恭平の態度は一貫していつも通りだった。ボカロPをネタに冗談まがいの会話までするほどなのだから、あの熱烈トークを気にしていたのは自分だけだったのかもしれない。響はそう考えて、思い悩むのをやめることにした。
部屋へと戻った響は、入った途端に香里奈に腕を取られ、無理やり隣に座らされた。北田と弓野に囃し立てられても、香里奈はお構いなしといった様子でそれを受け流し、そんなことよりもと、タブレットを突き出してきた。
しつこくせがまれ、「どれでも好きなのを歌えばいい」とあしらっても、香里奈は頑なに「河瀬くんが選んで」と行って聞かないため、根負けした響は適当にAdoの新譜を選んだ。
香里奈は想像以上の歌唱力を見せた。自分で上手いと言うだけはある、Mistyみたいになりたいというのもあながち無理ではないと思えるほどのレベルだった。
「歌も上手いんだな」
北田が惚れ惚れと言うと、弓野も同様にして頷いた。
「ダンスもプロ並みだし、プロになれんじゃね?」
「香里奈は小学生のときからヒップホップダンスやってるから」
香里奈の隣に座っている女子の言葉に、北田たちは感心した声を上げた。
「アルグレは?」別の女子が言う。
香里奈が響をチラリと見たので、好きにすればと言うように微笑むと、アルグレの『魔術師』を歌い始めた。
北田がイントロで「おれが入れたのに……」と不満そうにつぶやいていたが、歌い始めると一転して安堵の表情に変わった。香里奈の前で醜態を晒さなくて良かったと思ったのだろう。
それほどの歌いっぷりだった。改めて香里奈のレベルは並ではないと感心した。
響は恭平の反応が気になって目を向けた。
興味がないといった風に装ってはいるものの、手元のスマホは指を添えたままで目もくれず、香里奈をじっと観察するように見つめている。
『歌が聴きたい』
そう言っていた理由が、もしボーカルを探していたからだったのなら、Mistyのように、ボカロPとバンドを組みたいという香里奈の願いは実現できるかもしれない。湊と城田のように。
身近にいるボカロPが、響の目の前でボーカルに出会いバンドを組むという展開が、兄のそれと重なり、自分は選ばれなかったという苦い過去を思い返して、気分が滅入った。
「ねえ、河瀬くんが最近ハマってるの誰?」
考えに沈んでいたとき、香里奈に突然聞かれて、反射的に『Kyo』と答えそうになったが、ギリギリのところで誤魔化せた。
「……なとり」
香里奈は満足げに笑みを浮かべて頷き、『絶対零度』を入れた。
スマホをいじっていた恭平が、イントロが流れた瞬間に立ち上がり、何も言わずに部屋を出ていった。
香里奈の歌唱力でも聴くに堪えないというのか、と考えて可笑しくなる。恭平のなとり好きは相当のようだ。
香里奈は見事に歌いきった。下手に似せた歌い方をしていないところがいい。自分の歌い方というものを研究しているのか、自己流にアレンジしていて聴き応えがあった。
これなら恭平も楽しめただろうに、と残念に思ったほど。
「あー、さすがにKyoはないか」
歌い終えてタブレットを操作していた香里奈が声を上げた。
「だれ?」隣の女子がタブレットを覗き込む。
「あ、最近香里奈がハマってる人?」
弓野の隣にいる女子に聞かれて、香里奈が答えた。
「そう。めちゃくちゃかっこいいの。まだカラオケになるほどじゃないか」
「だれだれ?」弓野だ。
「知らない? 今じわじわきてるボカロP」
そう言って香里奈が鼻歌を歌う。
響は会話を聞きながらまさかと思っていたが、その鼻歌で確信した。恭平のことだ。
「え、チャンネル教えて」
北田が言うと、香里奈はスマホを取り出した。
「いいよ」
香里奈も好きだったとは驚いた。しかしマイリスも少しずつ増えているし、響自身ものめり込むほどファンになっているのだから、ニコ動をチェックしている人なら知っていてもおかしくない。
「お! サンキュ。どの曲がいいか……」
北田はスマホを操作して、Kyoの『ツキカゲ』を流し始めた。
響は反応して思わずニヤける。『ツキカゲ』は今まさに集中して練習している曲で、朝も登校前に弾いてきたばかりだ。聞いていたら弾きたくなり、まるでギターを手にしているかのように指を動かしながらリズムに乗り始めた。
