牢獄。はっきりとそう言い切った天巳にみちるは目を疑った。しかし、不穏な表現で己が居場所を評してみせたにも関わらず淡々とした天巳の表情はぶれることなくこの部屋を――否、窓の外の庭を見つめている。
「不思議には思わぬか。雨を降らせる雲は空にある。龍はその神力で空を翔けると人々は語る。しかし我はそなたを連れて水底に沈んだ。それは――我が叢雲の宮を追放されたから。雨龍を継ぐ者として、相応しくなかったからだ」
そう言われて、初めてみちるは気がついた。確かに数多の絵巻物に描かれる龍は空を飛ぶ。地を這う龍など見たことがない。それは彼女が住んでいた奥宮に祀られていた屏風でも同じことだった。
雲を背負い、雨を呼ぶ龍。その天翔る勇姿こそが龍を龍たらしめるゆえんだと、特段疑問に思うことなく過ごしてきた。
それが、天巳に欠けているというのか。
「我がこのような身の上だからこそ、それに仕える雨巫女たるそなたまで辛い思いをさせた。すまぬ……と言葉で言うだけなら容易いが、そなたの心はそれで収まらぬことくらいは承知している」
天巳は静かにみちるを見た。青い瞳に黒い瞳。鏡を見るたびに胸を痛め、苛立ちを強くし、哀しみを深くしてきた、半端者の、役立ずの証。
「……話せる範囲で構いません。何があったのか、お聞かせ願えますか」
みちるは同じ瞳で天巳を見据える。天巳はその色を遮るように目を伏せた。
「雨龍は代々長命だ。雨巫女が捧げる人々の信仰を糧とし、その身に宿る神力を分け与えることで雨を降らせ、信仰を守る。雨巫女は加護の受け手であり、信仰の送り手だ。そこに雨龍が認識する「個」はない。しかし稀に――雨龍の伴侶たる雨巫女が生まれる。次代の龍へと血を継がせるための、運命の巫女だ」
天巳の長い睫毛がぴくり、と痙攣した。しかし、その瞼は閉じられたままだ。
「その娘が母の胎に宿る時、雨龍に変化が生じる。その者は雨巫女を娶るために人の姿を手に入れる。その娘に加護を与えるために。数多の民の信仰より、その娘の心を糧として雨を降らせるために」
「それは――」
咄嗟に割って入った言葉は、みちるが飲み込みきれなかった残滓だ。話に水を差す真似はしたくなかったが、まろびでた言葉は止められぬ。
「それは……危険なのではないでしょうか。雨巫女ひとりが、雨を、加護の元を狂わせる。村にひとつしかない井戸を塞いでしまうようなものではないのですか」
「そうだ。凪いで久しい、途方もない安寧の水面に石を投げ込むようなもの。その波紋がいかなる混乱を齎すか――聡い者ならばすぐに手を打つだろう。だから、我は自ら水底に堕ちた。天高くたゆたう水の還る源、叢雲の宮から、地中深く潜っては淀み、いつか空へ昇る日を渇仰する水底へ。龍から巳へと姿を転じた。しかし、人の姿だけは手放さぬ。その理由はただひとつ」
朗々とした語りがふと途切れる。天巳の瞼がようやく上がる。堕ちた証である色を忍ばせて。みちるの心を縛り続けてきた、そのふたつの色を宿らせて。
「我にとってのただひとり――みちる。そなたを欲してやまぬからだ」
話の最中、今まで触れずにいたのが耐えきれぬとばかりに天巳はみちるを掻き抱く。急なことで応えることも拒むことも中途半端な体勢のみちるに構うことなくぐいと膝に抱き上げてその細い首筋に顔を埋める。
「あま、みさま、まって」
「そなたは我を待たせてばかりだ。あと幾年待てばいいのだ」
「わたし、まだ、わからないことだらけで……」
「そうか。人の子にすべて理解してもらおうとは思わん」
