激闘‼ もう一人の魔法少女⁉
変態もとい変身――このネタもう飽きた――を済まして、颯爽と深夜の公園に降り立つ俺達。
うん、あくまで気持ち的にね。空飛んできたりしたらカッコ付いたのにね。
実際はてくてくと歩いてきたよ。
だが見慣れたその公園は、今はもうまるで見覚えのないそれへと姿を変えていた。
てっきりもの凄く大きな空間剥離が起きてると思っていたのだが、切れ目の規模が尋常なんじゃなくて、その数がおかしな事になっている。
深夜の公園から見える空は、例のあの気持ちの悪いので大量に埋め尽くされているのだ。
これは鳥肌とか寒気がするってレベルじゃない。
例の結界が通常より増し増しで張られているから、万に一つも外からこの光景を見られる心配はないとは言え、もし見られたら大パニック必至だった。
そしてあの夜、ムクが入っていたのと同じ形で若干小さめのコンテナが、まるで斑のように幾つも地面に点在している。
こっちもちょっと数多いんじゃないの? 敵さん頑張りすぎだな。
「正直な話、あれ全部にムクみたいなんが入ってるとしたら、こっちのそのロボット兵とかと戦力的に吊り合い取れてるの?」
ボソボソ呟くようにセグナんに話しかけた。
敵方のコンテナはまだ絶賛増量中で、大量に空間の切れ目から降ってくる。
「数の問題ではないさ。こちらの機械兵は、正式に軍隊で採用されてる最精鋭の量産機だ。そう気負うこともないぞ、重夫くん」
ああ、ヤバイ。セグナんったら、最精鋭とか軍隊で採用されてるとか量産機とか言っちゃった。3コンボ決まって、これはもうあーあーだな。
そういう時は倉庫で埃かぶっていた廃棄予定の曰く付き試作機とか言わなきゃ。
そんな事を思っていると、それまで降り続いていたコンテナがぴたりと止んだ。
ようやく打ち止めですか?
ほんと、合計で敵方は何体になるんだろうか。十や二十ではなさそうだ。
「これ今のうちに破壊しちゃうとかしたらいいんと違う?」
「無理モフよ。次元断絶界を渡ってこれるほどに頑丈な代物、外側からの物理攻撃ではおそらくキズ一つ付けられないモフ」
「んじゃあ、あのドアっぽいのを溶接して出てこれなくするとか」
「それは、うーん……」
「なかなか実用的な案であったかもしれないが……今ではもう無理だな」
セグナールがそう促して示したのは、この公園の名物でもある中央に設置された二段重ねの大きな噴水だ。
そして、その頂上に居座る影が一つ。
「やあやあ。こんな夜更けにわざわざお越しいただいて恐縮だな――権力に媚びる中央局のお犬さん達」
微かな街灯の光が照らし出したそこに居たのは、まるで見慣れぬ服装の少年だ。
月明かりはその銀の髪を幻想的に青く映し、灰色っぽいくすんだその肌合いさえもどこか美しく見える。
少し吊り目ながら円らな眼と、子供に似合わぬ挑発的な表情。
それは間違いなくあの夜のショタっ子だった。
久しぶり、俺の嫁一号。今日も可愛いよ。
「おや? 初めての顔がいるじゃないか? フン、でもまあ情報は届いているよ。セグナール・ヴァッハヘイム――中央局でもかなり腕の立つ術者であり、何より魔術と併用するその剣技に定評があるそうだね。けど精神体なんかで戦えるのかな?」
「ふむ、そうか。実はこちらも少しばかりは情報を掴んでいてな。次元断絶界を渡航する方法を手に入れたテロリスト共が、それでも自分達で実行するのを尻込みした結果、製造された実験用人造人間――名前すらない哀れな人形――それがお前だな?」
「へぇ……。のろまなお前達でもようやくそのくらいは掴めたのかい。けどそんな情報が一体何になるって言うのかな」
「わからないのか? 今回の事件はもう収束に向かっている。お前を送り込んだテロリスト共も今は捜査の手から逃れるのに必死で、お前の援護などは出来ぬという事だ。いや、実験の為に生まれたお前は初めから見捨てられる算段だったのかもしれぬな。諦めて、降伏してはどうだ?」
「はっはっはっ! このボクを説得する気かい⁉ ……お笑いだね、まったく。確かにお前達の言う通り、ボクは見捨てられるだろう。――だがそれが何だ? そんな事は生まれた時から決まっているんだよ。ボクはボクの使命を果たすためにこの身を捧げるのさ!」
うーむ、どうしたものか。
俺の嫁達がなんか険悪な雰囲気じゃありませんか。
ケンカはいけないよ。3人で仲良く暮らそうじゃないか。俺は二人とも平等に愛しているというのに。
二人が対峙し合い、一触即発かと思えたその次の瞬間――しばらくは平静だったあの空間の裂け目から、また何かがぼとりぼとりと落ちてきた。
それはコンテナなんかよりもずっと小さい青銅色の円筒形の物体だ。
見た感じはでかいドラム缶。
しかしそれが地面へと着くその直前、まるで外皮が弾けるようにその中から飛び出してきたのは、重厚なフォルムがたまらん人型の自律型稼働兵器だった。
「うおおおっ! カッケー! 何ぞあれ⁉」
サイズは人間よりも少し大きいぐらいだろう。
何の塗装もされていない鋼色の分厚い装甲と、頭部に光る単眼のモノアイカメラシンプルな形状がずんと来る重量感を演出する――そんな思わずテンション高くなって叫んでしまうほどにナイスなデザインだ。
「ジョン! 俺もあれ一つ欲しい!」
「重夫くん、ちょっとは集中して欲しいモフ……」
複数機が裂け目から出てくると同時にその外皮を突き破り、即座に地面に降りてはこの公園のあちこちに展開した。
動く姿もまた素晴らしいが、両手に持った筒状の武器はなんだろうか? 光学兵器とかかな? でもやっぱり量産機だから実弾兵器がいいな。
「こちらの駒は揃った。さて、ではどうする? そちらもかなりの数を揃えてきた様だが、この最新鋭機の実力を一番知っているのは君達テロリスト側だと思うが? それでも無駄な抵抗と知りつつ命を散らすか?」
セグナールがそう凄んで見せた。
どうやら性能的には本当にこちらが格上らしい。
あとはこの数の不利をどう覆すかだが、それについてもあまり問題がなさそうな雰囲気である。
「ハ……本当にキミらは間抜けだな」
「――何?」
「確かにその最新鋭機は驚異的な性能らしいね。高度な戦術判断と連携能力を有し、我々の同胞もその対処に手を焼いている。けどその高度な戦闘AIってのは、その分驚く程に精密で繊細なものだよね? そんな超精密機械が次元断絶界なんかを渡ってきて、なんの影響も受けなかったって本当に思ってるのかい?」
その言葉に一番に反応を示したのはジョンだった。
焦った様子で、喰い付くよう周りの機械化兵を見渡していた。
そしてそのロボット達の動きだが――まるでばらばらで統率など取れてない様子なのだ。
「懸念はあったけど、ここまで如実に影響が出るのか……。高度な演算処理を誇る高性能な電子脳だからこそ、その長所が弱点に……」
「そういう事さ! 自律思考のロボット兵器が有用だったなら、もうとっくに僕らの側でも用意をしているよ! ほんとうにのろまでお間抜けだね⁉ お前達の虎の子のそいつらは、今はもう単純な行動しか取れないただの木偶人形さ!」
うん、つまりはまあ、一度の実験も慣行してない状態で何か運用しちゃダメって事だよね。
いくら状況が切迫してるからって急いては事を仕損じるたぁこの事か。
その点、向こうかは先んじて検証を繰り返していたご様子。こっち側が出遅れてるってのは紛れも無い事実らしい。
はい、さっそく暗雲立ち込めてきましたー。
「だが個別の戦闘能力であっても引けは取らん筈だ」
「だろうね。けどこの数の差はどうかな? ――さあ、出て来いお前達!」
そう言って指を打ち鳴らした主の言葉が届いたのか、箱詰めされて送られてきたその中身たちがにわかに動き出す。
コンテナの電子ロックは外れ、扉を開けるというには余り豪快な響かせて、その中身たちは薄暗い街灯の下に姿を現した。
その姿をひと目見た時、さすがに勇猛で名を馳せる重夫っちも悲鳴を漏らしてしまった。
「うわぁ! キメェ! なんぞこいつら? まさかの昆虫系統とか、マジでもう……」
大量のコンテナから出てきたのはムクのような背中に腕の生えた大型の獣ではなかった。
一言で表わすならばグロテスクな蜘蛛――それに尽きた。
高さは人間の腰くらいはあるだろう。足を含めた全体長は3メートルを越えるかもしれない。
その見た目は、ヒヨケムシという――知らない人は知らない方が幸せに一生を暮らせる――そんな虫にそっくりだった。
そんなのが二つに分かれた鋏角をガチガチと鳴らして大量に這い出てくるのだ。
しばらくはこれ、夢に見そうだわ。
「コイツらは何の戦術的判断もしないよ。ただ本能に従って目の前の動くものをひたすらに捕食するだけ。次元断絶界なんていう不明瞭な境界を越える際、こういう生体のしぶとさってヤツが頼りとなるのさ! ――さあ、覚悟はいいかい⁉」
何かに酔いしれるような歪んだ嗤いを見せ、指揮するように両手を広げるショタっ子。
そういや、さっきまで忘れてたけど、思い出した事があるんだった。
ここで強引に話に入り込まないと、なんかもう後が無さそう。
「あー! あーっと、ちょっと待って!」
「フン、情けないな。ここに来て命乞いかい?」
「ちゃうよー。そうじゃなくて、戦闘始まったらなんかそのまま話終わってまいそうやから、流れぶった切って今言うけど」
「一体なんだ?」
「いや、何だじゃなくて……。雅のん誘拐したのそっちやん? はよ返してぇーな」
まあ正直、あのロボット出てきた辺りから完全に忘れてたけど。
でもほら、なんかこのまま話が終了しそうな気がして、さすがにそれはマズイかなーっと思い返したわけなのです。一応はそれが目的だったと思うしね。
ほんと俺って友達思い。
「あぁ、あの人間の事か。一応は切り札として用意したものだけど、まあ、無能で間抜けな中央局の連中相手ではそんなもの必要なかったね。いいよ、返してあげよう」
「おお、意外と話がわかる」
快く了承してくれたショタっ子が右手で自分の足下辺りを指し示す。
そっちを見遣ると、その噴水の中に横たわっている何者が居るのに気付いた。
「ただし、切り札として少しばかり趣向を凝らしておいたんだ。悪いけどもう元のとは違ってるかもだね」
そう言ったショタっ子が今一度指を鳴らす。
するとさっきまで横たわっていたその人物がすくっと立ち上がった。
そこにいたのは間違いなく雅のんだった。
しかしあまりの惨たらしい様相に、俺は思わず掌で視界を覆ってしまう。
なっ、何という事だろうか……!
あろう事か……あろう事か雅のんは……――魔法少女のコスプレをさせられていたのだ!
