あの日、あれから泣きやむ間もなくすぐに月に連絡して、月と剛志君が幻想珈琲館へ行っていた道と行き方を、それぞれ教えてもらった。泣きながら電話したから、駆け付けた月と一緒に試したけれど、やっぱりあの世界の狭間の幻想珈琲館へは行くことが出来なかった。

 年末には確実にすべての扉が閉まってしまうとマスターは言っていた。

 もう大晦日が明日に迫っている年の瀬だった。明日が終われば、絶対に琉斗君の世界へは行くことが出来ない。

 私は荷物を詰めたキャリーバッグを転がしながら、とにかく色んな道を歩いては、ところどころで立ち止まって空を見上げてみたりしていた。どこにあの世界へ通じる道があるか分からないから。

 だけど、偶然にそんな道を見つけることが出来るはずもなく……。

 もう諦めるべきなんだって分かっていた。
 それでも、明日までは光の一路を求めて探し続けようと決めていた。

 自分のことを見ない親に恨みはないし、憎んでもいなければ嫌いなわけでもない。弟の遥介は仲がいいし、出来ることならずっと姉弟として過ごしたいと思う。

 友達は少ないけど、親友の月は大好きだし剛志君との今後も応援したい。

 この世界でも、そのうち夢を持つことは出来るだろう。まだまだ出会いも色々とあるのかもしれないということは分かっていた。

 だけど、今の私にはやっぱり琉斗君との未来でしか光が見えなかった。



 隣駅を歩いていると、広がった枝の並木道が見えた。葉っぱが全て散っているから、なんの木なのかは分からないけれど、ポプラではないだろう。

 オレンジ色のレンガではないけれど、石畳が続く広い遊歩道にある並木道で、黒いアイアンのおしゃれな街灯が並んでいるこの道は、なんとなく幻想珈琲館へ続く道を連想させる。

