まぶしい朝日とキッチンから漂う良い匂いにようやく目が覚める。ベッドから出てキッチンに行くと、若葉が鼻歌を歌いながら料理を作っている最中だった。

「おはよ、若葉」

 後ろからそっと抱きしめると、驚いた若葉が『ぴゃっ』と変な声を出した。

「お、おはようございます。千景」

 声を震わせて必死に挨拶をする若葉。そんなにビックリしたのだろうか。

「朝から飯作ってくれるとか、かなり嬉しいんだけど……」

 若葉の肩に顎を乗せて後ろから話しかける。オレは意外と恋人とはベタベタしたいタイプらしい。

「ふふ、今回だけかもしれませんよ?」
「んー、それでもいい。若葉が傍にさえいてくれれば」

 そう若葉の耳元で囁くと、若葉はぺシャンと腰を抜かした。

「どうしたんだよ、急に」

 そのまま立てない若葉を、お姫様抱っこでソファーまで運んだ。

「これは、さっきの千景の所為です! 朝っぱらからそんな甘い言葉ばかり囁かないでください」

 結局若葉に涙目で怒られてしまった。オレはそんな甘い事は言ってないと思うんだけど。朝食を食べ終わり二人でテレビのニュースを見ていた。

「僕一つだけ、千景に聞きたいことがあるんですけど……」

 真面目な顔をして若葉が俺を見つめてくるからどうしたのかと思う。

「いきなり何だ?」
「千景はあの時のメスネ……いえ、彼女とはしたのですか?」
「……は?」

 メスネ……の意味は分からないが、若葉はまだ千亜樹の事を勘違いしているようだ。

「やっぱり寝たんですね! 僕は千景を信じてたのに……」

 いや、寝てねえよ? でも経験が無いってわけじゃないので若葉の問いに答えられない。

「……あの日、僕は泣いたんです。一晩中、泣いたんです」
「いや、だから何もなかったって言っただろ? 本人に確認してもいいって言ったじゃねえか」

 一生懸命、若葉を宥めるが若葉はきちんと俺の話を聞いてくれない。昨日付き合ったばかりなのに何でこんなことで喧嘩しなきゃならない?

「これからは若葉だけだから……」

 そう言って抱きしめれば、若葉はゆっくりと頷いてくれて。
 抱き合ってるとオレのスマホの着信音が鳴った。そういやずっとほったらかしにしてたんだった。電話はアッちゃんからで、オレは今までの事これからの事若葉と付き合い始めたことを順番に話した。アッちゃんはオレの話をしっかり最後まで聞いてくれて

「チカが決めたことなら俺は応援する。若葉と喧嘩するなよ?」

 その言葉だけで嬉しかった。アッちゃんの電話を切ってもう一人の協力者の紅葉の事を思い出す。

「紅葉にも話した方が良いのかな? オレ達の事」

 若葉に聞くと、若葉は微妙な顔をしてしまった。

「多分……紅葉には僕の気持ちはバレていたようです。電話の最後で『良かったね』なんて言われましたから」
「ああ、そう。若葉、オレ明日帰るよ」

 付き合ったばかりで離れがたいけれど、いつまでもここにいる訳にはいかない。

「そう…ですか」

 少しだけ寂しそうな顔をした後、ギュッと俺に抱き着いてくる。

「今だけは少しも離れていたくありません」

 甘えた声でそう呟く若葉を俺も強く抱きしめ返した。