俺は優李をこのまま手元に置くつもりなのだろうか。
優李が食卓を立った後、ひとり残った那沙は昨夜見つけた時の優李の様子を思い出していた。あの家に優李を置いておくべきではなかった。もっと早くに助け出すべきだったのだ。希沙良に頼まれていていたとしても、人の世で生まれ育った優李は人の世で暮らすべきだと思い込んでいた。
優李は半妖、希沙良の子であるからいずれは金華猫の一族に返してやるのがいいだろう。本家の大旦那もきっと喜ぶ。だがもう少し、もう少しだけ優李と一緒にいてみたい。この心の揺らぎの理由がわかるまで。そんな少しくらいのわがままなら目をつぶってくれるだろう。
「あ、あの、那沙……」
物思いにふけっていると着替え終わった優李が声をかけてきた。視線を向けるとその姿に驚く。優李は紫陽花の柄が描かれた着物を選んで着ていた。白い肌に淡い紫色がよく似っている。わずかに心が動く。
優李は人間に他ならない。
そう思うと急に心が冷えた。
「用意が出来たら行くぞ」
口にした言葉は思った以上に冷たい響きになる。似合っていると、どうしていえなかったのだろうか。
「はい」
優李を伴って竜王山へ向かい、保守の森へと抜ける。門番の神楽が那沙と優李の姿を見つけてにっと白い歯を見せた。
「よう旦那、なんだよ、やっぱりその娘と連れ添う気になったんだな」
神楽の言葉を聞いて、背中で優李が小さく「え!」と小さく悲鳴を上げる。
神楽のやつめ、つまらない冗談をいうな。
那沙は不機嫌になった。
「安心しろ、神楽の冗談だ。真に受けるな」
「そうですか……そうですよね」
ほっとしたような優李の様子が少し気にかかり、複雑な気持ちになる。
優李は、俺との生活を続ける気があるだろうか。いや、優李の居場所がここであっては困るのだ。俺は、どうしたって人間を好きにはなれないのだから。
「行くぞ優李」
「は、はい、さようなら神楽さん」
「おうおう気をつけてな。それから冗談じゃないぞ、ふたりはけっこううまくいくと思うんだけどなぁ。まあ、ダメなら俺んとこに来いよ優李」
「おまえのところはダメだ」
「なんだよ旦那、やけに心が狭いじゃねぇか」
神楽は時々一言多い。もとより優李を長く手元に置く気はない。金華猫の一族に戻すのが道理だろう。人間嫌いの俺のもとにいるべきではない。だが今のままではいけない。問題なくあやかしの国に溶け込めるよう、少し環境を整えてやる必要がある。
那沙はトコトコと懸命に後ろをついてくる優李を気にかけつつ、視線を上げ抜けるような青空に目を細めた。
優李が食卓を立った後、ひとり残った那沙は昨夜見つけた時の優李の様子を思い出していた。あの家に優李を置いておくべきではなかった。もっと早くに助け出すべきだったのだ。希沙良に頼まれていていたとしても、人の世で生まれ育った優李は人の世で暮らすべきだと思い込んでいた。
優李は半妖、希沙良の子であるからいずれは金華猫の一族に返してやるのがいいだろう。本家の大旦那もきっと喜ぶ。だがもう少し、もう少しだけ優李と一緒にいてみたい。この心の揺らぎの理由がわかるまで。そんな少しくらいのわがままなら目をつぶってくれるだろう。
「あ、あの、那沙……」
物思いにふけっていると着替え終わった優李が声をかけてきた。視線を向けるとその姿に驚く。優李は紫陽花の柄が描かれた着物を選んで着ていた。白い肌に淡い紫色がよく似っている。わずかに心が動く。
優李は人間に他ならない。
そう思うと急に心が冷えた。
「用意が出来たら行くぞ」
口にした言葉は思った以上に冷たい響きになる。似合っていると、どうしていえなかったのだろうか。
「はい」
優李を伴って竜王山へ向かい、保守の森へと抜ける。門番の神楽が那沙と優李の姿を見つけてにっと白い歯を見せた。
「よう旦那、なんだよ、やっぱりその娘と連れ添う気になったんだな」
神楽の言葉を聞いて、背中で優李が小さく「え!」と小さく悲鳴を上げる。
神楽のやつめ、つまらない冗談をいうな。
那沙は不機嫌になった。
「安心しろ、神楽の冗談だ。真に受けるな」
「そうですか……そうですよね」
ほっとしたような優李の様子が少し気にかかり、複雑な気持ちになる。
優李は、俺との生活を続ける気があるだろうか。いや、優李の居場所がここであっては困るのだ。俺は、どうしたって人間を好きにはなれないのだから。
「行くぞ優李」
「は、はい、さようなら神楽さん」
「おうおう気をつけてな。それから冗談じゃないぞ、ふたりはけっこううまくいくと思うんだけどなぁ。まあ、ダメなら俺んとこに来いよ優李」
「おまえのところはダメだ」
「なんだよ旦那、やけに心が狭いじゃねぇか」
神楽は時々一言多い。もとより優李を長く手元に置く気はない。金華猫の一族に戻すのが道理だろう。人間嫌いの俺のもとにいるべきではない。だが今のままではいけない。問題なくあやかしの国に溶け込めるよう、少し環境を整えてやる必要がある。
那沙はトコトコと懸命に後ろをついてくる優李を気にかけつつ、視線を上げ抜けるような青空に目を細めた。