『女に見覚えはなかったが、行為後の会話で、それが隣家の妻だとわかった』
隣家の妻『……はダメ。同性が好きなのよ。きっと…………と付き合ってる。パソコンの検索履歴に…………があった。私、どう接すれば良いのかわからない。気持ち悪くて』
『声は不鮮明な部分もあり、全てを聞き取れたわけではなかった』
隣家の妻『だってもう…………ないのよ。同じ屋根の下にいるのも嫌』
リア先生の夫『辛いよな……わかるよ。そんなの、俺だって耐えられない。……が同性愛者なんて、考えただけでゾッとする』
隣家の妻『でしょ……私、もうあの家帰りたくない』
『私は呆然としてしまった。隣家の嫁はリア先生の夫と不倫し、リア先生を誹謗中傷していたのだ』
『どうしようか迷ったけれど、私は隣家の夫にそれを伝えることにした。浮気も誹謗中傷もやめてほしい』
『隣家の夫の帰宅時間を見計らって、私は家の前で彼を呼び止めた』
C子『◯◯さん。葉山リア先生のアシスタントをしております、C子です。少し……お話できますか?』
『隣家の夫は、妻の不貞に薄々気づいていたのだろう。私がそう声を掛けると、怯えるように瞳を震わせ、言った』
隣家の夫『妻が……何かしましたか?』
『彼の第一印象は誠実そうな優男で、私はすぐに恋に落ちた。近くのカフェに移動して、私は不倫と、誹謗中傷について、包み隠さず彼に話した』
『私の恋を成就させたかったわけじゃない。ただ、彼を裏切り続ける女と別れて欲しかった』
隣家の夫『そう……ですか。申し訳ありません。妻がご迷惑をおかけして……』
C子『いえ、謝らないでください。私こそ……勝手なことをして、すみません。実はまだ、リア先生にも伝えていないんです。どうすれば良いのか、自分でもわからなくて……』
隣家の夫『誹謗中傷の件は、今夜にも彼女に伝えます。本当に申し訳ありません』
C子『浮気のことは、言わないんですか? なんなら証拠もっ……』
隣家の夫『Kさんとは、僕も何度か話したことがあります。とても女性慣れしてそうな方ですよね。……きっと、僕の妻以外の女性とも、そういう関係を持っているのだと思います』
C子『それって……どういう……』
隣家の夫『Kさんは、僕の妻と別れても同じことを繰り返すと思います。……だから僕が二人の仲を引き裂いても、あまり変わらないと思うんです』
C子『そういう問題じゃないですよっ……◯◯さんは、裏切られたままで良いんですかっ?』
隣家の夫『良いんです。悪いのは僕なので』
『彼は諦念のこもった声で言った。私はそれ以上何も言えなかった』
『浮気はその後も続いた。繰り返される裏切りに、私の方が気が狂いそうになった』
『私は思い切って◯◯さんにアプローチすることにした。◯◯さんの妻に気を使う必要はない。◯◯さんさえ良ければ……そんな淡い私の期待は、いとも簡単に叶えられた』
隣家の夫『僕も……ずっとC子さんのこと、良いなって思ってました』
C子『嬉しい……』
『いけないコトだってわかってる。でも、私たちには感情を抑える理由がなかった』
『そうして禁忌を犯しているうちに、私は妊娠した』
『◯◯さんに相談すると、彼は結婚しよう、妻に話をすると言ってくれた。私は好きな人と一緒になれる喜び以上に、◯◯さんが悪者になってしまうことが悔しかった』
『……リア先生が殺害されたのは、それから一週間後のことだった』
『私は隠しカメラを回収し、映像を見た。事件の前日に映っていたのは、リア先生の夫と隣家の妻の口論だった』
隣家の妻『どうしてっ!? いつでも俺を頼って良いって言ったのはあなたじゃないっ! 私のことは遊びだったのっ!?』
リア先生の夫『そんなの、言葉遊びみたいなものだろう。キミだって自分から旦那に別れを切り出す気はなかったんだろ。大人の関係として割り切っていたじゃないか』
