本番の時間になった。
「いくぞ」
恭平の言葉を受け、エレアコを手にステージに上がった。
マイクの確認のために声を出しながら客席を見渡してみる。
観客は10人もいないようだった。まだ昼を過ぎたばかりだからか、吹奏楽部や演劇部を目当てに、場所取りで来る生徒すらいない。
体育館の出入り口付近に母の姿が見えた。湊と来ているはずだと視線を彷徨わせると、母から数メートルほど離れたところにその姿を見つけた。帽子と伊達メガネをかけている。
それに気がついた瞬間、響は飛び上がるほど驚いた。
湊の横にアルグレのメンバーがいたのだ。ベースのチョロQとドラムの小平が、湊と共に体育館の壁にもたれて立っている。
「響!」
恭平に呼ばれてハッとする。開演寸前に気を散らしている場合ではない。
振り返り、恭平と目を合わせて頷いた。
『ツキカゲ』はキーボードから入る。恭平がキーボードの上に手をかざしたのを見て、響もネックを握り直した。
──いよいよDoinelの初ライブだ。
歌の入りは完璧。声も出ている。ギターも調子がいい。
恭平の演奏も乗っていて、二人の呼吸もぴったりと合っている。
初めてにしては上出来だ。そう自負できるほど、練習の成果を出すことができた。
観客が少なかったことでむしろリラックスできたのかもしれない。アルグレの三人がいることには緊張したものの、むしろ無様な姿は見せられないと、やる気がみなぎり、結果的に満足のいく演奏ができた。
二曲目『ディスコミュニケーション』になると、客席から「聞いたことある」「Kawaseがポストしてた」「もしかして弟?」などと聞こえ始め、観客の数も徐々に増えてきた。
増えて緊張が増すかと思いきや、一曲目が成功したことで調子が乗り始めたのか、声は伸びるし、ギターも気持ちよく弾くことができ、無敵感にあふれながら演奏を楽しむことができた。
終えて客席を見渡したときには50人ほど観客が増えていた。そのためか、一曲目のときよりも拍手の音が大きい。嬉しくなり、片手をあげてそれに応えると「河瀬くーん!」と聞こえて心臓が跳ねた。
三曲目は『ゼロ・カウント』だ。
この興奮も次で終わりかと寂しく思いながらも、歌いたくてうずうずしてくる。
恭平の入りから始まるため、今か今かと焦れていたのだが、何をもたついているのか一向に始まらない。
いくらなんでも時間がかかり過ぎだと呆れて、恭平の様子を確認しようとしたとき、突然客席がどよめいた。
「だれ?」「見たことある」「アルグレじゃね?」「うそ? Kawase?」
その声を聞いて響も後ろを振り返り、唖然とした。
アルグレの三人がステージに立っている。しかも帽子も伊達メガネもかけていない。見てアルグレだとすぐにわかる格好だ。それになぜか、それぞれが楽器を手にしている。
「どういうこと?」
思わず声を上げたが誰もそれには答えてくれず、ドラムの小平がスティックを三回叩いた合図で、ドラムとベースが鳴り始め、湊と恭平もあとに続いた。
『ゼロ・カウント』のオリジナルバージョンだった。
響はパニックに陥り、頭が真っ白になりかけたが、何百回と聞いているKyoの曲だからか、歌の入り寸前で無意識にも歌い始めた。
それも死ぬほど歌い込んだ甲斐が出て、ミスひとつせずに歌うことができた。
アルグレが学祭ライブに飛び入り参加している。
しかもKawaseの弟のオリジナル曲を演奏しているらしい。
その情報が校内を駆け巡ったのか、まばらだった体育館は人が溢れるほどになってきた。もはやすし詰め状態だ。
大勢の人がステージに向かって手を挙げて、演奏に乗ってくれている。肌寒いほどだった体育館は熱気で室温が上がり、汗ばむほどになっている。
響の身体は、湯気が出るのではと思うほどに熱くなり、頭は痺れるほどの興奮に満たされた。
何も考えられなくなり、ただ演奏と歌に没入し、音楽とこの空間に陶酔した。
三曲目が終わった。これでライブは終演だ。Doinelの初ライブとしてはこれ以上ないだろう。大成功だ。
