【序幕】


 美貌の殿方がねこめしを無邪気に貪っている。

 柔らかさと鋭さを兼ね備えた怜悧な眼差し、端麗に整った鼻筋、常に微笑を携えている薄い唇。艶めかしい男性のようにも、凜々しい女性のようにも見える中性的な美しい顔立ち。煌びやかな白銀の髪は肩まで伸び、薄緑の髪留めで束ねられている。

 お召し物は素朴ながらも上品な乳白色の着流し。脇には物々しい漆黒の拵えの太刀を大事そうに抱えている。

 そんな神秘的な美貌を誇る殿方があろうことか、真夜中の台所の片隅にちょこんと座り込み、大きな丼いっぱいのねこめし――冷やごはんにかつおぶしをふりかけ、醤油を垂らした夜食――を一心不乱に貪っているのだ。

 ……なんだこれ。

 目の前で繰り広げられる不可思議な光景をうっとりと眺めたまま、私は頭の中で疑問符を無数に浮かべた。

「どうしたの、牡丹(ぼたん)ちゃん?」

 ふと、ねこめしを貪るの止めた美貌の殿方は小首を傾げ、甘い声色で私の名前を口にした。「食べないの?」と問いかけられて、私は自らの手にギュッと握りしめていた大きな丼を見下ろした。中身は当然、ねこめし。私の分の夜食だ。

「た、食べますっ」

 あたふたと答えた私を一瞥し、美貌の殿方は満足そうに目を細めて微笑んだ。その所作の一つ一つに思わず見蕩れてしまい、私はまたしても呆けてしまった。

 美貌の殿方の名は、望月(もちづき)玉露(ぎょくろ)様。

 通称、化猫御前(ばけねこごぜん)

 魑魅魍魎跋扈する隠世(かくりよ)を支配し、人の世を影から守る百鬼夜行の王。

 そして、私の旦那様。

 そう。玉露様と私は夫婦(めおと)なのだ。これほどの美貌を持ち、富も栄誉も何もかもを手にした妖怪の王様が何故、ちんちくりんのぽんぽこぴーの私なんぞと結婚してくださったのか。何故、真夜中の台所で一緒に夜食を貪っているのか。

 はてさて。

 一体全体どうしてこうなったのかというと…………。