【最終話】 


「最近、クロが変だ」

 真夜中の台所の片隅でねこめしを貪りながら、玉露様は眉を八の字に曲げた。困り顔の玉露様も麗しいなぁ~と、うっとり眺めていた私は慌てて理性を取り戻し、咳払いをしつつ首を傾げた。

「げふん、げふん。え、えっと……」

「クロ、祭りの準備に遅れてやってきたでしょ? それに、ぶつくさと文句を言いながら作業してたし……妙に不機嫌だった」

 昨日の黒瀬さんを思い返しながら、私はよりいっそう首を傾げた。不機嫌そうなのはいつものことだし、ぶつくさ言っているのも毎度のことな気がする。いや、親友だからこそ気づける機微の差なのだろうか。

「八雲さんにおやつ抜きにされたから不貞腐れているんでしょうか?」

「いや、そんな子供みたいな理由で…………いや、あり得るな。クロだし。でも、それだけではないと思うんだ」

 空っぽになった大きな丼を寂しそうな眼差しで見つめ、玉露様は弱々しく首を振った。

「それにさ、ここ数日まともに喋ってくれないんだ。最近は護衛というよりも監視されている感じがするし。百鬼夜行の王になってからギスギスはしていたけど、ここまで酷くはなかった」

 玉露様ため息を吐いて傍らの漆黒の太刀を一瞥した。

「……嫌われちゃったのかな」

 重々しい声色で仰った玉露様の考えていることが何となくわかった気がして、私は胸がキュッと締め付けられるような痛みを感じた。

 深淵横町の居酒屋の一件以来、玉露様を王と認めて慕う妖怪達はじわじわ増えている。けれど、未だに勝手な先入観で嫌われているのも事実だ。いずれ、十二回目の闇討ちが起きても何ら不思議ではない。

 そして、その間者に黒瀬さんが――――。

 いや、流石にそれはないにしても、幼い頃からずっと一緒にいた親友の心が離れていくのが玉露様にはどうしようもないほどに苦しく、疑心暗鬼になってしまう自分が許せなくて辛いのだろう。

「玉露様……」

 明日は御作祭の準備当日。とはいえ、会場の準備は天狗達のおかげで完了し、ほとんど仕事は残っていない。今、二人くらい抜けても問題はないはずだ。

「あ、あの!」

 私は意を決して挙手をした。カッコ付けたがりの恥ずかしがり屋さんと、不機嫌な一匹狼のしがらみを解決する手立てがあるとしたら、これしかない、と。

「明日の昼間、帝都にお買い物に行ってもよろしいでしょうか?」

「え? あ、うん。もちろんだよ。じゃあ、僕も一緒に――」

「いいえ! 結構です!」

 あまりにもキッパリと否定してしまったたま、玉露様は情けない表情で項垂れてしまった。

「す、すみません……! ただ、御作祭直前に玉露様が隠世を離れるのは流石に、と思いまして」

「確かに、そうだね。うん、わかったよ。それじゃあ、一人だと心配だから八雲さんと一緒に――」

「黒瀬さんでお願いします!」

 私の提案に虚を突かれた玉露様は目をまん丸にした。黒瀬さんとの関係性に悩んでいる最中にこの提案は玉露様も訝しんだけれど、私は持ち前の頑固さで無理矢理に押し切ることに成功した。

★  ★  ★

 そして、翌日。

 黄金の鳥居をくぐり、帝都を訪れた私は身を縮こまらせて辺りを見回した。真夜中の静寂とは打って変わり、とてつもない賑わいで大勢の人が溢れかえっていた。和洋入り乱れ、モダンとハイカラで彩られた華やかな光景は何度見ても圧倒的だ。

 玉露様がいない帝都はとても心細く、色んな意味で息が詰まりそうだった。とはいえ、自らの意思で来たのだから臆病風に吹かれるわけにはいかない! と、私は断固たる決意の元、一歩踏み出した。

 御作祭は夕方から開催されるので、帝都に滞在できる時間は短い。かといって、下手に焦っても逆効果になるだけだから、上手い塩梅でやらなくてはいけないが……と、私は後方を歩く黒い影を一瞥した。

 漆黒の軍服に身を包み、白銀のサーベルを携え、不機嫌な表情で練り歩くのは、黒瀬さん。玉露様に無理言って護衛のためについてきてもらったのだ。

「あ、あの……黒瀬さん」

 私の呼びかけに眉をピクリと動かし、顔を向けた。視線だけで人を殺せそうな鋭さだ。

「なんだ」

 吐き捨てるように端的な返事の威圧感に押し潰されないよう、何とか受け流して私は頬を引きつらせて無理矢理に笑顔を作った。

「えっと、その、お、お茶でも一緒にどう、でしょうか……?」

「一人で飲め」

 けんもほろろに断られ、私は力なく肩を落とした。黒瀬さんが冷たいのか、私の社交性が著しく低いのか、できれば前者であってほしいと切に願った。いや、どちらにしても先が思いやられるのだが。