音の洪水に浸り、演奏に酔い、目の前の観客がそれに応えてくれた。これまで味わったことのないほど最高の体験だった。
恭平とこの喜びを共有したい。そう思って振り返ると、アルグレのメンバーが視界に入った。そうだった、と思い出す。
「なんでアルグレが──」
言葉の続きは湊のギターから鳴り始めた音にかき消された。
『露光』のイントロリフを弾き始めたのだ。
響はようやく気がついた。恭平が全曲練習しろと厳命していたこと、午前も昼もコソコソとして姿を現さなかったことの、その理由に。
湊たちが出演する予定だったからだ。一年がどうのと言い訳をしていたが、セッティングをしていたのはアルグレのためだったのだ。そうでなければ一曲ならまだしも、二曲なんて弾けないはずだ。
しかし、そんなことはどうでもいい。響は再び演奏に没入し陶酔状態に入り、アルグレが弾いていようがなんだろうが、そんなことを考えている場合ではなくなっていた。
Kyoの楽曲の中で最も激しく、ロック色の強い『露光』は、バンド演奏でこそ映える。『ディスコミュニケーション』も同様ではあるものの、テンションの上がりっぷりは段違いだ。
湊が完璧にギターを弾きこなしてくれていたため、響はコード演奏に専念し、歌に集中することができた。
体育館の熱気は上がる一方で、Tシャツは汗でびちょびちょになっていた。
──ニットなんて着てたら熱中症になってたかも。
途中、そんなことが頭をよぎって思わず笑みを浮かべた。
爆音が興奮を煽り、それを自らが歌い奏でていることが快感で、最高に気持ちがいい。
体育館にいる全員が一体となったような感覚に痺れて、頭がどうにかなりそうだった。
もっと味わいたい。ずっと続いていて欲しい。
そう願いながらも、曲は終盤に向かい、ギターのリフに続いてバスドラムの音が激しく躍動したあとに『露光』は終わった。
──最高だった。あのまま恭平とアコースティックバージョンで演奏するのも悪くはなかったけど、やはりバンドでの演奏は段違いだ。騙されたことは癪だけど、最高のサプライズだった。
拍手喝采の中、息を乱しながらそう余韻に浸っていたら、今度は『夜明け前のガラクタ』が始まった。
響は驚くどころではなかった。『夜明け前のガラクタ』はボーカルがすぐに入る曲なのだ。なんで五曲も?と考える余裕もなく再び歌い始めることになった。
結局六曲目の『千秋楽』まで、つまりKyoの曲すべてを演奏してしまった。
終えて満足感やら感動を味わう前に、響は酸素を求めて膝を折り、喘ぎ喘ぎ息を吸い込んだ。
いくらなんでも休憩なしのぶっ続けは身体に堪える。せめてMCなりを入れて休憩を挟んで欲しかった。
「ありがとうございました」恭平がマイクを持って話し始めた。「今日はギターボーカルである響のお兄さんが、バンドメンバーを連れてサプライズ出演してくれました」
そこで言葉を切ると、客席からワー!っと振動が伝わるほどの歓声が響いた。
「僕たちは、ギターとキーボードのユニットで『Doinel』と言います。今日演奏した曲のうち二曲は既に、ニコ動とYouTubeにアップしてあります。これから順次全ての曲を公開していく予定です。QRコードの載ったビラを出入り口で配っているので、興味がある方はもらっていってください。それから、ボーカルのお兄さんのポストでも紹介していただけるとのことなので、そちらからもチャンネルに飛ぶことができます。応援よろしくお願いします」
淡々と丁寧に、歯切れのよい喋り方で言い終えて、恭平は頭を下げた。
「ありがとう! ギターボーカルやってた響の兄です」
今度は湊がマイクを引き受ける。
「客演なんで自己紹介はしないけど、動画は自由にアップしてもオッケーなんで、好きに流してくれ!」
また観客席からワー!という声。「Kawaseー!」「兄貴ー!」「アルグレー!」
「ありがとー!」
