【終幕】 


 大きな丼いっぱいのねこめしを貪り食った後、私はいつものように玉露様の部屋を訪れた。

「あ、ちょっと待ってて」

 大きなしゃれこうべが描かれた襖の前で玉露様は不意に囁き、部屋の前に私を残してそそくさと部屋の中に入っていった。提灯に照らされた薄闇の中でぽつねんと待っていると、少しすると玉露様の穏やかな声色で呼び出された。

「し、失礼しますっ」

 一体全体何事だろう、とビクビクしながら襖を開けて部屋に足を踏み入れた瞬間、私は思わず絶句してしまった。

 見慣れた玉露様の部屋は大きく様変わりしていた。抱き合う男女の姿を模した奇妙な形のランプが四方に設置され、部屋全体を妖艶な桃色で満たしている。更に、濃厚な甘い香りが充満し、畳の上の大きなベッドには情熱的な紅色の布団が敷かれていた。

 あまりのいかがわしさに私は息を呑み、身を震わせた。

 まさか、まさか、今夜こそ本当に夜伽が行われるのだろうか? 玉露様と結婚して随分たったことだし、男女の契りを交わすのは何ら不思議ではない。むしろ、未だに操をたてていることの方がおかしいのかもしれない。

 だが、それにしても、このわざとらしい雰囲気は些かやり過ぎている気がした。

「あはは、びっくりしたでしょ」

 懐から扇子を取り出し、悠々と扇いで玉露様は和やかに笑った。扇子には私が差し上げた紅白の根付けが結ばれており、ゆらゆらと揺らめいていた。

「実は、妖怪達のお節介で色々と押しつけられちゃったんだ。僕が奥手だから~、とかなんとか言ってさ。……やれやれ、僕を何だと思っているんだよ」

 真っ赤なベッドに腰を下ろし、玉露様は肩をすくめた。

「折角だから使ってみたけど、流石にこれはないよね。ふふふっ」

 妖しい桃色に照らされた玉露様の横顔は薄らと朱に染まっている、ように見えた。

「玉露様」

 背中に油汗が溢れていたが、私は意を決して玉露様の隣に座り込んで開口した。

「も、もし……玉露様がお望みであれば、私はいつでも覚悟をしておりますので」

「え」

 私の言葉に玉露様は見るからに動揺し、目が泳ぎ、口をパクパクと開閉させ、余裕のないギクシャクとした笑顔で「あは、あは、はは」とヘタクソな笑い声を上げた。

「いや、その、んーと、今日は違うかな? あは、はは。いや、牡丹ちゃんに魅力がないとかそういんじゃなくて、僕がまだ勇気がない――じゃなくて、えーと、何というか、こういうことはもっと大切に、ね? 夫婦とはいえ、ね?」

 尋常ならざる早口でよくわからない言葉を連ねる玉露様を見上げ、私は頬を緩ませた。