そして、オレは高校二年の春から義父の家に近い高校に編入していた。オレは働く必要がなくなった。義父が、おこずかいを渡してくれる。今のオレはファストフード店にも気軽に入れる。最新のスマホも持っている。古着をフリーマーケットで買う必要もない。やっと人並みになれた。

 義父の勧めで今の高校に編入することになった。たまたま、義父も山田の姓なので名字は変わっていない。

 引越して以来、オレは家には帰りたくないというマイナスの気持ちが濃くなっている。お風呂に入るのもトイレを使うのも気を使うからだ。もしかしたら、義父にとってオレは邪魔者なのかもしれない。

 妹とは楽しそうに話すが、彼はオレと目が合うと困ったように黙り込む。居間で二人切りになった時などはお互いに気詰まりしてしまい、オレはそそくさと自分の部屋へと逃げ込む事になる。

 あの人といると、口の中がカサつくような感覚になる。居心地が悪くて苦しい。だから、なるへく家では顔を合わせないようにしている。

『お父さーん』

 妹が、義父をそう呼ぶとオレの胸には苛立ちに似た感情が走ったが、妹に悟られたくなくて、いつも密やかに顔を逸らしてきた。

『お父さぁーん、ワンピースに合う靴を買ってよ。ねぇねぇ、いいでしょう』

 妹は甘え上手で無邪気だった。そんなふうに頼られた義父は、まんざらでもないような顔になる。妹は、のびのびと青春を楽しんでいる。

『ほんとうに再婚して良かったよ。おじぃちゃんと一緒にいるみたいで落ち着くわ。転ばないように気を付けてみてあげないといけないけどね。でも、あの人って英語はペラペラなの。昔、ロンドンに留学していたらしいよ』

 昔は、宿題で分からないところがあるとオレに聞いていたが、今は東大卒のインテリの義父を頼りにしている。

 この家にはエアコンも加湿器もある。母さんが欲しがっていた食器乾燥機もある。それに、トイレにはウォシュレットもある。

 ある意味、オレ達家族にとって夢の様な生活になっている。

 快適な環境に身を置いているというの虚しいのはなぜだろう。

 とりあえず、作文には真実を淡々と書いておいた。貧乏少年の母は真面目な人と再婚して少年は普通の子になりました。これが紛れもない真実なのだ。

『貧しい少年は、今は豊かに暮らしています。けれども、心には大きな穴が空いています。理由は分かりません。幸せとは何なのか……。少年は教室の片隅で探していたのでした』

 こんなふうにして、オレは今の気持ちを作文に書き込んでいったのである。

     ☆

 放課後。オレは教室を掃除する為に黙々とモップの柄を動かしながらも悶々としたものを抱えていた。うおーっと雄叫びをあげて発散したいような気持ちを押し隠すしかなかった。背後でクラスの女の子達が甲高い声で語り合っている。

「今時、あんな貧しい子がいるなんてビックリだわ! 中学生の男の子が妹の面倒を見たり、晩飯を作ってるなんて偉いよね。でもさぁ、公園の鳩とかアヒルを食べるのはやべぇわ」