運動会実行委員に立候補した次の日、隼人はいつも通り教室に向かったが、教室のドアを開けた瞬間、友人の内海が周りのクラスメイトとニヤニヤしながら待ち構えていた。何だろうと思っていると、すぐにその答えが返ってきた。

 「隼人、お前本当に運動会実行委員やるんだって?お疲れ様っていうか、ご愁傷様だな」

 内海の言葉に、隼人は一瞬、意味が分からなかった。何でそんな反応をされるのか、自分ではまったく予想外だった。
 昨日の委員会選考では、特に何も問題があるようには思わなかったし、力弥に近づけるかもしれないという期待に胸を膨らませていた。だが、内海の顔を見ると、まるで何か恐ろしいことを隼人が知らずに踏み込んだかのようだった。

 「なんでだよ?」
 隼人は困惑しつつも内海に問い返した。

 「俺さ、実は兄貴がこの学校の卒業生なんだけど、兄貴から聞いたんだよ、あの実行委員会の話をさ」

 内海の言葉に隼人はぎょっとした。嫌な予感が一瞬頭をよぎるが、まさかそんなことないだろうと自分に言い聞かせた。けれど、内海はそのまま話を続ける。

 「兄貴が言うには、あの運動会実行委員は”魔の実行委員”って呼ばれてるらしいんだ。毎年な。先生たちも関わりたがらないくらいで、実行委員になった奴らは次々に脱落するんだってよ」

 隼人の心臓が一気に跳ね上がった。そんな話、聞いたこともなかった。運動会実行委員なんて普通の委員会活動の延長だと思っていた。準備をして、競技を企画運営したりして生徒たちに指示を出したりするくらいだろうと簡単に考えていたが、どうやら話はそんなに甘くはないらしい。

 「え、そんな…何でそんなことになってるんだ?」

 隼人が冷や汗をかきながら質問すると、内海は少し目を細めながら、話を続けた。

 「兄貴の代もそうだったらしいけど、どうやらあの運動会、毎年まともに開催されてないんだよ。担当の先生も最初は頑張ってたみたいだけど、途中でみんな匙を投げるんだってさ。運動会が無事に終わる年なんて、ここ最近ないらしいぞ」

 「…どういうこと?」

 隼人はさらに困惑し、聞き返した。内海は、机に腕を組みながら語り始めた。

 「まず、準備の段階でほとんどの実行委員が途中で辞めるんだ。最初はみんな”内申点が上がる”とか”目立ちたい”って理由で参加するんだけど、あまりにも大変すぎて次々にギブアップしていくんだよ。資料作成とか、グラウンドの準備とか、あと当日までの連絡調整とか、何でも実行委員がやらされるんだ。でも人が減っていくから、結局少数で全部こなさなきゃいけなくなる」

 「そんなに大変なのかよ…」隼人は青ざめた顔でつぶやいた。

 「それだけじゃない。実行委員を支えるはずの先生まで途中で逃げ出すんだ。担当の先生たちも、毎年誰がやるかで揉めるっていうくらい、あの委員会は嫌がられてるんだよ。俺の兄貴の代では、結局、担当の先生が途中で『もう知らん!』って言い残して、何も助けてくれなくなったらしい」

 内海はその時の様子を真似して見せたが、隼人は笑えなかった。実行委員に立候補したばかりの自分が、これから待ち受ける運命を思うと、冷や汗が止まらない。

 「だからさ、毎年実行委員になった奴らは、ほとんどが後悔するんだよ。兄貴の友達も、途中で委員会に来なくなったり、挙句の果てには先生に怒られて辞めた奴もいるんだって。残ったのは数人だけで、結局、運動会はまともに開催されなかったってさ」

 隼人は内海の話を聞きながら、どんどん顔が青ざめていくのを感じた。立候補した瞬間は、力弥に近づけるかもしれないという期待でいっぱいだったが、現実の過酷さを知ると、急にその決断が無謀に思えてきた。

 「…嘘でしょ?俺、そんなつもりじゃなかったんだけど…」

 「まぁ、頑張れよ。誰も手を挙げなかったのには理由があるってことさ」

 内海は最後にそう言って、軽く肩を叩いて去っていった。隼人はその場に呆然と立ち尽くし、自分が思い描いていた運動会実行委員のイメージが一気に崩れ去るのを感じていた。

 その後、隼人は早速、実行委員会に顔を出すことになったが、そこに待ち受けていたのは、さらに過酷な現実だった。