 とはいえ、この先は行き止まりではなく、この遊歩道の終わりには大きな車道に続く横断歩道が見えていた。

「実莉ちゃん」

 ふいに、聞き覚えがある声が耳をかすめ、振り向くと、そこには紙袋を抱えたマスターの姿があった。

 ベストこそ着ていないけれど、羽織っている冬のコートの中には黒いエプロンに白いシャツが見えて、まるで幻想珈琲館から出てきたような、そんな錯覚を起こしてしまう。

「マスター……? どうして? もしかして、幻想珈琲館がこの世界に移ってきたとか?」

 思わず頭の中に描いたことをそのまま言葉にしてしまった。
 
「ハハハッ。そうだったら素敵だね」

 その言葉がどういう意味だかよく分からず、思わずマスターの顔をのぞき込んでしまった。

「残念ながら違うよ。わたしは実莉ちゃんたちと同じ世界の人間なんだよ」

「そ、そうだったの……? マスターは同じ世界だって、知っていたの?」

「そうだね。実はこの世界でもカフェを経営していてね。すぐそこだから、来てみるかい?」

 ああ、だからその格好だったのか。紙袋の中からはコーヒーの香りがする。恐らく、お店のコーヒーを調達していたのだろう。


 幻想珈琲館よりもやや広めのスペースの、テラス席もある日当たりのいいお店で、昔ながらの喫茶店というよりは今風のお洒落なカフェだった。

 店内は若者たちで賑わっていて、アルバイトらしい若いスタッフが元気に働いていた。

「へえ……ちょっと意外」

「まあ、この辺りはおしゃれば店が多いからね。数年前に改装したんだよ」

 微笑みながら、カウンター席に案内してくれた。
 マスターもそのままカウンターに入ると、買ってきたコーヒーを若い女の子に渡していた。

「ここももう今は息子に引き継いでいてね。年末だから息子は家族旅行に行くといってね。今日は息子の代わりに来ているだけなんだ」

「マスター、結婚していたのね」

「そうだね。瞳さんは初恋のようなもので、彼女がいたから幻想珈琲館を営んできたけれどね。でも、この世界の人と結婚をしたよ」

 それはそうだろうな、と思ったけれど、やっぱりいい思い出的な昔話になってしまうのか……ということが哀しくもあった。

 と言っても、それは別にマスターと瞳さんのことではなく、私と琉斗君のことなのだけど。

「あの店は本当に不思議なところだった。やっぱり磁場の関係なんだろうか? 理屈では説明できないことがたくさんあったよ」

「うん。違う世界とつながったり、他の星にくっついて支えられていたり……不思議」

「それだけじゃなくてね。四十年以上もの間、あの店は何も変わっていないんだよ」

 言わんとする意味が分からず、私はただマスターの顔を正視した。

「つまりね、老朽化もしなければ、電気も水もガスも使える。恐らくわたしが引き継ぐもっと前の、瞳さんのご両親たちが営業していたままの状態なんだよ。不思議だろう?」

「ああ、確かに!」

 そうだ。あの狭間の世界には海も湖も何もない。電気やガスだって作れるはずもなく…………。宇宙をさまよう前から、あのお店の周辺だけはずっと時間が止まっていたのかもしれない。

 本当に不思議な場所だった。

「ねえ、マスター。一度閉じた世界は再びまた繋がることもあるの? あの場所と」

「…………その例はわたしがいた四十数年の中では無かったね」

「えっ……? そうなの?」

 絶望的だな……。そう思うと目に涙があふれた。
 泣いてばかりだ。なんだか最近の私は。

「ところで、どこかに出かける途中じゃなかったかい?」

「えっ? ああ、これ?」

 マスターが手を伸ばすと、邪魔になりそうなキャリーバッグをカウンターの中で預かってくれた。

「置いて行かれちゃったの。琉斗君と一緒に私の家に荷物を取りに行ったんだけど、琉斗君が残れって言い残して。琉斗君だけ幻想珈琲館のある狭間の世界に戻ったけど、私は入れなかったの。琉斗君が入ったときに扉が閉まったのが分かったって言っていた」

「そうか。話せたのかい?」

「うん、世界が近いときには携帯で話せるから。でも、それも通話途中で切れちゃって」

 マスターはいつも通り、ホットココアを出してくれたけれど、幻想珈琲館とはカップが違うし、乗っている生クリームにはチョコレートソースがかかっていなくて、なんだか物足りなく感じた。

「ねえ、マスター。明日は大晦日でしょう? もう完全に閉まっちゃったのかなあ?」

「この店の前にも道があるんだよ」

「えっ?」

 そうだ、マスターが使っていた、あの世界へ続く道があるはずだ……。

「もう通じているのかどうかは分からないけれどね。このカフェの前にある石畳の遊歩道を歩いて、ちょうどその窓の向こうのあたりに、ガタガタと揺れる石があるんだよ。そのあたりで空を見ると、いつもあの店の中に着いたんだよ」

「ありがとう、マスター!」

 私がそのまま飛び出そうとすると、マスターが「持って行きなさい」とキャリーバッグを出してくれた。

「あ、お勘定」

「ダメだったら、戻ってきて続きを飲みなさい。向こうへ行けたら、餞別代りでいいよ」

「ありがとう!」

 私はキャリーバッグを引きながら、すぐにお店の前にある遊歩道をゆっくりめに歩いた。

 ちょうどさっきのカフェのふたつめの窓が見える辺りで、足元の石畳のひとつがグラグラと揺れた。

「ここだ……」

 そう呟きながら空を見上げると、冬の青空が目にいっぱいに広がって、その眩しさに思わず目を瞑った。
 
 そして、次に目を開けた時には、上空からポプラ並木の先にある幻想珈琲館のオレンジ色の屋根が見えた。だけど、私の足がその地面に着いているわけでは無い。
 これは、フワフワと浮いた状態で飛んでいるということ……?

 外側から幻想珈琲館の映像を観ているような、そんなおかしな感覚だった。
 浮かんでいるとか飛んでいる感覚はないけれど、きっとそんな状態なのかもしれない。

 やっぱりもう扉が閉じていて、中に入れないのだろうか……?
 それとも、閉じかかっていいるから辿り着くのに時間が掛かるだけなのだろうか……?