★  ★  ★

 黒瀬さんの冷ややかな視線に打ちのめされ、行く当てに迷ってしまった私は一先ず、玉露様へのお土産を買うために九尾の女将の営む呉服屋を訪れた。

 帝都の喧騒から断絶されたように、店内は相変わらず厳かな空気が張り詰めていた。彩り豊かな反物が並ぶ棚をチラチラ見つつ、店の奥へ進んでいくと唐突に煌びやかな鈴の音が鳴り響いた。

 しゃらん。

「おやおや、珍しい組み合わせですこと」

 まばたきした瞬間に目の前に現れたのは、狐の仮面で顔を覆い、艶やかな打掛を幾重にも羽織った年齢不詳の魔性にして、色気の化身。九尾の女将だ。

 九尾の女将は仮面の口元に空いた穴に煙管を差し込み、私の顔と後方に立つ黒瀬さんの顔を交互に見て、紫色の煙を勢いよく吐き出した。そして、童女なのか老女なのか判別がつかない奇妙な声で笑った。

「ふふふふふ」

 妖艶な九尾の女将を睨みつけ、黒瀬さんは酷く不機嫌そうに腕を組んだ。

「昔は小汚い野良犬でしたのに、随分とまぁ精悍な男になりましたねぇ。ふふふ。あたくしが仕立て上げた白銀の拵えが実によく似合っていますよ」

 品定めするように黒瀬さんの身体を爪先から頭のてっぺんまでじっとりと眺め、九尾の女将は少し身を屈めた。

「随分と、わだかまりを抱えていますね」

「な!」

 ドツボを突かれたのか黒瀬さんは見るからに動揺し、言葉を詰まらせた。額に青筋が浮かび上がり、何も言い返せないままプルプルと震えるだけだった。

「おっと、つい老婆心で余計なことを言ってしまいました。……失敬、失敬」

 心がまったく込められていない棒読みで謝罪を繰り返した後、九尾の女将は煙管を加えて今度は私の顔をまじまじと見つめた。

 私もドツボを突かれてしまうのだろうか、と身構えていると九尾の女将はゆったりと煙を吐き出した。

「お嫁様……、以前にも増して可愛らしく、そして美しくなられましたね」

「ひょっ?」

 あまりにも唐突に褒められてしまい、私は素っ頓狂な声を漏らして目をぐるぐるさせた。そんな私を見つめる九尾の女将は仮面の向こうでニマニマしているのがわかるほど、声を弾ませていた。

「ふっふっふっ。おべっかではありゃしませんよ。見た目だけでなく、内側からまろびでる強さを感じましたのでねぇ。……やはり、お嫁様は良い兆しでございました」

「あ、えと、その……あ、ありがとうございます……?」

 半分くらい何を言っているのか意味が理解できなかったが、褒めてもらった事実に変わりなく、私は嬉しさと気恥ずかしさにあたふたしながら感謝の言葉を繰り返した。

「さてさて、お喋りはこのくらいにしておきましょうか。ふふふふ。たんまりとお買い物してくださいな」

「あ、は、はいっ」

 帯の中から取り出したガマ口財布をギュッと握りしめ、私は店内を見回った。色彩豊かな反物の棚の先に、可愛らしい小物類が置かれている棚を発見して私は思わず前のめりになって飛びついた。

 櫛、髪留め、巾着、扇子、根付け……と多種多様な小物の数々についつい目移りしてしまう。色合いも和花国伝統のものから、洋風文化を取り入れた最新の柄ものや、隠世特有のド派手で奇妙奇天烈なものまで様々だ。

 扇子は玉露様はすでにお気に入りを持っている。櫛は使い心地の好みがあるから難しい。巾着は玉露様が持ち歩く想像ができない。となると、髪留めか根付けだ。

 御作祭までの残された時間を考慮して適度に悩んだ末、私が選んだのは根付けだった。髪留めも良いものが沢山あったのだが、帝都のど真ん中に位置する呉服屋なだけあって、いかんせん値段が凄まじく、手持ちのお小遣いでは流石に手が届きそうにもなかった。

 ……玉露様はいつもお小遣いを多めに渡そうとしてくれるけれど、私には過ぎた大金だから、とほとんどをお返ししているのだ。それでも、私にすれば多すぎるお小遣いなのだが。

「で、では、こちらを一つお願いしますっ」

 そうして私は根付けを購入した。その根付けは神秘的な白色の紐と薄紅色の紐が複雑に結ばれ、幾何学模様を綺麗に象っている。見た目の麗しさに反してお値段は手頃で、お土産としてもピッタリだ。

