翌日は九時過ぎまで、全員布団待機していた。つまり、起きてはいたのに布団から出られなかったのだ。
私と春香はそれぞれの部屋に、有里氏はリビングのソファベッドで寝ていたのだけれど、全員布団の中でSNSをしていたので、タイムラインで会話をしていた。起きて話すのとは、またちょっと違うんだな。
とはいえいい加減起きないと、お腹が空いてきた。
「布団から出られない……。この家の毛布くにゅくにゅしてて気持ちが良すぎる……。これこそスパダリだわ」
どうにか布団から這い出たら、リビングで毛布を抱きしめてる有里氏がいた。思わず足を止めてしまう。
「何しとるん?」
後ろから声がかかる。どうやら春香も起きてきたようだ。
「二人とも……その冷めた目、やめてくんない?」
そそくさと起き上がると、有里氏は何事もなかったように布団を畳み始める。今夜も使うからね。
顔を洗いキッチンに立つ。コーヒーメーカーに水と豆をセットしたら、何とはなしにすっきりとしてきた。
「朝はパン?」
私の声に、二人は同時に振り向く。
「パンパ」
「パン」
そうして、歌うように春香、有里氏と続けて声を上げた。
冷凍しておいた食パンをトースト。春香が卵焼きを作っている間に、珈琲を注ぐ。有里氏が炬燵テーブルに布巾をかけ、猫たちのカリカリをセットする。完璧な布陣だ。
我が家のトースターは、以前商店街のガラガラくじで春香が引き当てたバルミューダ。他のと比較して食べたことはないけど、なんとなく美味しい気がしている。
今日のトーストの具材はキノコとタマネギを炒め煮したものをとろけるチーズの上にのせたものだ。キノコとタマネギの炒め煮は、私が好きで作り置きでストックしている。春香と私、それぞれが好きに作り置きをして、お互いに好きに食べるようにしているからか、作り置きだけでも結構飽きが来ない。
朝食を食べたら、三人で外に出る。
「味噌造りってのは、大豆選びから始まってるからね」
ドヤ顔で話す有里氏は、きっと去年ものすごく調べたんだろうな。知識のおこぼれをいただけてありがたい。
「ちょっと! なんでいきなり灯氏が私に合掌してんの」
「あ、いや教えて貰ってありがたいな、と」
「それやったら、私も拝んどこ」
「そうそう、拝んどこ」
「道ばたではやめ」
笑いながら手を左右に振る有里氏に、私たちはにんまりと笑った。
家から20分くらい歩いたところにある、乾物屋に顔を出す。いくつかある大豆の中から、店主が味噌造りに向いているものを選んでくれた。
ついでに、コンビニに寄って肉まんを買った。歩きながら食べる。
「肉まんってもう少し大きかった記憶なんだけど」
「灯氏もそう思う?」
「あと、思ってたより高かったやんな」
「春ちゃん、その通り」
私たちのコメントにいちいち反応してくれる有里氏は、本当に良いヤツだ。マメなんだよね。大豆を手に持っているだけに。
青空のおかげで随分と冷たく感じる空気から逃げるように、片道20分、買い物やら寄り道やらで都合一時間ちょっとで散歩は終了となった。
「ただいまー。にゃんこ達迎えに来おへんかー」
「再度のお邪魔しますっ」
「寒いーっ。ただいまだよ、にゃんこ達~」
私たちの声が、空っぽの部屋に響く。玄関から見えるクッションに座っていたリリは、ちらりとこちらを見ただけで、そのまま睡眠を続けている。ミヤは出てきてもくれない。
「さて、この家で一番大きなボウルに大豆をいれます」
「ふむ」
私は有里氏と並んでキッチンに立つ。春香は、なにやらネタが浮かんだとうっかり口にしてしまったが為に、有里氏に部屋に押し込められた。部屋からジブリの音楽が聞こえてきたので、ノってきているらしい。
しっかり洗って、と言われたので何度も水を変えて大豆を洗う。水が透明になったところでオーケーが出たので、それをたっぷりと水に浸けて、キッチンの端に放置した。これを一晩放置してからが、勝負というわけだ。
「春香のサイン会はいつなの?」
「七月の下旬」
「暑い時期だねぇ。でも、夏休みだと、若い子が来てくれそう。東京と大阪でやるんでしょ。私も両方並ぶわ」
私の言葉に、有里氏は心底嬉しそうに笑った。
『ハルカ』がデビューしたのはもう十年ほど前だ。
私と出会ったときにはもうデビューしていたけれど、最初はなかなか売れなくて苦労していた。私と一緒に住み始めたのも、苦労していた頃なので、こうしてサイン会が開催されるというのは本当に嬉しい。
「他の出版社さんでは何回かやってるんだっけ」
「確か三回くらい、かな。うちのレーベルでは去年から連載始まって、最初のコミックスが出る記念なんだ」
コミックスとはさらに嬉しい。
──正社員に、いつまで経ってもさせてくれないから、やったら漫画一本で食ってけるようになってやるわ。
彼女と初めて飲んだ日に、同じ氷河期世代だということで仕事の愚痴で盛り上がった。その時に春香が言ったこの言葉が忘れられない。
「さぁて、頑張ってるハルカ先生と、灯氏の為に、もうひと品披露しましょうかね」
ネタを詰めて企画書にしている春香を思うと、私のしてあげられることができたらな、なんて殊勝にも思ってしまう。有里氏に肯定を示すように頷けば、彼女は笑いながら「ま、これも竜也くんのレシピなんだけどね」なんて言う。
推し活かよ!
