フライングでニコ動に投稿してしまったものの、学祭のライブは言わば、二人のデビューライブのようなものだ。
たかが前座でしかないものだとはいえ、初めて恭平と二人で演奏する大事な舞台なのだから、最高の演奏を披露したい。
あるとき部室で二人で合わせていると、恭平から二人のユニット名をどうするかを質問された。部室で練習できる時間は貴重なため、話している暇はないと素っ気なく返したら、夜に電話をかけてもいいかと聞かれた。
帰宅して夕飯を済ませ、普段なら21時までは歌パートのアレンジをする時間なのだが、今日はそれどころではなかった。何をしても落ち着かず、スマホの着信音を聞き逃さないように気にしてばかりいた。
結局アレンジに手をつけるどころではなくなり、おとなしくSNS巡回をして気持ちを静めていると、ようやく電話がかかってきた。
「よお」
『もう終わった?』
「練習? うん。これ以上やると近所迷惑だから、ちょうど終わったところ」
『そうか』
「バンド名だっけ? コンビ名? コンビ名っていうと芸人みたいだね」
『なにか希望はあるか?』
そう聞かれたものの、希望どころか何も思い浮かばない。SNSは全て実名登録してしまうほどリテラシーもなく、考える手間を取りたくない性分だった。
「Kyo&Hibikiとか?」
電話の向こうからかすかに『うわっ』とドン引きしたような声が聞こえた。
「わかんねー! 何も考えてない! 恭平こそアイデアがあるのかよ?」
『Doinel』
「どういう意味?」
『ググると雑貨屋が出てくるけど、意味はフランソワ・トリュフォーっていう監督が作った連作映画の主人公の名前』
「なにそれ!」
『好きなんだ』
「へえ。でも語感はいいね。英語?」
『フランス語』
「ふうん。今度見てみようかな。その映画」
『貸す』
「それで『ツキカゲ』投稿してみる?」
『してもいいか?』
「いいよ!」
いよいよ恭平とのユニットで投稿を始めるのか。そう思うと緊張してきた。
『……響』
「なに?」
『お前は『ディスコミュニケーション』を投稿したとき、本名だっただろ? Doinelでもアップするから、同時にお前だとバレてしまう。つまり、Kawaseの弟だということを今まで以上にはっきりと意識される。本当にいいのか?』
その当の湊がXで宣伝まがいのことをしたのだから今更と言えるが、恭平の気遣いは嬉しい。
「兄貴のことはもういいよ。兄弟なのは事実なんだし。それより恭平だって、俺と学祭に出たらKyoの正体がバレてしまうだろ? いいの?」
『俺はお前のために音楽を作っているんだ。Kyoも何もかも響のためだから、俺はバレようがなんだろうが構わない』
そんなことをやすやすと口にするとは。こんな顔を見られたら恥ずかしくて死んでしまう。赤らめて感激した顔を。直接ではなく電話でよかったとつくづく思った。
「……ありがとう。頑張ろう。Doinelも、学祭も」
『そうだな。とりあえず学祭に集中しよう』
「うん」
もうこれ以上話せなくなり、「じゃあな」と言うと恭平もすぐに「ああ、またな」と返してきたので通話を終えた。
『Doinel』は、新たにチャンネルを作ることはせず、Kyoのアカウントをそのまま利用することになった。一発目は『ツキカゲ』にして、その次に響がニコ動でアップしてしまった『ディスコミュニケーション』を、録り直したバージョンでアップする。学祭の前夜、学祭当日の朝、そしてその夜に『ゼロ・カウント』をアップしていく予定だ。もし学祭のライブでDoinelの曲を気に入ってくれた人がいたら、すぐに楽しんでもらえるはずだと頭をひねった結論だった。
そのために、まずはその三曲を完璧にすればいいと考えて集中していたのだが、恭平に「念の為に他の曲も練習しておいて欲しい」と言われたため戸惑った。
アンコールがあるかもというのが理由だったが、学祭のライブでオリジナルを演奏するだけでも無謀なのに、アンコールなどあり得ないだろうと思った。
しかし珍しく恭平は引き下がらず、しつこいほどに要望してきたため、響は六曲全てを練習せざるを得なかった。部室に行くと他の三曲ばかりを歌わされて逃れられなかったこともある。
相談すれば恭平は何でも答えてくれるが、聞いても「響の声ならもうそれで十分だ」というような意味の言葉しか返ってこないため、結局は自分で考えるしかない。
余所事に気を取られて、無理にでも音楽に意識を向けさせなければと奮い立たせていたものの、そんなことはするまでもなかった。歌唱アレンジにアコギ練習など、目も回るほどの忙しい日々を過ごすことになったのだから。