肌を掠める天巳の吐息がどんどん熱くなっていくことにみちるは混乱しながらなんとか彼を押しやろうとするが、細身とはいえ男の力を制することもできずに焦りばかりが先立つ。みちるのすべてを暴こうと絡みつく腕の強さにもがきながら、みちるは浅くなってきた呼吸で天巳を何度も呼んだ。
それが功を奏したのか、天巳の腕が渋々止まる。
「……まだ、何を問う」
「そのお話の通り、私が天巳様を、雨龍の御方の有り様を変えさせた雨巫女ならば――私こそが貴方を龍でなくした咎人ではないのですか」
天巳の吐息が一瞬乱れる。ゆったりと顔を上げたその瞳には温度がない。爛々と光るそれは尊い龍のそれとは何かが違うと、みちるの内が語りかけてくる。
早まることしか知らぬ鼓動が胸から喉の辺りまでせり上がってくるのをなんとか抑え込んで、みちるは天巳に真正面から向き合う。
――私が、憎くはないのですか。
ようやく手に入れた安寧を自ら手放す禁断の問いかけだった。
ここまでの話を聞かされれば、天巳がみちるを傍に置く理由は、愛おしいからばかりではないことは見当がつく。
罰するためか、思い知らせるためか、はたまた行き場のない衝動のはけ口にするためか。
知らずのうちとはいえ、神を堕としたことへの贖罪ならば選ばれた雨巫女として、みちるはその償いを全うしなければならない。
地上で耐えてきたことが続くだけだ。神の怒りと人の狼藉を同列に図ることはできずとも、向けられる感情のわだかまりは同根である。
みちるが悪いのだ。
雨を呼べぬ雨巫女が悪い。
天を泳ぐ龍を水底に沈めた娘が悪い。
だから責を負わねばならないのだ。
その事実に行き着いたことで、みちるの頭がずきりと痛んだ。脈打つごとに熱くなる痛みと血の気が引くような寒さに捕らわれる。
「私は貴方様の雨巫女です。私の存在が天巳様を惑わせたなら、その報いを受けなければなりません。か……覚悟は、できております」
がんがんと痛みが強くなってくる。目を背けてはならぬと見開き続けている瞳までもがちりちりと炙られている錯覚に陥る。それとは真逆に天巳の瞳にはじっとりと滲むものがしたたりそうでもあった。
ふ、と天巳の指がしなやかにみちるの首を這う。
爪の表面で薄い皮膚を撫でられる。時折戯れに爪の先がかりりと鎖骨を甘く引っ掻く。
「……っ」
背筋を伝い上ってくる感覚にみちるの肌が粟立つ。天巳はそれに目を留めてふっと笑った。
「怯えずとも傷つけはせぬ。初めに申したぞ? 雨はそなたを傷つけないと」
「で……も、私のせいで天巳様が……」
「すべて納得ずくでのことよ。そなたが気に病むことは何もない。そなたがおらぬ天上など虚ろの城。水底の牢獄とて、そなたがいれば浄土もかくやだ」
天巳の睦言を聞かされながら、みちるは必死に頭を働かせる。
この期に及んで天巳が嘘をつく必要もない。文字通り、みちるのすべては天巳の手に握られている。
天巳に対して優位になるものをみちるは何ひとつ持ち合わせていない。そんなみちるに天巳はどうして――
「確かに我は恩恵を手放した。己の有り様を失った。だがそれがどうした。我にとってのただひとりをなにゆえ憎まねばならぬ」
歌うような独白の中、天巳がぐいと体重をかければみちるは支えきれずに背中から長椅子に倒れ込んだ。
それを追って天巳の美しくまっすぐな髪がひと房滑り降りてくる。
「愛しい娘。哀しい娘。我の目に飛び込んできたばかりに狂わせた。そなたが我を憎む方が道理だろうに」
「天巳様の唯一になったからこの瞳になったというなら……おあいこでは、ないのですか」
そうだ。何かがおかしい。天巳の話は彼が青と黒の瞳を持つに至った説明であり、みちるはとばっちりを食っただけになってしまう。それを償いと呼ぶには軽すぎる。
