「コウ!!」
教室前の廊下を後ろからバタバタと走ってきたイツキが不満気な声を上げる。
「どーして起こしてくれなかったんだよっ。」
「あぁ……はよ。」
「はよ、じゃねぇよ。遅刻するとこだったじゃねぇか。」
「……すまん。」
「え。どした?」
「何が。」
「いつもだったら、『いい加減自分で起きろー』とかって言うだろ。」
「あー……うん。」
「えぇ、マジでどーしたんだよ。つかすげー顔色悪いじゃん。体調悪い?」
「いや、別に。」
「けど真っ青だぜ?熱は?」
スっとおでこに伸びてきた手を、思わずあからさまに避けてしまう。
「……コウ?」
「大丈夫、だから。」
「……そか。」
俺のせいで行き場をなくした右手が、力なく降ろされる。
俺のせいだ。
ぜんぶ。
俺のせい。

休み時間、ぼんやりと窓の外を眺めていたら中庭にイツキを見つけた。
『榊先輩』と一緒だ。
2人で何か楽しそうに笑い合っている。顔近ぇな……
「お、あれ。榊先輩じゃん。」
近くにいたクラスメイトが言った。
「知ってんの?」
「知ってるっつーか、俺のにいちゃんも3年でさ、有名らしい。」
「有名ってなにが。」
「すっごいらしいよ。いろいろ♡」
「なんだそれ。」
「そりゃそっちしかねぇだろ。いいなぁ〜イツキ、あんな美人と。つか3限目体育じゃん、体育館だっけ?着替えよーぜ。」
「おー……。」

3限に少し遅れて体育館に現れたイツキは体育教師に説教された後、クラスメイトに盛大に揶揄われてバカみたいに大きな口で笑っていた。
イツキのことばかり目で追ってしまって、得意のバスケにも身が入らない。
ジャンプする度、体操着の下から引き締まった筋が覗く。したたる汗すらスローモーションみたいに見えた。
シュートを決め、チームメイトに抱きしめられて頬を寄せ合う。
簡単にさわらせてんじゃねぇよ。バカイツキ。
「コウ!!ボール!!!!」
クラスメイトの声にハッしたのと頭に強い衝撃を感じたのはほとんど同時で、すぐに視界は真っ暗になった。