「ねえ、チカ。オレの靴はどれ~?」

 黄色のドレスをヒラヒラさせているケンがオレに聞いてくる。

「知るか、衣装係に聞けばいいだろうが」

 淡い水色のドレスを着たばかりなのにメイク係に捕まって色々塗りたくられて、どんな化け物が完成するかと思ったが意外とまともな出来上がりにホッと胸をなでおろす。

「チカ君の靴はこっちね」

 衣装係に持ってきてもらったガラスの靴はオレのサイズだからデカい。苦手なハイヒールも何日も練習したからもう慣れた。
 ヘアセットの施されたカツラをかぶればシンデレラの完成だ。
 立ち上がり数歩歩いてドレスや靴に違和感が無いか確かめる。その動作をクラスの奴らがやたらジロジロと見ているのは何故だろう?

「出来上がったの? チカ、よく見せて」

 どこからともなく現れた千亜樹が横から両手でオレの顔を掴んで、無理矢理俺の顔の方向を変えさせる。力は加減してくれねえかな?

「いてえよ、千亜樹」
「本当に良く出来てるわね。今のチカは私の理想そのものだわ。このまま連れて帰って部屋に飾っておきたい」

 どこの人さらいだ、お前は? オレはお前の部屋に飾られる人形なんて勘弁だ。千亜樹の発言に呆れながらも、手を挙げて周りに助けを求める。オレがどうにか出来る女じゃない。
 ケンもショウもカズもいるはずなのに誰も助けに来ないのはどうしてだろう。

「それくらいにしてやりなよ、千亜樹」

 千亜樹の後ろから王子の衣装を着たショウが千亜樹の手を外してくれた。
 白を基調とした王子の衣装は背の高いショウにとても似合っている。少し前髪が短くなってる…切られたのだろうか?

「カッコいいな、ショウは」
「どーも、チカも綺麗だよ」

 オレは純粋な気持ちでほめたんだが……綺麗と言いながらも、ショウはあまりオレを見ようとはしない。やっぱり気持ち悪いんだろな。

「じゃあ劇が始まる前までショウ君とチカ君で宣伝行ってきて頂戴! はい、看板」

 無理矢理看板を持たされたので仕方なく教室を出ようとすると、足を引っかけてショウを巻き込み盛大にすっころぶ。

「「いてて…」」

 痛みが少ないなと下を見てみると、ショウを俺の下敷きにしてしまっていて急いで上半身を浮かせる。派手に転んだせいで衣装が乱れてあちこちはだけてしまっているがそれはもう後回しだ。

「ショウ、大丈夫か?」

 オレの声で目を開けたショウだが、一度オレを見た後気まずそうに目を逸らした。

「ショウ?」

 どこか痛むのか心配になってもう一度声をかける。

「チカ、早くどいて。……理性が崩壊する」
「はあ?」

 今ショウはなんて言った?もしかして頭を打ったりして混乱しているのだろうか。
 とりあえず急いでショウの上から身体をどかして、立ち上がりドレスの着崩れを直す。脱げたガラスの靴に足を突っ込んでこれで大丈夫だろう。
 ゆっくりと隣で立ち上がり服をはたくショウは見た目的には問題なさそうだ。看板をオレから取り上げたショウと、教室を出てからいろんな場所を回った。
 何度か写真を頼まれて女子やショウと一緒に写った。この女装が誰かの持ち物として残るのか…勘弁してほしい。
 3年の教室に行ったとき正直若葉がいるかと期待したのだけど、残念ながら若葉の姿は見つけられなかった。
 アッちゃんもいなかったからホッとしてたけれど、彼方センパイにバッチリ見られてしまったからバレるのは時間の問題だ。
 教室に戻るとクラスメイトが荷物を運んでいたから手伝おうとすると、オレとショウは「衣装が汚れるからと」止められた。

