「はあ⁉ 海ぃ?」

 ……季節はまさに夏。そう、素敵な夏休みのはずなのだが。ぶっちゃけ、この前のダメージが大きすぎてオレはまだ家に引き篭っていた。

「そっ、彼方の親父さんから誘われて「誰かもう一人連れてきて」っ言われたからチカも来い。そんな風に、部屋の中でキノコ生やしてないでさ」

 幼馴染のアッちゃんはよほど楽しみなのかハイテンションだ。オレは今とてもそんな気分にはなれそうにないのに……
 相手のテンションとかお構いなしで、遠慮なく来るところがアッちゃんだよな。

「ワリィけどそんな気分にはなれねえ。何だかんだで、彼方センパイにも悪いことしたしさ」

 嫉妬心で一方的に馬鹿にしようとしたオレを彼は責めなかった。でもアッちゃんにも若葉にも選ばれたセンパイを見んのは正直なところ、ちょっとだけきつい。

「彼方に話は聞いたけど気にしてないぞ? 大体チカは何で落ち込んでいるんだ、いつもはすぐ相談に来るだろ?」

 いつもの愚痴ならアッちゃんにだって言えてた、アッちゃんは俺と若葉を平等に扱うから。でも今回は違う。

「若葉に捨てられた。アイツ、これからは彼方センパイを守るんだってさ」
「はあ⁉ 捨てられたって……どうして今更。そんでもって何でそこで彼方?」

 流石のアッちゃんも驚いたようで、読んでた雑誌を落とした。ちなみに料理雑誌だ、まあそんなことはどうでもいいのだけど。とにかく……今の若葉の行動からは想像出来ないだろうが、子供の頃は若葉に本当に溺愛されていたのだ。

「オレが彼方センパイにちょっかい出したからさ、若葉スゲエ怒ってこれから若葉は彼方センパイを守るって。今までのオレの存在ってそんな軽いモンだったのかな?」

 あの日まではオレが若葉の特別ではないのかとすら思っていた。でも若葉の約束してくれた『守る』は簡単にオレから彼方センパイに変えられる程度のもの。
 ――オレが異常に期待しすぎてただけ。
 ――オレの気持ちが若葉と違っていただけ。

「チカ、若葉はお前を捨てる意味で言ったんじゃないよ。若葉にはそんなこと出来るわけがない」

 じゃあどういう意味だよ? 若葉が彼方センパイを優先した事実には変わりねえ。確かに彼方センパイ弱そうだけど。

「だけど若葉の気持ちを、若葉はオレには教えてくれない」
「それはチカが自分で知っていくべきだ。お前こそ若葉の事をどう思っている?」

 オレが、話さない若葉からどうやって? オレの気持ちは昔から変わってねえよ。

「……若葉が好きだと思う」
「恋愛の意味での?」

 恋愛? アッちゃんが彼方センパイを好きなように? そこまで深く考えたことは無かったし、愛も恋もオレは昔から理解が出来ない。

「若葉は特別好き。上手く説明出来ないけれど、アイツへの好きは他の誰とも違う」

 アッちゃんも好きだけど、若葉はずっと一緒にいたい。どうしても離れられないような好きなんだ。

「若葉が傍にいてくれれば安心する。今はそうでもないけど昔は身体の一部の様に近かったから……今更離れたくない」

「チカ、それは若葉を親と勘違いしてないか?」

 あっちゃんの口から出た単語に身体が過剰反応を起こす。
 ……よく分からないが、とにかく胸が苦しい。心の奥がそんなことは絶対に無いはずだというように。 

「若葉はあの人たちとは違う! オレはあの人たちにもう何の感情も持ってない」

 ……イヤだ、イヤだ、イヤだ!! もしかしてオレは、あの人たちから貰えないものを傍にいてくれた若葉に要求してたのか? そんな筈はない。

「じゃあなおさらだ。俺はチカはもっと自分の感情に向き合うべきだと思う。チカの想いはまだ恋愛の好きではなくて名のない想いだ」

 ピシャリと言い切られてオレは返す言葉も無かった。ただ一言……

「名のない想い?」

 もしそうだとしても……オレの中で大きすぎるくらいに育っているそれを、これからどうしていけばいいの?
 正直俺は若葉への好きには自信があったけれど、恋愛なんてプラスして考えたことはなかった。ただ一緒にいたいとそれだけを望んでいたから。