「な、なんて酷い……‼ こんなのってないよ! 近所の小学生から『おっちゃん』と呼ばれるようになった20過ぎを捕まえて、こんなフリフリでヒラヒラな――こんな非人道的な格好させるなんて! あまりにも酷過ぎる‼ てかないわー。客観的に見れば見る程、ないわーこれ」
雅のんはおそらく俺が着せられているのと同系統の防護服、ただし色は紫を着せられていた。
「重夫くん、君ってほんとにもう……」
ジョンが呆れたような顔でいる。
なんだろうか、今はそれどころじゃないというのに。ほんと緊張感を持って欲しいものだ。
「今助けるぞ――雅のん!」
親友のこんな酷い姿をいつまでも見ていられなかった。
まあ本当は、その姿で居られると今の自分の格好を嫌でも喚起させられるので、一刻も早く取り除きたかった。
「……重夫、この世界は不公平だ……」
だが、勢いよく走りだそうとした瞬間、そんな呟きが誰あろう雅のんの口から漏れ出たのだった。
「え? どったの雅のん?」
「……この世界は不公平だと言ってんだ。……富も力も全てが不平等だ。……どこでどう生まれたかによって全ての道が決定される。金持ちになるのも、貧乏になるのも、出世していく奴もできない奴も、全部――全部初めっから決まっているんだよ! ――ちくしょう‼」
「あーりゃりゃ……」
「どうやらこれは――」
なんかすっごい面倒臭い事を垂れ流し始めた雅のん。
敢えて言葉にする。
――これはひどい。
「おかしいんだ、間違ってるんだこんな世界! こんな不公平な世界は一度全てリセットされるべきなんだよぉ‼ 革命で流れる血は必要なんだ……痛みをわからせなくちゃいけねぇんだ……!」
「いやぁ、振り切ってんねー。なんかもう完ペキに染まってんねー」
「おそらく、何かしらの術式で洗脳をかけられたな。解除の方法はあるが、ともかく彼を一度拘束せねばならん」
「雅のんなら洗脳とかじゃなくても、普通に勧誘されて来そうやけどね。まあ、とりあえず、雅のん落ち着いて」
「うるせーっ‼ だいたいそうなんだ! いっつもそうなんだ! 会社でもそうだ。俺なんか嫌な上司に気を遣いまくって必死に仕事を覚えたのに、初めっから要領のいい奴は楽々とこなしていきやがる……! 大学時代だってそうだった! 好きでもないサークルに毎日顔出して、コンパにも毎回出席してたのに、彼女の一人どころか女の子の連絡先さえ手に入らない! いつも俺はネタ要因だった! 生まれ持ったこの縮れ毛のせいでっ……! ちくしょう……ううっ……ちくしょう……‼ ――うっせぇよぉ‼ 俺の頭は陰毛じゃねぇ‼ チン毛っぽいとか言うんじゃんねええよぉぉおおぉ‼」
ソウルフルなシャウトが辺り一帯に響き渡った。――ロックやね。
「あー……中学からずっと言われてたって話かあ。でもほら、大丈夫大丈夫。俺も同じ大学通ってて、彼女できんかったやん?」
「――おめぇは作る努力をしなかったんだろぉがよぉぉっ⁉」
「失敬な! これでも毎晩欠かさず、人外の可愛い女の子が空から降ってきてドキドキな同棲生活が始まるようお星さまにお願いしてたし!」
「ともかくこんな世界は作り変えられるべきなんだよ! 真なる平等な世界を新しく始めなくちゃいけないんだよぉ! だからさぁ……重夫……俺はよぉ……この世界をぶち壊すことに決めたぜ――オラァァァァッ‼」
二度目のソウルフルが鳴り響いたと同時に、雅のんは噴水の中からやたらとゴツイ見た目のSFチックな未来銃を取り出した。
「おおう――なにあれ? ちょっとカッコイイ!」
「いかん! あれは魔術による補助効果を付けたこちら側の光学兵器――無限駆動式の熱レーザー砲だ! ――逃げろ重夫くん!」
説明口調のセグナんが叫んだのとほぼ同時に、雅のんはその未来銃を発射した。
何本もの紅色のレーザーが地面に当たって爆発する。途切れる事もないような熱線の嵐が周りを包み込む。
それが合図となった。
それまでお互い指示待ちで膠着状態だったロボット兵とグロい大蜘蛛達の、その激しい戦いの火蓋が切って落とされる。
機械歩兵の手に持つその筒状の武器が二つに分かれるように展開すると、そこから青白いプラズマ光が発射される。
それは大蜘蛛達を一撃で消し炭に変える程の威力を誇っていた。
だが数を恃みにした大蜘蛛たちの物量戦の前には、それも大した戦果となっていない気がする。
今目の前で三方から飛び掛かられたロボットが大蜘蛛たちのその凶暴な顎によって食い千切られ、スクラップになるのを目撃した所だ。
鋼鉄を食い破るとか、シャレにならんて。
そんなゲームの中でしか見た事のない地獄の戦場を全速力で逃げ回る俺達。
「――危ない!」
切羽詰ったジョンの叫び――
それを耳にした時は既に、横合いから飛び掛かってきた蜘蛛野郎のそのグロテスクな腹が見えた。
思わず頭を庇うようにして丸くなったが、大蜘蛛は俺に到達する事はなく、俺の手前に出現した光の壁に弾かれて飛ばされた。
「平気か? 重夫くん」
その光の壁で助けてくれたのはセグナんだった。流石は頼れる美人の代名詞。
しかもその光の壁は俺の前方だけでなく左右と後ろ、四方を取り囲むように出現していた。
防御魔法らしいそれは、大蜘蛛の突進だけでなく、パチギマリ状態の雅のんが乱射している光弾をも弾き返す程だった。
「すまないが、今のこの状態ではこうやって時間を稼ぐ事しかできん」
「何言ってるのセグナん、十分やないの。このまま、きもい虫達が掃討されんのを待ってれば……」
「……そうは上手く行かないモフ」
そのジョンの弱弱しい呟きに俺は、再度光の壁越しに外を見る。
そして、見なきゃ良かったと後悔。
「やっぱりかー。どう見ても押し負けてんだよなぁ」
「ああ、最大の武器である連携能力を奪われた。もはやこちら側の壊滅は時間の問題だろう。重夫くん、突き放すような言い方になるが、ここで朽ち果てる気がないなら……」
「分かってる。やって見せなきゃ始まらんのでしょ?」
諦めたわけでもなく――かといって悟ったとかでもないが、ともかく自分でも驚くほどに落ち着いていた。
そんな俺を二つの力強い視線が照らす。
「ああ、君ならできるさ」
「重夫くん、自分の事、もっと信じてあげるモフ。そうすればきっと」
二人の言葉に励まされ、俺は背負ったままの杖を手に取る。
ずっしりと重いそれは、俺に掛けられた期待の重さなのだろうか。
昔は人が勝手にした期待に応える義理なんてあるワケないと思ってた。
でも今は少しだけ、この信頼の証を実現させてやろうと考えている自分がいた。
息を大きく吸い込み、目を閉じる。
セグナんの話では一度だけで良いらしい。一度だけ完璧な魔術を体現させてやれば、脳内にある特殊な回路が開き、俺は術者として覚醒するらしい。
その一度を全身全霊を懸けてものにするのだ。
セグナんのバリアがどれだけもつのか分からないが、そう易々と甘んじてもいられないはずだ。
いまはこの数少ないであろう好機を確実に掴まねばならない。
握りこんだ掌の感触と、周りから聞こえるくぐもった喧騒を意識の内から追い払う。
頭の中を満たすのは何度もイメージしたあの光景。
刃の鋭い輝きは炎に照らされてより一層妖しく光りだす、切っ先に灯った炎が蛇のようにくねり伝うのは刀身のみ。
「……」
だがしかし、どんなにその光景を手元に送り込んだとしても、何の変化もおこらない。
またいつもと同じように、無為に時間だけが過ぎ行く。
イメージはこれ程まで鮮明に思い描けるのに、所詮は空想止まりで終わってしまう。
その次の段階へとどうしてもいけない。
俺は一度佇まいを直すように息を吐いて、眼を開けた。
そこに映ったのは、心配そうに俺を覗きこむジョンと、相変わらずの静かで深い目をしたセグナんだった。
その向こうには、光でぼやけた世界が見える。
嘘のような本当の事が、そこでは今起きている。
まるで、夢物語だろう。でもそれが現実である事は、疑いようのないこと。
そうだ、逆に言えば――
ジョンがやってくる前の俺の生活の方が、白昼夢のように実感のないものじゃなかったろうか?
起きてるようで寝ているような暮らし、酔生夢死という言葉がぴったりな。
でも今、ここは現実なのだ。
ゲームのような事が周りで起こっていたとしても現実である。
何故なら、今俺がここに立っているからだ。今こうして、五感から入ってくる全ての情報を感じているからだ。
そういう事なのかもしれない。
周りの激しい喧騒の音も、鼻を突くような焦げ臭さも、肌から伝わる爆発の振動も、今眼にしているこの光景も――
今度は全てを締め出さずに受け止める。
その上で、俺は脳内を過ぎったイメージを爆発させた。
すると、どうだ――
頭から肩へ、肩から腕へ、腕から掌へ、イメージの奔流が駆け巡ったのを確かに感じる。
そして掌が熱くなる。
握りこんだ掌の皮膚が焼けるように熱くなる。
それはもう焼け爛れた鉄を握っているかのように……――てか、ほんまに熱い!
「――熱っ! アツゥイ‼ 燃えてる――杖燃えてるて⁉」
鋼鉄の杖の先端、重しの分銅が付いた部分が真っ赤に光り輝いている。
その余波というか余熱で握った部分までもが物凄い熱さとなっている。
「え――ちょ、これは、どうなのモフか⁉ 成功なのモフ⁉」
「あ、ああ……いや、これは何と言っていいのやら……」
「――いや、ええから! そういうのええから! 熱いねんて‼ めっちゃ熱いねんて‼ どうしたらいいのコレ――ねえ⁉」
「よ、よし。先端部分の火炎球に意識を集中し、それを投げ飛ばすイメージで杖を思い切り振るのだ重夫くん」
「おおお、おーけー!」
セグナんに言われた通り、野球のスラッガーを連想して杖を構える。
半身に構え、片足を浮かせ、腰を捻り入れると同時に足を着いて両腕をフルスイング。
ブンっという音と共に鉄棒は振られ、タイミングを計っていたであろうセグナんによって同時に光の壁の取り除かれた真正面へ――
真っ赤に光り輝く火の玉は飛翔する。
ゴウッという音と共に残滓を曳いて直進する火の玉は、複数折り重なるようにロボット兵に群がっている蜘蛛達を襲った。
その瞬間、とんでもない閃光と轟音、そして熱風が飛来する。
「ぬおおおおおー‼ 爆発するんかーい⁉」
その熱風に煽られながら、それでも何とか体勢を保つ。
災いなのは、防御壁となっていた光のバリアが消失していた事。
さすがのセグナんもあの予想外の爆発には、瞬時に反応できなかったようだ。
そして幸いだったのは、爆発の中心地とそれなりには距離があった事。
あのまま光の壁の中で爆発していたらエネルギーは内部で膨れ上がり、とんでもない状況になったろう。
爆風が収まった時、公園のタイルはほぼめくれ、焦げついたようなクレーターが出現していた。
ええっと、これって公共物破損罪とかになるんかな?
