◇ 乾 千景 side◇
ジリリリリリリリリリ……
「ああ……ぅるせぇ……」
頭の上でジリジリとうるさいアラームをスマホの画面をスライドして止める。毎朝うるさいアラームに、たまには仕事を放棄してもいいぜ? なんて自分の首を絞めることを考える。
スマホを手から離して、もう一度枕に突っ伏して数分間唸り声をあげ続ける。
……もうずっと布団と友達でいい。低血圧のオレには、この時間は拷問みたいなもんだ。
「……おし、時間だ」
ゆっくりと上体を起こして、乱暴に前髪をかき上げた。
とりあえず今日は予定通りに起きることが出来たんだ。いつもより一時間早い目覚めに、自分でも頑張ったなと思う。
ぼんやりしたまま寝巻きがわりに着ているタンクトップとジャージを脱いで、シャツを着て学ランに着替える。ツルんでいる奴らにいつも弄られる奇抜なデザインのシャツ。
何処で買うのかなんて聞かれるけど、本当は親戚の兄ちゃんからの貰い物だ。しょっちゅう旅行に行っては変なシャツをくれる。周りの奴らが言うには、オレは壊滅的にファッションセンスが無いらしい。だからなのか何を着ても特に気にならなかったりする。
……無くても、オレは別に困らないからな。あるものを着るだけだ。
そんな兄ちゃんの親父さんは社長さんらしい。学校を卒業したら雇ってやるからウチに来いって何度も言われたっけ。オレに何の仕事をさせようとしてるんだろうか?
そんなことを考えていたからだろう、またやっちまった。どうせ時間に余裕があるんだからシャワー先に浴びれば良かったのに。
諦めてお気に入りのピアスを手に取ってから洗面所に向かう。歯を磨いて、顔をしっかり洗った。これを丁寧にしなければオレの目はなかなか覚めないから。
鏡を見ながら左耳に慎重にピアスをはめて、髪型をセットする。寝癖を丁寧に直してから、少しだけ整髪料で整えた。
今日のピアスはオレの肩まで届くアッシュグレーの髪に似合ってると思う。人差し指に嵌めているゴツイ指輪もお気に入り。別に人を殴るためじゃねえよ……こんな格好してるからかな、なんとなくつけてる。
リビングを通り抜けキッチンに入り、軽い朝食の準備をする。
……この家はみんな食事は個々で取ることになっている。朝も昼も夜も全部、もうずっと前からそうだった。凝ったものはさすがに無理でも、簡単な物くらいならオレでも作れる。
パンをトースターに入れて、オムレツを作りウインナーとハムを焼く。冷凍のブロッコリーを温めて皿に並べる。
テーブルに置いて、コーヒーを準備すれば完成だ。まだこの季節は熱いコーヒーでいい、猫舌だから飲むのは最後だけれど。
誰も居ないリビングで取る食事にも、今はなにも感じない。父は仕事だろうし、母はいつも通りまだベッドの中だろ。最悪、栄養さえ取れりゃあ良いんだよ。夜は結構しっかり食ってるしな。
モソモソと食事をしたら、後片付けを手早く終えて自室に戻る。一応階段は静かに上るくらいの気は使う。
部屋の隅に置いてある姿見で自分の格好を確認する。……やっぱ変かな、このシャツ。机の上から教科書入ってんの? ってくらい軽い鞄をもって玄関に向かう。教科書は何処かって? そんなのは想像に任せるよ。
いつもよりも一時間も早い登校だ。早く登校して自主勉でもするのかって? そんな訳ねえだろが。オレにはちゃんと目的があんの。
……今日こそ、取っ捕まえてやるからな。覚悟してろよ?
