私は今、今日の運の悪さを象徴するように、週末いつも過ごしているファミレスで、いかにもガラの悪そうな少年のグループが大騒ぎをしているのを外壁から見ていた。
自分たちだけで盛り上がっているならともかく、他のお客さんや店員にも絡んでいる。ヤンチャと呼ぶには生ぬるく、恐怖を与えるレベルの危険な少年たちだと感じた。
あんな連中とは関わりたくない。今日はファミレスに入ることは諦めて、仕方がなく駅前のファーストフードでもあたろうかと駅の方へ向かって歩いた。
だけど、駅前から車通りの多い大通りを一本道で歩いてきたはずなのに、いつの間にか幅の狭い行き止まりに辿り着いていた。
無意識のうちに、どこかで道を曲がっていたのかな……?
私は来た道を振り返ったけれど、ぼんやりと夜の闇の中に霧がかかっていて歩いて来たはずの道はよく見えなかった。ただ、あの賑やかな大通ではないことだけは確かだと思える。
やだな、こんな時間に迷子になったなんて……。
もう夜の九時は回っている。辺りは人通りもなく、薄明るい街灯が並んでいるだけだった。
よく見ると、ここは外国の絵本の中から飛び出してきたような、とても可愛らしい道だった。
並木道のような背の高い丸みのある街路樹はポプラだろうか。
薄明るい灯りに照らされている足元には、オレンジ色の素焼きのレンガが敷き詰めてある。街灯は黒いアイアン造りで、こんな素敵な道が家の近所にあることを知らなかったなんて。
暗い道に警戒心も薄れた時、その行き止まりの先にぼんやりと白い建物が浮かび上がって見えた。
少し近寄ってみると、オレンジ色の屋根に白い壁の、これまた可愛らしい外国の建物のようなカフェだった。
ああ、そうか。この可愛いカフェに来るために、この道が造られたのかもしれない。
そんな風に考えると納得ができた。
カフェの入り口には『幻想珈琲館』というロゴが入っていた。
夜の暗がりにほんわりと浮かび上がっている、幻想的なその佇まいにピッタリな店名だ。
窓から灯りと人影が見えるけれど、多分、もうすぐ閉店の時間だろう。
そう思いながらも、私は白い扉の金色に浮かび上がるドアノブに手を掛けた。
綺麗な鈴の音が店内に響くと、「いらっしゃい」とマスターらしい初老の男性がカウンターの中から柔らかく微笑んだ。
店内はそれほど広くはなく、カウンターに三つ背もたれのある細い椅子が並んでいて、他に四人座れる席が三つほど置かれていた。お客さんはカウンターに若いサラリーマンが一人、三人組の女性客が一組いるだけだった。
「あの……、閉店は何時ですか?」
扉を開けたまま、完全に中には入らずに私はマスターに聞いた。
「キミは何時までここにいたいのかな?」
逆に質問されてしまって、私はなんて答えようか考えた。
高校生ならカフェになんていたら補導されてしまう時間かもしれない。大学生を装ったとしても、朝までと言えば驚かれるだろう。そう思いながらも、私は「できれば朝まで」と正直に答えた。
ダメならダメで、閉店時間にまたファーストフードに移ればいい。
マスターはチラリと鋭い視線を私に向けたけれど、すぐに柔らかい表情に戻って微笑んだ。
「じゃあ、朝まで開店しているよ。お好きな席へどうぞ」
なにも追及されずにホッとして、落ち着けそうな壁際のテーブル席に腰を下ろした。
思い返せば、今日は何をやっても調子が悪くて不愉快な思いをする日だった。
学校では真面目な優等生を演じているのに、つい居眠りしてしまって、クラスのみんなにそんなに驚くことなのかってほど驚かれた。
駅の階段で足を滑らせて転びそうになったところを、親父臭のする太ったサラリーマンに抱き止められてニヤニヤされた。
そしてさっき、毎週末に息抜きで来ているファミレスで、ガラの悪い子たちが十数人は溜まっているのが外から窺えた。
小さい頃から、私は共働きの両親にはほとんど興味を持たれずに育った。
喘息もちだった年子の弟の遥介に手が掛かったからだろう。
遥介は身体が丈夫になった今でもマイペースすぎて両親の関心を一身に受けている。今年高校受験の遥介はイケイケの進学塾に入れられて、ハードスケジュールな受験勉強をさせられている。
成績優秀で勉強は嫌いではない遥介だけど、野心がないから志望校は低めに設定していて、両親からも塾の先生からも勿体ないから上を狙えと勧められる有り様だった。
