翌日、はるかは倒れたことを理由に学校を休むことになった。朝、はるかが起きる前に母が連絡を入れ、早番の先生が対応してくれた。

「担任の先生に伝えるようにお願いしたから、今日はしっかり休みなさい。最近部活で遅かったし、きっと疲れていたのよ」

「はぁ~い」

なんだか張り合いないなぁ。それにひとりだけ取り残された気持ち。

選考会を明日に控えた木曜日。皆、選考会に向けて練習しているんだろうなぁと想像しつつ、パジャマ姿のまま一日中ごろごろしている。

フルートは音楽室に置いてきてしまったから、家で練習することもできない。うずうずする気持ちを抑えつつ、頭の中で「想い出は銀の笛」のメロディを反芻する。

すると、ふと思い出したことがあった。サクソフォンが見つかったことを、菜摘にまだ伝えていなかった。

昨夜の様子だと北川が菜摘に対して正直に打ち明けそうだと思った。けれど実際のところ、学校を休んだはるかにわかるはずもない。

うーん、どうしようかな。菜摘に連絡してみようかな。

迷っていると唐突にスマホが震えた。画面を確認すると菜摘からで、こんなメッセージが送られてきていた。

『音楽室にサクソフォンあったよ!』

はるかはほっと胸を撫でおろす。北川が戻しておいたのだろうか。このぶんだと北川は菜摘にサクソフォンを隠したことを伝えていないように思えた。

はるかは北川が反省していたようだったので、それで十分なんじゃないかなと思い、菜摘に昨夜の事情は伝えないことにした。

『よかったー! これで明日の選考会、心おきなく頑張れるね。役に立たなかったけど、ちゃんと応援しているよ』

ピッ……。

するとすぐに返事が届く。

『心配おかけしました』

丁重に頭を下げた絵文字がついていた。

『体調は大丈夫なの? 休むなんて珍しいから』

『昨日倒れちゃって。でももうぜんぜん元気、明日は学校も部活も出るね』

ピッ……。

送信してからベランダに足を運び、頭上を見上げる。

空はぬけるような水色でぽかぽかと暖かく、部屋の中でくすぶっているのがもったいなく感じられた。

明日はちゃんと演奏できるかなぁ。

「想い出は銀の笛」

千賀と出会ったときのことを思い出す。両手を自分の胸に当ててそっと目を閉じると、トクントクンと胸の奥でやわらかな鼓動を感じる。はるかはあらためて思う。

音楽ってとっても素敵。あたしを千賀先輩と巡り合わせてくれた。そしてフルートを奏でることが今、こんなにも楽しく思える。よーし、明日は頑張ろう!

うーんと両手をめいっぱい空に向かって伸ばし、思いっきり息を吸い込んだ。家の周りでは、木々の枝葉の間を椋鳥(むくどり)が飛び回っていて、鳴き声を奏でてレモン色の音符を空に放っていた。

そして最後の選考会の日がやってきた。

はるか、菜摘、北川、そしてすべての部員たちに。