「ほほー、これはお目が高い。紅白の根付けは縁起が良いですからねぇ。今宵の御作祭の成功祈願になってくれることでしょう」

 九尾の女将の言葉に私の心はポカポカと温まった。しかし、黒瀬さんは相変わらず不機嫌そうな顔のまま、冷徹な眼差しで私を見つめ続けていた。

★  ★  ★

 大帝商店街は今日も今日とて、和花国の華やかさと人間臭さがぐちゃぐちゃに交ざりあっていた。

 ハイカラな服装の人々が道路の真ん中を我が物顔で闊歩して、商魂逞しい大声があちこちから響き渡る。裕福な女学生達が買い物をして姦しく笑っている傍らでは、物陰に身を潜めた怪しい娼婦が血眼で客引きをしている。その横を、デモのチラシを配る青年と太った軍人が汗だくになりながら走り過ぎていった。

 まるで人間の業の坩堝のようだ、と人混みに流されながら私は辟易した。

「……ふぅ」

 私は小さくため息を吐き出して立ち止まった。しばらくの間、人混みに身を委ねて流され続けていたが丁度良く豆腐屋の前で止まることができた。ひと気のない豆腐屋は随分と寂れており、賑やかな大帝商店街の中でぽつねんと浮かぶ幽霊のようだった。

「黒瀬さん」

 豆腐屋の角を曲がった先の路地裏を見据えて、私は背後の黒瀬さんに声をかけた。返事はない。ただ、冷たい圧迫感だけが向けられていた。

「少しお話をしませんか?」

 相変わらず反応はない。それでも私はめげずに言葉を続けた。

「ここで玉露様と黒瀬さんは産まれたんですよね?」

「……ああ」

 渋々といった声色で黒瀬さんは肯定し、私の前に姿を現した。いつもは刃の如く鋭い眼差しが路地裏を見つめる時だけは妙に柔らかく感じられた。黒瀬さんにとって玉露様と過ごした帝都の記憶はとても大切な思い出なのだろう。

 口内で爽やかな炭酸が弾ける感覚を思い出し、私は自然と頬が緩んでしまった。

「黒瀬さん。よければ、玉露様とのことを教えてくれませんか?」

 私の問いかけに黒瀬さんは眉間に皺を寄せた。が、すぐに皺がほぐれていき、「今回だけ特別だぞ」と頷いた。思い出の場所を訪れて感傷に耽ったことにより、刺々しい感情が一時的になだらかになったのかもしれない。

「あの頃、タマは我が儘な子猫で、オレはやんちゃな子犬だった。行く当ても、行く末もない。ちっぽけな野良二匹がこの糞ったれた街で生き伸びるのは、ひたすらに地獄だった」

 地獄という物々しい言葉を語るわりに、黒瀬さんの声色はどこか愉しそうだった。

「共にゴミ箱を漁ったり、人間を欺して餌を奪ったり、喧嘩したり、毛繕いしたり、偉そうな野犬を叩きのめしたり……今思うと滅茶苦茶な毎日だな」

 黒瀬さんは自嘲するように肩をすくめ、ズボンのポケットに手を差し込んで豆腐屋の壁面に背中をもたれさせた。そして、澄み切った青空を見上げて、微かに震える声色で思いを吐露し始めた。

「タマが変わったのは十年前だ」

 十年前。

 胸に楔が打ち込まれたような衝撃を受け、私は唾を呑み込んだ。背中にじんわりと生温かい汗が滲み、指先が震えた。けれど、黒瀬さんに悟られないように表面上は平静を取り繕い、私はもごもごと無言で頷いた。

「ぐちゃぐちゃの包帯姿をオレに自慢した翌日、タマは帝都を飛び出していった。数日後に帰ってきたかと思えば、怒りの形相で喚き散らし、挙げ句の果てには……妖怪になる、とのたまった」

 憤慨する黒瀬さんに対し、私は心当たりがありすぎて――いや、心当たりしかなくて、非常に気まずかった。しかし、話の腰を折るわけにもいかず、私は適当な相槌を打ち続けた。

「それからタマは死に物狂いで努力をして、化猫になった。何があいつを突き動かしていたのかはわからない。それでもオレはタマを追いかけて、同じように死に物狂いの努力をして犬神になった」

 右手を太陽にかざし、黒瀬さんは首を振った。

「死に物狂いの努力、と言葉で言うだけなら簡単なものだが……そいつはとんでもなく過酷なものだったぜ。全身の肉も骨も臓器も全てすり潰してあらゆる痛みと苦しみにもがいて四十九日、腐敗した怨霊共を喰い続けて身も心も怨霊にやつして八十八日。それで、やっと一巡。三巡繰り返して、四百十一日目に辿り着いた者だけが妖怪になれるんだ」

 私は絶句した。

 玉露様は私に恩返しをするために、黒瀬さんは玉露様を追いかけるために、繰り返した努力はあまりにも想像を絶するものだった。もはや、努力なんて言葉は生温いと思えるほどの、責め苦。そこまでして二人は妖怪になったのだ。