それを最後に、湊は実行委員の生徒にマイクを手渡して、チョロQと小平とともにステージ袖にはけようとした。しかし、その行く手を阻むように歓声は鳴り止まず、同じ言葉があちこちから上がり始めた。
「アルグレの曲やってー!」「『魔術師』やってー」「Kawaseー!」「『魔術師』ー!」
そんな声でいっぱいになった。
三人は袖の手前で足を止め、湊だけがこちらに向かって近づいてきた。
「お前、歌える?」
「えっ?」
湊に耳打ちをされ肩を震わせた。
チョロQと小平もいつの間にやら元の立ち位置に戻っている。
湊はメンバーの顔を見て頷いたあとギターを持ち直し、返したはずのマイクを再び受け取った。
「じゃ、『魔術師』だけ。でもアルグレじゃないからな、Doinelって宣伝してくれよ」
そう言ってマイクを返すと、『魔術師』のイントロを弾きだした。ドラムが入り、ベースが続く。慌てた様子の恭平も弾きだした。
こうなってしまったら響も歌わざるを得ない。
学祭のライブで『魔術師』を──そもそもはその予定だった。
Kawaseの弟だとバレて、学祭でアルグレの曲を演奏することを期待された。
比較されるどころではないし、兄弟であることを突きつけられるから嫌で嫌で仕方がなかった。なんとかして避けられないものかと考えていた。
それが、まさかこんな形で実現するとは思わなかった。
恭平と本物のアルグレと──しかもボーカルは響だ。
──兄貴の曲を歌う日が来るなんて。
その日一番の大歓声でライブは終演した。
体育館の外にも人が溢れんばかりで、中と同じくらいの人数が集まっていた。軽音部始まって以来の快挙だそうだが、誰が言ったのか、そもそも誰も興味を持っていない軽音部の歴史なんて残っていないだろうに、適当なことをと呆れたが、そう誇張したくなるほど大盛況だった。
香里奈に「なんてライブしてくれたのよ。やりづらいじゃない」と文句を言われたほどに。
しかし集まった観客たちはライブを終えても出ていかず、香里奈たちのパフォーマンスも大盛りあがりで、ダンスも大成功だった。
「いくぞ」
恭平の言葉を受け、エレアコを手にステージに上がった。
マイクの確認のために声を出しながら客席を見渡してみる。
観客は10人もいないようだった。まだ昼を過ぎたばかりだからか、吹奏楽部や演劇部を目当てに、場所取りで来る生徒すらいない。
体育館の出入り口付近に母の姿が見えた。湊と来ているはずだと視線を彷徨わせると、母から数メートルほど離れたところにその姿を見つけた。帽子と伊達メガネをかけている。
それに気がついた瞬間、響は飛び上がるほど驚いた。
湊の横にアルグレのメンバーがいたのだ。ベースのチョロQとドラムの小平が、湊と共に体育館の壁にもたれて立っている。
「響!」
恭平に呼ばれてハッとする。開演寸前に気を散らしている場合ではない。
振り返り、恭平と目を合わせて頷いた。
『ツキカゲ』はキーボードから入る。恭平がキーボードの上に手をかざしたのを見て、響もネックを握り直した。
──いよいよDoinelの初ライブだ。
歌の入りは完璧。声も出ている。ギターも調子がいい。
恭平の演奏も乗っていて、二人の呼吸もぴったりと合っている。
初めてにしては上出来だ。そう自負できるほど、練習の成果を出すことができた。
観客が少なかったことでむしろリラックスできたのかもしれない。アルグレの三人がいることには緊張したものの、むしろ無様な姿は見せられないと、やる気がみなぎり、結果的に満足のいく演奏ができた。
二曲目『ディスコミュニケーション』になると、客席から「聞いたことある」「Kawaseがポストしてた」「もしかして弟?」などと聞こえ始め、観客の数も徐々に増えてきた。
増えて緊張が増すかと思いきや、一曲目が成功したことで調子が乗り始めたのか、声は伸びるし、ギターも気持ちよく弾くことができ、無敵感にあふれながら演奏を楽しむことができた。
終えて客席を見渡したときには50人ほど観客が増えていた。そのためか、一曲目のときよりも拍手の音が大きい。嬉しくなり、片手をあげてそれに応えると「河瀬くーん!」と聞こえて心臓が跳ねた。