隣家の妻『ずるいわっ! 男なら責任を取るのが筋でしょうっ!』
リア先生の夫『俺の責任ってなんだよ。キミは妊娠していないじゃないか』
隣家の妻『…………私は、捨てられるのよ? 十分責任を取る理由だわ』
リア先生の夫『キミが捨てられるのは俺が原因じゃない。隣の旦那が別の女に惚れたからだろ』
隣家の妻『違うっ! そんなことありえないっ! 私の不倫に気づいたからよっ! 責任とってよっ!』
リア先生の夫『俺にだって家族があるんだよっ! 勝手なことばかり言わないでくれっ! キミ、育ちは悪くないんだろ。親の援助でいくらでも生きていけるじゃないか。俺に頼らないでくれよ』
『私はこの八年間、ずっと悩み苦しんできた。私が彼と恋に落ちなければ、リア先生は死ななかったかもしれない……』

 涙は出なかったが、俺の表情に御曹司様は満足げにニコリと笑った。
「嘘……だ。こんなのっ、なんとでも描けるっ!」
 そうだ。これを描いたのは川島洋子。誠実の対極にいるような人間だ。
「そういう意見への反論として、これには音声が添付されている」
「っ……」
 背後にいる学生が、俺の耳元でそれを再生した。
 ところどころ聞き取りづらい音声が流れる。
『……はダメ。同性が好きなのよ。きっと…………と付き合ってる。パソコンの検索履歴に…………があった。私、どう接すれば良いのかわからない。気持ち悪くて』
 息が詰まった。
「お前、ホモなんだ」
「っ……」
「葉山のことそういう目で見てんだろ。怪しいとは思ってたんだよ。サオリと付き合えば『成金』って揶揄されることも無くなるのに、速攻フったろ。ありえねーって思った」
 この学校には出自のカーストが存在する。彼のように何世代も続く名門子息はカーストのトップで、俺や馨のような一代成金は底辺。
 サオリという女子生徒はカーストのトップに君臨する下級生だった。彼女と付き合えば、確実にここでの学校生活はグレードアップしただろう。
 でもそんなものに興味はなかった。学食を選ぶのが一番最後になっても、日の当たらないテーブル席にしか座れなくても、廊下の真ん中を歩けなくても、俺は馨と一緒にいられるならそれで良かった。
「つうかお前ら、もしかしてそういう関係だったりする? 親同士が不倫して子供は男同士で付き合ってるとかさすがに引くんだけど」
「……馨とは、そういう関係じゃない」
 声が頼りなく震えた。真実なのに、これでは嘘みたいだ。
「どーだか。お前らお似合いじゃん。馨の尻に突っ込んでんじゃねえの」
 ドッと笑いが起こる。身をよじっても、逃げられない。余計にみっともなくて惨めだとわかっていても、無駄な抵抗をやめられない。
 顔をガッチリと背後から掴まれた。
「やめろっ……」
 御曹司様の手に、親衛隊の一人が黒マジックを差し出す。
「やめろっ!」
「おい、しっかり捕まえとけよ」
 キャップを外し、御曹司様が愉快げに俺の額にペン先を伸ばした。
 ひたりと先端が当たった。短い前髪で常に露出したそこに、おそらく『ホモ』と書き込まれた。
「どうよ」
 ゾロゾロと親衛隊が御曹司様の後ろに回り込み、俺の顔を見て笑った。
 自由の身になった俺は、すぐさま額を押さえた。
 クラスメイトの嘲笑と同情の視線を受けながら、俺は教室を横断し、廊下に出る。
 額を押さえながら走る姿はなんて滑稽だろう。自然と俯きがちになった。チャイムが鳴り、学生らが教室に入っていく。
 俺はトイレに入った。鏡に映った顔を見たら、それまで堪えていたものが一挙に押し寄せ、涙がボロボロと溢れてきた。
 家を追い出された母が気の毒だった。そばにいてやらなければと思った。