「オレは犬神になって満足した。だが、タマは違った。あいつは百鬼夜行の王という高みを目指し、更なる力を求め続けた」

 拳を力なく握りしめ、黒瀬さんは言葉を淡々と繋げていった。

「化猫には九つの魂がある。その内の八つを千日間で使い潰し、強大な力を得るための生け贄に捧げたんだ。飢餓で一つ、疫病で一つ、溺死で一つ、殴殺で一つ、焼死で一つ、猛毒で一つ、怨霊に生きたまま喰われて一つ、気狂いの果てに一つ。……オレからすれば、狂気の沙汰だった。それでもタマは諦めることなく、頑なに真っ直ぐ突き進んだ」

 握りしめた拳が弱々しく震えていた。

「何故、百鬼夜行の王になろうとするのか。化猫のままで充分ではないか。そう、何度も聞いたが……タマはいつも飄々とはぐらかすばかりで、まともに答えることはなかった」

「そ、それは……」

 苦悶の表情を浮かべる黒瀬さんに私は何も言えず、行き場を失った真実が喉元で渦巻くだけだった。

「そして、半年前……強大な力を得たタマは先代のぬらりひょんを倒し、百鬼夜行の王になった。しかし、それでもタマは何のために王になったのかは教えてくれなかった。強さだけでなく、権力と財力を手に入れて一体何をしようとしているのか……! くそっ!」

 くぐもった怒りの声を上げて豆腐屋の壁面を殴りつけ、黒瀬さんは悲痛な表情で唸り声を上げた。

「欲に目が眩むようなヤツではないことは知っている。けれど、王になったタマのことは……何も知らない。だから、オレは……! オレは……ッ!」

「わ、私は知っています!」

 憤慨する黒瀬さんの苦しそうな表情がいたたまれなくなり、私は意を決して開口した。

「な、なんだと……!」

「ですが、私が答えるのは義に反しています。……なので、ご自身で答えてくれませんか? 玉露様」

 困惑する黒瀬さんを横目に、私は虚空に向かって言い放った。すると、どこからともなく「にゃぁ……」とくぐもった鳴き声が聞こえてきて、一匹の白猫が私達の目の前に飛び降りた。

 同時に白猫の全身がまばゆい光に包まれ、一瞬にして美貌の殿方の姿へと変化した。

「タマ……!」

 黒瀬さんに名前を呼ばれ、玉露様は気まずそうにインバネスコートで身をくるんで苦笑いを浮かべた。

「な、何故タマが! いや、それよりも! 匂いも気配もしていなかったのに、どうしてタマが潜んでいることがわかったんだ!」

「え、えーと……勘、です」

「か、勘だと……!」

 所在なさげに困り顔をする玉露様を一瞥し、私は苦笑いを返した。

「玉露様のことだから、私のことを心配してこっそり後をつけているんだろうなっと思いまして」

「ははは、参ったねこりゃ」

 冷や汗を垂らしながらも玉露様は飄々と笑ってみせた。対する黒瀬さんは眉間に皺という皺を寄せまくって、凄まじい形相で玉露様を睨みつけていた。

「玉露様。さっきの黒瀬さんの話、聞いてましたよね?」

「うっ……」

 いつもの私のように目をパチクリさせて玉露様は言葉を詰まらせた。玉露様の態度に相反するように黒瀬さんの形相は更にとんでもないものになっていった。

「玉露様! 黒瀬さんが最近、変だった理由はわかりましたよね? ギスギスしていた原因もわかってますよね!」

「……う、うん」

「でしたらカッコ付けず、恥ずかしがらず、ちゃんと真実を打ち明けてください!」

 玉露様はしどろもどろになりつつも、わなわなと震える唇を少しずつ動かして開口した。が、それよりも早く黒瀬さんは踵を返し、そそくさと立ち去る意思を見せた。

「待ってくれ、クロ!」

 玉露様の呼びかけに黒瀬さんは立ち止まりはしたが、振り返ることなく「そろそろ祭りが始まる」と言い捨てて走り去って行った。

 黒瀬さんがいなくなった路地裏でぽつねんと立ち尽くし、玉露様は眉をへの字に曲げて情けない笑みを浮かべた。

「玉露様! 急いで黒瀬さんを追いかけましょう!」

 わだかまりはなるべく早めに解決しておくべきだ、と私は帯の中から切符を取り出し、黄金の鳥居を出現させるために宙にかざそうとした。

「やっと見つけたわッ!」

 と、そこに甲高い声が割って入り、豆腐屋の壁面をぶち破って山姥のような形相の少女が飛び出した。辺り一面にぐちゃぐちゃになった豆腐が飛び散り、店主が悲鳴を上げて逃げていく。

「か、薫子ちゃん……!」

 一瞬、薫子ちゃんだと認識できないほど、その顔はやつれて、その表情は鬼気迫っていた。自慢の銘仙もところどころがほつれたり、穴が空いたり、酷いところになるとビリビリに破れている。