「だからな、チカ。海に行こう?」

 さっきまでの真剣な話をぶった切って、アッちゃんが笑顔で迫ってくるから怖い。

「……なんでそうなんの?」
「きっと良いことあると思うぞ? チカは周りをもっと見てみるべきだ、その上で分かることもあるから」

 言っている事は意味不明だが、アッちゃんはこうなったらオレを無理やり連れていくだろう。何だかんだで彼の押しの強さにオレが勝てた試しはないから。

「わーったよ」

 今回も結局アッちゃんに負けて約束してしまう。本当に良い思い出が出来る海になるといいけどなあ……なんて、この時はボンヤリ思ってた。

 海に着くとまだ早い時間だけれど、もう既に結構な人が来てて。アッちゃんはさっそく海に彼方センパイを誘ってる。先に運動しとかなくて平気かな?

「チカ、これやってくんない?」

 そう言ってアッちゃんに渡されたのはデカいイルカの浮き輪。まさか、これを自力でやれと? そう一瞬考えたけれど、よかった横にちゃんと空気入れが置いてある。

「いーよ、後でかき氷奢ってくれよ?」
「わかったよ」

そう笑ってアッちゃんは彼方センパイのもとへ走って行った。大きな浮き輪を持って準備を始めると、後ろから若葉が近寄って来た。

「千景、放っておいていいんですよ? そんなこと篤史(あつし)にやらせればいいんです」

 オレがすんなり引き受けたのが気に入らなかったのか、若葉は少し不機嫌だった。彼方センパイが海に入ったからか、若葉がオレを普段の呼び方に戻した。面倒くさくねえのかな?

「……別に、オレこういうの嫌いじゃねえし。若葉は先にアッちゃん達のトコ行っていーぜ?」

 そう言ってみたけれど、若葉はオレの隣から動こうとしない。んー、若葉はいったい何がしたいんだろうか。

「千景が行くときに一緒に行きますよ」

 ……それでいいの? 彼方センパイにもオレ達と幼馴染だってバレたくないんだろ? 若葉は、『守る』対象に彼方センパイを選んだんだろう?
 頭に浮かぶ疑問符たちを口にすることは出来なくて、黙って浮き輪に空気を入れ始める。
 若葉の考えていることが全然分かんなくて、心の奥がグルグルしてしまう。手を動かしながら海を見ればアッちゃんと彼方センパイが楽しそうに笑ってた。

