クリスマスが終わるとすぐに正月。若葉とアッちゃんには少し会ったがそれ以外はケン達と過ごすことが多かった。 
 親戚の兄ちゃんがまたアホの様にたくさんの変な柄のシャツをオレの部屋に置いて行った。兄ちゃんはオレの部屋を服で埋め尽くす気なのか?
 それから一緒に来ていた兄ちゃんの親父さんから呼ばれて、一緒に食事に行った。

「千景。高校を卒業したら、ウチで雇ってやるから俺んとこに来い」

 おっちゃんは凄く真面目な顔でこの言葉を何度も言われた。おっちゃんの会社は確か県外だからこの家からは通えない。オレがそう返すとアパートを借りてやるから心配するなとおっちゃんは話す。どうしてそこまでして? オレは分からない。
 名刺を貰ったから住所を見ると××県○○市と印刷されてる。おっちゃんは本当に社長さんだった。
 ……ん? この住所どっかで見たことあるような……

「ちゃんと考えるよ」

 おっちゃんに返事をしてから名刺をしまった。どうしておっちゃんはオレをここから出したいんだろう? この場所にいたい理由も見つからないけど、オレがここから離れたら若葉と会える可能性は下がるよな。オレもこの場所から離れると言ったら若葉は少しくらい寂しがってくれるだろうか?

冬休みはあっという間に終わり学校が始まる。外の空気は冷たくて登下校は憂鬱だ。最近はオレの告白の所為かお互いピリピリしていて会話がほとんどない。そんな中、登校していると珍しく若葉から話しかけてきた。

「千景は何も聞かないんですね」
「何を?」

 若葉が何を言いたいのか分からなくて聞き返す。

「僕は願書を提出しましたよ。気にはならないんですか?」

 ああ、オレからは聞かなかった。選んだのなんて分かり切ってるけれど、はっきり知らされたくなかったから。

「オレは若葉の未来を無理に変える事なんて出来ないからな。オレはこうして欲しいってお前に話すだけだ」

 若葉にだってそう決めた理由があるだろうからな。他人のオレが口を出せる範囲なんてそんなにないんだよ。

「僕は県外の大学に決めました……千景とはもうすぐお別れです」

 クリスマスの告白の返事を二度されたようだ。あの時あれだけ穏やかな時間を二人で過ごせても、オレは若葉の特別にはなれなかった。

「そうだな」

 もう強がって見せる事しか、オレに出来ることは無かった。

「……寂しくなりますね」

 そう言いながらも、少しも寂しくなんてない顔で若葉はオレを見た。今日の若葉はいつもよりずっと無表情だった。

 それから数日後、家に親がいる気配はしなかったがテーブルにはホールケーキが用意されていた。ああ、今日はオレの誕生日なのか。
ホールのケーキを見るとクリスマスの若葉を思い出す。アイツ一人でほとんど食べてたよな。ケーキを冷蔵庫に入れて晩御飯を作った。何となく誕生日のイメージでハンバーグとサラダを作ってみたが、食べる気がしなくてソファーに腰掛けてテレビをつけてみる。
楽しくねえな。画面の中の芸人が大きな声で騒いでいるけれど、何の感情も沸いてこない。

「……結構、重症だな」

 若葉にフラれたダメージが大きくて、目を閉じる。暗闇の中で浮かぶのは若葉の姿ばかりだ。分かっていたことだろ? 諦められないって……ソファーから立ち上がり窓の外を見る。外はもう真っ暗で時計を見たら八時を過ぎようとしていた。
 衝動的に靴を履いて玄関を出る。コートも着てこなかったので冷たい風が容赦なく吹き付ける。少し移動して若葉の部屋を見上げる。綺麗に閉じられた青色のカーテン。電気がついているから若葉は今、部屋にいるのだろう。

「……会いてえな」

 オレの呟きは風に攫われ消されていく。ハッキリフラれてから若葉には会っていない。。登校時間も変えてしまっているようだったし、これ以上追っても若葉にとっては迷惑な事でしかないだろう。

 ただ、今日はオレにとっては特別な日。だけどオレの傍には誰も居ない。親も若葉も……
 いつもは平気で過ごせる一人が、今日は酷く辛かった。もしあのカーテンを開けて若葉が気付いてくれるのなら―――?
そんなことを勝手に期待しても十分経っても二十分経っても何も変わりなどしないんだ。
 冷たく冷え切った身体と心で諦めて帰ろうとした時、誰かが呼ぶ声がした。

「チカー? そんな所でそんな格好で何してんの? 風邪ひくよ」

 暗闇から現れたのはケンだった。どうしてここに?