 とんだ迷惑だったわけだ。母は俺の性的趣向に気づいて、悩んでいた。一緒に暮らすのも苦痛なほどに。
 涙と一緒に、笑いが込み上げてくる。愚かな自分がおかしかった。
 もう母のところには帰れない。でも翔平さんのところに行くのも躊躇われた。母は翔平さんの父親と体の関係にあったのだ。この漫画はきっと翔平さんも読んでいる。「どの面下げてきた」と追い返されるのがオチだ。
『お父さんが浮気してたこと、僕は知ってた』
 ふと馨の言葉を思い出し、戦慄した。
 馨は、浮気相手を知っていたのだろうか。
 バチっと予告なく与えられる電流の痛みを思い出し、恐怖で体が震えた。
「うっ……」
 突然の吐き気に襲われ、個室に駆け込んだ。
「うえっ……げほっ……」
 吐いたのは久しぶりだ。こんなに苦しいのかと、翔平さんの精神的苦痛を思ってまた胸が痛くなった。
 あの事件によって、翔平さんは人が変わったみたいに凶暴化した。社交的で明るかったのに、常に何かに怯えるように瞳を彷徨わせ、他人と目が合うと鋭く吊り上げるようになった。
 馨は青あざをつけて学校に来るようになった。「僕が怒らせるようなことを言ったから」と馨は自分を責めていたけれど、俺は納得できなかった。どう考えたって、悪いのは暴力を振るう方だ。
 離れて暮らすことになったと聞いた時、心底安堵した。俺と馨が中学一年の時だ。
 事件は高校一年の時に起こった。馨が十針縫う大怪我をしたのだ。翔平さんの家に遊びに行って、喧嘩に発展したらしい。馨は「僕が怒らせたんだよ」とまた自分を責めていたけれど、さすがに今回は憤った。
 俺は抗議しに翔平さんのマンションに行った。暴力を振ってきたら倍返しにしてやるつもりだった。記憶の中の翔平さんは、馨に似て華奢な少年だ。四つ年が違っても、現役陸上部の俺が力で負けることはないだろう。
 怒りを募らせ、インターホンを押す。顔を見たら殴ってしまうかもしれない。直前まで抱いていた懸念は、彼を見た途端に呆気なく消えた。
 柔和な印象の顔立ちは刺々しく、目の下には濃いクマがあった。全身から負のオーラを発散する目の前の男が、記憶の中の少年と一致しなかった。
『誰だ、お前』
 狼狽える俺に、翔平さんは掠れた声で言った。
 リビングへと続く通路にはビールの空き缶が大量に入った袋が置いてある。
 翔平さんがドアを閉めようとし、俺は咄嗟に体を滑り込ませた。
『彰ですっ……南條彰っ! 隣の家の……馨の友達です……』
 翔平さんは卑屈に笑った。
『ああ、仕返ししにきたわけだ?』
『……そのつもりでした……けど……』
 ひどくやつれた男を前に、そんな気も失せた。
『あの……翔平さん、ちゃんとご飯食べてます?』
 恐る恐る聞くと、翔平さんは気色ばんだ。
『何が言いたいっ!』
 突き出された拳は避けられると判断したが、わざと受け止めた。
『痛えな』
 少し声を低くして言っただけ。四つも年下の男に翔平さんは明らかに怯んだ様子だった。人との関わりを避け続けている彼は、本当は誰よりも怖がりなのかもしれない。
『つか臭い。この家、人間の住む場所じゃないだろ』
『う、うるさいっ! 帰れっ!』
 また拳が突き出される。今度は手で止め、逆に殴り返した。細身の翔平さんは一撃で廊下に突っ伏した。
『片付けるから、しばらくそこで寝てな』
 リビングも寝室も酷い有様だった。洗濯されずに放置された服からはすえた臭いがした。それらを洗濯機に放り込み、ゴミとわかるものを片端から捨てていく。そうして明らかになったフローリングには黒いシミが大量についていた。
 俺が片付けている間、翔平さんはソファに座ってスマホを弄っていた。
 ある程度片付けたあとは、冷蔵庫の中を見た。案の定、食材となるものは何もなかった。
