犯人が分かったので来てください。
馨から連絡があったのは、帰り支度を始めた17時過ぎだった。
私は会社から急いで葉山邸へ向かった。
なのに彼は「皆さんが揃ったら」ともったいぶって、伊藤彩が逮捕されたと知ると、二階へ引っ込んでしまった。
そろそろ18時。いつまでもこんなところで時間を潰しているわけにはいかない。私にだって生活があるのだ。
でも、馨があの事件について語るかもしれないのに、ここを離れることもできない……
私は洗面所へ移動し、自宅に発信した。
『はい、シンドーです』
なんて愛らしい声。七歳の娘の声に、緊張していた頬が自然と緩む。
「愛ちゃん、ママだけど」
『ママ! お仕事、おそくなる?』
「うん。ごめんね。まだかかりそうなの。エビマヨ買って帰るから、もう少しお留守番していてくれる?」
『わかった!』
物分かりの良い娘に、キュッと胸が締め付けられた。いつも娘には寂しい思いばかりさせている。誰かいい旦那さんを見つけた方がいいことは分かってる。分かってはいるのだけれど……
「本当にごめんね」
『ううん。パパと一緒だから、ぜんぜんさみしくないよ』
「ん?」
『あのね、パパが帰ってきたの!』
全身が凍りついた。
「え……っと。パパ?」
『パパ、すごくかっこいいんだよっ! あ、パパっ!』
「ぱ、ぱ、パパと、変わってくれる?」
『うん!』
くらりと眩暈がした。誰かが私の家にいる。
『レイコ…………って名前なんですね。新堂さん』
「っ……」
内臓がぐるんとひっくり返ったような、激しい衝撃を受けた。スマホを持つ手がブルブルと震え、持ち手を変える。
「な、なんで……あなたがそこに、いるの……彰くん?」
『あんたの娘を、翔平さんと同じ目に遭わせるためですよ』
「ヒッ!」
背骨をシュッと引っこ抜かれ、重心を失ったように、私はその場にヘナヘナとくずれ落ちた。
「ど、どうしたの? 新堂さん?」
私の悲鳴を聞きつけて、川島洋子と金森百合がやってきた。金山が、床に転がったスマホに手を伸ばす。
「やめてっ!」
私は叫んで、スマホに飛びついた。
「やめてっ! お願いっ! お願いよおっ!」
『やめて? 何をそんなに必死になっているんですか? 具体的なことは何も言ってないのに、まるで何をされるかわかっているような反応ですね』
「っ……」
『でも残念だな。七歳じゃ妊娠できないですよね』
「ぁ、あ……」
大切な娘が傷つけられようとしている。
「ぉ、お願いぃ……娘には手を出さないでぇ……わ、私が、あなたの言いなりになるわ……なんでも、聞いてあげるからっ……」
「新堂さん? 誰と話してるの?」
「やかましいっ! スマホ依存症は黙ってなさいっ!」
「な……」
金森百合が絶句する。どうでもいい。容姿に恵まれた女は嫌いだ。
「彰くん……お願い。私、なんでもする……どんなことでも……」
『へえ……じゃああんたを動物みたいに四つん這いにして、後ろからぶち込んでもいい? 嫌って言ってもやめないよ』
ゴクッと喉が鳴った。初めて会った時にも感じたが、彼には高校生らしからぬ色気がある。きっと同世代の女の子を食い散らかして、飽きて、年上の女に手を出したくなったのだろう。
「応じないと……娘に手を出すんでしょう?」
『そうですね』
「……なら、甘んじて受けるわ」
腰がジクリと疼いた。帰りに下着を買わないと。
『やっぱ死ね』
「え?」
『なんでもするんだろ。死ねよ』
家にいるのは人じゃない。悪魔だ。電話口から、『パパ?』と娘の怯える声が聞こえた。
「こ、子供の前で……乱暴な言葉を使わないでっ」
『別にかまわないだろ。今から俺は、七歳児のマンコにチンコぶちこんで、レイプするんだから』
「ヒーッ!」
意識を失いかけたが、ブフフッ、と川島洋子に笑われ、なんとか堪えた。
「け、警察を呼ぶわっ!」
『どうぞご自由に』
ブチっと通話が切れた。娘に魔の手が伸びる光景が、ありありと目に浮かんだ。
「ど、どうしようっ……ああっ……」
「警察を呼ぶんでしょ?」
川島洋子が言う。
「け、警察はダメっ! 絶対にダメッ!」
駅までの道のりと電車の乗り換えを考えると、どう頑張っても四十分は掛かる。
タクシーを使っても、この時間帯はどうしても道が混む。同じくらい時間が掛かるだろう。
でも警察はダメだ。絶対にダメ。彰は私が翔平にしたことをここぞとばかりに語るだろう。そうなったら私は職を失う。罪に問われるかもしれない。
私の罪ってなに? 淫行罪? 強制性交罪? 科される罰は?