自分家の門を出ると、そのまま隣の家の玄関をジッと睨む。
そんなすぐに出てくるわけねえよな……と思い直して隣の玄関が見える場所を選んで、壁に寄りかかって待つことにする。
夕方から夜にかけていねえのは道場だろうから納得してる。でも四月に入ってから朝も避けるようになりやがったんだ。
そりゃあアイツは三年だし受験生だから、課外授業でも受けてんのかな? とか最初の頃は思ったけどさ……三年の知り合いに聞いてみたけど、アイツはそんなん受けてねえの。
じゃあオレが避けられてんのか? って、そうなるじゃねえか。
そういえば、いつからだっただろうか? アイツが露骨にオレの事避けるようになったのは。よくよく思い返してみれば結構前だったような気がする。オレが中学に入る前にはアイツの雰囲気も態度もスゲエ変わってた。
あまりの変わりように宇宙人にチップでも埋め込まれたんじゃねえかと思ったけど、本人の癖とかは変わってなかったから違うだろう。
それにしても遅いな……後十五分でいつもの時間だぞ? アイツの性格からして寝坊なんてありえねえ。
スマホで時間を確認してイライラしながら、少し移動してアイツの部屋が見える位置に移動してみる。カーテンはしっかり閉められていて中の様子は窺えない。
時間ぴったりに玄関の開く気配は無かった……あの野郎、オレが待ち伏せているのに気付いて隠れて出ていきやがったな?
「クソッ!」
苛立ってしまい、つい壁を蹴って憂さ晴らし。まあいいだろ、どうせ自分の家だ。
何で俺を避けてるのかオレは半分くらいは知っているつもりだ。そしてそれを隠そうとしている理由も。オレからアイツにソレを言うつもりはねえけどよ。
苦手な朝も気合で乗り切ったのにあっさり相手に躱されて、意気消沈したオレはトボトボと学校へと向かった。近くて徒歩で行ける距離だから良かった。
いつも通りの時間、いつも通りの通学路、そろそろアイツが来る。今日は横からか、それとも後ろからか? そう思っていると……
「チカーー!! おっはよー!」
時間ぴったりにケンが後ろから飛びかかってきた。ケンは小柄な男だけれど、飛びかかってくれば衝撃はそれなりにある。倒れないように力を入れて受け止める。
それにしても毎日同じことをしてよく飽きないな、お前。
「普通に挨拶出来ねえのかよ? ケン」
身体に張り付いたケンを無理矢理引きはがして、道路に放り捨てる。すぐに残りの二人が回収にやってくるだろう。
こんな扱いをしてるが、ケンはオレが普段からつるんでいる仲間だ。かなり後ろにいる残りの二人も同じ。黒髪短髪で小柄なケン、明るい茶髪のフワフワした感じのカズ、黒髪の長髪で無口だが人一倍世話焼きのショウ。いつも四人で屋上でダラダラしてる。
後はたまに来るちょっと面倒くさい女の千亜樹。彼女とかじゃない、オレの唯一の相談相手。千亜樹が言うにはオレ達は似た者同士なんだそうだ。
「チカ―! 酷い!」
道路に尻もちをついたままのケンがブーブーと文句を言っている。あー、うるせえ。早く回収係来ねえかな?
