文化祭も終わって学校の雰囲気と生活も落ち着いた十月の終わり。今日はオレの高校の創立記念日とやらで学校が休みだった。
 昨日ゲームに夢中になって、今朝は遅くまで眠っていたからシャワーを浴びてスッキリして遅い朝食を摂る。ケン達でも誘って遊びに行こうか?
 そう思いスマホを持つと着信を知らせる音が鳴る。ディスプレイには『公衆電話』の文字。珍しい。非通知とか気にしないタイプのオレは指でタップして電話に出る。

「もしもーし、どちらサマ?」
「僕です、若葉です」

 意外な人物からの電話に驚く。若葉もスマホは持っているから。まあ、オレにかかってくることは無いんだけれど。

「若葉か、どうした?」

 若葉からの突然の電話に違和感を感じながらも話を続ける。

「僕今学校にいるんですけれど、千景にちょっと頼みたいことがあって」

 若葉が俺に頼み? これって青天の霹靂? あの、人に借りなんて絶対に作りたくないタイプに若葉が。

「学校って……今日休みだろ?」
「希望する学生は先生の補修を受けられるんです。そのために来たんですけれども……今日提出する約束をしていた大切な書類を忘れてきてしまって」

 後ろから人の声のようなものが聞こえるので本当なのかもしれない。休日に必要な書類? おかしな話だと気付いたが、若葉の話を続けて聞いた。

「千景はバイクを持ってますよね」
「ああ、遊び用のな」

 十六の誕生日の月に免許を取った。親からの誕生日プレゼントは原付だった。金で買える欲しいものは何でもくれるが満たされたことは無い。
 遊び用というのは、学校が近く通学には使えないから。

「持って来て貰えませんか、千景」

 若葉の話が変だという事を分かっていても、若葉に頼られるのは嬉しかった。

「いいぜ、家には誰かいんの?」
「いえ、千景は覚えていますか? 前と同じ隠し場所に鍵は置いてありますから」

 そんな所にはもう何年も前から置かなくなったはず……疑いはだんだん確信へと変わっていく。若葉はなぜこんな芝居をしているのだろうか?
 ――――若葉はオレの事を試しているのか? でも何のために? いきなりすぎる若葉の行動がオレを混乱させる。

「ああ、分かった。若葉、本当に今日必要な書類なんだな?」
「はい、千景…お願いします」

 そう言って電話は切られた。若葉は半端な気持ちじゃあ嘘なんかつかない。本人がとても嘘を嫌うから。
 じゃあこの嘘は若葉にとってどれほどの覚悟でついたものなのだろう? 通話を終えたスマホをテーブルに置いて小さな溜息を一つついた。

 机の上にあるキーホルダーの付いたバイクのカギをジーンズのポケットに入れて、小さめの鞄を持って部屋を出る。
 玄関に鍵をかけてから隣の家の門を開け、若葉の言っていた隠し場所から鍵を取り出した。本当にここに隠してやがる……そう思いながらも鍵で玄関の扉を開けて中に入った。
 この家に人がいない間に中に入るのは何だか悪い事をしている気分になるので、急いで階段を上がり若葉の部屋を開ける。部屋いっぱいの若葉の香りに、何故だか胸が騒がしかった。ベッドを横切る時、若葉の寝顔を頭に浮かべてしまって思わずやましい気持ちになりかけて慌てて脳内から打ち消した。
 机の前まで来ると確かに白い封筒があって。封筒を手に取って確認してみると封は開いていて中の書類がチラリと見えた。大切な書類=進路に関わるもの、なんて想像して中身に少なからずの興味はある。
 それでも若葉の進路に口を出すことは出来ても、本人の意思を勝手に見てしまうのは違うと思いそのまま封筒を持って外へ出た。
 その後自分の家の倉庫からバイクを出してヘルメットをかぶりエンジンをかける。バイクに乗るのは好きだ。十月も終わりかけ、秋の涼しい風を身体に感じながら学校へと向かった。

 校門までバイクで行けば若葉は門の端っこに立って待っていて。若葉の近く、邪魔にならなそうな場所にバイクを止めて封筒を取り出す。

「ほら! 大事なもん忘れてんじゃねえよ、バーカ」

 取り出した封筒を乱暴に若葉に差し出した。

「……ありがとうございます、千景。助かりました」

 そう言うとオレに頭を下げる若葉。そういうの止めてくんねえかな?

