あの一件以来、妙に磯村が気になってきた。
色黒だしがっしりしてるし、眉毛太いし、ぜんぜん好みじゃないのに、だ。職場で磯村が誰かと脱弾していると、内容が気になる。得意先周りから帰ってきても、前まではなんとも思わなかったのに、ねぎらいの言葉をかけたりしてしまう。
もしかして、これは、と真夏は焦った。実はこれまで、自分の周りにいる異性のことを、モブとか人形とか、なんなら生き物として認識してこなかった。しゃべる動物くらいのテンションだった。
しかし、磯村は違った。というより、徐々に違うものになっていった。
そしてはじめて秋穂と推しが被らない状態なのかも、と思い、その思いつきに、自分でもびっくりしていた。
彼氏いない歴、実年齢の真夏である。鏡をのぞいてみても、自分はわりと悪くないと思う。しかし、手の届かない人ばかりを好きになってしまい、これまで自分と同じ世界にいる男子のことを好きになることはできなかった。
もしかして。
わたしも意外と、普通にそこらへんの男の子と恋愛することができるのかもしれない。いやさすがに磯村とどうこうなんていうのは先走りすぎだけれど。どこかで諦めかけていたけれど、いけるのかも。
「磯村どうしてんの」
休みの日、秋穂とお茶をしているときだった。
「なんで?気になる?」
「べつに」
一通り、直輝への想い(と追っかけてきたここ数週間の成果報告)を終え、一息ついたところだった。
「磯村情報あんたよくラインするじゃん、バナナで足滑らせたとか」
「言ってない。雨の日に中野坂上の階段を思い切りすべってずり落ちたって話」
「ふーん、興味ねーわ。でも珍しいよね、真夏が直輝以外のこと話してくるって」
そう言われ、真夏はどきりとした。
「まあ会社でよく会うからね」
「よくっていうか毎日だろうが」
そんなふうに何の気ない話をしながら、つい最近磯村が言っていたことを真夏は思い返した。
「秋穂さんどうしてるんですか」
あるとき、磯村が急に秋穂のことを聞いた。
「なんで気になるの?」
と言ったとき、なんだか嫌みたらしく、しかもどこかねちっこい言い方をしてしまったことに、真夏は慌てた。
「いや〜羨ましいんですよ、俺、友達いないんで」
どう考えても友達いっぱい従えてバーベキューとかしてそうな風貌なのにねえ、と真夏は思った。
「今度また三人で飲みましょうよ」
「どうかした?」
秋穂が声をかけ、真夏は「ううん、なんでも」と答えた。
「かぜとかだったら引きはじめのうちになんとかしたほうがいいよ」
とおすすめの漢方をラインしてくれた。
「詳しいじゃん」
「実はさ、ある程度見極めてから真夏に言おうと思っていたんだけど、最近自由が丘の漢方屋捗るイケメンがいるのよ」
といってスマホで検索して画面を見せた。
「ああ、なるほど」
いかにも私たち好みだ。線が細くて神経質そう。真面目な顔だが、笑ったらきっとほっとして「いける」なんてのたまってしまいそうだ。
自分と秋穂は被る。
と真夏は思う。でも、やっぱり磯村はこえまでの傾向と違うし。
「どうした?」
秋穂が心配そうに真夏に声をかけた。
「ううん、やっぱちょっとかぜっぽいのかも」
真夏は言い訳じみた口ぶりをした。
これってもしや。
やば、古臭い恋愛小説じゃあるまいし 胸が痛いとか 健康診断でなんかひっかかるかな。考えてみて、ちょっとだけ苦しかった。なんでもかんでもこれま秋穂に話してきたけれど、これはなんだか、うまく伝えることができない。
わたしたちは、推してきたけど、恋をしてきたわけではないのだ。
秋穂が真夏をじっと見た。
「なに?」
「調子良くなったら、あの身長だけ直輝呼んでまた飲むか」
と秋穂は言った。そしてすぐに、「ところで直輝の出る映画、ちょい役だから今回舞台挨拶ないらしいよ。主催は何考えてんだか。直輝がでるならうちら、手弁当で行くってのにねえ。観客二人増えるってのに」
いつもの話題に戻った。
結局再び三人で飲むことになった。グループラインまで作られてしまった。なんだか磯村と秋穂はうまがあうらしく、やたらと返信してバトっている。
『なんだこの身長だけのやつが!』
なんて秋穂は平気で書くし、
『でたー誹謗中傷〜荒れるぞ〜』
なんて磯村も面白おかしく返す。そのやりとりを見ていたら、なんだか余計に苦しくなってきた。
やばい、わたしアラサーになろうとしているのに、なに安い少女漫画みたいなメンタルになっているんだ。
蚊帳の外だ。
飲み会当日も、真夏はそんなふうに思った。
だったらでなきゃいいじゃん。急にそう思った。
待ち合わせ場所まで行く途中で、真夏は踵を返した。しかし、どこに行く当てもなく、ちょうど直輝の出ている映画の上映時間が近いシネコンに入った。
真夏はスマホの電源を切った。連絡しないでばっくれて、ないにやっているのだろうか。
ぼんやりしていたら、直輝の出演シーンをスルーしてしまっていた。