 どう見ても薫子ちゃんの様子は只事ではない。ではないが、今は正直、薫子ちゃんの相手をしている場合ではなかった。

「こんな時に、もう!」

 思わず文句を口に出してしまい、薫子ちゃんは自分がぞんざいに扱われたことに気付いて怒り心頭だった。

「ああ、もう! 苛つくわ! お姉様、調子に乗っていられるのもこれまでよッ」

 そう言って薫子ちゃんは自らの口に指を差し込み、おぞましい嗚咽と共に黒い靄のようなものを吐き出した。それは、どろどろとした不定形の異形。以前、玉露様が退治したはずの怨霊と酷似していた。

「おげっ……ま、まだよっ! まだまだよ!」

 更に、口の中をぐちゃぐちゃと掻き混ぜ、薫子ちゃんは連続で嘔吐した。うじゅる、うじゅる、と不快な音をたてて複数の怨霊が折り重なっていく。

「……こいつはまた、随分と怨霊に憑かれているねぇ」

 玉露様は引きつった笑みを携え、漆黒の太刀の鯉口を切った。

「うげげげげげげげッ! ……はぁ、はぁ、はぁ。お、お姉様の嫉妬心を燃やし続けたら、こんなにたっくさんの怨霊が集まってくれたの。うふふふっ、素敵でしょう? 恐ろしいでしょう? これなら百鬼夜行の王なんてけちょんけちょんよッ!」

 汚泥にも似た粘液まみれの怨霊は薫子ちゃんの全身を蝕むように包み込んでいき、やがて、一つの巨大な塊へと変貌していった。贅肉なのかヘドロなのか見分けがつかないモノに覆われ、醜く膨れ上がった人の形をした何か。それが、薫子ちゃんの成れの果て。

「おごぽおっ! うぐぐぇつ! えぬるるるうっるる!」

 薫子ちゃんの成れの果ては怨嗟の言葉を吐き出しているようだが、もはや何と言っているのかまったくわからなかった。

 知性の欠片さえも感じない。

 意味不明の言葉を叫び、下品な暴力を振り乱すだけの肉塊。

 哀れな子。

「えどるるぇッ!」

 憐憫を向けられていることを察したのか、薫子ちゃんの成れの果ては巨大な腕を私目がけて振り下ろそうとした。――が、私は酷く冷静な所作で、お母様の形見を懐から取り出して薫子ちゃんの成れの果てに掲げて見せた。

 瞬間、巨大な腕は空中で動きを止めた。

「あ……あえ? あがが、こげ、あがが……あえ?」

 お母様の形見、漆塗りの手鏡に映る自分の醜い姿を見つめて、薫子ちゃんの成れの果ては大いに狼狽えていた。こんなものが自分なわけがない、信じられない、信じたくない、という苦悩が溢れて身動きが取れなくなっていた。

「さて、と。情けないところを見せてしまったから、少しくらいはカッコいいところも見せないとね」

 私の前に割って入り、薫子ちゃんの成れの果てを見上げて玉露様はすらりと抜刀した。

 白銀の美貌と、醜悪な肉塊。

 両極端な二人が向き合い、空気がピリピリと震えた。

「えぬるるえぬるうっるる!」

 玉露様に視線を移した薫子ちゃんの成れの果ては怒りを取り戻し、再び意味不明な叫びを上げた。更に、口とおぼしき穴からドボドボと薄気味悪い粘液を撒き散らし、見た目の割に素早い動きで襲いかかった。

 一閃。

 目にも留まらぬ速さで玉露様が太刀を振るったかと思うと、次の瞬間には薫子ちゃんの成れの果ての肉体は真っ二つに切断されていた。

 聞くに堪えない怨霊達の断末魔の悲鳴と共に、ぷしゅーっと巨体の空気が抜けて薫子ちゃんの成れの果ては縮んでいった。そして、玉露様の追撃によって怨霊達が完全に退治された時には薫子ちゃんは元の姿に戻って座り込んでいた。

「一件落着、と言いたいところだけど……今回は念には念を入れておかないと」

 そう仰って玉露様はしゃがみ込み、薫子ちゃんの額に人差し指を突きつけた。放心状態の薫子ちゃんに抗う気力はなく、ただ、されるがままだった。

「キミは怨霊に憑かれやすい性質のようだから、その悪い心は根絶やしにしておくね。ちょっぴり痛いと思うけど……牡丹ちゃんを長年の間いじめ続けた因果応報ってことで我慢してよ」

 指先が妖しく光り瞬き、ジュウウウッと肉が焦げる音が聞こえた。どうやら妖術で刻印を施しているようで、額を焼き刻まれる痛みに薫子ちゃんはのたうち回り、大帝商店街に惨たらしい絶叫が響き渡った。

★  ★  ★

 刻印によって薫子ちゃんを無事に改心させた後、玉露様と共に私は慌てて隠世に向かった。

 暮れなずむ帝都から黄金の鳥居をくぐると、ぴーひゃらぴーひゃらと陽気な祭り囃子が聞こえ、隠世に足を踏み入れた瞬間、おなかの底まで震わせる和太鼓の音が鳴り響いた。

 見渡す限り、隠世はすっかりお祭り騒ぎだった。

 祭りの会場は果てしなく、広場から始まって町の方までずーっと続いている。隠世に住んでいる妖怪よりも多いんじゃないか、と思ってしまうほどの凄まじい数の屋台が連なり、溢れんばかりの妖怪達で大いに賑わっていた。