そんな受験生の弟を見ながら、去年の私の受験とは大違いだと苦笑いする。
私の時は何もかも一人で決めて、両親には報告をするだけだった。それで両親も何も言わない。
「実莉はしっかりしているから安心だな」
「そうね。実莉の好きにしていいのよ」
そんな言い方をするけど、私に関心が無いのはいつものことだ。
小さい頃から、学校行事はいつも遥介のところへ行く。
授業参観の日なんて、他の親は時間差で兄弟の教室を回るけれど、うちの親は遥介のところで止まったまま私のところへは来たことが無い。
「どうして来てくれなかったの?」
小学校二年生の頃に聞いたら、お母さんは何でもないことのように言った。
「あなたが授業をしっかり受けているのは知っているもの。遥介は目が離せなくてね」
「……そっか。ヨウちゃんは心配だもんね。仕方ないね」
みんなの親は来ているのに、私の親だけ来てくれない。そんな想いでいっぱいだったけど、私は共働きでいつも疲れている両親から煩わしいと思われるのが怖くて、つい〝良い子〟を演じてしまったのだ。
中高生に成長した今は、遥介が夜遊びするのは目を光らせて阻止している両親だけど、私の夜の外出は携帯一つで首輪をつけていると思っているようで何も言わない。
だから、毎週土曜の夜には友達の家に泊まると親に嘘をついて、一人でファミレスで朝まで過ごすのが日々優等生を演じている私の秘かな楽しみでもあった。
両親からは友達の名前さえ聞かれたことがない。何かあれば携帯に連絡するとは言われるけど、掛かってきたことは一度もない。
それに手土産代としていくらか渡されるから、いつも私はそれを飲食代にあてていた。
だからと言って、反抗心いっぱいで非行に走りたいわけでもなく、悪いことをして自分の存在をアピールしたいわけでもない。
当たり前だけど恐い目には遭いたくないから、夜通し過ごす場所はとても慎重に選んでいた。
ネットカフェやカラオケボックスは深夜までいるのには身分証明書が必要で、当然女子高生なんて入れない。
たとえ入れたとしても、そういう場所には人目を避けた犯罪も有り得ると警戒して入りたくなかった。
少し大人っぽい格好をしていればファミレスやファーストフードなら高校生じゃないと誤魔化せる。私は店内も明るくてスタッフも多く治安のいいファミレスを見つけていて、そこに毎週土曜の夜に通っていたのだ。
そのファミレスに入れずとことん運が悪かったと思った日の最後には、思いがけずにこんな素敵なカフェを見つけることが出来た。
店内には心地よい音量でクラシック音楽が流れていた。オレンジ色の薄明るいライトの光も心地よく、なんだか心が安らぐ空間だった。
本来ならのんびりと読書でもしたいけれど、持って来ていた勉強道具を出して週明けまでの宿題を片付け始めた。
暫くすると、チリンチリンと鈴の音が鳴って扉が開いたのが分かった。
外気が入ると冷たい風を感じる季節になったな、なんて思いながら何気なくそちらを見ると、さっきの私と同じように扉から顔だけ覗かせて「この店は何時までやっていますか?」と聞いている高校生くらいの男の子が立っていた。
「キミは何時まで居たい?」
マスターが私に対する投げかけと同じ質問をすると、「明日の朝まで居られたら嬉しいっすね」と、調子のいい口調で男の子が笑った。
「じゃ、明日の朝まで居るといいよ」
私の時と同じような会話をして、その背の高い男の子が入って来た。そして、やはり私がそうしたように、キョロキョロと辺りを見回している。
「ああ、悪いね。今は満席で」
マスターはそう言うと、私の前に立って注文したホットココアをテーブルに置いて微笑んだ。
「相席をお願いしてもいいかな? 他のお客さんは夜のうちには帰るだろうし、それまでの間だけでも」
驚いて辺りを見回すと、さっきまで空いていたはずのテーブル席もカウンター席も全てが埋まっていた。
この男の子が来るまでは他のお客さんが来た気配なんて無かったけど……。私はよほどぼんやりしていたのだろう。
「いいかな?」
念を押すようにマスターがもう一度聞いた。
一人の夜を邪魔されるということは、やっぱり運がない日だったんだ。
そう思うとため息が出そうになったけど、私はマスターの後ろにいる男の子に目を向けた。
髪は明るい茶髪に染めているけれど服装も派手ではないし、とりあえずガラが悪い危険な感じはしなかった。