「驚いたな……重夫くん、私が教えたのは初歩中の初歩となる近接攻撃用の魔法だぞ。こんなとんでもない破壊力の魔法をどこで覚えてきた?」
実体のない二人はあの爆風でも平然としており、セグナんがそんな他人事感の強い発言をかましてくれた。
さすがにこっちは、あの防護膜が発動したとは言え――盛大にずっこけたのと熱波とで、所どころ負傷していたというのにまったく。
「えー……いやー……俺はセグナん先生の言う通りやりましたが?」
爆発に巻き込まれたのか、機械化兵も大蜘蛛達もそのほとんどが動かないでいる。
わずかに残った外周側にいた虫達がこちらへ集まってきていた。
ていうかロボット君たちゴメンネ。ただでさえ壊滅状態だったのに、俺のフレンドリィファイアでトドメっちまった。
まあ、グレネード巻き込みはFPSのご愛嬌やんね。
「と、ともかく、これで召喚魔法が使えるモフ!」
ジョンがあまりに酷い惨状から、話題をさり気に変えてきた。
えっとなんだろう、もしかして気を使われてる? まあ味方を壊しちゃったのは事実だけどさ。
「ああ。どうかな重夫くん? 自分の体に感覚的な変化がある筈だ。それがいわゆる回路を開いた状態、つまり術者の証だ」
「そう言われても特に変化はないけど……? まあ、強いてあげるなら、久しぶりに朝すんなりと起きられた時の気分のようなそんなすっきりさが――あるっちゃあるかな」
「感じ方は人それぞれさ。さあ、召喚装置を使ってみるんだ」
言われた通りに腰のポシェットから部屋で渡された時計っぽいのを取り出す。
……なんだろうかこの感覚? 手に持つそれが何故かしっくりくる。
「ふふっ、手に馴染むかな? それでいい――」
それの扱い方は簡略ながら説明を受けていた。
ジョン達側で同等の装置を有したものが常に信号を発しており、それを受け取ればいいだけの話という事。
そして秒針のようなもので召喚していられる時間を決められ、召喚中はずっと使用者の生命エネルギーを消費する事になる。
この時間の設定を誤ると、それだけで死ぬことすらあるから気をつけろ的な内容だった。
「おっけー。これでそっちの魔術士さん団体を呼び出してぱぱっと解決と相成るわけやね」
「馬鹿を言うな。それでは君が持たんと断ったろう。呼び出すのは一人か二人。時間は一時間を過ぎぬようにだ」
「ほんまにそんな人数で大丈夫なん? ――ていうか、誰を呼びだしゃいいのよ?」
俺の素朴な疑問に、二人が示し合わせたように頷く。
「やっぱりそこは、こちらの世界で勇名を馳せているセグナールさん本人しかいないモフ!」
「うむ。僭越ながら、毎日のように精神投影装置に座らされて体が鈍っていたところだ。私でよいのなら存分に暴れさせてもらおう」
ま、ま、マジかー。
いきなりセグナんとご対面しちゃうのかー。
いや、なんていうかそれは……ねえほら?
「重夫くん、何で照れてるモフ?」
「ま……まあ、じゃあセグナんで。そいじゃあ、俺一旦部屋に戻ってくるね」
「い、いや、何言ってるモフ? どうして部屋に戻るモフ」
「だってあれじゃん。セグナんに会うために、一度戻って身だしなみとか整えないとじゃん」
「――だから何でそうなるモフ? もう、ふざけてないで早くするモフよ」
辺りを見渡せば生き残っていたであろう虫達がこちらへと迫っている。
ジョンが急かす理由も分からないではないが、ちょっと不躾でしょホント。
「分かったよもう。ジョンはデリカシーがないんだから」
「デ、デリカシー……?」
装置を握って精神を集中する。
向こうから信号が送られてくるという話だが、一体どういったものかとそう考えている間にそれは来た。
言葉で表わすにはあまりに不明瞭なのだが、確かにその信号がセグナんのものであると感覚として識別できる。
雰囲気とでも言ったらいいのか。
送られてきた信号をはっきり受け取ると、秒針のようなものを回して60分きっかりに合わせる。
これで良いはずだ。
さあ! 遂に俺とセグナんの、次元を超えた真実の愛が始まるのだ!
こんな急な形になっちゃたけど、問題ないよね? だって運命って何時だって唐突なものだもの。
ネコモドキの姿のセグナんがふっと消えたと思うと、俺の目の前の空間に玉虫色の光の柱が出現した。
それは見る見る内に人間の形を彩りながら形成していき、ついにその光の中から歩み出てくる人物がいた。
そこに居たのは長い黒髪を一纏めに結った長身の美女。
厳しさと優しさが内在した切れ長の双眸と整った面立ちは凛とした美人という表現がぴったりで、まさにすらりとした肢体の美人剣士。
――じゃなかった。
「……」
「やったモフ! 大成功だよ、重夫くん!」
そこに居たのは長い黒髪を一纏めに結った精悍な顔付きの偉丈夫。
厳しさと優しさが内在した彫りの深い双眸と鼻筋に刻まれた刀傷は豪快な武将という表現がぴったりで、まさに筋骨隆々とした体型の巨漢剣士。
――だった。
「うむ、どうやら何の問題もなく次元断絶界を渡ってこれたようだな。これで奴らに今までの借りを返せるというものだ」
身長2メートルはあろうそのイケメンマッチョが、色艶のある重低音の声色でそう口にした。
そして宙空で印を結ぶように指をなぞると、小さい白色の魔方陣が浮かび上がる。
その魔方陣に豪快に片手を突っ込み、引き抜いてきたのは彼のその身長と同じ長さの大刀。
丸太のようなぶっとい腕で易々とそんな代物を振り回して、自らの体を慣らす様に確かめている。
「いや、あれ違う」
「え? 何がモフか?」
「あれセグナんと違う」
「何言ってるモフ? あれがセグナールさんだよ?」
「いや、違うねん。あれセグナんと違うねん」
「……え? だからセグナールさんだってば」
「――だから違うんやあああああっ‼」
「――重夫くん! どこ行くモフ⁉」
人は悲しい時、どうして涙があふれるんだろう?
きっとそれはお空が雨を降らすのと一緒の理由だと思う。
限界に溜まった水蒸気という思いの丈を、解き放つことで心の決壊を防いでいるんだ。
そして地上に降り注いだ雨はきっと、素敵な花を咲かせるよ。
だから僕も、きっといつか素敵な一輪の花を心に咲かせるんだ。
走り出した俺を追うようにジョンも付いてくる。
ちなみに――
その後ろでセグナんは飛び掛かってきた大蜘蛛を一刀の元に縦に割り、返す刀で次を貫くと、空いた片手で印を結び、連なり迫る数体へと魔法陣を展開させるや、自身の咆哮と共に雷撃をぶっ放している。
すげぇ……。あの人、3メートルのお化け蜘蛛を次々に叩き斬っては瞬く間に数を減らしていかはる。
なんだろう。あっちの世界じゃ、皆があんな感じで神話のヘラクレス然としてるのだろうか。
大蜘蛛たちは本能的にそんな対象を最も警戒すべき相手を見定めているのか、こちらには目もくれず筋骨隆々とした逞しい剣士へと群がっていくのだ。
しばらく走った後で涙を拭ってる俺に、ジョンが追いついてきた。
「重夫くん、一体全体どうしたんだモフ? 何かあったモフか?」
「いや、何でもないねん。ただ俺、また一つ大人になってんな」
「い、意味が全然わからないよ……」
「もうええんや。忘れてくんせ」
俺は気持ちを切り替える事にした。
「ああ、そういやさっきセグナん呼び出す時に気が付いたけど、何かジョンっぽい気配も感知したんよね。ジョンもこの召喚装置の対になるやつ持ってるの?」
「僕が呼び出されてもしょうがないと思うけど、一応のために僕も持たされてはいるんだモフ」
「んじゃあ、まあ、ついでやしジョンも呼び出そう」
「いや――何でそうなるモフ? だから僕を呼び出されても何の役にも立たないんだって」
「役に立つとか立たないとかじゃなくて、セグナんも呼び出したし、ここは俺らが3人揃った方が、何かこう……素敵やん?」
「いいモフよ、僕はいいモフ。それに君に負担が増えるだけじゃないか」
「あれ? なんでそんなに嫌がる?」
「べ、別に嫌がってるワケじゃないよ。ただ、本当に必要ないモフ」
「そこまで言われると、逆にどうしても呼び出したくなる」
さっきの要領で装置を握り締めて、あっち側から送られている信号の中からジョンの識別を探し出す。
「あのちょっと! 重夫くん、ほんとにやめて!」
何やらかなり焦った様子のジョンが喚いているけど、俺はもう彼のその微かな信号を捉えていた。
今度はこっちからそれを掬い上げるように接触する。そして装置の秒針を1分間だけに設定した。
「ちょっ――待って!」
そんな短い悲鳴らしきものを残して、ネコモドキのジョンが消える。
そしてすぐさま玉虫色の光の柱が出現するのだった。
光の中で人型が形成される。
少し待ってみれば、虹色の柱は完全に消え失せ、そこに一人の人物が佇んでいるのが分かった。
そこ居たのは、禿げ散らかった頭の細身の中年男性だ。
「えっーと……」
「……」
「あのー……ジョン、でいいのかな?」
「……」
「うん、えっと……ジョ、ジョンっていうか……え? ジョナサン……さん? リンド・A・ジョナサンさん?」
「はい……」
「ああ、そう。――そう? ジョンってこんな感じなんだ。ふ、ふーん……」
「まあ……」
「ええっと……ジョナサンさんは、今年でお幾つに?」
「今年で46になります……」
「ああ、そおなんですかー。いや、結構、お若く見られますよね。結構ねー、ほら……」
「そうですか、どうも……」
「あれですか、そのー、ご家族とかは?」
「妻と、娘が二人……」
「あ、娘さんがいらっしゃる? ああ、へえ、娘さんが二人も」
「はい……」
「ちなみに、えー、娘さん? お幾つになられるんですかね?」
「上が11歳で下が8歳です……」
「あぁ、もう結構大きな、ね? その……ねぇー? ちょっと思春期入って、ちょっと難しいお年頃的な」
「ええ、まあ。そういう事も若干は……」
「ですよねぇー」
「……」
「……」
「……」
鮮やかな光が再び出現し、目の前の男の姿を隠す。
光の柱と共に完全にその姿が消えると、数分もしないうちに目の前の空間がぐにゃりと歪み、棒立ち状のクリーム色したネコモドキが姿を現した。
「……」
「……」
「……ゴホン。さ、さあ、セグナールさんに任せきりは良くないモフよ。戻ろうかモフ、重夫くん」
「――無ぅ理ぃぃ‼ もう絶対に無ぅぅ理ぃぃぃっ‼ あんな姿見た後じゃ、そのキャラ受け入れらんないぃぃぃぃぃっ‼」
「ななな――何がモフかぁーっ⁉」
「もおー! なんで二児の父が『モフ』とか言ってんのぉ⁉ 何なの! 何がしたいの! どういう事なのぉっ⁉」
「し、仕方がないんだモフ! 僕だってこんな口調でほんとは喋りたくないモフよっ‼ でも上司の命令なんだモフ! 僕んとこの部署は変人ばかりで、何よりその中でも一番の変人が室長なんだモフ! 逆らえないんだ……僕だって……僕だってこんな……――くぅ‼」
崩れ落ちるように肩を下げたジョンから、微かな嗚咽のようなものが聞こえてくる。
やべ、どうしよう。親父と同年代ぐらいの人泣かしちゃったよ。
「……あ、あの、ごめんジョン。俺が悪かった。これからちゃんと受け入れるよ、ジョンのそのキャラ。だから気にすること無いって」
おずおずなその俺の口調にジョンの顔は次第と上がっていき、最終的には元通りとなる。
「う、うん……。僕のほうも、何か取り乱しちゃったみたいで申し訳ない。あと出来れば、さっき見たことは忘れてほしいモフ」
「わ、わかった。出来るかどうか分からんけど、でもジョンがそうして欲しいなら、忘れるように努めるよ」
「ありがとうモフ、重夫くん」
何故かはよく分からんが、俺とジョンの友情は前より深まった気がする。
――いや、やっぱちょっと気まずい。
「でもその前にさ、気になって仕方ないんだけど……ぶっちゃけ何でそういう感じになっちゃてるのか――というのを訊いても平気?」
忘れて欲しいと言って来たその矢先に、ズバリと事を蒸し返す。
まあ、気になったままじゃ精神衛生上良くないとかそういうあれだね。そんな自分に正直な自分が今日も素敵。
ジョンは短くない沈黙の間、バツの悪そうに視線を左右に這わせていたが、ようやく観念したように何事かポツリと呟いた。
「業績が最下位だった事への……ば、罰ゲーム――」
「あー、そういう……」
うわぁ! 世界の危機的な状況下でもそおんなユーモアを忘れないなんて! とおっても素敵な職場だあ!