ふと視線を感じて顔を上げると香里奈と目が合い、取り繕うために、声をかけた。
「Kyoいいよね、俺も今ハマってる」
「そうなの?」
香里奈はなぜか、訝しむように眉を寄せた。
「『ツキカゲ』もいいけど、一番は『ディスコミュニケーション』かな」
「あ、わかる! いいよね」パッと笑顔になる。
「なに? ディス……」
北田がスマホと香里奈を交互に見たので、
「ディスコミュニケーション」
と口にしたら、香里奈と声が重なった。互いに驚き、目を合わせて吹き出した。
ちょうどそのタイミングで、恭平が戻ってきた。
いつもの仏頂面が、なぜか不機嫌そうに見える。もう『絶対零度』は終わったぞ、と心の中で声をかけた。
「河瀬くんはなとりも好きだし、好みの系統なんだね」
香里奈に言われて、恭平に向けていた視線を戻す。
「てことは河瀬くんもそっち系?」
『そっち系って何?』そう響が言おうとしたら、北田のスマホから『ディスコミュニケーション』が流れ始めた。
Kyoの中で一番好きな曲が流れてきたことで会話から意識が逸れ、曲に聴き入る。しばらく惚れ惚れとしてから、作った本人である恭平の方へと視線を向けた。
しかし恭平はいなかった。見渡しても、どこにも姿がない。
自分の曲が流れて恥ずかしくなったのだろうか?と考えて、ハッと気がついた。
香里奈がKyoの話題を出したときは、恭平はまだ部屋に戻ってきていなかった。もしかしたら響が言いふらしたと勘違いをしたのかもしれない。
そう誤解されていたら大変だ、と青ざめ、恭平を追いかけて誤解を解こうと、鞄を掴んで立ち上がった。
帰る旨を伝えて駆け出そうとしたとき、腕を掴まれた。
「帰るの?」
香里奈が不満そうな顔を向けている。
「あ、あの、用事を思い出して……」
「じゃあLINE交換して。感想聞きたいし」
「あ、えーっと……」
早く恭平を追いかけて誤解を解きたいのに、と気持ちが焦る。
「北田に聞いといて」
響は無理やり手を振り払い、無礼を詫びるために頭を下げて、カラオケルームを後にした。
廊下にはいない。
店の出入り口を通り、エレベーターにたどり着いても恭平の姿はない。
ビルの一階まで降りて、あちこと見渡すも、それらしき姿はどこにもなかった。
部屋へと戻った響は、入った途端に香里奈に腕を取られ、無理やり隣に座らされた。北田と弓野に囃し立てられても、香里奈はお構いなしといった様子でそれを受け流し、そんなことよりもと、タブレットを突き出してきた。
しつこくせがまれ、「どれでも好きなのを歌えばいい」とあしらっても、香里奈は頑なに「河瀬くんが選んで」と行って聞かないため、根負けした響は適当にAdoの新譜を選んだ。
香里奈は想像以上の歌唱力を見せた。自分で上手いと言うだけはある、Mistyみたいになりたいというのもあながち無理ではないと思えるほどのレベルだった。
「歌も上手いんだな」
北田が惚れ惚れと言うと、弓野も同様にして頷いた。
「ダンスもプロ並みだし、プロになれんじゃね?」
「香里奈は小学生のときからヒップホップダンスやってるから」
香里奈の隣に座っている女子の言葉に、北田たちは感心した声を上げた。
「アルグレは?」別の女子が言う。
香里奈が響をチラリと見たので、好きにすればと言うように微笑むと、アルグレの『魔術師』を歌い始めた。
北田がイントロで「おれが入れたのに……」と不満そうにつぶやいていたが、歌い始めると一転して安堵の表情に変わった。香里奈の前で醜態を晒さなくて良かったと思ったのだろう。
それほどの歌いっぷりだった。改めて香里奈のレベルは並ではないと感心した。
響は恭平の反応が気になって目を向けた。
興味がないといった風に装ってはいるものの、手元のスマホは指を添えたままで目もくれず、香里奈をじっと観察するように見つめている。
『歌が聴きたい』
そう言っていた理由が、もしボーカルを探していたからだったのなら、Mistyのように、ボカロPとバンドを組みたいという香里奈の願いは実現できるかもしれない。湊と城田のように。
身近にいるボカロPが、響の目の前でボーカルに出会いバンドを組むという展開が、兄のそれと重なり、自分は選ばれなかったという苦い過去を思い返して、気分が滅入った。