色黒だしがっしりしてるし、眉毛太いし、ぜんぜん好みじゃないのに、だ。職場で磯村が誰かと脱弾していると、内容が気になる。得意先周りから帰ってきても、前まではなんとも思わなかったのに、ねぎらいの言葉をかけたりしてしまう。
もしかして、これは、と真夏は焦った。実はこれまで、自分の周りにいる異性のことを、モブとか人形とか、なんなら生き物として認識してこなかった。しゃべる動物くらいのテンションだった。
しかし、磯村は違った。というより、徐々に違うものになっていった。
そしてはじめて秋穂と推しが被らない状態なのかも、と思い、その思いつきに、自分でもびっくりしていた。
彼氏いない歴、実年齢の真夏である。鏡をのぞいてみても、自分はわりと悪くないと思う。しかし、手の届かない人ばかりを好きになってしまい、これまで自分と同じ世界にいる男子のことを好きになることはできなかった。
もしかして。
わたしも意外と、普通にそこらへんの男の子と恋愛することができるのかもしれない。いやさすがに磯村とどうこうなんていうのは先走りすぎだけれど。どこかで諦めかけていたけれど、いけるのかも。
「磯村どうしてんの」
休みの日、秋穂とお茶をしているときだった。
「なんで?気になる?」
「べつに」
一通り、直輝への想い(と追っかけてきたここ数週間の成果報告)を終え、一息ついたところだった。
「磯村情報あんたよくラインするじゃん、バナナで足滑らせたとか」
「言ってない。雨の日に中野坂上の階段を思い切りすべってずり落ちたって話」
「ふーん、興味ねーわ。でも珍しいよね、真夏が直輝以外のこと話してくるって」
そう言われ、真夏はどきりとした。
「まあ会社でよく会うからね」
「よくっていうか毎日だろうが」
そんなふうに何の気ない話をしながら、つい最近磯村が言っていたことを真夏は思い返した。
「秋穂さんどうしてるんですか」
あるとき、磯村が急に秋穂のことを聞いた。
「なんで気になるの?」
と言ったとき、なんだか嫌みたらしく、しかもどこかねちっこい言い方をしてしまったことに、真夏は慌てた。
「いや〜羨ましいんですよ、俺、友達いないんで」
どう考えても友達いっぱい従えてバーベキューとかしてそうな風貌なのにねえ、と真夏は思った。
「今度また三人で飲みましょうよ」
「どうかした?」
秋穂が声をかけ、真夏は「ううん、なんでも」と答えた。
「かぜとかだったら引きはじめのうちになんとかしたほうがいいよ」
とおすすめの漢方をラインしてくれた。
「詳しいじゃん」
「実はさ、ある程度見極めてから真夏に言おうと思っていたんだけど、最近自由が丘の漢方屋捗るイケメンがいるのよ」
といってスマホで検索して画面を見せた。
「ああ、なるほど」
いかにも私たち好みだ。線が細くて神経質そう。真面目な顔だが、笑ったらきっとほっとして「いける」なんてのたまってしまいそうだ。
自分と秋穂は被る。
と真夏は思う。でも、やっぱり磯村はこえまでの傾向と違うし。
「どうした?」
秋穂が心配そうに真夏に声をかけた。
「ううん、やっぱちょっとかぜっぽいのかも」
真夏は言い訳じみた口ぶりをした。
これってもしや。
やば、古臭い恋愛小説じゃあるまいし 胸が痛いとか 健康診断でなんかひっかかるかな。考えてみて、ちょっとだけ苦しかった。なんでもかんでもこれま秋穂に話してきたけれど、これはなんだか、うまく伝えることができない。
わたしたちは、推してきたけど、恋をしてきたわけではないのだ。
秋穂が真夏をじっと見た。
「なに?」
「調子良くなったら、あの身長だけ直輝呼んでまた飲むか」
と秋穂は言った。そしてすぐに、「ところで直輝の出る映画、ちょい役だから今回舞台挨拶ないらしいよ。主催は何考えてんだか。直輝がでるならうちら、手弁当で行くってのにねえ。観客二人増えるってのに」
いつもの話題に戻った。
結局再び三人で飲むことになった。グループラインまで作られてしまった。なんだか磯村と秋穂はうまがあうらしく、やたらと返信してバトっている。
『なんだこの身長だけのやつが!』
なんて秋穂は平気で書くし、
『でたー誹謗中傷〜荒れるぞ〜』
なんて磯村も面白おかしく返す。そのやりとりを見ていたら、なんだか余計に苦しくなってきた。
やばい、わたしアラサーになろうとしているのに、なに安い少女漫画みたいなメンタルになっているんだ。
蚊帳の外だ。
飲み会当日も、真夏はそんなふうに思った。
だったらでなきゃいいじゃん。急にそう思った。
待ち合わせ場所まで行く途中で、真夏は踵を返した。しかし、どこに行く当てもなく、ちょうど直輝の出ている映画の上映時間が近いシネコンに入った。
真夏はスマホの電源を切った。連絡しないでばっくれて、ないにやっているのだろうか。
ぼんやりしていたら、直輝の出演シーンをスルーしてしまっていた。