味だった。この世の楽しさが舌の中で芳醇に滑らかに広がっている。オレは甘い物が大好きだ。

「マリオ、おまえ、砂糖は体に悪いとか言ってたくせに甘党なんだな。相変わらず、無駄にでかいよな。スポーツ、やってんのか?」

「いや、何もしてない。村上は……?」