「チカ、そろそろボロに着替えといて」

 千亜樹からの指示を受けて奥に設置されたカーテンに入ろうとすると、教室に誰かが飛び込んできた。

「若葉?」

 その姿を確認して驚いて名前を呼んでしまう。2年の教室に若葉が来たことなんてない。そんな事より驚いたのが若葉が眼鏡を外していたことだ。
 執事服を着こなして綺麗な素顔を晒している若葉に、クラスメイトの視線が集まる。
 若葉がこのクラスに用があるとしたらオレくらいしかないだろうから、ドレスをたくし上げてゆっくり近づく。
 若葉はここまで勢い出来てしまったのか、今更戸惑った様子でキョロキョロと周りを見ている。眼鏡が無いからお前だと気付く奴はいないと思うけど。
 オレが若葉の前まで行くと若葉は小さな声でオレに話しかけてきた。

「ご、ごめんなさい千景。僕どうしても…」

 その後は声にすらなっていなかった。

『どうしても近くで見たくて…』

 そう若葉の口の動きで読み取れた。
 何日も姿を見せなかった若葉がオレの女装見たさに走ってきたようだ。眼鏡も邪魔だと外すほどに、若葉にとってのオレのシンデレラは意味のあるものだろうか?
オレはそのまま若葉の横まで歩き、その耳元に口を近づけ囁く。

「眼鏡はかけておけ、目立ちすぎる」

 独占欲丸出しのセリフをはいて、振り返り歩いてカーテンの中に入った。その後若葉がどうしたのか聞いたが、さっさと帰ったらしい。

「あの人、あの時の人だよね。どういう関係?」

 一部始終を隣で見ていたショウに問い詰められたが答えられない。

「さあな?」

 それだけでショウはオレが話す気が無いことを理解したらしく、それ以上聞いてくることは無かった。

 オレのクラスの出し物、シンデレラの劇は午前と午後に一回ずつある。
 舞台の上からこっそりと若葉の姿を探したけれど見つからなかった。もしかしたら劇は見れそうにないから、さっき走ってきてしまったのかもしれない。
 無事に午前の部を終えて教室にみんなでぞろぞろと戻る。

「これ脱いでもいいか?」

 ドレスのスカートを持って衣装係に聞くと、衣装係は時計を見て首を振った。

「無理よ、チカ君。午後の部まで時間が無いし、用事があるならその格好で行ってくれる?」

 この格好で? どうしようか、若葉のクラスの執事喫茶に行きたいんだけどな。

「チカ、僕が付いて行ってあげるよ。2人なら宣伝にもなるし」

 ショウに言われて渋々首を縦に振った。ショウは少しオレと若葉の関係を気にしているようだからそれが少し気になる。
 でもショウだったら言ってもいいかななんて思うくらいには、オレはショウを信頼もしている。
 ショウに付いて来てもらって3年生の教室に直行する。だいぶ人気があるようでクラスの外にまで行列が出来ている。

「チカ、本当にここ行きたいの?」

 執事喫茶に行きたがるオレに驚いたショウから確認される。ごめんな、ショウ。オレ少しでも若葉と話がしたいんだ。

「ショウ、ここにはいる間だけ1人にしてくんない?」

 そう横に立っているショウに頼む。若葉との二人の会話を聞かれたくなかったから仕方なかった。

「はあ……またあの人なの?」

 執事喫茶にあの時の若葉の執事服、頭のいいショウならすぐに気づいてしまう事だった。

ショウがこんな呆れた顔をするのは珍しい。オレの行動はショウをそんなに困らせてしまっているのだろうか。

「少しアイツと話がしたいんだ」
「僕の前では話せないんだね。いいよ、僕は隣でも見てくるよ」

 そう言ってオレの頭を撫でてショウはさっさと歩いて行ってしまった。
 列に並ぶとさすがにデカいシンデレラなのでジロジロと見られてしまう。案内係の女の子に呼ばれるまでずっと俯いて顔を隠した。
 忙しそうな店内の中で若葉を見つけた。オーダーを取りに来た女の子に若葉と話したいことを告げ飲み物を二つ頼む。
 しばらくすると眼鏡をきちんとつけている若葉がやって来た。

「千景、来てくれたんですね。千景は絶対約束を守ってくれる。その格好は僕へのご褒美ですか?」

 嬉しそうに若葉はオレのドレス姿をじっくり見ている。

「なんでだよ? 着替える時間がねえの」
 オレの女装がどうして若葉のご褒美になるのかが分からない。
 ――というか、なんのご褒美?