 振り返ると、翔平さんと目が合った。翔平さんは慌ててソファへと戻って行った。
 俺の動向を窺っていたのだと思ったら、いじらしさに胸を打たれた。
『何が食べたい?』
 ソファに座る翔平さんに問う。
『別に……いらない。もう、帰れよ』
『俺、翔平さんのお母さんが作るカルボナーラが好きだった』
『……あっそ』
『カルボナーラでいい? 俺、わりと料理うまいんだよ。あの味に近いの作るから』
『……勝手にすれば』
『じゃあ買い物行ってくるね』
 スーパーを検索すると、近くに三件ヒットした。けれど輸入食品の店が目に留まり、どうせならと少し離れたそこへ行くことにした。
『遅かったな』
 玄関を開けた翔平さんは、開口一番そう言った。
 イジけたような彼の表情に、俺はまんまと惚れてしまった。
 この人を支えたい。元気にしたい。笑わせたい。……彼を中心とした願望があぶくのように湧き上がった。
 翔平さんの家に通うようになり、距離が近づくと、願望はエスカレートしていった。
 触れたい、触れて欲しい。……彼に見抜かれたら即刻アウトな願望を、俺は必死に腹の底に押し込んだ。性的趣向も知られたくなかった。馨にも、親にも隠しているのだ。
『お前、ヤッたことある?』
 翔平さんの家に通うようになって半年、一番苦手な話題を振られた。
『ないよ』
 正直に答えた。同級生にはもう済ませている奴もいて、そう答えるとバカにされることもあったが、翔平さんにバカにされる心配はないと思った。
 十四歳で母親を失って以来、翔平さんは人と関わることを避けている。そういう経験があるとは思えなかった。
『へえ、ないんだ。お前、モテそうなのにな』
 好きな子とかいないの? 何も知らない翔平さんは平気で酷な問いをぶつけてくる。
『い、いねえよ……翔平さんこそ、誰か……』
 一歩も外へ出ていないのだ。出会いのない翔平さんにする質問ではなかった。気を悪くしたかもしれない。焦る俺に、翔平さんはサラリと言った。
『俺、女ムリなんだよね』
 かこんと頭を殴られたように虚をつかれた。
『それ……って』
『いや、別に男が好きってわけじゃないんだけど』
 なんだとガッカリした。
『もしかしてお前、ホモだったりする?』
 咄嗟に否定できなかった。よほど不安げな表情をしていたのか、翔平さんは『別にキモいとか思わないから安心しろよ』と笑った。
 優しさをありがたいとは思わなかった。告白されても同じことが言えるのかと、腹が立った。
『俺が好きなのは翔平さんだよ』
 翔平さんは馨よりも若干吊り上がり気味の目を大きく見開いた。
『……黙っててごめん』
 居た堪れず、逃げようとすれば腕を掴まれた。その気もないのに引き留めることがどれだけ残酷か、この人にはわからないのだ。
『お前、俺のこと好きなの?』
『……そうだよ。気持ち悪いだろ』
 翔平さんはまた笑った。
『お前、めっちゃひねくれてんじゃん』
『うるせえなっ!』
 思いきり腕を振り払った。
『俺まだなんも言ってないじゃん。気持ち悪いなんて思わないよ。……なあ、さっきの答えってさ、女としたことないって意味?』
 カッと顔が熱くなった。
『なんか新鮮。お前もそんな顔するんだ』
 自分に好意があると分かったからか、翔平さんは余裕だ。「なあ、どうなんだよ」と迫ってくる。
『ど、どっちもねえよ。……あるわけない』
『ふうん。じゃあヤってみる?』
『……ふざけんな』
『いやマジだから。俺女嫌いだけど性欲はフツーにあるし、正直溜まってんだよね』
『男が好きなわけでもないんだろ』
『お前が俺のこと好きならいいじゃん』
 睨むと、翔平さんはイタズラっぽく笑った。
『もちろん俺が上だけど』
 翔平さんは軽々しく言ったが、それは俺の切実な願望だった。