――ブラックな職場環境ってどこにでもあるもんだな。
「じゃ、じゃあ、セグナールさん所に戻ろうかモフ」
「せ、せやね」
まあそんなこんなで――
さっきの事はさてとしておいて、粗方は片付けちゃったらしいセグナんの元へと戻ってきた。
彼は今、大量に仕留めた山積みの虫達の屍骸の傍で、自慢の愛刀らしいそれを丹念に拭っている。
もうこの公園には動くものは俺達以外いそうにない。
ほんとにこの人、どこの神話から迷いこんできたの?
「――どこへ行っていたのだ二人とも。見ての通り、敵勢力はもう無力化させてしまったぞ。肩慣らしのつもりだったが、少し歯応えが無さ過ぎた」
「いやまあ、ちょっと向こうでジョンと二人、人の一生ってなんだろうかっていう議題で話をしてたの」
「なかなかに深い議題だが、今ここでやる事ではあるまいよ」
「そう言いつつ、セグナん一人で片付けてるんやもん」
「なに――重夫くんがいれば、ちゃんと君の分も残しておいたさ」
そう言ってセグナんは豪快に笑う。
何この腹の底に響く素敵な重低音。ネコモドキの時と口調は一緒でも、声だけでイメージこんなにも違うもん?
やだもう、重夫の乙女回路キュンキュンしちゃう。
「ありゃ? そういやあのショタっ子や雅のんはどこ行った? まさかとは思うけど、さっきの俺の爆発のヤツで吹き飛んだとか……?」
「いいや、隠れているだけだろう」
俺の疑問に短く答えた後、セグナールは一呼吸置いての大喝声を飛ばす。
「――さあ、どうした? 間抜けな中央局の犬相手に、隠れることしかできんのかッ」
腹の底からの声量は、広い公園全体に響き渡る。
動くものが無く、しんとした空気が張り詰めてるその中で、一つの影がゆらりと立ち上がった。
「……やられたよ。まさかお前達が、こちら側の人間を術者として育成していたとはね。なるほど召喚術か。確かにそれなら次元断絶界を直接渡ってくる必要もない」
街灯の元へ歩み出てきたショタっ子が空虚な笑いを張り付かせながら、俺達の正面へと近付いてくる。
もう俺の心を癒してくれる嫁キャラはこの子しかいなくなってしまった。
人生って残酷だ。
「さすがに諦めたらどうだ? 今の状態で、一体何ができると」
「ふふふ、そうかい? 少なくとも――お前と刺し違える事ぐらいはできるさ‼」
突如、服の袖から植物の蔓のようなものが無数に伸びてくる。
まるで捕食動物のような鋭い動きで、それはセグナールに襲い掛かった。
「セグナールさん!」
「まだこんな仕掛けを――」
伸びきったその蔓はセグナールの体をその愛刀ごと雁字搦めに巻き付けた。
さしもの神話的英雄でも、その体勢からあれだけの物は引き千切れないようだ。
ここはやはり、覚醒した重夫っちの出番ですかな――と、しかしそんな風な事を考えている矢先に後ろからやたらと聞き覚えのある甲高い声。
「重夫おぉぉぉぉっ‼ 世の中間違ってるよなああああっ⁉」
すごくおもしろい感じにネジの取れた笑い声を上げて、虫達の屍骸の中に隠れてた雅のんがばっと姿を現した。
その両手に持つのはあの無限稼動できるガトリングレーザーだ。
正直それ、俺も一挺欲しいんやけど。
「重夫くん!」
またジョンの切羽詰った叫びが聞こえる。けれども今回の場合は、頭抱えてしゃがみ込むだけの俺ではない。
セグナールの言った事は本当だった。
一度回路が開いてしまえば、まるで手足を動かすように、魔術という現象が感覚の一部として備わる。
考えるよりも早く、先程セグナんが使っていた光の壁を出現させていた。
奇声を発しながらレーザーを乱射する雅のん。いいなぁ、そういうの楽しそうだなぁ。
けれどその無数の赤色の光束は、俺の目前で白い光に弾かれては消えてゆく。
「す、すごい! いつの間にセグナールさんの防御魔法を習得したモフ?」
「なんかねー、安直に光と壁を連想して混ぜ合わせたら出来たよ」
「くそっ、そっちは仕留め損なったか……! だがいいさ! お前だけでも道連れにしてやるぞ――セグナール・ヴァッハヘイム‼」
「ッ! この程度――」
ショタっ子とセグナんが、なんか如何にもなセリフで盛りあがってる。
いいなあ、いいなあぁ。俺も『やらせはせんよ』とか『さらにできるようになったな』とか言いながら戦いたいなぁ。
好きに言えばいいと仰る?
いやいや、そういうのってシチュエーションとかが大事じゃないですかー。今の雅のん相手じゃ、何ていうかホラ……ね?
そんな事を考えていると、奇声を一層高くした雅のんがレーザー撃ちながら突っ込んできた。
でもまあ、近付いてもこの壁は破れんと思うよ雅のん。
その予想はきれいに的中した。
テンションが振り切ってる雅のんは全力で光の壁にダッシュして、そして見事に弾かれては無様にすっ転ぶ。
しかし直ぐさま起き上がると、やっぱり壊れた笑い声を上げてまたレーザーを乱射し始めた。
あぁー、そういう感じでくるかー。
「重夫くん、彼の分析が終わったモフ。大丈夫、君の友人はちゃんとした処置を施せば元に戻る。ただ今は一刻もはやくあの防護服を彼から引き剥がすモフ」
「防護服を? どういう事?」
「報告があったモフ、彼の着ているものが研究部で盗まれた実験段階の試作物であると。報告によればあの防護服は、回数制限のある完全防御機能を無制限に増やそうとしたものらしい。でもそのせいで、脳に障害が発生するほどの高熱を放出してしまうんだモフ」
「脳に障害かぁ。それ、もう出てるとかないよね?」
「まだ、大丈夫なハズだけど……ともかく、あの服の完全防御機能をオーバーヒートさせるエネルギーを与えてやるモフ。そうすれば、服が解除される仕組みになってるモフよ」
「それって俺のこの服も同じ原理で解除されるん?」
「原理は一緒モフ」
「いえあ。やってやんよ」
また雅のんがバカ笑いしながら突っ込んでくる。
たしかにちょっとなんか汗だくやね。さすがにそんな雅のんが気持ちわるくなってきた。
しかし、これはチャンスだった。
学習しない雅のんがまた同じように光の壁にブチ当たって、跳ね返される。
しかも今度はかなりの勢い込んでの突進だったらしく、弾かれる勢いも相当にごろごろと地面を転がっていく。
その瞬間を好機と見て取った俺は、防御魔法を解除し、そのすぐ側まで全力で走った。
仰向けに倒れていた雅のんがガバッと上体を起こす頃には、こっちはもうすぐ傍まで距離を詰めていた。
「ちょっと勿体ないけど、こんな危ないものは破棄だ! 破棄!」
地面に転がっているその夢の未来兵器を鋼鉄杖のフルスイングでブチ飛ばす。
よく分からん部品やら破片やらを撒き散らして、それはひしゃげて跳ねる。
「――あ、重夫! てめぇええええっ!」
怒り心頭の雅のんが素手で飛び掛かってきた。
さすがにこれには怒ったらしい。
そりゃまあ、このレーザーがなけりゃ今の雅のんただの危ない人だもんね。
「雅のん、許せ!」
そう言って俺は、今度のフルスイングを向かってきた雅のんの顔面に向けて打ち放った。
緑色の膜が雅のんを包み込み、90度ちかく上半身が真横に曲がって倒れこむ。
しかし、こんな鋼鉄の棒で頭部を殴打されたというのに、雅のんは直ぐにまた起き上がってくる。
ちなみに許せとは言ったが、殺る気まんまんマンだった。
「しぃいいげぇえええうおおおおぉぉぉ……」
ダメージがちゃんとあるのかどうか、ゾンビのようにユラユラと立ち上がったそれは、両手を前に突き出して千鳥足で向かってきた。
衝撃の事実! 雅のん実は演技派!
