◇ 乾 千景 side◇

「―――千景!!」

 電車を降りた瞬間に聞こえてきた若葉の叫び声に驚いて止まってしまう。どこにいるのかと周りを見渡したらドンっと勢いよく誰かが胸に飛び込んできた。
 そのまま腕を回されぎゅうぎゅうと締め付けられる。若葉、お前はちょっと力加減を覚えた方が良い。

「千景……本当に、とても心配しました」

 若葉はオレに抱きつきボロボロと涙をこぼしていた。こんなにも想われていたのだと実感する事が出来た。抱き着いている若葉をそっと離して、手を握りそのまま改札を出て急いでビルとビルの隙間に入り込んだ。
 まだ涙の乾かない若葉をきつく抱きしめて、その唇に優しく口付けた。
 触れるか触れないかのようなじれったいキス。オレも若葉もそんなに経験がある方ではなかったけれど、想い合う相手とのキスは蕩けるほど甘かった。

「若葉、今度こそちゃんとした答えをくれる?」
「はい、今回の事で僕も決心がつきました」

 若葉の答えを聞いて安心し、若葉の耳元で甘く囁く。

「オレはずっと若葉が好きだ。オレと付き合ってくれるか?」
「僕も千景が好きです。ずっと好きでした。…ずっと待っててくれて、ありがとうございます」

 そう言ってまた抱き着いてキスをねだる。今までの態度が嘘のように、甘えてくる若葉が可愛くて仕方ない。こんな場所では落ち着けもしないから、二人で若葉のアパートまで歩いて行った。
 アパートのベッドの上で何度もキスして抱きしめ合った。

「千景は連絡の取れない間何をしていたんですか?」

 オレの膝の上にチョコンと乗って若葉が訪ねてくる。

「ああ、オレ若葉に話さなきゃいけないことがあるんだ」

 大事な話だったから若葉を下ろして、ベッドから降りてテーブルの近くに座る。

「はい、どうぞ」

 若葉はグラスに麦茶を入れてオレに渡してくれた。

「若葉、オレ大学には行かない。高校卒業したら就職するよ。昨日はその面接だったんだ」

 オレの言葉に驚く若葉。そりゃそうだろう、数日前までオレだって大学に進学するつもりだったのだから。

「どうしてですか? 千景の成績なら問題ないでしょう?」
「うん。でも正直あの親と暮らすのも限界だったから、早く就職して家を出てやろうと思うんだ。それにさ、ほらこの会社の住所見てみろ」

 財布から出した名刺を若葉に渡す。

「え? ……ここって?」

 住所を見た若葉は名刺とオレの顔を交互に見ている。そんなに何回も見たって変わらねえよ。

「驚いただろう? オレの就職先は同じ市内なんだ。オレの親戚の会社なんだけどな、ずっと来いって言ってくれてたからさ。高校卒業したらこっちに引っ越すよ」
「……千景」

 泣きそうになっている若葉の頭をポンポンと撫でてやる。素の若葉はやたらと行動が可愛くて困る。

「卒業までは遠距離になっちまうけど、バイトして会いに来るから」
「はい。僕、待ってますね」

 オレの胸に抱き着き『約束です』と呟いた。