 たこ焼き、焼き鳥、モダン焼き、カステラ、わたがし、くじ引き、射的、輪投げ、占い、紙芝居、寸劇、河童の相撲、付喪神のガラクタ屋、ぬりかべの迷路……などなど、定番の屋台から隠世ならではの変わり種まで多種多様だ。

 極彩色の町並みはいつもの五倍のけばけばしさに包まれ、色とりどりの提灯が宙を舞い、妖術で操られた紙灯籠が足下をゆったりと流れていく。

「おーい! 王様ぁ~!」

 白金の神輿を担いだ鬼の集団が玉露様と私に気付いて手を振ってくれた。

 屋台の店主も、祭りを愉しむ妖怪達も皆が皆、揃いの黄金色の法被を纏っている。それは様々な姿形の妖怪達それぞれにぴったり合うように玉露様が手配し、九尾の女将さんが繕ってくれた特注品だ。

「はは、みんな愉しんでくれていて何よりだ」

 鬼の集団に手を振り替えし、玉露様は感慨深そうに頷いた。しかし、その表情にはいつもの余裕はなく、代わりに焦燥感がべったりと張り付いていた。薫子ちゃんに邪魔をされたせいで黒瀬さんを追いかけそびれ、完全に見失ってしまっていたのだ。

 慕ってくれるようになった妖怪、未だ怪しんでいる妖怪、みんなに分け隔て無く玉露様は愛想を振りまきながら、目だけを必死に動かして辺りを探し回った。

 妖怪達でごった返している中で黒瀬さんを探し出すのは至難の業だ。玉露様は妖術で気配を探知したり、化猫の嗅覚を用いて匂いを辿ったり、色々な手段を試みているがあまり効果はなさそうだった。

「あらあらあらまぁ!」

 背後から聞こえた朗らかな声色に振り返ると、そこには浴衣姿の八雲さんが満面の笑みで立っていた。右手に大量の焼きトウモロコシ、左手に大量のわたがしを持ち、全力でお祭りを愉しんでいる様子だった。

「玉露様、どうかなされました? 折角のお祭りだというのに、腑抜けた顔をされていますが」

「ふ、腑抜け……」

 使用人の発言とは思えない言葉さに玉露様は半笑いで肩を落とした。

「実は、黒瀬さんを探していまして」

「あらま! まーた、おサボりですか? これは明日もおやつ抜きですねっ」

 八雲さんが鼻息荒く息巻いたのを見て、私は慌てて訂正した。いわれのない理由でおやつ抜きにされてしまうのはあまりに気の毒だ。

「ふむふむ。では、私の眷属に黒瀬さんの居場所を調べさせますね」

 そう言って八雲さんは小さな蜘蛛を無数に呼び寄せ、特殊な言語で指示を出した。

「すぐに見つけ出すと思いますので、わたがしでも食べて少々お待ちくださいな。急がば回れ、ですよ」

 わたがしを差し出された玉露様は焦燥感に駆られた不安そうな表情を浮かべた。が、すぐに考えを改めたようで、私の顔を一瞥して「ごめんね」と頭を下げられた。

「牡丹ちゃん、色々と気を遣わせてごめん。ちょっと休憩しよっか」

「はいっ!」

 私は元気よく頷き、八雲さんからいただいたわたがしを見下ろした。ふわふわの雲みたいで可愛らしく、眺めているだけでも心が安らぐ気がした。このまま持って帰って部屋に飾りたい衝動を抑え込み、わたがしを口に含んだ。

 ふわっ!

 ふわわわっ!

 捉えどころのない不可思議な感触に驚いている間に、この世のモノとは思えないまったりした甘さが口内でふわーっと溶けていった。まるで、雲や霞を食べているような幻想的な感覚だ。

 仙人は霞を食べて生きている、というのを本で読んだことがあるけれど……実際のところは霞の正体がわたがしだったとしたら、私でも仙人になれそうだ。と、阿呆なことを真面目に考えてしまうほど、私はわたがしを夢中になって食べてしまった。

「黒瀬さんの居場所、見つけましたよ」

 戻ってきた小さな蜘蛛を手に乗せ、八雲さんはニッコリと微笑んだ。

★  ★  ★

 八雲さんが教えてくれた場所に玉露様と私は早足で向かった。

 提灯の灯りを頼りに獣道を進むにつれ、祭り囃子がどんどん遠ざかっていく。妖怪達の姿はどこにもいなくなり、世界から隔絶されているかのような寂寞とした空気だけが無情に漂っていた。