 一抹の不安を覚えながら、私は持っていたぬいぐるみを片手でギュッと抱きしめて、無事に幻想珈琲館に行けることを願った。
 少しずつ少しずつ下降していくような、そんな感覚を味わいながら。

 だけど、一定の場所で止まってしまった。

「やだ、嘘でしょ……?」

 こんな宙ぶらりんで、どうしたらいいの――――?

 ふいに、窓から琉斗君の姿が見えた。
 窓辺の席に座って、なにか温かいものを飲んでいるようだ。
 いつもの甘いコーヒーかな……?

「琉斗君!」

 思わず大きな声で読んでみると、琉斗君の耳に届いたのか、ハッとした表情でキョロキョロと辺りを見回している。

「琉斗君! 外を見て!」

 やっぱり聞こえたようで、窓を開けてやはりキョロキョロとしていた。
 私はまだ地面に足がつくことはできず、屋根より高い位置から見下ろしている状態だったから、彼の視界には入っていない。

「実莉……?」

「琉斗君、上だよ」

 ゆっくりと見上げた琉斗君とようやく目が合った。
 ほんの数日ほど会えなかっただけだけれど、ずっと探し続けてずっと会いたかった人のように思えて胸がいっぱいになる。

 目がまんまるく見開かれて、かなり驚いた表情の琉斗君が私の姿を見た。

「なんで、浮かんでんの?」

「…………降りられないの。少しずつ降りていたんだけど。今はここで止まっている」

 自分でもこの状況がよく分からなかった。
 せっかく琉斗君に会えたのに……下に降りられないの……?

「なんで、来たんだよ」

 怒っているような口調だけど、心配しているのが分かる。いや、もしかしたら、困っているのかもしれない。
 私も来て良かったのか、一気に不安な心に襲われていく。

「マスターがね、私と同じ世界にいたの。それで、マスターが使っていた道がまだ繋がっていて……」

「ああ、ここに続いているって言っていたな。ていうか、おまえ、ひとりでこんなところに来て、もしも俺が来ていなかったら、この世界にたった一人でどうするつもりだったんだよ!」

 急に琉斗君が目を吊り上げて怒ったけど彼の言葉は尤もだと思った。
 
「そんなこと、考えてもみなかった」

「マジか! 本当におまえは考え無しだよな。こっちに来ちまって、自分の人生考えたのかよ」

「だって、マスターが言っていたの。一度閉じた世界の扉が再び繋がった試しはないって。だから、私はどうしてもここに来たかった」

 まだ怒ったような表情の琉斗君が私を見上げている。

「…………とりあえず、脚立か何か……じゃ足りねえよな。そこから降ろさねえとな」

 琉斗君がそう言ったとき、私の身体はさっきの続きのように少しずつ下降を始めた。
 すぐに琉斗君も気がついて、そのまま黙って降りてくる私を見つめながら近づいてくる。

 そして、少しずつ近づいてくる琉斗君の目の前に立つような形で着地した。

「私ね、あんな親でも嫌いじゃないし、弟は大切ではあるけれど。今現在、きちんと友達と呼べるのはルナだけだなって思ったし、もちろんルナは大好きだけど、他に私になにが大切だろう? って考えたときに、学歴も資格取得も戸籍さえも……琉斗君に勝るものなんて何にもなかったの」

