太陽が傾いてきた頃。

 (じょう)(みょう)()バス停を降りた僕たちは、夕焼けに染まる旧華頂宮(きゅうかちょうみや)(てい)へとやってきた。

 ネットで見ただけだけど、昭和初期に西洋のハーフティンバー洋式で建てられた、凄く綺麗で落ち着ける庭園が見学できる場所らしい。

 「凄~い! 和服でヨーロッパっぽい建物の前に立つって、いい絵になるよね!」

 「そうだね。大正ロマンとは違うけど、似た感じがするよ」

 「惺くん、ここを予定に入れたのってさ。私が爽やかな空気を吸えるようにでしょ?」

 「……人混みだけじゃ、疲れるかなってさ」

 結姫にはバレてたか。

 埼玉にも、テーマパークで自然を楽しめる場所はある。

 だけど着物と洋館という非日常の組み合わせは、結姫が喜ぶ体験だと思ったんだ。

 「も~、そんな気を遣ってばっかりじゃなくさ、自分が行きたい場所も組み込もう?」

 「ここも行きたかったよ。紫陽花(あじさい)とか植木が、綺麗に手入れされてるらしいから」

 正直、人混みを避けたかったのは僕も一緒だ。

 そろそろ、気分が悪くなる頃かなと思ったから……。

 こういうスポットがあるのは、休憩にもなってラッキーだなと思ったんだよ。

 「それなら、よし! いざ庭園、お金持ちになった気分で満喫しよう!」

 パタパタと(ぞう)()を鳴らしながら、結姫は庭園の深くまで進んでいく。

 お姫様みたいだなと最初に思ったけど、実際にいたらお(てん)()な姫だったに違いない。

 やがて、名物と言われる紫陽花や植木のスポットに着き――

 「――うわぁ……。綺麗、可愛い」

 知らなかった。

 植木が、ハート形に剪定(せんてい)されてるなんて……。

 夕陽が差し込む洋館、目の前で照らされるハート形の枝葉。

 そして、着物に身を包み感嘆の息を吐いてる結姫。

 これは……綺麗だ。美しい。

 ヒントとして与えられた『瓶の中の輝き』にも一致するだろう。

 カササギも、この光景を見てれば満足してるに違いない。

 「……惺くん。素敵な景色を見られて、幸せ。ありがとうね」

 「僕は何もしてないよ」

 「ううん……。惺くんがいなかったら、私は心が折れてた。強くあろうって、思えなかったんじゃないかな。いつまでも治ってくれない病気に負けて、生きることを諦めちゃってたと思うの」

 「……そうならなくて、本当に良かった」

 そうなってたら、僕の生きる意味も理由もなくなってたよ。

 奇跡の余命取引に辿り着けたのは、きっと結姫が諦めず闘う『生き方』が輝いてたから。だから、カササギも僕の前に扉を開いてくれたんじゃないかな。

 あの子を救えってさ……。

 それは、さすがに都合よく考えすぎだろうか?

 普段の生活では見えないだけで、世の中には病と闘う人が一杯いるんだろうから。

 「……惺くん、あのね。あの……私の話、聞いてくれる?」

 「もちろん」

 「…………」

 何だろう、様子がおかしい。目を潤ませながら黙るとか、結姫らしくない。

 まさか、遂に僕と離れて高校の友達と一緒に遊ぶ時間を増やしたい、とか?

 結姫まで僕から離れるのは寂しいけど、それなら仕方ない。

 身体が動くようになったんだ。

 望む人と付き合うべきだ。

 凛奈ちゃんとか――輝明とか。

 それでいい、いいんだ……。

 仕方ないんだからさ……っ。

 僕の胸の痛み、消えてくれよっ!

 その方が結姫の幸せのためだろっ?