三曲目は『ゼロ・カウント』だ。
この興奮も次で終わりかと寂しく思いながらも、歌いたくてうずうずしてくる。
恭平の入りから始まるため、今か今かと焦れていたのだが、何をもたついているのか一向に始まらない。
いくらなんでも時間がかかり過ぎだと呆れて、恭平の様子を確認しようとしたとき、突然客席がどよめいた。
「だれ?」「見たことある」「アルグレじゃね?」「うそ? Kawase?」
その声を聞いて響も後ろを振り返り、唖然とした。
アルグレの三人がステージに立っている。しかも帽子も伊達メガネもかけていない。見てアルグレだとすぐにわかる格好だ。それになぜか、それぞれが楽器を手にしている。
「どういうこと?」
思わず声を上げたが誰もそれには答えてくれず、ドラムの小平がスティックを三回叩いた合図で、ドラムとベースが鳴り始め、湊と恭平もあとに続いた。
『ゼロ・カウント』のオリジナルバージョンだった。
響はパニックに陥り、頭が真っ白になりかけたが、何百回と聞いているKyoの曲だからか、歌の入り寸前で無意識にも歌い始めた。
それも死ぬほど歌い込んだ甲斐が出て、ミスひとつせずに歌うことができた。
アルグレが学祭ライブに飛び入り参加している。
しかもKawaseの弟のオリジナル曲を演奏しているらしい。
その情報が校内を駆け巡ったのか、まばらだった体育館は人が溢れるほどになってきた。もはやすし詰め状態だ。
大勢の人がステージに向かって手を挙げて、演奏に乗ってくれている。肌寒いほどだった体育館は熱気で室温が上がり、汗ばむほどになっている。
響の身体は、湯気が出るのではと思うほどに熱くなり、頭は痺れるほどの興奮に満たされた。
何も考えられなくなり、ただ演奏と歌に没入し、音楽とこの空間に陶酔した。
三曲目が終わった。これでライブは終演だ。Doinelの初ライブとしてはこれ以上ないだろう。大成功だ。
音の洪水に浸り、演奏に酔い、目の前の観客がそれに応えてくれた。これまで味わったことのないほど最高の体験だった。
恭平とこの喜びを共有したい。そう思って振り返ると、アルグレのメンバーが視界に入った。そうだった、と思い出す。
「なんでアルグレが──」
言葉の続きは湊のギターから鳴り始めた音にかき消された。
『露光』のイントロリフを弾き始めたのだ。
響はようやく気がついた。恭平が全曲練習しろと厳命していたこと、午前も昼もコソコソとして姿を現さなかったことの、その理由に。
湊たちが出演する予定だったからだ。一年がどうのと言い訳をしていたが、セッティングをしていたのはアルグレのためだったのだ。そうでなければ一曲ならまだしも、二曲なんて弾けないはずだ。
しかし、そんなことはどうでもいい。響は再び演奏に没入し陶酔状態に入り、アルグレが弾いていようがなんだろうが、そんなことを考えている場合ではなくなっていた。
Kyoの楽曲の中で最も激しく、ロック色の強い『露光』は、バンド演奏でこそ映える。『ディスコミュニケーション』も同様ではあるものの、テンションの上がりっぷりは段違いだ。
湊が完璧にギターを弾きこなしてくれていたため、響はコード演奏に専念し、歌に集中することができた。
体育館の熱気は上がる一方で、Tシャツは汗でびちょびちょになっていた。
──ニットなんて着てたら熱中症になってたかも。
途中、そんなことが頭をよぎって思わず笑みを浮かべた。
爆音が興奮を煽り、それを自らが歌い奏でていることが快感で、最高に気持ちがいい。
体育館にいる全員が一体となったような感覚に痺れて、頭がどうにかなりそうだった。
もっと味わいたい。ずっと続いていて欲しい。
そう願いながらも、曲は終盤に向かい、ギターのリフに続いてバスドラムの音が激しく躍動したあとに『露光』は終わった。