俺は先程の学習とばかりに、今は実体であるセグナんを巻き込まないで済むよう、よたよた歩きの雅のんをまるで誘導するようにしてその場から離れた。
「ヴァ~」という呻き声を上げながら、雅のんはそんな俺に付き従う。
ものすんごく緩慢に歩いてくるので、俺はようやく歩くことを覚えた幼子においでおいでをするかのよう、後ずさりしながら距離を調整した。
何だろうかコレ? 傍目ふざけあってるようにしか見えんけど、一応、俺達二人は真剣そのものだ。
しかし途中からもう飽きてきた。
あかんわ。雅のんの演技がワンパターンやわ。
「でぇい! もう面倒臭えぇ! 死んでも怨むな雅のん! 今度はきっと、俺みたいなイケメンに生まれ変わってこいよ!」
実体化しているセグナんとそれなりの距離を空けたところで、俺は杖を握り込んで精神を集中する。
頭にはいつもの定着したイメージが過ぎる。
心の中で思い描いただけのその光景はしかし、精神と肉体をつなぐ新たな回路によって確かに掌から杖の先端へと送られた。
わずかに熱を持ち始めたそれが、次第に手で持っていられなくなる程に熱く――そして強く輝く。
「いっよしゃああっ! ゆくぞ――雅のん! 愛と怒りと悲しみのぅ! 重夫超絶ボンバァァァ……――シュートッ‼」
徹夜明けってよく分からないハイテンションになっちゃうよね。
まあそんな感じで、俺は杖の先端に宿ったその極小の太陽をわざわざ超接近してから、投げつけるのではなくそのまま唐竹割りに相手へと叩き込んだ。
勿論、そんな事したらどうなるかぐらい冷静に考えれば理解できるはずだ。
でもやっちゃったんだから仕方ない。
視界が白色に染まると同時にとんでもない衝撃が俺を突き抜けて、気付いた時には淡い緑色の視界の中、どこかに吹き飛ばされていたんだろと思う。
しばらくは自分が寝転がっている状態である事も気付かずに、耳鳴りとぼやけた視界が収まるのを待っていた。
すると、キーンとした耳鳴りの中で遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。
それは次第に明瞭になり始め、回復した視界にもその声の主がしっかりと映り込んだ。
「――し、重夫くん! 一体なんて事してるモフか⁉ なんでそんな無意味な事するモフ! もうホントっ、君の行動はいちいち理解できないモフよ!」
「ジョン、男の生き様は理屈じゃねぇ。ハートで感じりゃいいのよ……」
寝転がったまま、ぐっと親指を立ててなんかハードボイルドにまとめてみた。
実際の所、ほんとになんでこんな事したんだろうか。数分前の自分の行動に頭を抱えて悩む。
誰か良いお医者さん紹介してください。
「でもこれで流石に雅のんもくたばった――じゃなかった、防護服も解除されたろうさ」
「確かにそうだけど、でもそれは君についても当てはまるモフよ。自分の今の姿、見てみるモフ」
そう言われて初めて、自分がいつもの着慣れたジャージ姿でいる事に気がついた。
驚いて左手のブレスレットを確認すると、それはもう無残にひび割れていた。
「……い、い……いい……いよっしゃあああっ‼ 解けたんや! これで呪いは解けたんや! 救われたんやああっ‼」
「失礼な……! 君の身を護る大事な防護服を壊しておいて、呪いとは何モフか、まったく……」
「まあまあ、また新しく作ればいいじゃないの。あ、もちろん全部を外注でよ? そっちの魔技研とかいう連中のじゃ絶対なくてね」
「……言わんとしてる事は分かるモフ」
遠くに転がってた雅のんの所へたどり着き、取りあえず蹴り飛ばしてみると生きている事は確認できた。
防護服という名のリリカルマジカルな拷問具も解除されている。
うむ、一件落着だな。
――ああ、いや違った。
セグナん達はどうなったんだろうか、あそことは距離を置いたはずだから爆発には巻き込まれていないだろうけど。
そんな事を考えていると、まだ何か触手と戯れているセグナんを遠くに発見した。
さっきの爆発で放り落としていた杖を拾って駆け寄る。
まったく、せっかくの触手プレイだというにまるで有効活用されていない。
「どうしてこの物語には可愛い女の子が登場しないの?」と、読者の意思が乗り移ったそんな発言をかまそうとした矢先――
どうもセグナんの様子がおかしい事に気が付く。
あの冷静沈着な彼が、ひどく焦燥した風でいるのだ。
さらに駆け寄ろうとした所、セグナんから鋭い制止が入る。
「いかん! 近付いてはならん!」
「え……? どったの?」
その有無を言わせぬ強い調子に、思わず足が止まる。
見遣れば、蔓のようなものに何重にも巻き付かれたセグナんの傍ら、あのショッタっ子が得意げな笑みでこちらを振り仰いだ。
「言ったはずさ……道連れにするとね――」
そう口にしたショタっ子の服がはだけている。
そこから見えた光景に、ジョンも俺も絶句するしかなかった。
何故なら、彼には人間の胴体が無かったからだ。
そこに代わりのように詰め込まれていたのは、よく分からないチューブ類が血管のように這っている歪な金属の塊だった。
「あれは……超振動式縮退炉! 何て物を人間に取り付けてるんだっ……⁉」
かなり素の口調に戻ったジョンが驚愕に尽きるというように、強張って動かなくなっていた。
よく分からんがかなりヤバイ物らしい。
「なにそれ? ヤバイの?」
「あれは人工的に重力場を発生させるとんでもない威力の爆弾……それもヤバイなんてものじゃない……ブラックホールと同じ原理で永久的に空間を歪ませてしまう威力の兵器……!」
「ふふふ……そうさ。生まれ付いたと同時に最終手段として与えられたこの力、使命を果たすため、今こそ最大限に活用するべきだからね」
「そんなっ……⁉ ――馬鹿げている! 生まれた瞬間から体にそんなものを取り付けられておいて、ましてやそれを与えられた力だなんて……! そんなバカな話があるか! そんなのは絶対に間違っている!」
怒りというよりは悲痛な叫びといった方が正しい――そんなジョンの言葉が響き渡る。
てかジョン、口調戻さんで平気?
「だまれ‼ ――お前たちに何がわかる⁉」
ショタっ子が歯を剥いて、がなり立てた。
おそらく切り札と言っていたそれは、状況が不利に傾いだ時に、自動で稼動されるようにでもなっていたのだろう。
途轍もない時限爆弾を生まれながらに備えられてたって事かい。
とりあえず、流石の重夫っちも空気読んで黙るよ。
「無駄だ、リンド殿。この子には説得など通じぬ。人の手によって改変され、人工の機器の中より生まれ落ちてからずっと、その大人達の都合の良いようにだけ教育されてきたのだ。言葉では最早、この歪み切った使命などという妄執は変えられん」
「キミ達に僕らと同じ思いを共有してくれなんて頼んだ覚えはないよ。その鼻につく支配者気取りを即刻やめて、歴史上からご退場願いたいだけさ」
「……残念だけどそれはできないモフ」
ようやくキャラ設定を思い出しジョンが、それでも悲痛に声を荒ませている。
「僕らにも僕らの理想があるモフ。そしてそれを望んでいる人が大勢いる。無意味な争いを無くし、迫害される弱者を守り、少しでも多くの人間が真っ当に暮らせる――そんな世界を目指すための統一政府モフ」
「ご大層な理屈を並べてはいるけど、結局は自分たちが多数派であるから従えと強制してるに過ぎないんだよ。そうやってお前達はぶくぶくと肥え太り、ボク達を押しつぶす気なんだろう?」
「違うモフよ……君達を排除しようなんて僕達は考えていない。ただ、それでも、多くの人達が傷ついて苦しんだその過去がある以上――僕らはそれを譲るわけにはいかないんだ」
「だから詭弁なんだよ! お前達の理屈は、いつだって上に立った側からしか見ちゃいない! 地べたを這いずる人間にとって、そうして高い位置から影を落とすお前らが居る限り、その醜い図体で遮られた日の光は決して僕らに届くことがないんだ!」
「僕らの存在そのものが、君達にとって害だというモフか? じゃあ、一体僕らはどうしたらいいんだモフ……」
「決まっているだろう? お前らは死ねって事さ! どちらかが完全に潰されるまでお互いを喰らい合う! それがボクらとお前達との正しい関係なんだよ!」
黙っとくとは言うたけど、そろそろ手持ち無沙汰感が半端なくなってきた。
ちょっとだけ、俺も議論に参加したい所存。
という事で、ここは思い切ってピンと手を挙げてみた。
「――はい!」
「……なんだよ変態?」
もの凄く嫌そうな顔のショタっ子が俺の事を目だけで促す。
はいはい、ツンデレツンデレ。
「えっとつまり、ショタっ子は不平等がキライなん? それとも強者がキライって話?」
「決まってるだろ。その不平等を作り出す強者がボクらの敵なんだ!」
「そんじゃ、他者と争おうとしてる今のショタっ子はだいぶおかしいね」
「……なんだと? どういう意味だ⁉」
「不平等を作りだす要因ってつまりは格差なわけで、じゃあそれが無くなった世界ってのはつまりさ、全てが均一化された世界なわけだ。それが実現したとしたら、つまり全てがその共同体に組み込まれるから、結局はショタっ子は強者という多数派に成り代わるだけだよね」
「全てが均一化されていれば、強者も弱者も存在はしないだろう! その世界こそが正しい在り方なんだ!」
「……そっか、やっぱり。つまりショタっ子は少数を認めろと主張してるんじゃなくて、全てを一つにしろと主張してるわけやね。じゃあそれが、敵と定めてるジョン達の統一政府と同じだって事に気付いてる?」
「――それはっ!? いや違う、ボクらの理想は……」
それは始めから分かりきっていた話だった。
格差だなんだとそれらしい言葉で理論武装しているつもりで、実はまったくそれができていない。理路が立っていないのだ。
でもそれをまるで誇らしげに語るこの子だけが、その事に気付いていなかった。
何故なら、そういう風に教育されてきたからだ。
自分の論理に絶対の自信があるのでなく、植え付けられた論理が絶対であると妄信させられていた。
だから話す内容に分かり易い矛盾が生じる。
この子自身はそれに気付かない。――気付けないよう育てられてきた。
「これまでの自分の行為だって、全部がおかしいのに気付いてる? 不平等が許せないと言いながら、自分をそんなにして生ませた相手の意見を担いでいる。自分が受け持った役割も不公平だと分かってるはず。生身の人間を無事に送る確証がないから、キミのような実験体を作成して試した。そんな奴らの意見にどうして賛同できるの? 本当はそうじゃなくて、賛同するしか無かっただけ。そうするしか生きる道が無かったから」
つまり、周りの力のある者によって強いられた思想――それこそが彼の憎んでいる物の本質のはずだ。
でも最も身近なその不条理を目隠しされて、この子はありもしない仮想敵を憎んでいる。
重夫っちが許せないのはそこなんだ。
「俺は別に統一政府の事とか詳しく知らないから、肩を持つ気はないんだけど……。でもそんな不条理を決して許したくないって、そう強く願ってるジョン達の事なら、信じていいと思ってる」
「重夫くん……」
俺のその言葉に、小さな呟きで何かを表わしているジョン。
あるいは自分の信念を誰かに支えて貰えたというのが嬉しいのだろうか。
「違う……違うっ……! ボクは正しいことを……使命を果たすことが……――必要な事だったんだ! 理想を実現するために……だからボクは自らそう進んで……違うっ……‼ ちがうちがうちがうっ……」
震える声で否定の言葉を発し、でもその震えた指は恐れから身を守るように顔を覆っている。
信じたものこそが、実は自分を一番傷つけるためにあったというのはあまりに残酷だろう。
顔を腕に埋め、後ずさるその姿はもう哀れな幼子でしかない。
この子を縛っていた呪いの言葉を払い、あとほんのわずかに手を伸ばしてやればその心に触れられそうな気がする。
そう、何が言いたいかと言うと――
攻略ルートは確定! フラグ回収も万全! もう少しで落とせるという事だ!
キタでぇー! これは確実にキタでぇー!