逮捕されたくはないけれど、無性に気になって、私はスマホを見た。
「ひっ」
真っ黒な画面に、川島洋子が映り込んでいて、思わず声が出た。川島は殺意すら感じるじっとりと粘ついた目で、私を睨んでいた。
画面を明るくし、その視線を消し去る。
「でも……緊急事態なんでしょ? 警察、呼んだ方が良いんじゃない?」
金森百合が自分のスマホをいじり出す。
「勝手なことしないでっ!」
金切り声が響く。
「警察は……呼ばないで。急いで……帰るから……」
壁に手をつき、なんとか立ち上がる。ふらつきながら玄関へ向かった。こうしている間にも娘が酷い目に遭っていると思うと涙が溢れた。
でも、警察は頼れない。ごめんね、我慢してね、と私は心の中で繰り返した。
馨から連絡があったのは、帰り支度を始めた17時過ぎだった。
私は会社から急いで葉山邸へ向かった。
なのに彼は「皆さんが揃ったら」ともったいぶって、伊藤彩が逮捕されたと知ると、二階へ引っ込んでしまった。
そろそろ18時。いつまでもこんなところで時間を潰しているわけにはいかない。私にだって生活があるのだ。
でも、馨があの事件について語るかもしれないのに、ここを離れることもできない……
私は洗面所へ移動し、自宅に発信した。
『はい、シンドーです』
なんて愛らしい声。七歳の娘の声に、緊張していた頬が自然と緩む。
「愛ちゃん、ママだけど」
『ママ! お仕事、おそくなる?』
「うん。ごめんね。まだかかりそうなの。エビマヨ買って帰るから、もう少しお留守番していてくれる?」
『わかった!』
物分かりの良い娘に、キュッと胸が締め付けられた。いつも娘には寂しい思いばかりさせている。誰かいい旦那さんを見つけた方がいいことは分かってる。分かってはいるのだけれど……
「本当にごめんね」
『ううん。パパと一緒だから、ぜんぜんさみしくないよ』
「ん?」
『あのね、パパが帰ってきたの!』
全身が凍りついた。
「え……っと。パパ?」
『パパ、すごくかっこいいんだよっ! あ、パパっ!』
「ぱ、ぱ、パパと、変わってくれる?」
『うん!』
くらりと眩暈がした。誰かが私の家にいる。
『レイコ…………って名前なんですね。新堂さん』
「っ……」
内臓がぐるんとひっくり返ったような、激しい衝撃を受けた。スマホを持つ手がブルブルと震え、持ち手を変える。
「な、なんで……あなたがそこに、いるの……彰くん?」
『あんたの娘を、翔平さんと同じ目に遭わせるためですよ』
「ヒッ!」
背骨をシュッと引っこ抜かれ、重心を失ったように、私はその場にヘナヘナとくずれ落ちた。
「ど、どうしたの? 新堂さん?」
私の悲鳴を聞きつけて、川島洋子と金森百合がやってきた。金山が、床に転がったスマホに手を伸ばす。
「やめてっ!」
私は叫んで、スマホに飛びついた。
「やめてっ! お願いっ! お願いよおっ!」
『やめて? 何をそんなに必死になっているんですか? 具体的なことは何も言ってないのに、まるで何をされるかわかっているような反応ですね』
「っ……」
『でも残念だな。七歳じゃ妊娠できないですよね』
「ぁ、あ……」
大切な娘が傷つけられようとしている。
「ぉ、お願いぃ……娘には手を出さないでぇ……わ、私が、あなたの言いなりになるわ……なんでも、聞いてあげるからっ……」
「新堂さん? 誰と話してるの?」
「やかましいっ! スマホ依存症は黙ってなさいっ!」
「な……」
金森百合が絶句する。どうでもいい。容姿に恵まれた女は嫌いだ。
「彰くん……お願い。私、なんでもする……どんなことでも……」
『へえ……じゃああんたを動物みたいに四つん這いにして、後ろからぶち込んでもいい? 嫌って言ってもやめないよ』
ゴクッと喉が鳴った。初めて会った時にも感じたが、彼には高校生らしからぬ色気がある。きっと同世代の女の子を食い散らかして、飽きて、年上の女に手を出したくなったのだろう。
「応じないと……娘に手を出すんでしょう?」
『そうですね』
「……なら、甘んじて受けるわ」
腰がジクリと疼いた。帰りに下着を買わないと。
『やっぱ死ね』
「え?」
『なんでもするんだろ。死ねよ』
家にいるのは人じゃない。悪魔だ。電話口から、『パパ?』と娘の怯える声が聞こえた。
「こ、子供の前で……乱暴な言葉を使わないでっ」
『別にかまわないだろ。今から俺は、七歳児のマンコにチンコぶちこんで、レイプするんだから』
「ヒーッ!」
意識を失いかけたが、ブフフッ、と川島洋子に笑われ、なんとか堪えた。
「け、警察を呼ぶわっ!」
『どうぞご自由に』
ブチっと通話が切れた。娘に魔の手が伸びる光景が、ありありと目に浮かんだ。
「ど、どうしようっ……ああっ……」
「警察を呼ぶんでしょ?」
川島洋子が言う。
「け、警察はダメっ! 絶対にダメッ!」
駅までの道のりと電車の乗り換えを考えると、どう頑張っても四十分は掛かる。
タクシーを使っても、この時間帯はどうしても道が混む。同じくらい時間が掛かるだろう。
でも警察はダメだ。絶対にダメ。彰は私が翔平にしたことをここぞとばかりに語るだろう。そうなったら私は職を失う。罪に問われるかもしれない。
私の罪ってなに? 淫行罪? 強制性交罪? 科される罰は?
逮捕されたくはないけれど、無性に気になって、私はスマホを見た。
「ひっ」
真っ黒な画面に、川島洋子が映り込んでいて、思わず声が出た。川島は殺意すら感じるじっとりと粘ついた目で、私を睨んでいた。
画面を明るくし、その視線を消し去る。
「でも……緊急事態なんでしょ? 警察、呼んだ方が良いんじゃない?」
金森百合が自分のスマホをいじり出す。
「勝手なことしないでっ!」
金切り声が響く。
「警察は……呼ばないで。急いで……帰るから……」
壁に手をつき、なんとか立ち上がる。ふらつきながら玄関へ向かった。こうしている間にも娘が酷い目に遭っていると思うと涙が溢れた。
でも、警察は頼れない。ごめんね、我慢してね、と私は心の中で繰り返した。