 そこは以前、玉露様と真夜中に訪れた絶景の空き地だった。正面には満開のひまわり畑が広がり、背後には桜の木が優雅に咲き誇っている。そして、ぽつねんと佇む小さな社には黒瀬さんが仏頂面で座り込んでいた。

「……クロ。騒がしいの苦手だもんね」

 柔らかい声色で話しかけた玉露様を上目遣いで睨みつけ、黒瀬さんは無言で立ち上がった。口を固く結んだまま立ち去ろうとする黒瀬さんに対し、玉露様は声を荒げて呼び止めた。

「クロ! 待ってくれ、クロ……!」

 俯いた黒瀬さんの表情は闇夜に隠れて伺うことはできなかった。

「話をしよう、クロ。僕が隠していたことを全て、洗いざらい話すから!」

「嫌だ」

 玉露様の提案を即答で突っぱねて黒瀬さんはそっぽを向いた。

「な、何故だい! クロ!」

「……嫌なものは、嫌だ」

 不貞腐れた子供のように黒瀬さんは断固拒否した。表情はハッキリとは見えないけれど、眉間に凄まじい皺を刻んでいることは手に取るようにわかった。

「もしかして、玉露様の真実を知るのが怖いんですか?」

 私の何気ない一言で黒瀬さんは「うぐっ」とくぐもった声を漏らした。

「怖いよ!」

 答えたのは黒瀬さんではなく、玉露様だった。百鬼夜行の王の証とも言えるものを取っ払うかの如く、インバネスコートを脱ぎ捨て、漆黒の太刀を地面に突き立てて、玉露様は真っ直ぐな言葉を吐き出した。

「僕は怖いよ、クロ」

「え……?」

 困惑する黒瀬さんをジッと見据えて玉露様は言葉を続けた。

「十年間ずっと隠していた僕の真実をクロが知ったら何を思うのか……想像するだけで怖いよ。もしかしたら、嫌われるかもしれない。幻滅されるかもしれない。でも、それでも! 僕は伝えるよ。クロをこれ以上苦しめたくないから」

 桜の花びらが夜風に吹かれて二人の間を舞い散った。

「……わかった。聞かせてくれ、タマ」

 黒瀬さんは静かに頷いて軍服の上着を脱ぎ捨てて、白銀のサーベルを社に立てかけた。そして、一歩踏み出して玉露様に向き合った。提灯の灯りに照らされた表情は一言で言い表すことのできない淀みを孕んでいた。

 真実を知ることへの恐怖。

 真実を受け入れたい友情。

 ぐちゃぐちゃの不安が汚泥のように淀んでいる。

「ねぇ、クロ。実は僕、夜に眠ることが怖くて仕方がないんだ」

「……何?」

 虚を突かれた黒瀬さんは聞き返し、玉露様を見つめた。玉露様の表情に胡散臭い笑みはなく、飄々とした爽やかさもなかった。ただ、自然体の玉露様だった。百鬼夜行の王という肩書きを外し、化猫御前という畏れも濯ぎ、一匹の猫として黒瀬さんに向き合っていた。

「これまで十一回、闇討ちをされたことがあるでしょ? クロの前では飄々と、全然平気だよーって振る舞っていたけれど……実際は滅茶苦茶に臆病風に吹かれていたんだ。今度こそ、油断して寝首を掻かれたら本当に殺されるんじゃないか、って」

 日中の大帝商店街で黒瀬さんが言ったことを思い出し、私は合点がいった。玉露様は百鬼夜行の王になるために化猫の九つの魂の内の八つを使い潰した。つまり、八回も壮絶な死を繰り返し、死ぬことの苦しみを知ったからこそ、殺されることを誰よりも畏れているのだ。

「だから、僕は毎日夜ふかしをしているんだ」

「だったら何故! オレに護衛をさせてくれないんだ!」

 吠えるようにして黒瀬さんは憤りを露わにした。しかし、対する玉露様は玉露様は悪戯がバレた子供のように舌を出してはにかみ、顔を紅く染めて苦笑した。

「そ、それは、ただ単純に恥ずかしいからだよ。だって、飄々と笑う化猫御前が眠るのが怖いだなんて情けないでしょ……」

「ならば、こいつ――じゃなくて、牡丹殿と夜を一緒に過ごしている理由は何だ! というか、そもそも結婚をしたのは何故だ! 人間の娘を娶るなんて何が目的だ!」

「牡丹ちゃんが大好きだからだよ」

 揺るぎない声色で玉露様は凜と言い切った。

「そもそも十年前に妖怪を目指したのも、死に物狂いで百鬼夜行の王になったのも、全ては牡丹ちゃんに恋をしたからなんだ」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔、というのはまさしくこれのことなのだろう、と断言できる表情で黒瀬さんは驚愕していた。いつも仏頂面の黒瀬さんが今や気の抜けた顔で口をぱくぱくしている。