私と春香はそれぞれの部屋に、有里氏はリビングのソファベッドで寝ていたのだけれど、全員布団の中でSNSをしていたので、タイムラインで会話をしていた。起きて話すのとは、またちょっと違うんだな。
とはいえいい加減起きないと、お腹が空いてきた。
「布団から出られない……。この家の毛布くにゅくにゅしてて気持ちが良すぎる……。これこそスパダリだわ」
どうにか布団から這い出たら、リビングで毛布を抱きしめてる有里氏がいた。思わず足を止めてしまう。
「何しとるん?」
後ろから声がかかる。どうやら春香も起きてきたようだ。
「二人とも……その冷めた目、やめてくんない?」
そそくさと起き上がると、有里氏は何事もなかったように布団を畳み始める。今夜も使うからね。
顔を洗いキッチンに立つ。コーヒーメーカーに水と豆をセットしたら、何とはなしにすっきりとしてきた。
「朝はパン?」
私の声に、二人は同時に振り向く。
「パンパ」
「パン」
そうして、歌うように春香、有里氏と続けて声を上げた。
冷凍しておいた食パンをトースト。春香が卵焼きを作っている間に、珈琲を注ぐ。有里氏が炬燵テーブルに布巾をかけ、猫たちのカリカリをセットする。完璧な布陣だ。
我が家のトースターは、以前商店街のガラガラくじで春香が引き当てたバルミューダ。他のと比較して食べたことはないけど、なんとなく美味しい気がしている。
今日のトーストの具材はキノコとタマネギを炒め煮したものをとろけるチーズの上にのせたものだ。キノコとタマネギの炒め煮は、私が好きで作り置きでストックしている。春香と私、それぞれが好きに作り置きをして、お互いに好きに食べるようにしているからか、作り置きだけでも結構飽きが来ない。
朝食を食べたら、三人で外に出る。
「味噌造りってのは、大豆選びから始まってるからね」
ドヤ顔で話す有里氏は、きっと去年ものすごく調べたんだろうな。知識のおこぼれをいただけてありがたい。
「ちょっと! なんでいきなり灯氏が私に合掌してんの」
「あ、いや教えて貰ってありがたいな、と」
「それやったら、私も拝んどこ」
「そうそう、拝んどこ」
「道ばたではやめ」
笑いながら手を左右に振る有里氏に、私たちはにんまりと笑った。
家から20分くらい歩いたところにある、乾物屋に顔を出す。いくつかある大豆の中から、店主が味噌造りに向いているものを選んでくれた。
ついでに、コンビニに寄って肉まんを買った。歩きながら食べる。
「肉まんってもう少し大きかった記憶なんだけど」
「灯氏もそう思う?」
「あと、思ってたより高かったやんな」
「春ちゃん、その通り」
私たちのコメントにいちいち反応してくれる有里氏は、本当に良いヤツだ。マメなんだよね。大豆を手に持っているだけに。
青空のおかげで随分と冷たく感じる空気から逃げるように、片道20分、買い物やら寄り道やらで都合一時間ちょっとで散歩は終了となった。
「ただいまー。にゃんこ達迎えに来おへんかー」
「再度のお邪魔しますっ」
「寒いーっ。ただいまだよ、にゃんこ達~」
私たちの声が、空っぽの部屋に響く。玄関から見えるクッションに座っていたリリは、ちらりとこちらを見ただけで、そのまま睡眠を続けている。ミヤは出てきてもくれない。
「さて、この家で一番大きなボウルに大豆をいれます」
「ふむ」
私は有里氏と並んでキッチンに立つ。春香は、なにやらネタが浮かんだとうっかり口にしてしまったが為に、有里氏に部屋に押し込められた。部屋からジブリの音楽が聞こえてきたので、ノってきているらしい。
しっかり洗って、と言われたので何度も水を変えて大豆を洗う。水が透明になったところでオーケーが出たので、それをたっぷりと水に浸けて、キッチンの端に放置した。これを一晩放置してからが、勝負というわけだ。
「春香のサイン会はいつなの?」
「七月の下旬」
「暑い時期だねぇ。でも、夏休みだと、若い子が来てくれそう。東京と大阪でやるんでしょ。私も両方並ぶわ」
私の言葉に、有里氏は心底嬉しそうに笑った。
『ハルカ』がデビューしたのはもう十年ほど前だ。
私と出会ったときにはもうデビューしていたけれど、最初はなかなか売れなくて苦労していた。私と一緒に住み始めたのも、苦労していた頃なので、こうしてサイン会が開催されるというのは本当に嬉しい。
「他の出版社さんでは何回かやってるんだっけ」
「確か三回くらい、かな。うちのレーベルでは去年から連載始まって、最初のコミックスが出る記念なんだ」
コミックスとはさらに嬉しい。
──正社員に、いつまで経ってもさせてくれないから、やったら漫画一本で食ってけるようになってやるわ。
彼女と初めて飲んだ日に、同じ氷河期世代だということで仕事の愚痴で盛り上がった。その時に春香が言ったこの言葉が忘れられない。
「さぁて、頑張ってるハルカ先生と、灯氏の為に、もうひと品披露しましょうかね」
ネタを詰めて企画書にしている春香を思うと、私のしてあげられることができたらな、なんて殊勝にも思ってしまう。有里氏に肯定を示すように頷けば、彼女は笑いながら「ま、これも竜也くんのレシピなんだけどね」なんて言う。
推し活かよ!