不規則的な形にいくつも穴の開いたオフホワイトの天井。なんとなく気持ちが悪くて、俺はこの類の天井が苦手だ。
……なんで寝てんだっけ。
視線を僅かに動かして、ここが保健室のベッドの上だと理解した。
……あぁ、バスケしてて……
体を起こそうとして、布団の上に重みを感じる。
「イツキ……。」
傍の椅子に座り、ベッドに顔を突っ伏してイツキが眠っていた。
寝息を立てる、小さな時から何も変わらない寝顔。
「んん……お、コウ、起きたー?」
「うん……。」
「頭、何ともねぇ?」
「うん、大丈夫。」
ふわぁぁと大きなアクビをしてイツキはふにゃふにゃ微笑んだ。
「そか。よかった。つーかコウ、やっぱ熱あるっぽいよ。」
「え?」
「保健のせんせーが言ってた。目ぇ覚めたら今日はもう帰ってって伝えてって。久しぶりだな。コウが熱出すの。前はよく熱出して寝込んでたけど。」
「いつの話だよ。」
「お前だってすぐ俺のガキのころの話するじゃん。」
「「すきやき事件。」」
声がピッタリ揃って、2人で笑う。にゃはは、と猫みたいな顔で笑うイツキが、可愛くて、可愛くて……
ぽろり、涙がこぼれた。
「あれ、……グス…っかしーな……」
ぼろぼろととめどなく流れる。
「やべ、止まんね。」
「はは、やっぱり泣いた。」
「……やっぱり?」
「コウさ、昔っから熱出して寝込むとすーぐ泣いてたろ。」
そう、俺はすぐに熱を出す子供だった。
和室に敷かれた布団に1人で横になっていると、わけもなく悲しい様な淋しい様な気持ちになって、天井を見つめて声も出さずに泣いていた。
そして、そういう時はいつも、イツキが側にいてくれた。
うつるからだめって親達にいくら言われてもイツキはこっそり忍び込み、ふとんに潜り込んできて。
「俺がいるから大丈夫。」
そんな風に言うくせに、寝付きの良いイツキはいつも俺より先にあっという間に先に眠ってしまった。
泣きすぎてジンジン痛む鼻の奥、熱でぼーっとする頭を抱えながら、となりで立てる寝息を聞いていると不思議なくらいに安心して、俺もいつのまにか眠りに落ちた。
次に目が覚めた時にはびっしょり汗をかいていて、熱がすっかり下がっているのを感じる。
傍には真っ赤な顔をしてふぅふぅ荒い息で眠っているイツキ。
案の定、風邪がうつってしまったのだ。
風邪をうつしてしまったことが、弱い自分が情けなくて悔しくて、泣きながらあやまると、イツキはおじちゃんに背負われながら、
「大丈夫!ばかは風邪引かねーから!」
なんて、ピースサインとともに真っ赤な顔をして笑うのだった。
最後にあんな風に熱を出したのは、一緒に眠ったのはいつだっただろう。
「ごめん。」
「ん?」
「ごめん……。」
「なんだよ今さら。コウが泣くとこなんて百万回は見てんだから、気にすんなって。」
ちがうんだ。
ごめん。
イツキ。
俺、お前のこと、めちゃくちゃ好きみたいだ。


「理由とか、聞いてもいいのかな。」
別れてほしいと告げた俺に、俯いたままチサは呟く。
偽りなく話すのがせめてもの償いかもしれない。どのみち、最低な事には変わり無いんだ。
「俺……イツキのことが……好き、かもしれなくて。」
「かも?」
「いや、……うん、かもじゃない。好き、なんだ。」
『イツキのことが好き』初めて口にした。寒くも無いのに、身体中がぶるぶる震える。
「……ごめん、知ってた。」
「……え?」
「コウくんが、いつもイツキくんのこと目で追ってるのも、大切に思ってることも、分かってたよ。コウくんが自分の気持ちにぜーんぜん気がついてないことも。分かってて、付き合おって言ったの。だから、私も悪い。」
「チサは悪くない……悪いのは全部俺。気がすむまで詰ってくれても殴ってくれていい。」
「やだぁ。そんなことしないよ。大昔の漫画みたいなこと言わないで。」
チサはそう言って笑った。
「……ウソ。適当なこと言われてたら一発くらいは殴らせてもらったかも。でもいいよ、本当のこと言ってくれたから。」
「ほんとにごめん。」
「いいってば。もう謝らないで。」
「うん……。」
「そうだなぁ、じゃぁ、一個お願い聞いて。」
「うん。何個でも。」
「一個でいいよ。……明日からも、普通に話してよ。友達として。もし一瞬でも気まずそうな顔とかしたら、その時は殴るからね。私こう見えて空手の黒帯持ってるの。覚悟して。」
「わかった。約束する。」
「ありがと。」
そう言ってほんの少しだけ俯いて微笑むと、つるりとしたチサのおでこに前髪が優しくかかった。
それが苦しいとか思う資格が、俺には無い。