主人公補正にプラスされたこの俺の完璧な弁論術、もはや攻略は必然。
もう分岐は出現せず、あとはトゥルーエンディングのためだけにひた走るだけ。
「さあ、もういいんだ。何も怖がる事はない、この俺の胸に飛び――」
「ちがう……ちがう……ちがあああああああああうっ‼」
その金切り声と同時にショタっ子は指が折れるのではという程強く鳴らし、前面に手を突き出す。
そうする事で巨大な魔方陣が描かれる。
一瞬何が起こったかも分からず呆けてしまったが、防衛本能というやつか、体は瞬時に対応していた。
腕を広げて即座に防御魔方陣を展開する。
その光の壁の向こうで、赤黒い魔方陣の中心から鋭い輝きが放たれたのを微かに捉えたと思った瞬間、轟音と共に大地が揺れ動いた。
「うええええぇ――‼」
余りにも壮絶すぎたその攻撃。
今、俺に見えてるのは真っ赤な光の奔流だけである。
それは展開した防御魔法の範囲を軽々と凌駕する面積、それだけの直径を持つ巨大すぎる光の束だった。
辛うじて、凌ぎ切った相手の攻撃。
おそらく途轍もない大きさの熱光線か何かだったのだろう。
公園の地面が、俺が防御魔法を張ったその一部分を除いて抉られている。まるで干上がってしまった河川のようだ。
今は防護服がないのだ、下手したら俺も蒸発してたねこれ。
「……間違っていない――ボクは間違ってないッ‼」
「あ、あれぇ? 暴走来ちゃった? 攻略確定じゃなかったのこれ?」
おかしいな、てっきりもうゴールだと思ってたのに。
まったく、ラスボス戦とかいいからもう。
「重夫くん、無理だ。この子にはなんらかの精神負荷がかけられている。やはり言葉では止める事ができん」
どうやって引き千切ったのか、おそらくは先程の隙に植物の蔓を全て振りほどいていたらしいセグナんが横合いから即座に合流してくる。
触手プレイ、堪能したん?
「でも、じゃあどうすればいいモフ……?」
「倒すしかあるまい。残念ながらな」
「いや、それはない。絶対にない。あくまで攻りゃ――ゲフンゲフン、説得しよう。それが無理でも動きを封じてお持ち帰――ゴホンゴン、保護しなければね」
目標が一点に固まったのを好機と見たのか、今一度あの赤黒い魔方陣は展開し、そこから莫大な光量と熱量が発せられる。
しかし今度はセグナんと協力して展開させた二重の防護壁だ。そう易々とは抜けさせなかった。
「ははははっ! どうしたお前達? やれるものならボクに攻撃を仕掛けてみろよ?くっくっくっ……同時に縮退炉が暴走して、お前達ともどもこの空間から塵一つ残らず消滅するぞ? さあ――どうした⁉」
「玉砕もまるで厭わずか」
「ど、どうすれば……? もうあの子の体に取り付けられた縮退炉が臨界点に達しそうモフ……!」
「その縮退炉ってのんは、なんとか出来んのー?」
「ヤツの動きを封じられるならば、こちらからでも制御は可能な筈だ」
「なんだ。ほないけるやん」
「そんな簡単に相手の動きを止められないモフよ」
「さっきセグナんが苦戦してたあの蔓みたいなん、あれも魔法?」
「おそらく、植物を成長させる系統の魔法だろう。奇襲として詠唱動作を消す術式が込められてはいたが」
「じゃあ、俺にも使えるやんね? それでこう、絡めとるよう――弄ぶように縛り上げて……こう……フヒヒッ」
いかん、思わず本能が理性を追い抜いていた。
いや、そうじゃなくて、あれで相手の動きを封じると言いたかったわけであって、決してやましい部分は――まそりゃあ多量にあったけど、そこはいいじゃん別に。だって男の子だもん。
「ともかく、俺に考えがあるから大丈夫」
「危険な賭けになるが……いいだろう。ここは君を信じよう」
「わかったモフ。重夫くんならきっとやってくれるモフ」
「まあ、ほら、使ってない切り札もあるからねー」
俺は防御壁を解除して前へと進みでる。
後ろでは、ジョンとセグナールがその俺を見守ってくれている。
そうだ、ここまで来て惨殺エンドなどにしてたまるか。
重夫っちはハッピーエンドしか認めへんのやで!
俺が近付くと同時に、ショタっ子は即座にあの大型の魔方陣を俺に向けて展開している。
あそこから放出される熱線を至近距離で喰らったら、きっと防御魔法も役には立たないだろう。
加えて今の俺は生身である。
「気でも触れたのかい? 自分からわざわざ餌食になりに来るとはさ」
余裕ぶって嘲っているが、どうみても余裕のないのはショタっ子の方だ。
セグナんは精神負荷とか言っていたが、それってやっぱり辛いものなんだろうか。
しかし、俺は何も答えず、ただ杖を構えた。
「へえ、やる気かい。分かっていて攻撃するのかな? それとも自棄になってしまったのかい? どちらにせよ結果は変わらないんだ。確かに自分の手で幕を引きたいという気持ちもわかるよ」
俺はただ集中してイメ―ジを思い起こす。
手に伝わる鋼鉄のひんやりした感触が次第に熱を帯び始め、そして目の前が焔色に光り輝くのを捉えた。
「――重夫くん、それは……!」
「いや、リンド殿――彼には考えがるのだろう。好きにやらせよう」
驚愕するジョンの声とそれを制するセグナールの声が後ろから届いた。
さすがはセグナん、俺の意図にもう気付いているらしい。
「はっはっは! やはり自棄になって自分で幕引きを演じるかい⁉ いいだろう――やって見せなよ! それだけの威力の攻撃魔法だ、この縮退炉を吹き飛ばすのには十分だ! さあ!」
手に持つ杖がこれまでにないほど光り輝いている。
これくらいでいいだろうかと、ちらりとショタっ子を覗き見る。
もう完全に攻撃を受けきる気でいて、こちらにあの魔方陣を作動させるつもりはないらしい。
そして、俺はそのショタっ子のさらに奥に視線をやる。
だがそこは月夜の光も届かない雑木林である。目を凝らしても何も見えない。でもまあ、始めから見えないしね。
それに物凄く〝賢い〟やつだから、きっと大丈夫なはず。
そのあからさまな目配せの意味をきっちりと理解できるだけの切り札なのだ。
「うおおっしゃらああああっ! 喰ぅらえぇーい!」
ちょっとワザとらし過ぎたかとも思ったが、ともかく大声を上げて意識を俺の方に寄せ付ける。
両手で持った杖をフルスイングする体勢をとって、今すぐにでも振りかぶらんとしたまさにその時、ショタっ子の後ろの影がうごめく。
それを確認した折――
俺は体勢を反らし、正面に向けていた杖を上空彼方に放り投げた。
次の瞬間、公園の上空に眩いばかりのフレアが出現する。
「なんだ⁉ なんのつもり――うわ!」
と――
それと同時にショタっ子のその身が見えない影によって押さえつけられた。
闇がまるで動いたかのように姿は見えない。しかし上空の爆轟の光が、影すらないはずの――その「影」の輪郭を照らし出した。
大きなそれは確実に存在しており、今ショタっ子のその身を覆い被さっている。
その最中で、俺は自分の眼前の地面に両手を付けている。
「うおおおっ! 触手プレイ――触手プレイ――触手プレェェェイッ‼」
またしても本能が先走ってしまった。
でもまあ、結果的には良しだ。むしろその強い情念がイメージの爆発となって、瞬時に俺の体――主に股間――を駆け巡ったのが功を奏した。
手元の地面にある一本のその蔓草が、とんでもない勢いで成長するように膨れ上がり、前方で見えない影に圧し掛かられているショタっ子の元へとすばやく到来した。
「しまった! こんなっ――ぐむ⁉」
蔓はショタっ子を即座に取り込む。
手の指先から足の指先まで、さらには猿ぐつわのように口元までを覆い尽くした。全身を一瞬で簀巻きのようにして捕らえた。
そして、その後ろに大きな闇がでんと座っている。
それは体長4メートルには達する巨大な狼のようでいて、背中に二本の強靭な腕を持っている。
勿論の事、今までステルス迷彩で姿を消していたムクである。
正直、切り札として秘匿してはいたものの、ここまでどういう使い方もできずに放置していた。
存在がバレさえしなければ幾らかの策となるだろうと思っていたが、まさかこうまでドンピシャに事が運ぶとは。
何より、ずっと公園の後ろの方の茂みに隠れていたムクのその忍耐強さというか、命令を殉守する賢さはまさに功労賞もんだ。
うむ。これはもうムクにも俺の嫁認定をあげないとね。
さらに重要なのは、魔術を展開するのには何らかの予備動作が必要となる事。
というより予備動作で魔法陣を展開させる必要がある。――魔法陣を介して、そこから魔法は発動される。
セグナんの場合は空中で印を結び、このショタっ子の場合指を打ち鳴らすといったものだろうか。
つまり今身動き一つできずにもがいているショタっ子は完全に無力化されたというわけだ。
詠唱なしで使える魔法道具などの切り札も、さすがにもう無いらしい。
合図をせずとも、セグナールが素早く駆けつけて印を切り魔方陣を展開した。
そしてあのショタっ子に何らかの処置を施す。
「――ぐむむぅ! むむぐっぅぅ」
必死で何事かを喚いてはいるが、まるで言葉になってない。
やだ、何だかイケナイ事しるみたい。清純な重夫にはちょっと刺激が強いのです。
ショタっ子の体に取り付けられた装置を無力化するには、それなりの時間を要した。
というより、険しい顔付きの様子から察してみても、それがかなりの際どい作業であるのは容易に知れた。
そしてようやく、セグナんは顔を上げて額の汗を拭った。
「よし、これで問題ない。もうこれで、この子の体の縮退炉が稼動する事もあるまい――」
「やった! これで本当に一件落着モフ!」
「わーいわーい。んで、この子これからどうなんの?」
なんかまだ実感持てず棒読みで喜びを表わした後、これからどうすればいいのかがまず思い起こった。
「ああ。次元断絶界を渡ってこられるあの技術などについて、問い出さねばならん事は山ほどある。しばらくは身柄を拘束する事になるだろう」
「その後はどうなんの?」
「無論、我々の世界へと戻す方法を得たら、こちら側の法によってきっちりと裁かれるさ」
「あー、そっかー」
取り敢えず、もうショタっ子の秘密兵器は無力化されたので、発動させっぱだった自身の魔術を操作して口元の蔓を外してやった。
この魔法、結構思い通りに動かせる。これはマジで、数多くの兄弟達が夢に描いてきた触手プレイも遂に現実のものとなるか。
「くそ! ふざけるなよっ……! 何か一つでも喋ると思うのか⁉ お前達の手に落ちるなんて……こんな屈辱はない! 殺せ! 今すぐにだ! どうせ使命を果たせなかったんだ……死ぬ以外にはない! さっさと殺せぇぇっ‼」
はいはい、くっころくっころ。
などとお茶を濁してみたが、声を潰して当たり散らすようなその姿はあまりに悲痛に映った。
そんな姿を見せられたら、心苦しくて堪らんがな。
「えっと、もうテロリスト側には戻れんの? 戻らんの? どっち?」
「はァ⁉ 何を言ってるんだお前!」
「いやだから、全然意味が違ってくるやん。どっちなの? 戻れないの? それとも戻りたくないの?」
「な、何を言ってる……! ……そんなのは……決まっている……」
ショタっ子が言葉を紡ごうとするが、それは消え入る声で以ってカタチを無くした。
もう、その真意を問いただす必要もない。
あんなものを取り付けられ、ただただ状況に抗えなかった。きっと、それだけなのだから。
彼の精神負荷とやら――あるいはその狂信の拠り所であった危険極まりない件の装置が外された今なら、きっともう大丈夫な気がする。
「なるほどなるほど、もう戻りたくはないんやね。おっけい、そんなら解放してあげよう」
「え? な、何言ってるモフか? あ――」
ジョンの間の抜けた声が響いたのに前後して、蔓の拘束力が弱まり、しゅるしゅると解けていった。
いやまあ、解いたんだけどね。
「なっ……? ――いったい何のつもりだこれは⁉」
体が自由になったと判断するや、瞬時に斜め後方へと飛び退いたショタっ子。
キッとした眼で俺をにらみつけながら、腕を突き出して指を鳴らし、あの大型の魔方陣を展開させた。
虚を突かれたような体でいたセグナールも、それに反応するかのようにおそらく攻撃型の魔方陣を展開して警戒の色合いを強くする。
飛び退いたショタっ子から離れた位置でも、ムクが全身を力ませていつでも飛び掛かれる状態だ。
「――重夫くん! 一体何をしているんだ⁉」
「ああ、いや、違うよー。ほら、慣れへん魔法やったから、つい拘束がゆるんでしもたんやー。これは不可抗力なんやー」
「――嘘モフ! いまさっき、『解放する』するとか言ってたモフ!」
「……はて? 自分、そんなん言ってましたっけぇ?」
「言ってたモフ! もう! なに考えてるモフか重夫くん!」
のらりくらりと追求をかわす気でいたが、予想以上に激しいな。うーんと、どうやってごまかせばいいのやら。
重夫っちどチンピ。
「おい! ――どういうつもりだと聞いているんだッ⁉」
「いやー、ほら、俺は別に中央局とか関係ないわけやしさー。敵対の意志がないなら、俺が逮捕の加担する事もないわけで。……まあ、そんな感じ?」
「……重夫くん、そんな道理が通じると思うのか?」
さすがに緊張というか、低く険しい声色がセグナんから聞こえる。
「あ、やっぱ通じない? えー……じゃあ、どうしよ……困ったな」
「もう……! ほんとに君って人間は……!」
「ふざけるなよ――そんな理由でボクを見逃すって言うのか⁉」
「あ、ハイ。そのつもりです」
「――馬鹿にしてるのかッ!」
あふん。こっちは真面目に答えたつもりなのに、やたらと相手の神経を逆撫してまったようだ。
あるある、こういう事。
……え? よくあるよね?