「……マジかよ」

「私は琉斗君が好き。ここに来たら……迷惑だった?」

 目を見ながらそう言うだけで、涙もろくなってしまっている今はどうしても涙がこぼれてしまう。
 琉斗君がそっと私の頬に手を伸ばした。

 カツン……という音が響いて、彼の腕にあるペアウォッチが何かに当たったのが分かった。琉斗君の手が何かに阻まれたように不自然な位置で止まっている。

「なんだ……?」
「えっ……?」

 手を引っ込めた琉斗君と私の間には何もない……はずだけど……。
 
 もう一度、琉斗君が私の方へ手を伸ばす。
 だけど、やはり届くことなく見えない何かに遮られているようだ。

 私も恐る恐る琉斗君に手を伸ばすと、目の前に見えない固い壁のようなものを感じる。イヤな胸騒ぎでドキドキが止まらない。

「触れられないだけか? それとも、こっちに来られないのか?」
 
 琉斗君が二、三歩下がって、こっちに来るようにと促す。
 私がそっと足を進めると、やっぱりすぐに見えない壁にぶつかる。その壁を伝って横の方を歩いていくと、ポプラの木のあるこの世界の果てのもっと先の宇宙まで続いていた。

「そっちに…………行けない……」

 イヤだ、せっかく心を決めてきたのに…………。
 再び、琉斗君が近づいてきた。そして、見えない壁をトントンと叩いて小さくため息をついたけど、すぐに私を真っすぐ見つめた。

「実莉、俺さ、無理やりにでも連れてきたかったって、後悔していたんだよ。おまえが向こうの世界で、別に幸せそうじゃなかったのも思い出してさ。ただ、俺の方が実莉の人生を背負うのに、ちょっとだけ尻込みしちまっただけで」

「……うん、わかるよ。私の人生を全部預けることになるもんね。琉斗君の気持ちを私も考えていなかったって思う。行くのは簡単で、行ってしまえばどうにかするしかないって思っていたけど、琉斗君には責任重大だと感じてしまうのは…………」

 それでも、一番大切なものが何かわかっていたからここまで来てしまった。
 だけど、この壁があって入れなくて良かったのかな……?
 琉斗君にそんな責任を負わせなくて。

「けど、後悔していたって言ったろ。連れてくれば良かったって。俺だって実莉が好きなんだ」

「………どうしたらいいの?」

「ここにはもう入れなくなったなら、帰るんだよ、実莉。それが俺たちの運命だったんだ」

「だって、やっと会えたのに……そんな運命酷いよ」

 私の目に再び涙があふれる。だけど、それをもう琉斗君は拭いてくれることは無い……。

「そうかな……?」

 琉斗君がぽつりと言った。そして、左手につけているペアウォッチを私の方に差し出した見せた。

「俺たちさ、本当だったら出会えるはずもなかったんだぜ。けど、こうやって一緒の時間を過ごしてきた。で、もう明日には世界の扉も閉まるってのに、また会えたんだ。奇跡的な運命じゃねえの?」

「なんのために? なんのために会えたって言うの? お別れを言うため?」

 いやだよ、哀しすぎる。だけど、そんなことを琉斗君に言っても仕方がないんだって分かっている。分かっているけど、やっとここに来られて会えたのに、一緒に暮らす覚悟できているのに……無理だったなんて残酷すぎる。

「約束するため!」

 琉斗君が満面の笑みを見せたから、思わず私の胸がときめいた。その笑顔が好きなんだって、私の心が叫んでいる。こんな時なのに、恋心って純粋で正直で時も場所も選んでくれない。