そんな事を考えていると、見慣れた分厚い眼鏡の横顔が俺の横をサッと通り過ぎていく。揺れる後ろ髪に『ほらみろ、時間ぴったりじゃねえか。コソコソ逃げてんじゃねえよ』そう心の中で文句を言いながら、病気ではなかったことにホッとする。
どんだけアイツに無視されたって振り回されたって、残りは一年しかないんだからオレものんびりはしてられない。
「チーカー、無視しないでー」
学ランを引っ張られて、まだケンがココに座っていることに気付く。
……まだ回収係来てなかったのか? 仕方なく引っ張って起こす。ケンの学ランをはたいて砂を落とす。オレもコイツに大概甘いのかもしれない。
「チカが優しい~、珍しい~」
チッ! やっぱり捨てとけばよかった。
「ほら、もう行くぞ」
喜ぶケンを無視してさっさと歩きだす。別に遅刻してもオレは気にしないんだけど授業はなるべく受けるようにしている。
アイツの気が変わってまた志望校を変えてくれるかもしんねえから。……まあそんなことは、天地がひっくり返っても無さそうだけど。
とりあえず少しでも話が出来ないだろうか。夜に突撃するしかねえな、隣同士ってのはこんな時に便利だよな。
教室の中、朝礼前のざわざわした雰囲気は嫌いじゃない。窓側の自分の席に座ってグラウンドを見下ろした。
今日はアイツまともに話してくれっかな? まあ、一番大事な目的さえ果たせればいい。ずっと近くにいてこんなことしたこと無いし自分らしくも無いけれど、今年が最後かもしれないって思うといてもたってもいられなかった。
「チカー? 何考えてんの、凄く変な顔してるよ」
「……凄く真面目な顔って言えよ」
真剣に考え事をしていたのに、ケンが真正面に陣取り邪魔をしてくる。自分の席に戻れよ、お前のとこは廊下側だろ。
「チカって最近気になる人とかいるー? 俺はいるんだけどね。悪い意味で。聞いてくれる?」
話を随分変えてきたがケンはオレの返事を聞くつもりはないらしく、勝手に話しを続ける。最近どころかずっといるよ、オレの頭の中の半分はきっとアイツなんだろうな。
「今は無理、明日以降にしとけ。大体もう朝礼始まる」
「あーい」
そう言うとケンは大人しく自分の席に帰って行った。それと同時に担任が入ってきて、いつもと変わらないお決まりの言葉で朝礼を始めた。そしてオレはまたグラウンドに視線を向けて考え始める。
邪険に扱われるのも、避けられるのにも本音を言えば慣れてはいた。でも納得はしてねえし、こんな関係を続ける気ももうない。
……ああ、早く夜にならねえかな。
授業が終わるとちょっと商店街をブラブラとして帰った。だってアイツはそんなに早く帰って来ねえもん。
アクセサリーショップのピアスのコーナーで立ち止まる。このフープのピアスはお気に入りだけれど、新しいものも欲しくなる。別の店で眼鏡をはめたペンギンのキーホルダーを見つけて迷わずレジへ。ラッピングなんてしてもらったの初めてだ。
スーパーへ寄って夕食の材料を買って帰宅。オムライスとサラダを作って夕食を済ませたのが夜の八時。
……もうそろそろいいだろう。
制服から楽な服装に着替えをすませると、さっきのキーホルダーを持って玄関を出る。隣の家のインターフォンを鳴らすと、小柄な女の子が出てきた。
「よう、紅葉。若葉帰ってる?」
「ちぃ兄ちゃん! 久しぶり。若葉はまだ帰ってないから、待つなら部屋上がってていいよー」
嬉しそうに俺を笑顔で迎えてくれるのはアイツの妹の紅葉。それにしても兄貴を呼び捨てにするのか、最近の女子中学生は?
「俺じゃなく若葉を兄ちゃんって呼んでやれよ」
「えー? 若葉は最近説教臭いからやだあ」
そう言って頬を膨らませて見せた。あのシスコンが妹を説教するのか、見てみたいな。紅葉の頭を撫でてやると、紅葉は「仕方ないなあ、ちぃちゃんの頼みなら」と言ってくれた。
それから若葉の部屋に通されて、アイツの帰りをのんびりと待つ。相変わらず殺風景な部屋だな。昔はもっと、こう男の子って感じで―――
「来てたんですか、千景。待たせてすみませんでした」