「何という事だ……」
額に手を当てたセグナんが呆れ果てたという表情で頭を振っている。
おかしい。そんなにいけない事だったか。
ここは俺の優しさと器の大きさにみんなが感服して、大団円で終わるとこでしょ? そして改心したショタっ子は俺の嫁になるっていう筋書きちがうの?
そんな事を思案しているとセグナんの体が虹色の光に覆い隠される。どうやら召喚時間のリミットが来たようだ。
あ、これはもしかしなくてもマズイ。
セグナんが居なくなったことで、ショタっ子の攻撃目標が俺へと切り替わる。
うわ、ちょっと待って。
その俺の前にステルス機能を解いたムクが身を盾にするように割り込んできた。そうしてざわっと身じろきをし、警戒するように構え臨んでいる。
だが意外な事に、ショタっ子はその魔方陣を俺達に向けただけで、発動はさせなかった。
ムクに飛び掛かられる前に、術を発動させるぐらい容易いだろう。
けれど、無言のまま見定めるように静止している。
その間に、こげ茶色のネコモドキ姿のセグナんが戻ってきた。
彼はかなり渋い様子で黙りきっている。
さすがにその剣呑な雰囲気に俺の頬を汗が一滴ながれる。
「……」
「あのー、セグナんさん……? ちょっと、怒ってはる?」
「ああ。この形態では、私は魔術能力の10分の一も発揮できんからな。これでは相手を捕まえることすら難しい」
「いや、ちゃうねん。そのなほら、基本的に重夫っちってば博愛の使徒ですやん? 世界に愛を運ぶのが使命ですやん? それにな、敵キャラも改心すれば、可哀相な生い立ち云々でカタがついて無罪放免みたいな空気ってあるですし。これはもう仕方ない次元の話やねんてば」
瞬速の身振り手振りでわたわたと言い訳を上塗りし続ける。
基本重夫っち、こういう風にして生きてきたからね。生き方を変えるには歳を取り過ぎたね。
「……ふっ、全くどうしようもないな君は」
正直、ものすごーく怒られるかと思っていたが、驚いた事にセグナんはそんなおどけた様な呟きをもらした。
「え? セ、セグナールさん?」
驚いたのは無論俺だけでなく、唖然としたジョンも呟きを返す。
「仕方がないよ、リンド殿。事実どうともならん訳だ。今の我々では、こちらに増援も送れない。唯一の手段である召喚魔法も、その使用者が逮捕の協力をはっきりと拒んだのだ。――どうする事もできまい?」
「ええっ! でもそれはまずいモフよ⁉ 後々問題が山のように出てくるモフ!」
「ああ、全く頭の痛い話だ」
ほんとうに偏頭痛にでも悩まされてる様な口調で、セグナールは頭を振った。
しかしそのすぐ後に、ふっとあの柔らかい笑みをもらした雰囲気。
「しかしまあ、ここはどうだろうか? 君が全てを託した人間の――その判断を信じてみては」
「いやでも! ……ああ、もうっ……!」
そう促されたジョンはこの事態によって起こる後処理の煩雑さが目に見えたのか、しばらく頭を抱えて唸っていた。
けれど、観念したように一度肩を落としての溜め息。
「……はあ、分かったモフ……」
「おお!」
まさかこんなにあっさりお許しがでるとは。
さすがはセグナんの兄貴、話が分かるぜ。
それに比べて、まったくジョンってば。
そんな嫌そうに了承してからにもう。
そんなだから娘さんにも嫌われるんだ。――知らんけど。
「――と、そういう事だ。もう我々としては、お前をどうこうできん状態にある」
「か、からかっているのかボクを⁉」
「いや、事実を話しているだけだ。我々の世界での事であれば、こんな馬鹿げた話は有り得んのだがな。残念ながらここは勝手が違うようだ。まあそういった事も起こりうるだろう」
「……本気……なのか?」
「口惜しい事にな」
しばらくの間、鋭い目つきでこちらを直視していたショタっ子だったが、ばしゅっとその魔方陣を解除させた。
そしてこちらに向かって背を見せると一言――
「後悔する事になるぞ」と、そう短く呟いた。
また指を鳴らすという予備動作一つで足元に新しい魔方陣を展開させると、闇夜に浮かび、空間に溶けるようにして消え入った。
――ん?
あれ? 今のちゃんと改心フラグ立ってた?
後でちゃんと俺の元に帰ってくるよね? 大丈夫だよね? いけるよね?
……あー、しまった。
もしくはこれは、ピンチになったら颯爽と現れて「自分以外の奴に倒されるのは云々」とかで加勢してくれる系に行っちゃったかな。
ま、それでもいっか。
宵闇の空に紛れて消えたあの子は――
けれどもきっと、今までよりは心穏やかな日々が送れるはずだろう。
そして願わくば、嘲笑や空虚な……あんな悲壮さからく笑みではなく、これからは気持ちの芯から笑えるようになれればいいと思う。
そんな事を考えてると、俺は吐血した。
「ごふっ! ごふぇ、おうぇっ……! え? 何でこれ……? 何この喉の奥からくる芳しい血のかほりは……? 俺どこかケガしたっけ……?」
そんな俺を随分と冷静な眼で眺めているのはセグナんだ。
いやあのちょっと、説明してもらってもよかですか?
「それはあれだろうな、生命エネルギーの使いすぎによる典型的な内臓疾患の兆候だ」
「……何そのやんヴぁい状態? ちょっ、ちょっと……? セグナん、回復魔法とかって使えへんの?」
「申し訳ないな。今の状態で扱える術程度では、君を完全に治癒はさせてやれないだろう。重夫くん、脅すつもりはないが、早く施設の整った病院で処置を受けないと、場合によっては死に繋がることもあるぞ」
何かもの凄く含むところのある言い方だった。
いや、うん。そらね? わかるけどね?