「こ、こ……? こい? こここい? ……恋?」

 もはや、水面に顔を出して餌を求める鯉のようですらあった。

「うん!」

 戸惑う黒瀬さんとは裏腹に玉露様は力いっぱい頷いた。

「百鬼夜行の王になったことも、みんなの前でカッコ付けて飄々としているのも、面倒臭い仕事をしっかりやっているのも、何もかも全部全部ぜーんぶ! 牡丹ちゃんと幸せな結婚をするためなんだ! つまり、一点の曇りもなく、下心ってわけ!」

 玉露様の言い分はどこからどう見ても、開き直りだ。理屈も道理もへったくれもない勢い任せの感情論だ。けれど――いや、だからこそ、と言うべきか――玉露様の表情は清々しく晴れやかだった。

「なッ……なッ……なッ……」

 動揺に動揺を重ねて震え続ける黒瀬さんを優しく、柔らかな眼差しで見つめて玉露様は微笑んだ。

「十年間ずっと、はぐらかし続けていたのは……恋とか愛とかをクロに言うのが気恥ずかしかったんだ。だって、クロの前では飄々としたタマでありたかったからさ。ごめん」

 頭を下げた玉露様を見て、黒瀬さんは目をカッと見開いた。

「なんだそれは!」

 怒声。

 と共に、黒瀬さんは勢いよく吹き出して大笑いした。

「ははははははっ! なんだそれは! 下心を堂々と開き直りやがって……まったく、呆れを通り越して腹がよじれるわッ! 実にくだらん!」

 破顔一笑。

 呵々大笑。

 黒瀬さんはおなかを抑えて、これまでの憤りや鬱憤を全て吹き飛ばすかのようにゲラゲラと笑い転げた。黒瀬さんのこんな姿を見るのは玉露様も初めてのようで、目をパチクリさせて驚いていた。

「……だが、それはオレも同じか」

 笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭い、黒瀬さんは皮肉めいた声色で続けた。

「オレも、タマの前では冷徹なクロでありたかった。……だから、タマの隠していることに不安を感じたり、牡丹殿に嫉妬をする自分の醜さが情けなくてしょうがなかったんだ」

「クロ……」

 二人は照れ臭そうに鼻の頭を軽く擦り、視線を逸らした。が、すぐに視線を戻してお互いに見つめ合い、緩やかに頬を綻ばせた。

「恋とか愛とか、タマには無縁だと思っていたから死ぬほど驚いたぞ。しかし……色んな意味ですっきりした。ありがとう、タマ。そして、牡丹殿。今まで横柄な態度であたってしまい、本当に申し訳ない」

 深々と頭を下げた黒瀬さんに対し、私は慌てて取り繕おうとした――その時。

 ドドン! ドン! ドドドドン!

 と、花火が打ち上がった。

「え?」

 玉露様も黒瀬さんも私も完全に意表を突かれ、三人揃って呆けた顔で空を見渡した。隠世ならではのド派手な色味の花火が次々に打ち上がり、夜空を縦横無尽に染め上げていく。

 更に、周囲から盛大な拍手喝采が巻き起こったかと思うと、四方八方から沢山の妖怪達が姿を現した。天狗、河童、蛇女、鬼の集団、お多福の仮面の店主、という居酒屋の面々に加え、ぬりかべ、半魚人、ろくろ首、大狸……と数え切れない妖怪達が所狭しと集まっていた。

「粋な演出じゃろ?」

 どこからともなく現れた百鬼夜行の先代王ぬらりひょんさんは陽気に笑い、玉露様を一瞥した。その両脇には八雲さんと九尾の女将が和やかな雰囲気で揃っている。どうやら、この三人が画策して妖怪達を集め、花火を打ち上げてくれたようだ。

「も、もしかして全部聞いてたの……?」

 青ざめた玉露様の問いかけたに八雲さんは「もちろんです!」と力強く頷いた。

「ご覧くださいませ」

 八雲さんに促され、花火の明るさに照らされた妖怪達の顔を伺ってみると全員もれなく、ほっこりとした笑みを浮かべていた。

 玉露様の赤裸々な言葉を聞いて、胡散臭くて毛嫌いしていた相手の俗っぽさを知り、カッコ付けたがりの恥ずかしがり屋さんであることを目の当たりにし、百鬼夜行の王として――一人の妖怪として、見直してくれたのだ。

「……あはは」

 玉露様は顔を真っ赤にして、朗らかに笑った。そして、漆黒の太刀を改めて腰に携え、インバネスコートを颯爽と翻して身に纏った。今更ながらカッコ付けるところが実に玉露様らしく、妖怪達の表情はよりいっそう微笑ましそうに緩んでいた。

「牡丹ちゃん」

 妖怪達の顔をまんべんなく見渡した後、玉露様は穏やかな微笑みを携えて私と向き合った。

「情けないところを沢山見せて、ごめんね」

「いえ! 良いところも情けないところも全部ひっくるめて玉露様ですから!」

 嘘偽りなく、私は自信満々に意気揚々と言い放った。

「ありがとう、牡丹ちゃん」