「那沙は大丈夫でしょうか」
 屋敷に残った優李は出かけて行った那沙の身を案じていた。どことなく嫌な予感がするのだ。那沙の身に危険が及ぶことがなければいいと思うばかりだ。
 空調の利いた涼しい洋館の中で、腕があったかい紅茶を入れてくれる。叔父の家にいたころからは考えられない生活だ。宿舎に住んでいたころ、優李が自室として使っていた部屋にはクーラーや扇風機といったものはなかった。
「大丈夫でございますよ、那沙様は強いあやかしなのです。仮に十四眷属の方々、あ、十四眷属というのは、十二支に猫と鼬を加えた一族の方々です。力の強い彼らと相対することになっても負けることはありません」
「そうですよね……あ、あの、私が那沙のためにできることはなにかありませんか」
「そうですね……」
 青みがかった白髪を清潔に整えた老爺は思案する。
「優李様が幸せそうにしていることが、那沙様にとってなによりも嬉しいではないかと思います」
「そんなこと……ここに置いていただけている時点で私は幸せです。腕さんも、いろいろとよくしてくださって、本当にありがとうございます。遙さんにも親切にしていただいて、なんとお礼をいったらよいか」
「私どもに感謝の言葉は必要ありません。私も遙も、優李様が嬉しそうにしている顔が好きなのです。その笑顔がなによりの褒美と申しましょうか……那沙様もきっと同じ気持ちでいらっしゃいます」
「そう、ですか……」
 那沙のために自分にできることはきっとなにもない。そう思うと辛かった。那沙にとって、自分はただ保護する対象でしかない。那沙がいっていた夢というのにもどれほど価値があるのかわからない。自分の気休めのためにそういってくれたのかもしれない。
「あ、あの、腕さん。那沙のことを、教えてもらうことはできますか?」
 思わずそう呟いてから慌てて両手を振る。
「ご、ごめんなさい。やっぱりいいです、変なことを聞いてしまってすみません……」
 老爺は優李に複雑な顔を見せた。
「そうですね……私の口から話せることではないのです。いずれ、必要があれば那沙様が話してくださると思いますが、優李様が気になさるようなことはなにもありません」
「そうですよね、私、那沙の家族でもなんでもない他人なのに、すみません」
「優李様……」
 優李は無理に笑顔を見せた。
「ごちそうさまでした。おやすみなさい腕さん」
「はい、おやすみなさいませ」
 優李はすっかり空になったティーカップを腕に手渡すと自室に戻る。
「どうか、那沙の仕事がうまくいきますように」
 自分にできることはこのくらいしかない。優李が祈るときらきらとした金色の砂が生まれ、空に消えていった。