……ドアが静かに開いて、特に驚いた顔を見せない若葉が室内に入ってくる。部屋の照明を付けずにいたから、リモコンで電気をつけるとそのままオレの方にやってきた。
「千景、机は椅子ではありません。座りたいのならベッドにでもどうぞ?」
「わりぃ」
別に座ってはいなかったんだ、寄りかかるっつーの? でもさ教師みたいな言葉づかいで言われるからこっちも反抗しにくい。
目を隠すための大きな黒縁の瓶底眼鏡をかけて、前髪も伸ばしているから若葉の表情はわかりにくい。というか俺に対してだけはいっつも無表情。中学に上がってからはずっとこの格好してるから、オレは若葉の素顔を小学生の間までしか知らない。
何でなのか、何のためなのか? そう当時はしつこく聞いたりもしたが、態度を豹変させたコイツは教えてなんてくれなかった。
「今日は何の用ですか? 僕は稽古の後なんで用件は手短にお願いします」
ほぉら、もう嫌そうな態度を全面的に出してきたよ。若葉と話していると、何でオレはコイツが好きなんだろうって考えることもある。
でも時々……本当にたまにだけど、若葉がオレに期待させるようなことしてくるんだよ。オレの気持ち気付いてて応える気もないくせにさ。
「んー、じゃあこれと」
そう言って可愛くラッピングされた袋を若葉に放り投げて渡す。反射神経のいい若葉は慌てたりしない。
「なんですか、これは?」
彼が袋を手に取ると、チャリチャリとキーホルダーの音がする。
「何だ、本人が忘れてるのかよ。開けろよ、お誕生日プレゼント」
これも嫌がるのか、少しでも喜んでくれるのか反応見てえもんな。
若葉は袋からキーホルダーを取り出して不思議そうに見ている。
「不細工な…ペンギンですね」
それお前にそっくりだけど。そこに気付いて嫌味を言ってるのか、そうじゃないのかが全く分からねえ。
「いらねえなら返せよ、オレが使う」
右手を差し出して試しに言ってみる、本当は返されても困るんだけどな。
「こんな可愛いキャラクターは千景には似合わないと思います!」
珍しく若葉が少しだけ大きな声を出した。さっき不細工って言ったよな、その口で。オレに似合わないなら、今の容姿のお前にはもっと似合わないのでは? と思うが止めておく。
今回はそれをコイツに渡すことが目的だから。
「あっそ、じゃあそれ返品不可だから」
そう言って強引に押し付ける。そういや若葉がキーホルダーを付けている所なんて随分見てないけど、どこに付けるんだろうな。
「あ、ありがとうございます」
なぜかキーホルダーを握ってお礼を言う。意外と気に入ったんだろうか? なら良かった。
本当は珍しく和んでいたからこのまま帰りたかったけれど、このまま朝一緒に登校出来ないのは嫌だから聞くことにした。
「若葉さ、ここんところ朝もオレの事を避けるようになったよな。自分には心当たりねえんだけど…なんで?」
すると想像通り、若葉の周りの空気が一気に冷たくなった。これは希望する返事は聞けそうにないな。
さっきまで俺の顔を見ていた若葉は、もうオレとは視線を合わせない。まあ、最初からこうなることを覚悟で聞いたんだけど……
「……必要ですか?」
「あ?」
若葉の声が小さすぎてよく聞こえず、思わず聞き返す。
「千景はもう高校2年生です。友達もいますし今年度卒業する僕が一緒に登校する必要がありますか?」
へえ、そう来るのか。ついこの間まで何の違和感もなく一緒に登校していたじゃねえか。
「じゃあ、最初にそう言ってから別に登校すればいいだろ? オレはわざわざ避けられる理由が知りたいって言ってんの。オレがお前になにかしたか?」
隣同士の家から幼馴染同士が同じ学校に行くのに、ここまで避けられたらそっちの方が不自然だ。まあ、本当に会話もなく登校するだけなんだけど。
「千景が悪い訳ではありませんよ。僕だって受験生です、早く登校して受験勉強をしたいのです」
「課外は受けてないってアッちゃんから聞いた。そうやって少しずつオレから距離を取って、最後は遠くの大学行ってサヨナラって?」
アッちゃんっていうのは若葉と同じクラスのもう一人のオレ達の幼馴染。若葉の行動なんて見え見えなんだよ、高校受験ん時もそうやってオレから逃げ出そうと計画してたよな。