雨龍の御方の花嫁として選ばれるべき雨巫女が無能であるわけがない。あるはずなのだ、みちるがこの瞳になった理由が。
「聡い娘よ。誤魔化されてはくれぬのか」
こんなに近くにいるのに、天巳の顔がぼやけてくる。遠くから聞こえる声が耳のあたりでくぐもって、脳髄に至る前に弾かれる。
「天巳……さま? なんだか、わたし、へん……」
横たわっているのに血の気が引く感覚がする。目が開けていられない。
ぐるりと渦を巻き始めた視界から抜け出そうと手を伸ばすと、天巳に受け止められる。しかし天巳は握った手首とみちるを交互に見遣って息を呑んだ。
「熱い……みちる、そなた発熱しておるのか」
「ねつ……?」
おかしい。みちるの指先は冷たいのだ。しかし天巳が頬にあててくれた手の甲はひんやりと気持ちがいい。思わずうっとりと力を抜いて押し当てると、天巳は勢いよく手を引き抜いてしまった。
「シノ、シュウ、氷を持て!」
張り上げた呼び声が痛む頭に響く。う、と顔を顰めたみちるの体がふわりと浮いて、天巳に抱き上げられたのだとわかった。
手早く寝台に運ばれ寝かされる。
「みちる、気を確かに持て。我が宮を流れる水で作った氷嚢なら熱などたちどころに冷ましてみせよう」
大真面目に宣言した天巳にぎゅうと手を握りしめられてみちるの体から力が抜ける。
ああ、こんなことが以前もあった。
あの時みちるの手を握ってくれたのは――
「と……さま」
うすらと開いた瞳には眉を下げてこちらを見つめる男が映る。ああ、心配させて申し訳ないとみちるはそっと握られた手をもぞもぞと動かして大きな手の甲を指先で撫でた。
「大丈夫……すこし、寝たらなおるから。とうさまも、明日早いから、休んで」
は、と浅い呼吸が聞こえた。それが記憶の声と重なりきらずにぶれたことにみちるは軽く首を傾げる。
しかし、次に耳に響いた高い水音ふたつがそれを塗りつぶして――みちるの意識は、そこで沈んだ。
「不思議には思わぬか。雨を降らせる雲は空にある。龍はその神力で空を翔けると人々は語る。しかし我はそなたを連れて水底に沈んだ。それは――我が叢雲の宮を追放されたから。雨龍を継ぐ者として、相応しくなかったからだ」
そう言われて、初めてみちるは気がついた。確かに数多の絵巻物に描かれる龍は空を飛ぶ。地を這う龍など見たことがない。それは彼女が住んでいた奥宮に祀られていた屏風でも同じことだった。
雲を背負い、雨を呼ぶ龍。その天翔る勇姿こそが龍を龍たらしめるゆえんだと、特段疑問に思うことなく過ごしてきた。
それが、天巳に欠けているというのか。
「我がこのような身の上だからこそ、それに仕える雨巫女たるそなたまで辛い思いをさせた。すまぬ……と言葉で言うだけなら容易いが、そなたの心はそれで収まらぬことくらいは承知している」
天巳は静かにみちるを見た。青い瞳に黒い瞳。鏡を見るたびに胸を痛め、苛立ちを強くし、哀しみを深くしてきた、半端者の、役立ずの証。
「……話せる範囲で構いません。何があったのか、お聞かせ願えますか」
みちるは同じ瞳で天巳を見据える。天巳はその色を遮るように目を伏せた。
「雨龍は代々長命だ。雨巫女が捧げる人々の信仰を糧とし、その身に宿る神力を分け与えることで雨を降らせ、信仰を守る。雨巫女は加護の受け手であり、信仰の送り手だ。そこに雨龍が認識する「個」はない。しかし稀に――雨龍の伴侶たる雨巫女が生まれる。次代の龍へと血を継がせるための、運命の巫女だ」
天巳の長い睫毛がぴくり、と痙攣した。しかし、その瞼は閉じられたままだ。