「いいですよ」
笑顔を作ってマスターに向けた。愛想笑いだけれど。
男の子ははじめ、居心地が悪そうに私の正面の椅子に背負っていたリュックを無造作に置いた。そして、薄手のコートを背もたれに掛けてその隣の椅子に腰かけた。
すぐに落ち着いたのか、頬杖をついてこちらを見始めたのが分かった。
「あのさ、別にお見合いしているわけじゃないんだから、私に構わず好きなことをしたら?」
「そうしたいんだけど、こんな時間にこんな場所で、真面目に勉強している女子高生って何者だろうと思って」
男の子はからかうような口調でニヤリと笑った。
「な、なんで高校生だって思うのよ」
「だって、その数1の教科書、俺も去年使ったからな」
男の子は『数学1』と書かれた教科書を指でトントンと叩いた。
「てことは、自分だって高校生じゃない」
「ハハッ、まあな。ふうん、飛嶋実莉ちゃんっていうんだ」
男の子は教科書を手に取って、裏に書いてある名前を読んだ。
やっぱり今日は何をしても不愉快な日だ。
私は相席をしたことを後悔しながら教科書を取り返そうとした。けれど、男の子がサッと手をあげて教科書に手が届かない。
「返してよっ」
「俺は長久保琉斗っていうんだ。んで、実莉はここで何してんの?」
馴れ馴れしく呼び捨てにされて、余計にムッとしてしまった。
「だから、勉強しているの。返してくれる?」
私は立ち上がって教科書を奪い返した。琉斗と名乗った男の子は「おっかねえの」とケラケラと笑った。
「自分だってこんな時間にこんな所にいるくせに」
私はブツブツ言いながら、彼を睨むように見た。
「どこの高校? この教科書使うってことは、結構な進学校だよな?」
「ていうことは、長久保君も進学校に通っているんだ」
私は顔を上げて彼をよく見てみた。明るく染めた髪と同じくらい明るい茶色の印象的な瞳をしていた。
「長久保君ってなんか言い難いって言われるんだよな。琉斗でいいよ」
ニヤリと笑うと細い目が際立って見えて、どこかキツネを連想させる。
「まあ、進学校だよな。けど、自由度も高くて気楽な高校だよ。湊《みなと》学院高校って知ってる?」
聞いたことがない学校名だった。進学校なら、それなりに有名なんだろうけど。
「男子校? 私は中学受験して森の丘学園に入ったから、中高一貫じゃない高校は詳しくないかも」
「男子校ではあるけど。この辺じゃ有名だぞ。まあ、知らねえヤツは知らねえのか。俺も森の丘学園って知らねえしな」
「そっか。森の丘は一応共学だけど、高校からの入学は受け入れていないからかな」
そうは言っても、森の丘学園大学は国内でも有名な一流大学だから、その附属校くらいは進学校に通っているなら知っていると思うのだけど。
「んで、優秀校に通うガリ勉ちゃんがどうしてこんな時間に一人で出歩いてんの?」
ガリ勉って言葉が引っかかるけど、確かに優等生を演じている私はガリ勉と呼ばれる部類かもしれない……。
「別に。家で勉強するよりも外の方が落ち着くし。琉斗……君はなんで朝までここにいたいの?」
「ああ、聞いていたのか」
琉斗君が苦笑いして頭を掻いた。
その時、琉斗君が頼んだカフェラテが運ばれて来た。
「お嬢さんも朝まで居るんだよね? ごゆっくり」
マスターがニッコリと微笑みながら琉斗君の前にコーヒーカップを置いた。
「へーえ、そうなんだ」
琉斗君が驚いたような意味深な言い方をしてからニヤリと笑った。
「俺はさ、単に週末の夜は親父が女を連れて帰るから、家にいるなって言われてんだ」
「ふぇっ?」
驚きすぎて思わず変な声が漏れた。
「ハハッ。うち、父子家庭なんだけどな、親父なんて昔っから殴る蹴る、家から追い出す、そんなことばっかりする毒親でしかねえ。今の高校だって、めっちゃ勉強して奨学生になれたから通えてんだ」
「えっ……? 本当に?」
「おう。ま、ある程度は金も出してもらってるから、文句ばっかりは言えねえけどな」
私はそれなりのレベルの高校に通っていて成績も良い方だけど、返済不要の奨学生になれるほどではない。進学校の中でトップにいられるのは余程の努力が必要なのは知っていた。
それが凄いのは勿論だけど、それよりもそんな家庭環境でもそこまで頑張れることが天晴れだと思った。私の学校で成績優秀者は、個別塾に通っていたり家庭教師が付いたりしている子が多い。