「ねえ、河瀬くんが最近ハマってるの誰?」
考えに沈んでいたとき、香里奈に突然聞かれて、反射的に『Kyo』と答えそうになったが、ギリギリのところで誤魔化せた。
「……なとり」
香里奈は満足げに笑みを浮かべて頷き、『絶対零度』を入れた。
スマホをいじっていた恭平が、イントロが流れた瞬間に立ち上がり、何も言わずに部屋を出ていった。
香里奈の歌唱力でも聴くに堪えないというのか、と考えて可笑しくなる。恭平のなとり好きは相当のようだ。
香里奈は見事に歌いきった。下手に似せた歌い方をしていないところがいい。自分の歌い方というものを研究しているのか、自己流にアレンジしていて聴き応えがあった。
これなら恭平も楽しめただろうに、と残念に思ったほど。
「あー、さすがにKyoはないか」
歌い終えてタブレットを操作していた香里奈が声を上げた。
「だれ?」隣の女子がタブレットを覗き込む。
「あ、最近香里奈がハマってる人?」
弓野の隣にいる女子に聞かれて、香里奈が答えた。
「そう。めちゃくちゃかっこいいの。まだカラオケになるほどじゃないか」
「だれだれ?」弓野だ。
「知らない? 今じわじわきてるボカロP」
そう言って香里奈が鼻歌を歌う。
響は会話を聞きながらまさかと思っていたが、その鼻歌で確信した。恭平のことだ。
「え、チャンネル教えて」
北田が言うと、香里奈はスマホを取り出した。
「いいよ」
香里奈も好きだったとは驚いた。しかしマイリスも少しずつ増えているし、響自身ものめり込むほどファンになっているのだから、ニコ動をチェックしている人なら知っていてもおかしくない。
「お! サンキュ。どの曲がいいか……」
北田はスマホを操作して、Kyoの『ツキカゲ』を流し始めた。
響は反応して思わずニヤける。『ツキカゲ』は今まさに集中して練習している曲で、朝も登校前に弾いてきたばかりだ。聞いていたら弾きたくなり、まるでギターを手にしているかのように指を動かしながらリズムに乗り始めた。
ふと視線を感じて顔を上げると香里奈と目が合い、取り繕うために、声をかけた。
「Kyoいいよね、俺も今ハマってる」
「そうなの?」
香里奈はなぜか、訝しむように眉を寄せた。
「『ツキカゲ』もいいけど、一番は『ディスコミュニケーション』かな」
「あ、わかる! いいよね」パッと笑顔になる。
「なに? ディス……」
北田がスマホと香里奈を交互に見たので、
「ディスコミュニケーション」
と口にしたら、香里奈と声が重なった。互いに驚き、目を合わせて吹き出した。
ちょうどそのタイミングで、恭平が戻ってきた。
いつもの仏頂面が、なぜか不機嫌そうに見える。もう『絶対零度』は終わったぞ、と心の中で声をかけた。
「河瀬くんはなとりも好きだし、好みの系統なんだね」
香里奈に言われて、恭平に向けていた視線を戻す。
「てことは河瀬くんもそっち系?」
『そっち系って何?』そう響が言おうとしたら、北田のスマホから『ディスコミュニケーション』が流れ始めた。
Kyoの中で一番好きな曲が流れてきたことで会話から意識が逸れ、曲に聴き入る。しばらく惚れ惚れとしてから、作った本人である恭平の方へと視線を向けた。
しかし恭平はいなかった。見渡しても、どこにも姿がない。
自分の曲が流れて恥ずかしくなったのだろうか?と考えて、ハッと気がついた。
香里奈がKyoの話題を出したときは、恭平はまだ部屋に戻ってきていなかった。もしかしたら響が言いふらしたと勘違いをしたのかもしれない。
そう誤解されていたら大変だ、と青ざめ、恭平を追いかけて誤解を解こうと、鞄を掴んで立ち上がった。
帰る旨を伝えて駆け出そうとしたとき、腕を掴まれた。
「帰るの?」
香里奈が不満そうな顔を向けている。
「あ、あの、用事を思い出して……」
「じゃあLINE交換して。感想聞きたいし」
「あ、えーっと……」
早く恭平を追いかけて誤解を解きたいのに、と気持ちが焦る。
「北田に聞いといて」
響は無理やり手を振り払い、無礼を詫びるために頭を下げて、カラオケルームを後にした。
廊下にはいない。
店の出入り口を通り、エレベーターにたどり着いても恭平の姿はない。
ビルの一階まで降りて、あちこと見渡すも、それらしき姿はどこにもなかった。