「その娘が母の胎に宿る時、雨龍に変化が生じる。その者は雨巫女を娶るために人の姿を手に入れる。その娘に加護を与えるために。数多の民の信仰より、その娘の心を糧として雨を降らせるために」
「それは――」
咄嗟に割って入った言葉は、みちるが飲み込みきれなかった残滓だ。話に水を差す真似はしたくなかったが、まろびでた言葉は止められぬ。
「それは……危険なのではないでしょうか。雨巫女ひとりが、雨を、加護の元を狂わせる。村にひとつしかない井戸を塞いでしまうようなものではないのですか」
「そうだ。凪いで久しい、途方もない安寧の水面に石を投げ込むようなもの。その波紋がいかなる混乱を齎すか――聡い者ならばすぐに手を打つだろう。だから、我は自ら水底に堕ちた。天高くたゆたう水の還る源、叢雲の宮から、地中深く潜っては淀み、いつか空へ昇る日を渇仰する水底へ。龍から巳へと姿を転じた。しかし、人の姿だけは手放さぬ。その理由はただひとつ」
朗々とした語りがふと途切れる。天巳の瞼がようやく上がる。堕ちた証である色を忍ばせて。みちるの心を縛り続けてきた、そのふたつの色を宿らせて。
「我にとってのただひとり――みちる。そなたを欲してやまぬからだ」
話の最中、今まで触れずにいたのが耐えきれぬとばかりに天巳はみちるを掻き抱く。急なことで応えることも拒むことも中途半端な体勢のみちるに構うことなくぐいと膝に抱き上げてその細い首筋に顔を埋める。
「あま、みさま、まって」
「そなたは我を待たせてばかりだ。あと幾年待てばいいのだ」
「わたし、まだ、わからないことだらけで……」
「そうか。人の子にすべて理解してもらおうとは思わん」
肌を掠める天巳の吐息がどんどん熱くなっていくことにみちるは混乱しながらなんとか彼を押しやろうとするが、細身とはいえ男の力を制することもできずに焦りばかりが先立つ。みちるのすべてを暴こうと絡みつく腕の強さにもがきながら、みちるは浅くなってきた呼吸で天巳を何度も呼んだ。
それが功を奏したのか、天巳の腕が渋々止まる。
「……まだ、何を問う」
「そのお話の通り、私が天巳様を、雨龍の御方の有り様を変えさせた雨巫女ならば――私こそが貴方を龍でなくした咎人ではないのですか」
天巳の吐息が一瞬乱れる。ゆったりと顔を上げたその瞳には温度がない。爛々と光るそれは尊い龍のそれとは何かが違うと、みちるの内が語りかけてくる。
早まることしか知らぬ鼓動が胸から喉の辺りまでせり上がってくるのをなんとか抑え込んで、みちるは天巳に真正面から向き合う。
――私が、憎くはないのですか。
ようやく手に入れた安寧を自ら手放す禁断の問いかけだった。
ここまでの話を聞かされれば、天巳がみちるを傍に置く理由は、愛おしいからばかりではないことは見当がつく。
罰するためか、思い知らせるためか、はたまた行き場のない衝動のはけ口にするためか。
知らずのうちとはいえ、神を堕としたことへの贖罪ならば選ばれた雨巫女として、みちるはその償いを全うしなければならない。
地上で耐えてきたことが続くだけだ。神の怒りと人の狼藉を同列に図ることはできずとも、向けられる感情のわだかまりは同根である。
みちるが悪いのだ。
雨を呼べぬ雨巫女が悪い。
天を泳ぐ龍を水底に沈めた娘が悪い。
だから責を負わねばならないのだ。
その事実に行き着いたことで、みちるの頭がずきりと痛んだ。脈打つごとに熱くなる痛みと血の気が引くような寒さに捕らわれる。
「私は貴方様の雨巫女です。私の存在が天巳様を惑わせたなら、その報いを受けなければなりません。か……覚悟は、できております」
がんがんと痛みが強くなってくる。目を背けてはならぬと見開き続けている瞳までもがちりちりと炙られている錯覚に陥る。それとは真逆に天巳の瞳にはじっとりと滲むものがしたたりそうでもあった。