「なあ、実莉。絶対にまた会えるよ。今までがどうだって、俺たちは絶対にまた会える。俺たちは離れていても同じ時間を過ごしているんだ」

 透明の壁の向こうで静止している、琉斗君の左手首にあるダイバーズウォッチが目に入って、思わず私もそれに合わせるように自分の腕時計を透明の壁に当ててみた。

 少しだけ大きさの違う同じ時計が同じ時を刻んでいる。
 同じ場所でふたりで選んで買って、同じ箱に入っていたふたつの時計だ。

 離れている間も同じ時を刻み、また会える。
 そんな想いを込めて、贈ってくれた琉斗君からのプレゼント。

「また会おう、実莉。それが何年後でも、何十年後でも」

 気が長い話だなって少し苦笑いしてしまう。
 ずっと一緒に同じ時を過ごしたかった。そのつもりで、その覚悟でここに来たのだから。

 そう思いながら、どうにもならない見えない壁を時計を合わせている左手に感じる。

 だけど、どうにも出来ないことが目の前にあるんだ。
 
 確かに、本来なら会うはずもない私たちが出会えたのは奇跡だし、今日だって扉が閉まる前に、最後に会わせてもらえたのかもしれない。

 そう考えたら、会えないよりもとってもラッキーな奇跡だ。
 あのまま好きという言葉を言う前に切れた通話で終わってしまうよりも、ずっとずっといい。

「じゃあ、約束しよう、琉斗君」
 
 私は精一杯の笑顔を見せた。
 こんな時でも、私の心は琉斗君の笑顔にときめいた。だから、少しでも琉斗君の笑顔が見たい。それはきっと琉斗君も同じはず。

 泣いてうしろ向きのことを言っても変わらないなら、笑って前向きな言葉を言いたい。

「何年も何十年もあとでもいい、どんな状況でもいい、この幻想珈琲館で必ずまた会おう。だからね、その時に絶対に幸せでいるって約束して、琉斗君。私じゃない誰かを好きになって、結婚して、子どもも生まれて、そんな平凡な幸せでいい。小さかった私たちが羨ましがるような、そんな素敵な幸せを作った琉斗君と……再会したい」

「……わかった。じゃ、実莉も同じな。そんくらい幸せでいる実莉と俺も再会したい」

「うん……」

 微かに風が吹いて、すでに葉っぱの落ちきった背の高いポプラの枝が揺れている。
 その風が幻想珈琲館の空いている窓から、コーヒーの香りを運んでくれたような気がする……。

 しばらくの間、私たちは見えない壁越しに重ね合っているペアウォッチを見つめていた。
 少しの時間でもいい、このまま時間を刻むのを止めてくれたらいいのに……。

 もう少しこのまま、ここで一緒に過ごしていたい。見えない壁があってもいい。
 一緒に夕陽が沈むまで、まだ話していないことを話したいし、まだ聞いていない琉斗君の話を聞きたい。

 昔の琉斗君のこと、出会ったときの印象はどうだった? とか。いつから好きだと思っていたの? とか…………。

 出会いの印象はあまり良くなかったな……なんて、そんなに時間が経っているわけじゃないのに懐かしく思い出す。
 一緒に過ごした時間は短くても、琉斗君との時間はとっても濃くて深い時間だったよ。

 そんな言葉がどんどん心には浮かんでいくのに、口から音に変えて出すことが出来ない。

「つうか、そこで帰れなくなったら大変だな」

 琉斗君が低くつぶやいて、我に返った気がした。

「……もう行けよ。いつもみたいに、おまえのうしろ姿、見送るからさ」

「……うん」

 彼の腕時計が離れたから、ゆっくりと視線を上げて琉斗君を見ると、そこには私の好きな笑顔があった。
 つられたのかな? 私もそのまま笑顔になったのがわかった。

「じゃあ、またね」

 なんとか笑って手を振ることが出来た。
 そして、そのまま琉斗君に背中を向けると、持ってきたテディベアを片手に抱き、キャリーバッグを転がして背の高い門の方へ真っすぐ歩いた。

 私は次はいつここに来られるのかな……?

 そう思うと涙が溢れそうだった。
 私は小さく深呼吸をして、その日を楽しみにしようと心に決めて空を見上げた時、「実莉!」という琉斗君の力強い声が聞こえた。

 振り向くと、見えない壁に両手をついたまま、彼が真剣な表情でこちらを見ている。
 
「実莉、愛している!」

 胸の奥がえぐられるような、哀しいのか愛しいのかよく分からない感情がこみあげてくる。

「私も、愛している!」

 琉斗君がまた満面の笑みを見せてくれた。
 今度はきちんと言葉で想いを伝えられたんだ……。

 私は背中を向けることはせず、そのまま笑顔を作って琉斗君に手を振った。彼も笑顔で大きく手を振ってくれたのを見て、そのままどこまでも青い澄みきった空を見上げた。