「鍵、昔と同じ場所じゃあ良くないんじゃねえかな?」

 何も知らない顔をして若葉を揺さぶる。こんなことくらいじゃボロは出さないだろうと思ったけれど、若葉の頬が少しだけ引き攣ったのを見た。
 怪しまれる設定だったと、流石に本人も自覚はあったのだろう。

「そうですね、でもそのおかげで今日は助かりましたし」
「そうだな、そういえば若葉は時間大丈夫か?」

 普段なら授業中だ。補習とやらも同じなら無駄話している場合ではなく早く戻るべきだろう。

「あ……ああ、そうですね。もう行きます、すみませんでした千景」

 そう言って背を向けて行こうとする若葉に一言。

「ねえ、若葉。今日のは何の試験? オレは合格?」

 驚いた顔をする若葉にもう一度校舎を指さし、早く戻るように促す。気付いてるぞって言いたかっただけだから、本当は答えなんかいらない。校舎に向かって走っていく若葉の後ろ姿を静かに見つめていた。

 
 その夜、明日の宿題だけ終わらせようと机に用意をしていた時ドアをノックする音が聞こえた。父も母もオレの部屋をノックなんてしない。誰だろう? と部屋のドアを開ければそこには若葉が立っていた。

「若葉、どうかしたのか? まあいいや、とりあえず中に入れ」

 こんな時間に出入りしていれば、父に見つかると若葉が悪いように言われることがある。オレのこの格好を周りのせいだと思い込んでいるところがあるから。
 急いで若葉を部屋の中に入れてドアを閉めた。

「とりあえずベッドにでも座ってて」

 手近にあったクッションをベッドに投げて、若葉に座るように促す。

「分かりました」

 そういって若葉はクッションを一つ抱きしめてベッドの端っこにちょこんと座る。そういう動作はオレの胸のどこかがグラグラするからちょっとやめて欲しい。
 本当に容姿は瓶底眼鏡なのに……それでも素顔が可愛いことは知っているからどうしようもない。

「……で、何の用?」
「お礼を言おうと思って」

若葉は持って来ていたペットボトルの入った袋を俺に差し出した。選んでいるのがお茶ばかりなのが若葉らしい。

「別に、あのくらいで礼なんていらねえし」

 そう言って袋を押し返すと同時に少しだけ思いついた事があったので、若葉に試してみようと思った。

「でも……」

 受け取らない俺に若葉が困った顔をする。分かってる、若葉のそういう性格を今から利用させてもらおうと思ってる。

「……若葉、今回のは貸しになるだろ?」

 そう言って若葉の座るベッドの端に近づいていく。オマエだってオレを試したんだ。それなりの等価を貰ってもいいんじゃねえか?なんて考える。

「貸し……?」
「そう、オレは若葉のお願いを聞いた。だから若葉もオレのお願い聞いて、今オレが欲しいモノくれよ?」

 身体が触れるくらい近づけば、若葉は焦ったように後ろへと下がる。その右手を掴み取り無理矢理若葉の身体を引っ張る。若葉の身体がオレの胸へと倒れこんでくる。無理矢理抱きしめることはせずにそのままの状態を保った。
 若葉がここで抵抗するようだったらすぐに止めるつもりだった。でも若葉は両手で少し距離を取っただけで大人しくしている。

「千景は何が欲しいのですか?」

 戸惑いながらも若葉は小さな声で聴いてくる。

「今年のお前のクリスマス」
「……クリスマス?」
「そう。若葉のクリスマスの時間を、オレに頂戴?」

 掴んでいた右手を顔の近くまで持って来て、手の甲に唇を押し付けて若葉を見つめた。答えを出すのは若葉だけれど、努力するのはオレの勝手だから押せるときには押す。戸惑う若葉はやっぱり可愛く見えてしまい、オレは結構自分のこの気持ちを受け入れていた。