「課外はともかく、どうして僕の大学の事まで……」
そのことまでは知らないだろうと思ってたのか、若葉が焦った顔をした。
残念でした。紅葉とラインで連絡取り合ってからお前の情報は筒抜けなんだ。紅葉はきっと若葉には言ってないだろうと思ってた。
「何のためにそんな遠くの大学に行く必要があんの?」
きっと返事はオレの想像どおりだろ。
「僕が学びたい分野が、その大学にあるからです」
ガキの頃から一緒だった若葉の将来の夢は変わってない。だからその分野に進みたいという若葉の気持ちも理解出来る、だけど。
「同じ分野を学べるし、そこよりランクも上の大学が県内にあるのに?」
オレは知ってる、去年のうちにお前の行きそうな大学は片っ端から調べたから。ココだと思っていたのに紅葉から聞いた大学名は聞いたことの無い所だったんだ。
「それ、は……」
返事に困った若葉に追い打ちをかける。焦った若葉の手首を握って逃げられないようにする。
「変えてよ。校受験の時、最後にはオレが行けるランクまで下げてくれたろ? 今度はオレが勉強して追い付いてくから、県内に変えてよ」
オレはこの時結構必死だったんだけど、何故なのかオレが熱くなると若葉は冷静さを取り戻す。
「僕はそんなことはしていません、悩んで選んだ高校が今の学校だっただけです。千景のために大学を変える気はありません」
そう言って掴んでいた手首をあっさりと離された。
……失敗した、こんな言い方をして若葉が素直に認める訳なんか無かったんだ。切り札に取っておこうと思った手もオレは馬鹿だからすぐに使ってしまう。
掴んだオレの手を離す事だって、若葉には造作もないことだ。行き場のないオレの手だけがその場所に残される。
焦るオレとは対照的に若葉の態度は変わらない。プレゼントを渡す前の無表情でオレを見上げている。
「千景には僕の進路は関係ないはずです。これ以上は口を挟まないでいただけますか?」
そう言って、氷の様に冷たい口調でオレを突き放していく。
……そう出来たらオレもラクだよ、諦められたらずっとラクだよ。出来ねえからこんなカッコ悪いことしてんじゃん?
「若葉が何と言おうとオレは納得してない」
悔しいけどこんな事しか言えない。理由を見つけてここに来るにも時間がかかる。顔だって見たいし声だって聴きたい、それすらこれじゃあ叶わねえ。
二人の間に沈黙が流れて、無意味に時間だけが過ぎていく。
そんな沈黙がそっとドアを開けた紅葉によって破られるまでに、ゆうに五分はかかったと思う。
「…話し終わったの? 若葉、晩御飯だって。ちぃちゃんも食べてく?」
険悪な雰囲気を感じ取ったのか扉から紅葉が半分だけ顔を出して訊ねてくる。
「今行きます。千景はどうしますか?」
今度はオレの目を見て聞いてくる。こういうとこ律儀だよな。本当はオレにいて欲しくないくせに。
「オレはもう食ってきたから今日はもう帰るわ。紅葉ありがと……若葉、またな」
それだけ言ってさっさと階段を下りて玄関で靴を履く。
「ちぃちゃん、また来てね?」
紅葉もオレの後をついてきて見送りしてくれた。兄弟のいないオレにとっては、いつも後ろをついて来る紅葉は妹のような存在だ。
「当たり前だろ?」
そう言って安心させてから玄関のドアを開けた。
……だけど、それもお前の兄貴次第かな?
閉まるドアの音を聞きながら思う。若葉の考えや態度は頑なで、オレの話なんて聞こうともしない。若葉を説得しようとすれば、今日の様に拒絶の言葉を聞かされ自分が傷つくだけなのに……どうしてこんなに諦められない?
鍵を開けて家に入ると母親が電話で話している声が聞こえてきた。最近できた年下の恋人だろう。話の内容を聞かないように急いで階段を上がり、自室のベッドに倒れこむ。
宿題して風呂入って……まだやることはあるのに身体が鉛のように重くて動かない。
子供の頃の若葉はオレを拒絶なんてしなかった、何もかもを受け入れて傍にいてくれた。あの頃のオレの世界には一番に若葉がいたんだ。
どうしてあんなに変わってしまったんだろうな?
……そのまま目を閉じて、この夜は一晩中過去の思い出に縋った。