「チカ、どうせまた親いないんでしょ? 代わりに俺達が盛大に祝ってやるよ。」

 ケンの後ろからカズとショウも歩いて来ている。その手に持ってるデカいビニール袋は何?

「チカ、その格好じゃあ風邪ひくから家に入ろう?」

 ショウは震えていた俺の背中を撫でてくれた。その時濡れていたオレの頬にショウは気付いたけれどそっと反対方向を向き見なかった事にしてくれた。もう一度若葉の部屋を見上げたが変化は無くて、諦めて家の中に入った。
 その夜はケン達がオレの誕生日を盛大に祝ってくれた。ホールケーキも皆で分けて食った。以外に甘いものが苦手なカズが一人苦戦していたけれど。
 ……ありがとうな、みんな。

◇楠 若葉side◇

 僕は手のひらにある小さな紙袋をずっと見つめている。千景はイベントのたびに僕に何かをプレゼントしてくれた。今日は千景の誕生日だ。今度は僕がプレゼントを渡す番なんです。
 紅葉に付いて来て貰って入ったアクセサリーショップで悩んで悩んで選んだのがこのピアス。きっと千景の耳に似合うと思います。
 これを持って千景に『お誕生日、おめでとうごさいます』と言えばいいんです。それだけなんです。
 ……でもいけない。僕は沢山千景を傷つけてしまった。千景の想いに応える事が出来なかった。
 カーテンからそっと外を見ると千景の姿が見えた。心臓がバクバクいってる。もしかして僕が気付くのを待っているのでしょうか?こんな寒い夜にあんな格好で?
 今すぐに千景の所に行かなくては。
 そう思うのに、この足が動いてくれない。焦っていると千景と話す誰かの声が聞こえてきて。カーテンから覗くといつもの千景の仲間が千景を取り囲んでいる。きっとお祝いに来たのでしょう。
 そのまま家に戻っていく千景。僕がグズグズしてるから渡す事が出来なかった。手の中の紙袋を机の引き出しに入れて、そのまま部屋の電気を消した。

 いつも僕は千景から貰うばかりで何も返せていない。プレゼントも千景の暖かい気持ちも僕はとても嬉しかったのに……

◇乾 千景side◇

 オレの誕生日が過ぎるとあっという間に二月になった。アッちゃんも彼方センパイも若葉もみんな受験を前にバタバタしていた。
 オレはというとショウがインフルエンザに罹って、バイトのピンチピッターを頼まれたのでレストランのウエイターをしてたりしてた。
 若葉も受験の日は前日から泊まりで受けに行ったようだった。その頃にはオレも若葉も全く会わなくなってて、紅葉からのラインでしか若葉の事は分からなかった。
 合格発表は若葉たちの卒業後だ。学校にはたまにしか来なくなった若葉達。本当に離れる時期が来たのだと何度も自分に言い聞かせた。

卒業式

 二年生は準備や片付けに追われ三年生を華やかに送る。全て終わって三年生が記念写真を撮り始めたら、教室に戻って持って来ていた花束を取り出した。こんなの本当にオレらしくない。本当は卒業を喜んでやらなきゃいけないのに、そうする事が出来ないでいる。
 行ってほしくなんかない。だけどこれが最後になるならと用意した。
 花を持ったまま三年の出口で待つ。ジロジロと見られるけれど、それはこの容姿で慣れている。だけど一時間たっても、二時間たっても若葉がそこを通ることは無かった。

「若葉は逃げたぞ」

 アッちゃんからのラインを見て溜息を吐いた。帰ろう……

『ピンポーン』
「はーい。あ、ちぃちゃん」

 若葉の家のインターホンを鳴らすと元気よく紅葉が出てきた。

「若葉いる?」

 オレの中にある勇気を全部振り絞って会いに来た。花束という口実を作って。

「若葉はクラスメイトとお食事会らしいよ。今日は遅いかも」

 そうそう上手くはいかない様で若葉は留守らしい。

「へえ? あの若葉がね。じゃあコレ卒業祝いだって渡しといて」

 そう言って紅葉に花束を押し付けた。若葉は花束とオレの顔を交互に見て申し訳なさそうな顔をする。

「うん……ちぃちゃん、ごめんね……」

 帰ろうとすると紅葉から小さな声で謝罪された。どうして紅葉が謝るんだ? 振り向くと紅葉は何事も無かったようにオレに手を振っていた。
 家に戻るとリビングに母がいて、珍しく話しかけられた。