 次の日、オレは朝から浮かれていた。昨日思い切って若葉に迫ってみたところ、若葉からOKの返事がもらえたのだ。慣れない事でもしてみるもんだな。

 ◇

「クリスマスの僕の時間が……千景の望みなのですか?」

 若葉はオレの言葉を予想もしていなかった様で、眼鏡のままでも驚きを隠せない顔をしている。

「そう、どーする若葉?」
「……分かりました。そんな事でいいのならば。」

 そんなコトが良いんだよ。オマエには何てことなくても、オレには意味のある時間になんの。

 ◇

 決して嬉しそうとかそんなことは無かったし、オレの気持ちを受け止めてもらった訳でもないけれどオレの気持ちを否定しないでくれた。それだけでも一歩前進だ。

「チカ―、何ニヤニヤしてんの? 気持ち悪い。」

 気分良く思い出していたのを、ケンの声が邪魔をする。

「オレ、ニヤニヤしてたか?」

 思い出していたのが若葉の事だけに完全に否定できないところだ。

「してたよ。気付いたの俺だけだと思うけど。何かやらしい事でも考えてたの?」
「考えるか! 馬鹿。」

 当たっては無いけれど完全に外れていないだけに後ろめたい。いや、考えてない。クリスマスの雰囲気に流されて若葉にどうこうしようなんて考えてないはずだ。

「何二人で楽しそうな話しているのさ、僕も仲間に入れてよ」

 オレの後ろから肩に両手を置いてショウが微笑んだ顔を出した。

「楽しくねえよ、ケンもショウに余計なこと言うなよ?」

 ケンなら別に見られても気にならない様な事でも、ショウが相手だと恥ずかしく感じることもある。何でも見透かしたようなショウに、にやけてたなんて知られて『気にすること無いよ』なんてフォローされたら余計に落ち込むかもしれない。

「それよりさ、クリスマス皆で集まろうってカズと話したんだけどケンとチカも来るだろ?」

 オレ達の予定を決めるのはカズやケンが多くて、まとめ役はショウがすることが多い。面倒な事ばかり押し付けられるのにショウはめったに怒らない。

「行くー!!」

「オレはパス、その日は用事がある」

 ケンのデカい声は勘弁して欲しい。まだ一か月以上先の話をもう決めてどうするんだか。ってオレが言える事じゃねえけど。

「どうして、チカ? 彼女いなかったよね?」

 ショウが真面目な顔をして聞いてくる。オレはショウにカノジョがいないことが不思議だよ。カノジョではないし、カレシでもない。アイツとの関係はただの幼馴染。

「そんなんじゃねえよ。ちょっと前に予定入れちまったんだ」

 思い出すと照れ臭くて鼻の頭をポリポリと掻く。

「……あの人か」

 ショウのそれは独り言だったらしく、内容まではうまく聞き取れなかった。

「ん?」
「何でもないよ。チカが来れないなら日にち変えないとね」

 そう言って手帳を開くショウ。その姿が何故だかカッコよくて、コイツは仕事の出来る大人になるんだろうなと思った。

「俺はいつでもいーよ」

 ケンは少しくらい予定を入れとけ。そう思ったがオレも似たり寄ったりだ。このクリスマスが珍しく予定が入ってるだけなんだった。

「悪いな、ショウ」

 そうショウに謝ると、ショウから手帳でパコンと頭を叩かれる。

「大丈夫、気にしてないよ」
「そうそう、三人で話してないで俺もまぜて?」

 いつの間にかカズがショウの隣に来て手帳を覗き込んでた。二人が揃うと周りの視線を良く感じるようになる。

「それにしても文化祭以降二人ともモテてるのにどうしてカノジョ作らなかったんだ?」

 クリスマス男同士で過ごすよりその方が楽しいんじゃないんだろうか?

「俺は遊びたい人だしぃー」
「僕は今は作りたくないの」

カズは軽いが、ショウは何か理由があるのかもしれない。

「てかモテたならチカが一番だったんだけどな。」

 カズがオレの顔を指さして言う。オレの顔の何かついてんのか?

「何でだよ、オレには誰も寄って来てねえぞ?」

 文化祭以降、その事でオレが誰かに声を掛けられたことは一度も無かった。

「そりゃシンデレラのキャストは最初から最後まで極秘扱いだったからね。女子がそう決めたんだ」

 極秘扱い、何だソレは?オ レは聞いてねえぞ。

「チカのシンデレラは綺麗すぎたからなあー」
「ゲストがやったって噂もあったな」

 ケンとカズの話に言葉を失ってしまう。いやいや。オレは全然知らなかったぞ、そんな話。

「メチャクチャになってんじゃねえか」
「シンデレラの写真、男子生徒にバカ売れだったらしいよ?」

 ショウが手帳を開いて差し出した写真は確かにシンデレラの格好をしたオレ。何でお前がそれを持ってんだよ?

「ぜんっぜん、嬉しくねえよ」

 何も知らない男子生徒たちが中身がオレだとも知らずに写真を見ているのかと思うと、可哀想な気持ちになった。ワイワイと話している三人を残して、オレはトイレに行くために席を立った。
ショウたちには悪いけどクリスマスが楽しみなんて何年ぶりだろう? プレゼントを何か考えたい。高価なものはきっと受け取ってくれないだろうな。

 でも本当は特別な日の時間を若葉と過ごせるだけでも幸せだと思う。触れ合えたらもっと幸せだろうなという思いが隠れているのを、オレはこの時見て見ぬふりをしていた。