──最高だった。あのまま恭平とアコースティックバージョンで演奏するのも悪くはなかったけど、やはりバンドでの演奏は段違いだ。騙されたことは癪だけど、最高のサプライズだった。
拍手喝采の中、息を乱しながらそう余韻に浸っていたら、今度は『夜明け前のガラクタ』が始まった。
響は驚くどころではなかった。『夜明け前のガラクタ』はボーカルがすぐに入る曲なのだ。なんで五曲も?と考える余裕もなく再び歌い始めることになった。
結局六曲目の『千秋楽』まで、つまりKyoの曲すべてを演奏してしまった。
終えて満足感やら感動を味わう前に、響は酸素を求めて膝を折り、喘ぎ喘ぎ息を吸い込んだ。
いくらなんでも休憩なしのぶっ続けは身体に堪える。せめてMCなりを入れて休憩を挟んで欲しかった。
「ありがとうございました」恭平がマイクを持って話し始めた。「今日はギターボーカルである響のお兄さんが、バンドメンバーを連れてサプライズ出演してくれました」
そこで言葉を切ると、客席からワー!っと振動が伝わるほどの歓声が響いた。
「僕たちは、ギターとキーボードのユニットで『Doinel』と言います。今日演奏した曲のうち二曲は既に、ニコ動とYouTubeにアップしてあります。これから順次全ての曲を公開していく予定です。QRコードの載ったビラを出入り口で配っているので、興味がある方はもらっていってください。それから、ボーカルのお兄さんのポストでも紹介していただけるとのことなので、そちらからもチャンネルに飛ぶことができます。応援よろしくお願いします」
淡々と丁寧に、歯切れのよい喋り方で言い終えて、恭平は頭を下げた。
「ありがとう! ギターボーカルやってた響の兄です」
今度は湊がマイクを引き受ける。
「客演なんで自己紹介はしないけど、動画は自由にアップしてもオッケーなんで、好きに流してくれ!」
また観客席からワー!という声。「Kawaseー!」「兄貴ー!」「アルグレー!」
「ありがとー!」
それを最後に、湊は実行委員の生徒にマイクを手渡して、チョロQと小平とともにステージ袖にはけようとした。しかし、その行く手を阻むように歓声は鳴り止まず、同じ言葉があちこちから上がり始めた。
「アルグレの曲やってー!」「『魔術師』やってー」「Kawaseー!」「『魔術師』ー!」
そんな声でいっぱいになった。
三人は袖の手前で足を止め、湊だけがこちらに向かって近づいてきた。
「お前、歌える?」
「えっ?」
湊に耳打ちをされ肩を震わせた。
チョロQと小平もいつの間にやら元の立ち位置に戻っている。
湊はメンバーの顔を見て頷いたあとギターを持ち直し、返したはずのマイクを再び受け取った。
「じゃ、『魔術師』だけ。でもアルグレじゃないからな、Doinelって宣伝してくれよ」
そう言ってマイクを返すと、『魔術師』のイントロを弾きだした。ドラムが入り、ベースが続く。慌てた様子の恭平も弾きだした。
こうなってしまったら響も歌わざるを得ない。
学祭のライブで『魔術師』を──そもそもはその予定だった。
Kawaseの弟だとバレて、学祭でアルグレの曲を演奏することを期待された。
比較されるどころではないし、兄弟であることを突きつけられるから嫌で嫌で仕方がなかった。なんとかして避けられないものかと考えていた。
それが、まさかこんな形で実現するとは思わなかった。
恭平と本物のアルグレと──しかもボーカルは響だ。
──兄貴の曲を歌う日が来るなんて。
その日一番の大歓声でライブは終演した。
体育館の外にも人が溢れんばかりで、中と同じくらいの人数が集まっていた。軽音部始まって以来の快挙だそうだが、誰が言ったのか、そもそも誰も興味を持っていない軽音部の歴史なんて残っていないだろうに、適当なことをと呆れたが、そう誇張したくなるほど大盛況だった。
香里奈に「なんてライブしてくれたのよ。やりづらいじゃない」と文句を言われたほどに。
しかし集まった観客たちはライブを終えても出ていかず、香里奈たちのパフォーマンスも大盛りあがりで、ダンスも大成功だった。