「……それで、毎週末は外で過ごしているの?」
「ん? ああ。普段は知り合いがバイトしているカラオケ屋に潜り込ませてもらうんだけどな。歌って暇つぶしも出来るし、眠たくなったらソファで眠れるしな」
「男子はそういうことが出来るからいいよね」
しかも、知り合いが働いているなら心強い。持つべきものは友だと言うけど、私は友達というものも少なかった。
この人は社交的だから、友達も多そうだな。
「実莉はいつもここに来ているのか?」
「ううん、いつもはファミレス。明るくて比較的安全だからね。けど、今日はなんかヤバそうなグループがいたから避けたの」
「ふうん」
琉斗君はまた意味深にニヤリと笑った。
「ってことは、実莉も毎週末こうやって外で夜を過ごしてんだな。なんで? 俺と似たような理由なの?」
ああ、今日はたまたまという言い逃れも出来たのだろう。琉斗君も毎週末外で過ごしているようだから、思わず気が緩んでしまった。
だけど、まあ悪い人じゃ無さそうだし……普段は何も接点がないのだから、話しても問題は無いのかな。
そんなことを頭で考えてから、私は「理由は少し違う」と首を横に振った。
「私は好きで家から出てきているの。家にいると透明人間になった気分になるから。両親にとっては私はいてもいなくても同じっていうか。別にいいんだけど、家って親の縄張りでしょ? その空間にいるのが苦痛……なのかな」
言いながら、なんだか子どもっぽいことを言っているような気がした。
なんか、親が自分に無関心だから辛いと聞こえる。
そう思っていたのは小さい頃だけで、今は気楽なんだけど――。
「たぶん気晴らしがしたかったのかな? 親は友達の家に泊まるって言えば、別に何も詮索なんてしないしね」
「えっ? 毎週末友達の家って言って大丈夫なんだ? その友達の親に挨拶されたりしたらアウトじゃん」
普通はそう考えるだろう。だけど、そんなことにもならないほど、うちの親は私に興味が無いのだ。
「友達の名前を聞かれたことは一度も無いの。クラスの子って言えば済んじゃう。うちの親はね、名前なんて聞いてその友達の親に挨拶とかしたくないんじゃないかな? そういうのが面倒っていうか。私関係のママ友は作ろうとしないからね」
「ん? 私関係って、他の兄弟関係のママ友は作るのか?」
「うん。弟の方のママ友はいっぱいいる。小さい頃は病弱な弟が心配で友達を作ってあげたかったの。で、今は思春期になった弟の情報を得たくてママ友を通じて色々と聞いているみたい」
そう、両親ともに弟のことになると何でも把握したくて仕方がなくて、私の方は下手に関わると面倒だからとなるべく避けている。この差がハッキリわかると昔は拗ねた時期もあったけど、今では清々しいほど割り切れて客観的に見ていた。
「なるほどな。で、実莉はそんな両親の期待に沿うようなかたちで手のかからない子を演じてるってことだな」
「まあね。その方が楽だし」
「へーえ。つまり、週末ごとに自分を取り戻しに来ているってことか」
「ん?」
一瞬、何を言われているのか理解できずに、ココアを飲もうとカップを持った手を止めて琉斗君の顔を見た。
「だからさ、普段は家でも学校でも優等生やってんだろ? それじゃ、本当の自分がどこかへ行っちまうじゃん。だから、優等生の裏にいる得体の知れないものになっちまわないように、本来の自分自身をキープしたくて素の自分でいられる時間を作ってるんじゃねえの?」
「えっ……? そんな風に考えたこと無いけど……」
「ふうん、俺にはそう見えるけどな」
今度は意味深な笑いはせずに真剣な表情でそう言うと、琉斗君はシュガーポットのフタを開けてスプーンに山盛りに砂糖を乗せてカフェラテの中へ落とした。
「甘そう……」
その豪快な砂糖の入れ方に思わず苦笑いして呟いてしまうと、琉斗君はケラケラと笑って「甘いのが好きなんだよ」って私のおでこを軽く指ではじいた。
「琉斗君の言う通りなのかもしれない」
「ん? なにが?」
「だから……優等生を演じすぎて自分を見失わないように、毎週末家から離れて一人の時間を過ごしているのかも」
「ああ、そっか。うん、そう見える」
そう言って笑った琉斗君は、さっきまでの何か言い含むような意味深なものとは違って、とっても爽やかな笑顔で一瞬胸がときめいた。
いやいや、そんな出会いを願っているわけではないし。