ふ、と天巳の指がしなやかにみちるの首を這う。
爪の表面で薄い皮膚を撫でられる。時折戯れに爪の先がかりりと鎖骨を甘く引っ掻く。
「……っ」
背筋を伝い上ってくる感覚にみちるの肌が粟立つ。天巳はそれに目を留めてふっと笑った。
「怯えずとも傷つけはせぬ。初めに申したぞ? 雨はそなたを傷つけないと」
「で……も、私のせいで天巳様が……」
「すべて納得ずくでのことよ。そなたが気に病むことは何もない。そなたがおらぬ天上など虚ろの城。水底の牢獄とて、そなたがいれば浄土もかくやだ」
天巳の睦言を聞かされながら、みちるは必死に頭を働かせる。
この期に及んで天巳が嘘をつく必要もない。文字通り、みちるのすべては天巳の手に握られている。
天巳に対して優位になるものをみちるは何ひとつ持ち合わせていない。そんなみちるに天巳はどうして――
「確かに我は恩恵を手放した。己の有り様を失った。だがそれがどうした。我にとってのただひとりをなにゆえ憎まねばならぬ」
歌うような独白の中、天巳がぐいと体重をかければみちるは支えきれずに背中から長椅子に倒れ込んだ。
それを追って天巳の美しくまっすぐな髪がひと房滑り降りてくる。
「愛しい娘。哀しい娘。我の目に飛び込んできたばかりに狂わせた。そなたが我を憎む方が道理だろうに」
「天巳様の唯一になったからこの瞳になったというなら……おあいこでは、ないのですか」
そうだ。何かがおかしい。天巳の話は彼が青と黒の瞳を持つに至った説明であり、みちるはとばっちりを食っただけになってしまう。それを償いと呼ぶには軽すぎる。
雨龍の御方の花嫁として選ばれるべき雨巫女が無能であるわけがない。あるはずなのだ、みちるがこの瞳になった理由が。
「聡い娘よ。誤魔化されてはくれぬのか」
こんなに近くにいるのに、天巳の顔がぼやけてくる。遠くから聞こえる声が耳のあたりでくぐもって、脳髄に至る前に弾かれる。
「天巳……さま? なんだか、わたし、へん……」
横たわっているのに血の気が引く感覚がする。目が開けていられない。
ぐるりと渦を巻き始めた視界から抜け出そうと手を伸ばすと、天巳に受け止められる。しかし天巳は握った手首とみちるを交互に見遣って息を呑んだ。
「熱い……みちる、そなた発熱しておるのか」
「ねつ……?」
おかしい。みちるの指先は冷たいのだ。しかし天巳が頬にあててくれた手の甲はひんやりと気持ちがいい。思わずうっとりと力を抜いて押し当てると、天巳は勢いよく手を引き抜いてしまった。
「シノ、シュウ、氷を持て!」
張り上げた呼び声が痛む頭に響く。う、と顔を顰めたみちるの体がふわりと浮いて、天巳に抱き上げられたのだとわかった。
手早く寝台に運ばれ寝かされる。
「みちる、気を確かに持て。我が宮を流れる水で作った氷嚢なら熱などたちどころに冷ましてみせよう」
大真面目に宣言した天巳にぎゅうと手を握りしめられてみちるの体から力が抜ける。
ああ、こんなことが以前もあった。
あの時みちるの手を握ってくれたのは――
「と……さま」
うすらと開いた瞳には眉を下げてこちらを見つめる男が映る。ああ、心配させて申し訳ないとみちるはそっと握られた手をもぞもぞと動かして大きな手の甲を指先で撫でた。
「大丈夫……すこし、寝たらなおるから。とうさまも、明日早いから、休んで」
は、と浅い呼吸が聞こえた。それが記憶の声と重なりきらずにぶれたことにみちるは軽く首を傾げる。
しかし、次に耳に響いた高い水音ふたつがそれを塗りつぶして――みちるの意識は、そこで沈んだ。