1.
 俊明さんは最後に説明した。
 おそらく、それは最後の選択を美月がする前の医者として、そして父親として、大人の最後の誠実な役割として。でも僕には、それがどこか遠い、反響のない無響室で演奏される音楽みたいにひどくぼんやりと、どこか遠くで聴こえるようだった。
 美月、君にこの選択を迫るのは、君が症状を発症したときになんとなく予想していたよ。去年の春に入院が始まって、今年の退院のときまで脳波が主病巣をはっきりとさせて発生していなかったから、今日話したような治療アプローチはできなかった。だけど、おそらく症例の進行が末期になるに近づくにつれ、異常脳波がある閾値を越えるどこかのタイミングで今日の話はすることになっていたはずだ。でも、もうひとつ、やっぱりわたしは君にこの選択肢を提示するのが怖くて話すのを今日まで後ろにおいやってしまったことを認めるよ。投薬を行えば、君の生命は救われるだろう。けれど、その代わりに今日までの、そしてこのあとの君のもっとも大切な人との積み上げていくはずだった未来の記憶を失う。もちろん、薬を飲めば、だ。飲まなければ、君の過去の記憶も未来の記憶も失われることはない。そう、君は選ぶことができるんだよ。残酷で、本当に残酷な選択肢だけど君は選ぶことができる。生命か記憶か。美月、君はもうすぐ18歳だね。だから、自分でこの選択を選ばなくては。