一佳だって、その意味は、本当にはわかっていないと思うのだけれど。
「好きです、せんぱい。うちに泊まってください」
 ――多分、恋愛の色はしていない。ずっと。
 だけど寛子は、寛子の肋骨は、彼女にしがみつかれたくて、じくりと熱を持つ。肉は互いの温度で溶けたがって、疼く。
 最高に気持ちが良かった瞬間の記憶は、十年以上経ってもまるでなくならずに、寛子の中でくすぶり続けている。
 無性にさびしい時に。無力な時に。やるせない時に。自己嫌悪が激しい日に。
「せんぱい」
 一佳の声が、甘く、耳に溶け残る。一瞬だけ目を閉じると、ゆるい闇が、思考放棄をうながした。
 ――疲れた。投げ出したい。全部。
 それができる相手は、目の前の元後輩だけだった。
 ――それを愛というのなら。
 言わない。言うわけがない。ただの生存戦略だった。世間とやらの言うことに、うまく騙されたことなんて、一度もなかった。
「せんぱい、」
 だめ押しの言葉に、寛子は頷く。
 恋は本能などではない。人間の本能と言えるかもしれない、身体実感を伴う症状は、このどうしようもない、一人でいるだけで不安になる、さびしさだけだ。そう思いながら。