なんて自分に言いわけをしながら、改めて琉斗君の顔をじっと見た。琉斗君は切れ長の目に全体的にスッとしたキツネ顔で一般的には特別イケメンというより普通の顔だと思うけど……意外と私は好きな顔かもしれない。
そう思うと思わず赤面しそうになって目をそらした。
「なんだよ、ジッと見たり無視したり、失礼な奴だな」
言葉とは裏腹にケラケラと楽しそうに笑われたけど、無視というフレーズが気になって「無視?」と聞き返した。
「俺が質問したら、急に目をそらしたじゃん」
ああ、聞いてなかった。変なタイミングで何か聞かれていたのか。
「ごめん、もう一度言って」
「おっと、そう来たか」
なんだか照れたように琉斗君が笑ったから、私は聞き逃してはいけない言葉を聞き逃したような気がした。
琉斗君は気を取り直すように小さく咳払いをした。
「質問形式はやめるけどさ。だから、嫌じゃなければだけどな、携番とメアド教えろよ」
私は思わずまたジッと琉斗君の顔を見てしまった。
「だから、どうせお互いに週末は暇なんだから。暇つぶしの相手が出来たってわけじゃん。別に毎週末会おうってわけじゃなくて、お互いに気が向いたらさ」
なんだか言いわけっぽい琉斗君の言い方に、私は思わず笑ってしまった。
「ごめん、本当にさっきは聞こえてなかったんだ。いいよ、もちろん。メアドって、LINEはやってないの?」
「LINE? なんだ、それ」
「えっ? LINEも知らないの? 超有名なアプリだけど」
「アプリ? なんか分かんねえけど、面倒なシステムは苦手なんだ。携番とメアドでいいって」
そう言って出した琉斗君の携帯はガラケーだった。キッズ携帯じゃないよね?
フューチャーフォンも新しくなって使っている人もいるとは聞くけど、高校の同級生はみんなスマホでクラスのLINEグループだってある。
私がスマホを出すと「スマホかよ。赤外線通信できねえじゃん」と笑われた。
いや、そっちがアナログだからじゃん! と、私は心の中でつっこんだ。
私たちは少し面倒だけど、簡単なメアドだった琉斗君のメアドを私のスマホに打ち込んで、私から空メールを送ってメアドを交換した。携番は琉斗君の方が私の番号を打ち込んで、私のスマホに電話を掛けて交換した。
「なんか、久しぶりにアナログな方法で交換したなあ」
「私だってそうだよ。普段はLINEばっかりでメールなんて使わないし」
「へえ、そうなんだ」
意外そうに琉斗君が目を丸くしたから、彼の周りはよほどガラケー率が多いのだろう。
そっちの方が珍しいと思うけど……。
「あっ、いつの間にか客が減ってるな」
琉斗君の言葉に店内を見回すと、カウンター席に仲睦まじそうに男女が座っているだけで、いつの間にか他の人たちは帰っていた。
腕時計を見ると、もう十一時を回っている。
人が帰ったらドアの鈴の音が鳴るはずなのに、話に夢中だったのか全く気が付かなかった。
「なんか、このカフェって不思議だよな。幻想珈琲館って名前がピッタリだ」
「ああ、うん。私も見つけた時にそう思った。うちから歩いて来られる距離のはずなのに、こんなところ全然知らなかったし」
「おっ、歩いて来られるのか? じゃ、意外と家近いな。うちも歩ける距離なんだ」
「えっ? そうなの? じゃあ、今までもどこかで会っているかもね」
ということは、これからもどこかでバッタリ遭遇、なんてことも有り得る?
それはそれで面白いような、気恥ずかしいような……。
「どのへん? 家」
「えっと、駅の東口の方にある雪之橋って白い橋知らない? あれを渡った少し先」
「雪之橋? 聞いたことあるような無いような。けど、俺は西口側だから逆だな」
確かに反対側だな、と、私は頭の中で地図を広げた。
「西口側なら、大和台中学?」
「ん? 大和台じゃねえって。大和桜中。俺ん家はそっからすぐ」
「あれ? そんな名前だった?」
おかしいな。中学の時に通っていた塾に大和台の友達がいたのに。大和桜って中学もあるのかな?
なんとなく噛み合っているような噛み合っていないようなところもあるけれど、家が同じ地域だってことだけで一気に親近感が湧いた。
それから私は宿題が終わっていないことに気が付いて、一つ年上で成績優秀な琉斗君に教えてもらいながら数学の宿題を終わらせた。ついでに日本史も得意だということで、日本史も見てもらっているうちに、少し外が薄明るくなっていった。