「あれ、彼方センパイ日焼けしたくなかったのかな?」

 彼方センパイは結構濃い色のラッシュガードを着てる。彼は色も白いし日焼けでもしたら大変なのかもな。

「どうせ篤史の仕業ですよ。いつもああやって彼方君を困らせて喜んでるんです」

 なぜかイラついた様子でそう返された。そうか、若葉にとってセンパイは大切な存在だからアッちゃんに怒ってるのだろう。

「……で、アッちゃんは結局のところ何をしたんだ?」

 若葉の言うアッちゃんの仕業が何なのかわからず聞き返したのだけど、その瞬間若葉が『しまった』というように顔を顰めた。

「すみません、千景に話すような話の内容ではありませんでした。忘れてください」

 若葉に慌てた様子で頭を下げられてオレも困ってしまう。オレに話せないような内容なんて言われたら余計に気になるけれど、若葉はもう教えてくれないだろう。

「海に入るのに、眼鏡外さねえの?」

 若葉が海に来てまでいつもの眼鏡を付けていることが気になった。先ほどの車の出来事からずっとオレはまた若葉の素顔を見る事が出来るんじゃねえかって期待していた。

「これを持っています」

 若葉の右手には青いゴーグル、どうやら素顔を出して泳ぐつもりは無いようだ。少しだけがっかりした気持ちを悟られないように作業を続ける。

「あっそ、いいんじゃねえの?」

 もうそろそろいいかな? 浮き輪から空気入れを慎重に外す。空気の入り具合を確かめてたら、かき氷を手にしたアッちゃんが走ってこっちに来ていた。

「お、ありがとチカ。イチゴで良かったか?」

 そう言って彼から右手に持っていたイチゴのかき氷を渡された。アッちゃんはそのまま左手を若葉に差し出してみせる。

「ほら、若葉はブルーハワイ」

 若葉に手渡された水色のかき氷、子供の頃皆でよく食べた。オレ達の好みを覚えていてくれるアッちゃんに思わず顔がにやけてしまう。こういうとこスゲエ好き。

「篤史、覚えていたんですか?」

 若葉は驚いていたけれど、アッちゃんは昔からこうだったと思う。世話焼きっていうかオレにとってはアニキ的な存在だ。

「俺達はちょっと買い物に出てくるから、二人で仲良く食べてろ」

 アッちゃんは笑ってるけど、これはきっと若葉とオレを二人きりにするためだろう。まあ、アッちゃんも彼方センパイと二人になれるだろうしな。
 まあ……オレはこの時、彼方センパイの親父さんの存在をすっかり忘れていたんだけど。

 イルカを渡して若葉と二人でアッちゃんが広げておいたレジャーシートに座る。炎天下だからかき氷が美味しくて、無言で食べ進めたけれど若葉はあまり進まなかったようだ。
 ……今日の若葉は何か変だ。いつもは俺の傍にこんなに長い間いることはないんだ。
 熱でもあるのかって気になって若葉の頬に触れてみる。思ったより若葉の肌が汗で濡れていたので自分のタオルでグイグイと拭いてやった。
 タオルをそっと若葉の顔から外すと俯いたその顔が少しだけ赤味を帯びてて、抑えていたはずの車内での感情がもう一度自分の中を支配していく。
 止まれなくなる。

「……眼鏡、外さねえの?」

 さっきと同じセリフをもう一度低く囁いて、若葉の眼鏡のテンプルに手をかける。このまま一気に外してしまいたい。

「だから、ゴーグルをつけると言ってますっ!」

 焦った若葉は顔を背けてオレの手から逃れようとする。

「アッちゃんも彼方センパイも今はいないだろ。外して? ……ねえ、オレだけに見せてよ」

 テンプルから指を外して若葉の返事を待つ。外してくれるのならば若葉自身の手で外してほしかった。どうしてもコイツの同意が……欲しかった。

「千景、僕は……」

 若葉は困ったように顔を隠し始める。ねえ、何でそんな反応すんの?

「お願い、外して若葉」

 我慢出来なくて、そう言って若葉の指を優しくテンプルにあてた。震える若葉の指先にテンプルを持たせて、眼鏡を若葉の手でゆっくりと外させる。
 分厚い眼鏡の下から現れたのは、オレを映す大きな瞳とその下にある泣き黒子。この前は若葉が気にしないように少ししか見なかった。でも今回は違う。
 オレは自分の気持ちを確認するために、素顔の若葉も知っていくんだ。

「千景……」

 眼鏡を外して現れたのはいつもの気の強い若葉ではなくて、困ったようにオレを見上げてくるから胸の奥にムズムズとした変な感覚を覚えた。身体が衝動的に動きそうになるのを抑える。
そんなに細くないはずの男の身体の若葉を……
 ――抱きしめたい? オレが若葉を……それは、どうして?
 自分の中にハッキリと形を成した欲求。でもオレはこんなのは知らない、知りたくも無かったから。柔らかい若葉の頬に右手で触れる。若葉が止めないからオレは自分自身を止められなくなっていた。
 今まで望んできた関係と、今現在の自分が若葉に持っている感情が違う事だけははっきりと理解できた。ゆっくり触れていた指を外して、若葉の眼鏡を元に戻した。

「若葉、オレが変ったらイヤか?」

 キスできるほど近い距離で若葉に問いかける。

「嫌ではありません、怖いのです」

 眼鏡をつけても震え続ける若葉の言葉をオレはきちんと理解できなかった。

「怖い、オレが?」

 どうしても若葉の言葉の意味が分からない。若葉は大会で賞を貰うほど強くて、勉強だって学年で常に十位以内に入っている。
 オレが若葉に勝っているものといえば、この無駄に育った背くらいだ。