 翔平さんは勃たないかもしれないし、気まずい関係になるかもしれない。それでも好きな人からの提案を、……突然舞い込んできた幸運を、断れるはずがなかった。
 ……体の関係に発展してからは、泊まることが増えた。
『……がう。……で…………俺が…………した』
 翔平さんはいつもうなされていた。
『母さん……め……さい…………じゃなかった』
 汗をかきながら、苦しげにかぶりを振る。
『殺すつもりじゃ…………俺はっ……ごめんなさっ……』
 最初は聞かなかったことにした。でも何度もうなされる翔平さんを見ていられなかった。
『翔平さんっ!』
 思い切って、肩を揺さぶって強引に起こした。
『はっ……』
『翔平さん……いつも、うなされてるよ』
『え…………』
 翔平さんは汗だくだった。
『いつも、ごめんなさいって謝ってる。……殺すつもりじゃなかったって』
『っ……』
『翔平さん……どういうこと? どうして翔平さんが……謝るの?』
『け、警察に行くのかっ』
『行かないよ。……何を聞いたって警察なんか行くわけない。だから翔平さん……一人で抱え込まずに俺に話してよ』
 本当は、寝言を訂正して欲しかったのだ。あれではまるで翔平さんが犯人みたいじゃないか。現場を目撃してしまったとか、何かの比喩と言って欲しかった。
『……俺が殺したんだよ』
 けれど翔平さんは、はっきりと言った。俺が都合の良い解釈をしないよう、『誰かを庇ってるわけでも、比喩でもない』と付け足して。
『ナイフで母さんの腹を刺した』
 でもその理由は教えてくれなかった。
 俺に打ち明けたところで翔平さんの心が軽くなることはなく、俺は俺で翔平さんの抱えているものの大きさに途方に暮れた。
 翔平さんはそれから一度も「警察に行くのか」と口にすることはなかった。信用されているみたいで嬉しかった。
『俺が怖くないのか?』
 その後も家に通い詰める俺に、翔平さんは言った。
 翔平さんだって、俺が警察に行くなんて思わないだろ? それと一緒だよ。
 そう言えば良かったのに、俺はついあの件に触れてしまった。
『怖くない。だって翔平さんは……別に殺意があったわけじゃないんだろ? 事故とか……不運が重なってそうなっただけなんだろ?』
 殴られた。
『勝手なこと言うなっ! それはお前の願望だろっ!』
『殺すつもりじゃなかったって言ったのは、翔平さんだっ……ごめんなさい、殺すつもりじゃなかった……って! 翔平さんが言ったんだよっ……』
『俺は殺すつもりだったっ! あの日っ、俺は殺意を持って……』
 その時の状況を思い出したのか、翔平さんは「うっ」と口を押さえた。トイレに駆け込み、吐いた。
 ……そういうことが何度もあった。
 チャイムの音によって、現実に引き戻された。立ち上がる気力が起こらず、床にしゃがんだままスマホを見る。自分のスマホで、もう一度あの漫画に目を通した。
『私はこの八年間、ずっと悩み苦しんできた。私が彼と恋に落ちなければ、リア先生は死ななかったかもしれない……』
 川島洋子は、さも俺の母が犯人であるかのように結んでいる。
 本当に俺の母を疑っているのか、単に俺の母のことが気に入らないから、陥れようとそう書いたのかは分からない。でもこれを見た人は確実に俺の母を疑う。
 ……俺ですら、翔平さんと関わっていなければ、母を疑っただろう。
 これで良いじゃないか、と思う。翔平さんがなんと言おうが、葉山リアを殺したのは俺の母……
 スマホ画面が着信に切り替わった。翔平さんからだ。漫画を読んだのかもしれない。緊張しながら通話に出る。
「もしもし」
『彰、うちに来てくれるか』
 普段通りの口調にホッとした。もしかしたらまだ、あの漫画を読んでいないのかもしれない。
『八年前のことを書いた。馨に渡してほしい』