「どうしてこなかったんですか」
 翌日会社に行くと、真夏はさっそく磯村に聞かれた。
 朝、スマホの電源つけたら鬼ラインと電話の着信があった。
「ごめん」
 真夏は俯いて謝った。
 磯村のほうも、とくに理由を聞くつもりはなかったらしい。
「秋穂さん心配してましたよ」
 と言った。
「秋穂、怒ってた?」
「怒ってました」
「やっぱり」
 あとで秋穂にラインを入れておこう。即電話がかかってくるかもしれない。
「いや、真夏さんにじゃなくって、俺に」
 磯村は目を細めた。
「はい?」
 まあ、昼にでも話しましょ、と磯村は言った。
 昼休みになり、二人は近所の定食屋の方へ向かった。途中で、磯村が言った。
「おまえは真夏をどう思ってるんだ、って」
「なんのこと」
「秋穂さんがブチ切れてました」
「それは」
「お前は自分が顔がいいからってお高く止まってるんだろうとか、なんか偉そうとか、実は冷血だろう、わたしにはわかるとか。酒飲みながらずっと説教でした」
「それって」
 真夏はその秋穂の磯崎評を聞いて、わかった。それは直輝の、というかわたしたちの好きなタイプじゃん、やっぱ秋穂もそうなのか、と。
 そして、べつにわたしたちは男の顔の好みが被っているんじゃない、と思った。その人の滲み出る内面が好きなのだ。
「磯村くん、秋穂のことどう思う?」
 真夏は磯村にさりげなさを装いながら訊ねた。
「面白いですなあ」
 磯村が困ったように、言った。面白そうには見えなかった。
「磯村くん、だったらさ」
 と後押ししようとしたときだ。
「俺ね、付き合ってる人いるんです、遠距離ですけど」
 と磯村が頭を掻いた。
「え、あ」
 いきなりの想像していなかった発言に、真夏はたじろいだ。しかし冷静に考えてみたら、たしかに彼女の一人や二人や十人くらいいそうだ。
「彼氏です」
 磯村が真夏を見て、少し真面目腐って言った。
「あ、ああ、うん、」
 こういうときどうリアクションしたらいいかわからず、なんだか変な声が出た。別に彼氏がいるから、どうこうでもないし、なにも悪くはないけれど、さすがに急な告白に、真夏はどうしたらいいかわからなかった。
「秋穂さんにも言って、そうしたら、おんなじリアクションしてましたよ」
 磯村がちょっとだけほっとしたように笑った。
「真夏さんと秋穂さん、二人でいるとなんだか小鳥がピーチクパーチク好き勝手に鳴いているみたいで、なんだか面白いから、二人でいるところにまた相席させてくださいよ」
 定食屋に到着し、「やった。今日並んでない、すぐ入れる」
 と磯村が店のドアを開けた。

 後日、直輝のトークイベントに真夏と秋穂は参戦した。
「磯村さあ」
 席について、始まるのを待っているとき、秋穂が切り出した。
「うん」
「まあ控えめに言って」
 一瞬秋穂が口ごもり、すかさず真夏が代弁するように言った。
「推せるわ」
「それ」
 秋穂が真夏を指差して笑った。「彼氏可愛いし」
「見たの!?」
「うん、そっちか〜みたいな」
「えーっ、どっちだよ」
「なんか癒されたわ〜。にしても磯村め、庶民派のそこらへんにいるただのイケメンのくせにやりおる」
 なぜか満足げに秋穂が言った。
「そうなんだよねえ、どっか手の届かない感じ醸し出してるし。そもそもわたしたち対象外だし」
 真夏はつい最近、新規の大口を契約して拍手を浴びている磯村を思い出した。なかなかいい顔をしている。
「わたしたちもついに専門職はこれまであったけど、一般リーマン推すまでになったか」
「いくとこまできたね」
 二人とも、磯村が推せることについては意見が一致した。
「まだまだこれから楽しくいけそうじゃん。ていうか真夏、あんた磯村のおいしいとこチェックしときなよ」
「写真と動画撮らなくちゃね。捗るわ」
「ちゃんと許可とっておきなね」
 そしてトークショーが始まった。直輝が壇上にあがってくる。相変わらず、かっこいい。いつまでもこんなふうに、好みのイケメンを推し続けていくのやら。そろそろやめどきかも、と思うこともある。でも、推しはまたどんどん新規が見つかるし、増えていくし、秋穂と一緒に推すの、二人で一緒に推すのは最高なのだ。
「あの司会、悪くないよね」
 秋穂が小声で言った。
「ああ、なんか笑ってても、心の奥では別のこと考えてそうなのが、とても捗るねえ」
 真夏はそう言って、少し鼻をすすった。