「千景。冬休みの二日間、私が京都に行くからアンタもついてきなさい」
「はあ? 何でだよ。」

 父と母にはなるべく逆らわないようにしているが、いくら何でもそれは嫌だ。ほとんど会話も無いのに息がつまりそうだ。

「いいから来るのよ。母親の言うことは聞くものよ?」
「はあ」

 こんな時だけ母親面かよ。オレの話なんて聞く耳を持たない母に、結局オレが折れるしかなかった。

 結局、冬休みの初日から母親に連れられてオレは今京都にいる。おしゃれなホテルに連れて来られたんだが、母親は仕事のようでオレは一人で街を見たり食事をしたりした。部屋に戻ってもまだまだ時間が余ってるので持って来ていた宿題もした。
 ジュースを買いにホテルの売店に行くと小さな巾着や有名なお菓子が並んでいた。ご当地のキーホルダーとやらを一つ取ってレジで精算する。
 あれ? もう一つ紅葉の分も必要だよな。そう思って色違いをもう一つ買った。こういうのを買うのが楽しくなったのは若葉の誕生日を祝ってからだな。
 お土産を小さなバックに入れて若葉の喜ぶ顔を想像する。オレの前ではもう笑ってくれないかもしれないけれど。ずっと会えてなかった。やっと会える口実が作れた。夜もかなり遅くなったが母は帰ってくる様子も無い。仕方がないから電話を掛けた。

「今日はアンタ一人で伸び伸びと部屋を使っていいわよ。明日の八時ころにはそっちに行くから」

 一方的にそう言われて、すぐに電話は切れた。

 相変わらず自分勝手な人だな。どうせまた恋人を連れてきてるのだろう。馬鹿馬鹿しくなってベットへダイブした。あの人は何のためにオレを京都まで連れてきたのだろう? 母の考えが全く分からなくて、何故だか嫌な予感がしていた。

 面白くもなんともない旅行から解放されたのは、その日の夕方になってからだった。ああ、すげえ時間を無駄に過ごした気がするぜ。
 家に帰るとバッグから着ていた服を取り出して、今着ている分も脱いで洗濯機をまわす。部屋に戻り服を着てから小さいバックから袋を二つ取り出して家を出た。
 若葉の家のインターホンを押すといつも通り紅葉が出てきた。

「よう、紅葉。コレはお土産」

 中身はピンクのキーホルダー。女の子って何色が良いか分かんねえからついついこういう色を選んでしまった。

「わあ、ありがとう。ちぃちゃん……」

 紅葉は嬉しそうに袋を握って入るがどこか表情が固い。いつもはオレの目を見て話す紅葉が、オレと目を合わせようとしない。

「若葉の分もあるんだけど、アイツいる?」

 そう聞くと紅葉はボロボロと泣き出してしまった。オレは何かヤバい事でも言ったのか?

「ちぃちゃん…ごめっ…なさい」
「ごめんなさいって、どうしたんだ?」

 泣き続ける紅葉を宥めて、何とか話を聞こうとする。

「若葉はね、もう行っちゃったの。ちぃちゃんの旅行中に行っちゃったの……」

 紅葉の言葉に鈍器で頭を殴られたような気がした。どういうことだ?ここに若葉はもういない?

「これ、ちぃちゃんにって……若葉から」

 差し出された手には小さな袋。そっと受け取りポケットにしまう。紅葉に別れを告げてそのままフラフラと自分の部屋に戻る。多分、オレ以外みんな知ってた。母親もグルでそのための旅行だったのだろう。オレが若葉を追わないようにだろうか? それとも若葉はオレの顔を見る事すら苦痛だったのだろうか?
 頭を振ってポケットから袋を取り出して中身を出してみる。手のひらにキラリと赤く光るものが落ちた。……これは多分オレの誕生日プレゼントだ。直感でそう思った。一月(オレ)の誕生石のガーネットのピアス。
 脚の力が抜けて床に尻もちをつく。真面目な若葉がピアスなんてどんな顔をして選んだのだろう?

「……なんで?」

 何で、今頃渡すの? 嬉しいけど、もの凄く苦しいよ? 振り回されて振り回されて、それでも好きでしょうがない。
 笑う顔も怒った顔も澄ました顔も全部が好きだ。零れそうなその大きな瞳にオレを映して欲しい。諦めきれるわけがない……こんなに若葉を想っているのに。
 机に置いていたスマホを取って若葉にラインを送る

『一生着けとく』

 いつの間にか頬を流れる涙を拭って、左耳のフープのピアスを外してガーネットのピアスを付けた。