「しし、重夫くん、大丈夫モフかっ⁉」
「何でよ……さっきまで平気やったのに……ああ、何か目の前……真っ暗になってきたかも……」
「おそらく、戦闘時の興奮作用により一時的に感じていなかったのだろうな」
こんな時でも淡々と語るセグナんの口調が、さらに俺の意識を闇へと引きずりこむ。
ああ、これはちょっといかん。すごく眠たくなってきたね。
ていうか気絶オチ、二度目やん。
そんな事を考えながら、俺は遂にぶっ倒れた。
目覚めたのは病院の個人病室だった。
始め、薄らぼんやりとしかない意識は徐々に覚醒していって、それと同時に考えなくちゃならない事も増えていった。
あの後俺はどうなったのかとか、ジョン達の事とか、公園の空間剥離現象の事とか。
ほんとにもう気になる事というか、やり残した事一杯のまま倒れたせいで、もしかして俺が寝てる間に異世界の事とか公になっていて、世間がとんでもない事になってんじゃないかと心臓に悪かった。
医者の話では、公園内で重体の人がいると通報があり、救急隊が駆けつけると俺だけが倒れていたそうだ。
ちなみに地獄の黙示録のような戦場に選ばれたあの公園だが、どういうわけか一切何ともなっていないそうな。
記憶では地形が変わるぐらいの戦闘があったはずなんだけどな。
まあ、ジョン達がどうにかしたのだろう。相変わらず便利だ。
俺の症状だが、過度の肉体疲労と栄養失調と睡眠不足で体の内側がボロボロになっていたそうな。
どんな生活を送っていたのかと、医者達にきつく質問された。
――魔法って怖ぇ。
それと俺が昏睡している間に、免許証などを検められたのだろう。
実家に連絡が付けられて、目覚めた時には両親が俺の前に揃っていた。
そして長々と説教された。
事態を説明できずに誤魔化すしかなかったわけだから、すごく気まずかった。
そんなこんながあって――
ここに運ばれてからもう3週間の月日が過ぎているらしい。
この頃になると家族が見舞いに来ることもないので、安心して養生できたものだ。
ただ、もう意識を取り戻してからかなり経つというのにジョン達が接触してくる気配はない。
どうしたというのだろうか。
あのショタっ子を逃がしたせいで見限られでもしたか――そんな事も思ったが、そんなワケがないのは短い間の付き合いでもわかる。
いや、あるいは全部が俺の夢だったとかいうありきたりなオチも可能性としては無くはない。
ちょっとだけ不安な夜も過ごした。
実際、右手のブレスレットも壊れてなくなってたわけだし、ほんとに夢だったとしても、どこか納得しそうだから余計にだ。
そして病院での生活も慣れてきたそんな昼下り、ひさしぶりの来客があった。
「おーす、重夫! 久しぶり!」
雅のんだった。
そういや、雅のんもあの時どうかなってたよな。まあ、顔見るまで完全に忘れてたけどね。
てか、変な革命思想に染まってた陰毛ヘアーなどはどうでもいい。
そんな事を思っていると、何故か雅のんがやたらとそわそわし出し、人目を避けるようにカーテンを閉め始め、ドアの前に陣取って人がこないかの確認をしてる。
「何? エロ本? もしかしてエロ本の差し入れでも持ってきてくれたん? そんなんやったら、雅のんのお株急上昇やでほんま」
「バーカ、違げえよ。……よし、じゃあ俺見張ってるからさ、今なら二人とも話して大丈夫だぜ」
「んあ? 誰に向かって喋っとるん?」
その不審すぎる行動に眉をひそめてた俺は、急に目の前の空間がぐにゃりとなった事で腰を抜かしそうになる。
そこに現れたのは、直立二足立ち空中浮遊型愛玩用自律機動兵器ことタレミミネコモドキだ。
それもクリーム色のやつとこげ茶色のやつが二体同時に出現してきた。
「――うおえぇいっ⁉」
「久しぶりモフ、重夫くん」
「驚かせてしまったようで済まない」
「いや、えっ、ちょっ待って……ええっと、雅のーん?」
「おう、どうだ。びびったか?」
唐突すぎる事に頭が混乱し、取り敢えず機密保持のために雅のんを撲殺とかそんな感じでどうにかしようと名前を呼んだところ――
何故か彼が一番ドヤ顔していらっしゃった。
「なんぞー? 一体なんぞー?」
「察しがつくと思うが、こういう事だ。いまだに我々の側と君達の側に影響をもたらす空間剥離現象が収まらずいてな。だが今も我々はあまり大掛かりな行動ができないでいる。そこでどうあっても、こちら側の人間の協力が不可欠なのだ」
「でも重夫くんは意識不明の重体だったしで、仕方がなく彼――雅則くんの力を借りる事にしたんだモフ。幸いというかついでというか、彼に掛けられた洗脳も解かないといけなかったから、都合が良かったモフ。空間剥離現象の修復だけならば、君の言っていた通り、ホントは誰にでも出来る事なんだ」
「あー……そういう事かい」
なるほどね。
テロリストが捕まり事件が一段落した今なら、特に敵に狙われる状況でもなくなったのだろう。
それならば、雅のんみたいな一般人でも事足りるという事か。
だったらやっぱりジョン達が直接やればいいんじゃとも思ったが、まあ、どうせまた厄介な事情が絡んでいるんだろう。
大人な重夫っちはむざむざ突っ込まないであげた。
「へっへっへ、重夫、病床のお前に代わり今は俺が世界の安定を守ってるんだぜ? 感謝しろよ」
「やってることは変なペンキ塗りみたいなんやろ。調子のんな」
「そんな言い方ねぇだろーがよ」
「ていうか、雅のん仕事あるやん」
「そんなに大した頻度じゃなねぇしさ、全然問題なしだぜ。つーかさ、今まで仕事して帰ってくるしかなかった俺が、今は二つの世界のために働いてるんだぜ? なんかこう……燃えるよな!」
「だからやってる事ペンキ塗りやん」
「うっせーな、それで世界が救われるならいいだろ?」
「いやそれよりさ、雅のんあの夜、俺にガトリングレーザーぶっ放してたのって憶えてはる?」
「ああ、話だけは聞かされてるけどな。正直全く覚えてねぇわ」
思わず相手の腹にグーパンを食い込ませてた。
気持ち悪い声を上げてうずくまる天パ。まったく腹立つわ、このエッグプラントフェイスのヘアーオブアンダーヘアーめ。
「いってぇなぁ。しゃーねーだろ? ホントに覚えてねーんだから」
「まあ、ええかー。ほんならしばらくは、俺はゆっくりしてられるいう事ね」
「いや――残念ながら、そういう訳にはいかぬのだ」
「……ええ?」
「あの、重夫くん……大変申し訳ないんだけど、君の事は僕達の世界でも有名になっちゃったんだモフよ。別世界の術者という事で注目を集めてるモフ」
「注目……? 何でそんなんなってんの?」
「ああ、大注目だな。今回の件とはまた違う派閥のテロリスト達まで、この一件で君を危険視し始めている。なんせ、あれだけの一大計画を阻止した張本人なのだ。中央局に組する憎き仇役として、彼らのブラックリストの上位に来ているそうだ。これは名誉なことだぞ、重夫くん? なんせ我が主アレハンドラ様と並んでのランクインなのだからな」
「……言ッテル事ワカラナイ……重夫ワカラナイ…」
「も、申し訳ないモフ――重夫くんっ」
「いや、謝られてもあれなんだけど……つまりどゆ事?」
「これより先、君の命を狙った多様な種類のテロリスト共が、同じく多様な手法で君の暗殺を企むという事だよ。術者冥利に尽きるな、重夫くん」
「……いや、いやいや、いやいやいやいや! 俺、関係ないしね? そっちの世界の問題でしょ? そっちで片付けてくれます?」
「ふむ……その理屈が奴らに通じれば良かったのだがな」
「ひどない? えっ――ひどないそれ?」
言葉の割に残念そうでないセグナんが、なにやらしたり顔で頷いている。
その横でジョンはとにかく困った風でフヨフヨと浮いていた。
「それと、君の魔力適性率の件なのだがな――」
セグナんが相変わらずのマイペースで話を切り替える。
ぶつける不満も華麗にスルーされて不貞腐れ状態なのも、まるで気に留められていない模様。
「今更、魔力適性がどうしたってのさ」
「それがだな、実は今回の事で君の適性率に関して一つの問題が発見された」
「問題とな?」
「隠し立てても意味がない――正直に話すと、君は魔法に関して抜群のセンスを持っているものの、逆に魔力の変換効率が人並み以下の様なのだ」
「……うん、なるほど分からん」
「重夫くん、つまり君は絶大な威力を誇る魔法を苦もなく扱えるけれども、その代わりに消費される生命エネルギーが人の何倍も多いという事モフ。それも限りなく無駄に……」
「過剰なまでに、生命力を魔力に変換する際に生じる抵抗が大きいらしいのだ。それ故、他人が扱っても然程も影響の出ない魔術も、君が用いた場合は致命的な体力の損耗が起こる訳だ。今回の君の容態が何よりの証拠だな」
つまり何だ? MPの消費が他キャラと比べて無駄に多いって事か。
……いや、それただのバグじゃん。
「え? ちょっと待って。重夫っちてばそういうのも含めて優秀やったのと違うん? そういう話じゃなかったけ? なにその後から欠陥が発見されました的な感じ。じゃあつまり? 俺ってやっぱり特別でも何でもなかったって事?」
「そんな事はない。事実として君はかなり特殊なケースに分類される筈だ。ただそれが優秀な術者であるかどうかという点に於いては……まあ何だ、そうでも無かったと結論づけられるな」
セグナールの淡白な声が耳から耳へ抜けていく。
俺の頭ん中は真っ白に染まっていた。
ていうかもう、前提覆ってますやん。
術者としての力量を見込まれてこんな大事件に巻き込まれた言うのに、それもう前提からして引っくり返ってますがな。
「……」
「そういう訳だ。君の魔力変換率の件は、こちらでも何らしかの策を出そう。教え込んだ以上、今更君に魔術を使うなとは言えんのでな。まあ、そう深刻になる事もないが、これからの心積もりはしておいてくれ。では、あまり長居しては病体に障るだろう。我々はここらで引き上げるよ」
「じゃあな重夫、またくんわ」
こちらの意見などはまるで聞きもせず、自分達の用件だけ押し付けて帰ろうとしてる。
病体に障るって、その話の内容のほうがよっぽどやがな。
正直、魔術の事でちょっとだけ得意気になっていた自分がいなくもないワケで、そんな自分の鼻っ柱を見事に圧し折られた気分です。
そうだね。人生そんなに都合よくはいかないよね。――さあ死のう。
しかしセグナんの姿も消え、雅のんも部屋を出て行ったというのに、ジョンだけが相変わらずの困り顔で俺の前に浮いていた。
しばらくして、そんなジョンが口を開く。
「重夫くん、その……言い訳にしか聞こえないと思うけど……この事件の始めに君の事を推薦した時、こんなにも話が大事になるなって思わなかったんだ。だから君の生活を壊してしまって、ただただ申し訳ない」
俯き加減のジョンが俺に近付いてそう頭を下げた。
確かに言っちゃなんだが、全ての原因を作ったのはこのジョンなわけだし。
でも、そうなのだ。
ジョンが俺を選んでくれなかったら、俺は今まで通り狭いアパートで馬鹿みたいな顔して、馬鹿みたいな事を考えて過ごしてしたのだろう。
命の危険があるスリリングな日常と、安全で快適な陰惨な生活。
どっちが良かったかと問われれば、答えはそう易くは出せないだろうが――それでも出会いの数は今の方が多かった。
それだけでも儲けものだろう。
「いやほら、始めに言ったと思うけど、俺みたいな人間一人の力で世界が救えるのなら、こんな安上がりな事はないでしょ? まあ、つまりそういう事だから、あんまり気にせんでも」
「そうモフか。じゃあ僕も、一言だけ言わせてもらうモフ」
そう言葉を区切るジョン。
相変わらず、勿体つけるのが好きだな。
「――君みたいな人間を頼って、僕はこっちの世界へやってきた。その事をどうか忘れないでいて欲しい」
それだけを言うと、ジョンの姿はふっと消えた。
後に残されたのはしんとした病室だけである。
うーん、なんだろう。つまりジョンは何が言いたかったのだろうか?
――と、考えるフリをしてみたが、何となくは分かっていた。
自分の値打ちを決めるのは周りや他人からの評価かもしれない。
でも本当に意味ある価値というものは誰かじゃなく、自分自身で証明し続ける事によってのみ決まるのだという事。
雅のんが閉めていったままのカーテンを開け、明け放した窓のその先を眺める。
ここは前に空間修復に来た林の横にあるあの大病院だ。
町外れという事もあって緑も豊かでそこそこに景色が良い。今日は天気も良いので、遠くの町並みまで見渡せる。
そう言えば、自分の部屋に昼間いる時はカーテンなんか開けなかった。
開ける時はいつも闇があたりを覆い隠してくれる夜間だけだった。
明るい外の世界をわざわざ眺めるなんて、そんな事になんの魅力も感じていなかったのだろう。
おかしな話だ。
今だって親に報告する俺の近況はなんら変わりは無いのに、それでもその外の眩しさが懐かしくて、なんだか程好いのだ。
この世界は限りなく中途半端でグレーな領域にあると思っていた。
でも本当は違った。
中途半端にグレーに見えていたのは、俺がそんなどっち付かずの場所に立って世界を見ていたからだ。
この世界の価値や意義なんかは、自分の足で立って歩いて決めるものなんだ。
まあ――
無理矢理にでもそう思うことにしようか。
そうすればほら、少なくとも日々を退屈せずに過ごせる。在り得ないことが起こるような日常に俺は出会ってしまったワケなのだから、ただ単純にそれが面白いと口にすればいい。
マジカル、ハピネス。
心の在るがままに。
ナースってなんかエロイよね。