「そうです。僕は千景が変っていくのを見ていられない。怖くて……だから逃げ出すんです」

 オレの知らない成長した素顔の若葉、そして俺の知らなかった本音。ただ一つだけ正解してたのは、若葉はオレから逃げようとしていたという事。

「オレが変る事の何が怖いんだ?」

 それを知らなきゃ今の若葉とは前に進めない。

「言えません」

 若葉はオレから目を逸らしてしまって、それ以上の言葉はくれそうにない。オレ自身今のあやふやなままの感情ではどうも出来ねえし、若葉もきっと答えてなんてくれない。その上、オレにも若葉にも解決していかなきゃなんない何かがある。
 触れそうだった唇をそっと離して元の場所に戻る。これは若葉が望むことではないから。
 ……それでも言える事だけは言っておく。

「若葉、オレは変わる。でも、お前も絶対に逃がさない」

 今オレが言葉にしていいのはここまで、これだけでも覚えていて欲しい。
 若葉からの返事は貰えなかった。若葉自身も強い決意なんだろう。受験までもうそんなに時間が残っている訳じゃない。
 だけれど、若葉のいない日々なんて考えたくなかった。

 そのまま俯く若葉の右手を取り立ち上がると、砂浜を海に向かってずんずんと歩いていく。どうせあのまま座っていたって、暗くて湿った雰囲気が続くに決まっている。
 なんでここまで来てそんな感じになんなきゃなんねーんだと思ったから、若葉の反抗なんて完全に無視してそのまま海に入る。
 若葉の手を乱暴に放してから、自由になった左手で海水を掬って思いきり若葉の顔にかけてやった。

「わっ!」

 水をかけられた若葉の顔から眼鏡がずり落ちて、また少しだけ若葉の素顔が現れた。元々大きな瞳を一際大きくさせて驚いている若葉の顔をオレは確かに……可愛いと思った。

「バーカ。若葉はボーっとしすぎじゃねえの?」

 そんなオレの言葉にムッとしたのか、慌てて眼鏡をかけた若葉からお返しの水をかけられる。

「子供みたいですよ、千景!」

 怒った若葉に叱られてしまうけれど、さっきの雰囲気なんかよりはずっといい。今までは若葉とこんな風に出来ればきっと望み通りだったんだと思う。好きの種類なんてそんなに知らなかったから。
 新しい感情なんて気付かない方が良かったかもしれない。だってこれはオレが一番苦手としているものだから。
 若葉には()()宣言したけれど、本当はオレは前に進めばいいのか後ろの下がればいいのか悩んでもいた。お互い水を掛け合ってずぶ濡れになって、オレは笑って若葉は怒って…落ち着いて海から上がった砂浜で若葉がオレを引き留めた。

「千景に話しておきたいことがあります」

 多分……いや、間違いなくイヤな話だろうと今までの経験から感じてしまった。言いたいことを整理しているような長い間を開けて、若葉はやっと口を開いた。話が長くなりそうだったからオレ達は日陰に移動していた。

「数日前に篤史が僕に会いに来ました。その時に篤史に言われたんです、僕は我が儘だと。僕が千景の優しさに甘えすぎていると」
「アッちゃんが? どうしてそんなことを……」

 若葉がオレに甘えている? そんなこと感じたことも無い。どうしてアッちゃんがそんなことを若葉に言うのか訳が分からない。

「千景は高校入学時に僕が貴方を名字で呼んで距離を取ったから、学校では僕に近づかないようにしているのだと聞きました」

 それは確かに本当の事だ。若葉がそう望んでいるのならばと、学校では他人のふりを続けている。

「……それがなんだっての?」

 たとえそうだとしても、オレが若葉にどう接しようと自由だろ? 本当は昔みたいなのが良いけど若葉が嫌ならこれでもいい、こうやって近くにはいれるんだから。

「僕は分かっていました。千景ならそうするだろうと思って……わざとそう呼んだんです」

 若葉は頭が良いからな、オレを手の平で転がすくらいなんてことないだろ。それくらいの事では、別にムカつきもしない。

「何のために?」

 オレを遠くに置きたいなら、オレが届くような高校に行かなければ済んだ話だ。

「僕は卑怯だとも篤史に言われたんです、でもそのとおりなので言い返せませんでした。僕は千景と一生『トモダチ』でいたいんです。近すぎる距離にいては僕がきっとその関係すら壊してしまう」

 アッちゃんが若葉に厳しい言葉を突きつけたことに驚いた。アッちゃんは普段は優しいが間違ったことや人を傷つける事を嫌う。

「オレじゃなくって若葉が?」

 親友って言葉だってあるだろ? 近すぎる関係の何が悪い?