「少し話せる?」

 忙しそうな店内で若葉をいつまでも引き止めとくのは申し訳ないと思い、さっさと本題に移ろうとする。

「今でなければいけませんか?」
「今でなきゃ若葉は逃げるだろ?」

 若葉は返す言葉が無いのか黙り込んでしまった。そもそも若葉が急に逃げ出さなきゃオレだってお前をこんな風に追い詰めたりしない。
 ドレス姿だけちゃっかり見に来ておいて、オレの質問には答えないなんて卑怯だろ?

「この前、家の前で見た後から会えなくなったよな。もしかして若葉気にしてる?」

 ずっと気になっていた事。若葉に直接聞こうとこの時まで待ってた。

「僕は気にしてません。僕はただ千景の邪魔にならないように時間をずらしただけです」

 若葉はオレが聞いてもいないことまでわざわざ教えてくれるんだが、なんでそんな棒読み?多分俺に聞かれると思って用意した言葉を言っているだけなのだろう。昔から若葉の演技は棒だった。
 オレはため息をついて、座ったまま立っている若葉の手を引いた。

「オレが若葉の立場なら相当気にする。若葉はオレの事気にしてくれねえの?」

 若葉はオレから手を取り返そうと引っ張り困った顔をする。『そうだ』なのか『違う』なのか若葉の表情は読めない。

「千景は…」

 騒がしい店内でやっと聞こえるくらいの声で若葉が話し出す。いつもより低い抑揚のない声。

「千景は僕が気にしているかどうかを知ってどうしたいのですか?」

 どうしたいとかこうしたいとか思ってねえし、脅し目的で聞きてえんじゃねよ。オレがそういう性格って分かってて話したくねえの?

「若葉が気にしてくれたら、オレがただ嬉しいだけ」

 そういって若葉を見つめると、若葉の頬が若干赤い。

「失礼します!」

 いつもより大きな声を出して若葉はさっさと行ってしまった。まあ、話せた方だったかな? やっぱり若葉はあの日の事を気にしてる。きっとオレにはみとめてくれないだろうけれど。
 誤解を解くことは出来なかったが次からは会えないことは無いだろう。

「終わった?」

 いきなり後ろからショウが顔を出す。まるで見ていたかのようなタイミングで現れるから驚いてしまう。

「ああ、ショウ。これ飲むか?」

 テーブルの上に置かれたブルーの飲み物が二つ。若葉にと思ったけれどそんな暇はなかった。

「いただくよ、この衣装暑くてさ。冷たいの欲しかったんだ」

 そう言ってショウは俺の前に座った。確かに額に汗の粒、悪いことしたな熱い所で待たせて。

「何だろう? この味」
「……ああ、なんだろな?」

 そういって二人で変な味の飲み物を飲んだ。
 文化祭後『王子とシンデレラの喫茶店デート』というくだらない記事と写真が校内新聞で配られたので、ショウと二人で新聞部で少しだけ暴れてやった。

 若葉の教室をでて自分のクラスに戻ると、みんなもう準備して行ってしまったようだ。ショウと急いで体育館に向かう。まだ時間的には大丈夫なはず。

「あー、チカ。やっと来た」

 舞台裏まで行くとケンが元気よく手を振っていた。ケンは芝居に入ると人が変ったようにオレをいびる。普段のオレに何か不満でもあるのだろうか?

「悪い、ショウはオレに付き合ってただけだから文句はオレに言えよ?」
「ハイハイ、後でねえ。チェックしてもう行ってもらわないと」

 衣装係とメイク係にまた玩具にされた後、オレとショウは舞台に上がった。

「はあー、無事に終わったわね。みんなお疲れ様」

 千亜樹が皆にジュースを配り、片付けから解放される。オレももうドレスも脱いでカツラも外してただの千景に戻っている。

「お疲れ」

 ショウもケンもカズもみんな元通り。四人で集まって笑いながらジュースを飲む。残った時間で少し校内を周ったけれど、もうほとんどが閉店の準備にはいってた。どこも人気だったようだ。
 ――こうして俺たちの今年の文化祭は終わった。

 余談だがカズの魔法使いは何故だか怪しい色気があったので、しばらくの間女子の間で人気だった。……もちろんショウも。オレとケンの日常には全くと言っていい程、変化はなかったが。