たかが前座でしかないものだとはいえ、初めて恭平と二人で演奏する大事な舞台なのだから、最高の演奏を披露したい。
あるとき部室で二人で合わせていると、恭平から二人のユニット名をどうするかを質問された。部室で練習できる時間は貴重なため、話している暇はないと素っ気なく返したら、夜に電話をかけてもいいかと聞かれた。
帰宅して夕飯を済ませ、普段なら21時までは歌パートのアレンジをする時間なのだが、今日はそれどころではなかった。何をしても落ち着かず、スマホの着信音を聞き逃さないように気にしてばかりいた。
結局アレンジに手をつけるどころではなくなり、おとなしくSNS巡回をして気持ちを静めていると、ようやく電話がかかってきた。
「よお」
『もう終わった?』
「練習? うん。これ以上やると近所迷惑だから、ちょうど終わったところ」
『そうか』
「バンド名だっけ? コンビ名? コンビ名っていうと芸人みたいだね」
『なにか希望はあるか?』
そう聞かれたものの、希望どころか何も思い浮かばない。SNSは全て実名登録してしまうほどリテラシーもなく、考える手間を取りたくない性分だった。
「Kyo&Hibikiとか?」
電話の向こうからかすかに『うわっ』とドン引きしたような声が聞こえた。
「わかんねー! 何も考えてない! 恭平こそアイデアがあるのかよ?」
『Doinel』
「どういう意味?」
『ググると雑貨屋が出てくるけど、意味はフランソワ・トリュフォーっていう監督が作った連作映画の主人公の名前』
「なにそれ!」
『好きなんだ』
「へえ。でも語感はいいね。英語?」
『フランス語』
「ふうん。今度見てみようかな。その映画」
『貸す』
「それで『ツキカゲ』投稿してみる?」
『してもいいか?』
「いいよ!」
いよいよ恭平とのユニットで投稿を始めるのか。そう思うと緊張してきた。
『……響』
「なに?」
『お前は『ディスコミュニケーション』を投稿したとき、本名だっただろ? Doinelでもアップするから、同時にお前だとバレてしまう。つまり、Kawaseの弟だということを今まで以上にはっきりと意識される。本当にいいのか?』
その当の湊がXで宣伝まがいのことをしたのだから今更と言えるが、恭平の気遣いは嬉しい。
「兄貴のことはもういいよ。兄弟なのは事実なんだし。それより恭平だって、俺と学祭に出たらKyoの正体がバレてしまうだろ? いいの?」
『俺はお前のために音楽を作っているんだ。Kyoも何もかも響のためだから、俺はバレようがなんだろうが構わない』
そんなことをやすやすと口にするとは。こんな顔を見られたら恥ずかしくて死んでしまう。赤らめて感激した顔を。直接ではなく電話でよかったとつくづく思った。
「……ありがとう。頑張ろう。Doinelも、学祭も」
『そうだな。とりあえず学祭に集中しよう』
「うん」
もうこれ以上話せなくなり、「じゃあな」と言うと恭平もすぐに「ああ、またな」と返してきたので通話を終えた。
『Doinel』は、新たにチャンネルを作ることはせず、Kyoのアカウントをそのまま利用することになった。一発目は『ツキカゲ』にして、その次に響がニコ動でアップしてしまった『ディスコミュニケーション』を、録り直したバージョンでアップする。学祭の前夜、学祭当日の朝、そしてその夜に『ゼロ・カウント』をアップしていく予定だ。もし学祭のライブでDoinelの曲を気に入ってくれた人がいたら、すぐに楽しんでもらえるはずだと頭をひねった結論だった。
そのために、まずはその三曲を完璧にすればいいと考えて集中していたのだが、恭平に「念の為に他の曲も練習しておいて欲しい」と言われたため戸惑った。
アンコールがあるかもというのが理由だったが、学祭のライブでオリジナルを演奏するだけでも無謀なのに、アンコールなどあり得ないだろうと思った。
しかし珍しく恭平は引き下がらず、しつこいほどに要望してきたため、響は六曲全てを練習せざるを得なかった。部室に行くと他の三曲ばかりを歌わされて逃れられなかったこともある。
相談すれば恭平は何でも答えてくれるが、聞いても「響の声ならもうそれで十分だ」というような意味の言葉しか返ってこないため、結局は自分で考えるしかない。
余所事に気を取られて、無理にでも音楽に意識を向けさせなければと奮い立たせていたものの、そんなことはするまでもなかった。歌唱アレンジにアコギ練習など、目も回るほどの忙しい日々を過ごすことになったのだから。