「僕は千景との約束を破るくらいなら、距離を取った方が良いと考えました」

 どうしても離れることが前提な若葉の話に頭が痛くなる。

「約束って、何?」
「それは千景の記憶になくても構わないことです」

 どうやら若葉は、その『約束』とやらについて話すつもりは欠片も無いようだ。

「……」

 けれど相手が忘れたような約束に何の意味があるんだ? それは今のオレより優先しなくちゃならないような大事な事なんだろうか?

「僕は千景との関係を壊すくらいなら少し離れて……そうお互いが家庭を持ったくらいにまた友人として付き合えればと」

 家庭? このオレが普通の家庭に夢を見ているとでも思ってるのか? ……お前は、何年すぐそ近くでオレを見てきた?

「若葉は……オレが結婚出来るとでも思ってんのか?」

 低く唸るような声で若葉に問いかける。

「出来ますよ、きっと。千景の傷も理解して傍にいてくれる女性に、いつかきっと出会えます」

 何だよそれ、オレが望んでない事を押し付けられたくねえ! オレは誰かに癒されるのならば、若葉……オマエが良いのに。

「うるせえな! 若葉からそんな話聞かされたくねえよ!」
 
 戸惑う若葉に思いきり持っていたタオルを投げつけてしまう。多分、ここ最近で一番ムカついた。
 オレの事を一番知ってるであろう若葉から一番言われたくない言を言われて、そのまま若葉を置いて砂浜を走った。
 若葉に対しての想いでさえ受け入れられないオレが他の女とだって? ……何の冗談だよ、笑わせんな。
 だって裏切るじゃねえか、皆……男だって女だって親だって愛とか恋とかそんなワガママな感情でさ?

「チカ?」

 走るのに疲れてトボトボと歩いていると、後ろからアッちゃんに声を掛けられる。

「……アッちゃん、オレどうしたらいい?」

 もう前も後ろも右も左もどこを目標に進めばいいか分からない。こんな辛い気持ちは知りたくない。もう何にも傷つけられたくない。

「チカ、そんな顔するほど何があった? また若葉か……?」

 アッちゃんが俺の顔を心配そうに覗き込む。正直、自分がどんな顔してんのかなんて分かんねえよ。

「ごめん。アッちゃん、オレ帰る」
「じゃあ、彼方に……」

 慌てて彼方センパイを呼ぼうとしたアッちゃんの手を掴んで止めた。

「いい、電車乗ってくから。しばらくの間、一人にさせて」

 小さい声でアッちゃんに頼む。今誰かといても冷静になれる気はしなかった、一人で頭を整理したかったんだ。

「チカ……」

 オレの様子が気になって仕方なさそうなアッちゃんから離れて、着替えを済ませて荷物を持って帰った。

「千景、夏休みが終わったら一緒に登校しましょう。」

 昨日の海での出来事を無かったように、当たり前のようにオレの部屋に入ってきた若葉はそう言った。着替えてる時だってあるんだからノックくらい出来ねえのかよ?

「はあ、何で?」

 あれだけオレを落ち込ませといて、すぐに一緒に登校って言われて機嫌でも直せってのか? 若葉の意図が分からない。

「僕は僕の考えを千景に分かって欲しいので、毎朝説得することに決めました」

 いらんことを思いつくのやめてくんねえかな? ……若葉の発言にイラっとする。若葉の言ってることがオレの為だとしても、それは俺の想いを無視しすぎじゃねえのか?

「オレは若葉にそんなこと頼んでねえよ。じゃあオレがお前を説得するのもアリか?」

 若葉を軽く挑発する、若葉は見かけによらず短気だから乗ってくるはずだ。

「いいでしょう、僕は必ず力づくでも千景を説得します」
「ふぅん、勝手にすれば?」

そう言ってオレも若葉の挑発に乗った。けれども、力づくは説得とは言わないんじゃねえかな? それでも本音では若葉と一緒の時間が増えるのは嬉しいことで、若葉の話なんて聞き流しておこうと思った。
 結局……若葉に傷付けられても若葉によって癒されていく。オレが離れようとするとオマエから来てくれるから期待してしまう。
 ――ほらな、若葉はズルイ。