「コウ君に選んでもらってよかった。さすが学年トップ。」
「お役に立てたなら良かった。」
「うん。ありがと。お礼になんかごちそうするよ。あれ飲みに行こうよ、すっごい盛り盛りのなんとかチーノみたいなやつ。」
「いいよ、お礼なんて。」
「私が飲みたいの。……あれ。向こうにいるの、イツキ君じゃない?」
「え?イツキ?」
道の反対側に目をやると、それは確かにイツキだった。
あいつ今日出掛けるなんて言ってたかな。隣にいるのは……
「榊先輩だ。」
「先輩?」
「うん。軽音部の先輩なの。3年生。」
夕方、チサを最寄駅まで送り届けてから帰宅すると、家の前でばったりイツキに会った。
「よぉ。おかえりー。」
「ただいま……イツキも、おかえり。」
「ただーいま。んじゃ。」
「ちょっ……と、待てよ。」
思わず掴んだ腕は、細いけれど想像よりもずっとしっかりと筋肉がついている。
「なんだよ。」
「イツキ……今日……一緒にいた人、誰。」
「一緒にいた人?」
「いたろ。女子と。昼ごろ、駅前。」
「あー……彼女。」
「は??彼女??お前そんなこと一言も、」
「今日できたの。つーかコウになんでもかんでも話すでもないだろ。」
「そ、れはそうだけど。」
「コウだってチサちゃんがいるじゃん。お互い様でしょ。」
お互い様って、なんだよ、
「手、痛い。」
「あ、ごめ……」
「じゃーな。俺、英語のワークやらねぇと。」
「うん……。」
なんだよそれ、ワークなんて、やったことねぇじゃん。いつも俺のやつ丸写ししてくくせに。
なんなんだよ、彼女って。
なんでそんな泣きそうな顔、してんだよ。
「コウくん。コーくん、……コウ!!」
「へっっ?!ごめ、なに??」
「もう、全然聞いてない。」
ぷんぷん怒ったふりをして笑っているチサが目の前にいた。
放課後の教室に居残って委員会の資料をひたすらホチキスで閉じている間に、意識がどこかへ飛んでしまっていたらしい。
「今週の土曜日、空いてる?って、聞いたの。」
「土曜?……えーと、」
今週の土曜日は、イツキの母ちゃんの誕生日だ。お互いの母親の誕生日にはイツキと2人で花を買いに行く。もう何年もそうしていて……でもあいつ、彼女できたんだよな、じゃぁもう俺なんかとは、、
「コウくん。」
「んぇ?」
「また、ぼーっとしてる。」
「ごめん。」
「ん、いーよ。」
チサは笑い、僅かに首を傾げる様にして頬に落ちた髪を耳にかける。
梅雨はなかなか明けず、教室はどんよりとしていた。なんだかずっと気分が晴れないのは、きっとこの湿った空気のせいだ。
「ちょっと窓開けようか。」
いいわけみたいに立ち上がり、ひんやりしたサッシに手をかけ窓を開けた途端、びゅうと生暖かい風が流れ込み、机の上のプリントを派手に吹き飛ばした。
「やべっっ」
散らばったプリントを2人で拾い集める。最後の1枚に手を伸ばしたとき、同時に手を伸ばしたチサとふと目が合う。
あぁ、母さんたちがよく見てるドラマとかだったら、こんなタイミングでキスするのかな、とどこか冷静に思った。
イツキも彼女と……キスとかするんだろうか。
チサは視線を外して下を向いた。
柔らかそうな髪の毛が目元にかかる。覗いたおでこが少しイツキに似て……
ガタタタッ
「コウくん??」
脚の力が抜け尻餅をつき、ついた拍子に派手な音を立てて机にぶつかった。
「大丈夫??」
チサが驚いて声を上げた。
全然、大丈夫じゃない。
俺、俺今、何、考えた?
その夜は眠れなかった。
そんなわけない、そんなわけない、と何度も頭の中で繰り返した。
けれど
チサなら好きになれるかも、と思ったのは、彼女にイツキの面影を見ていたから……?
ここ数日のモヤモヤの原因を突き詰めれば突き詰める程、理由はそれしか考えられなかった。
俺が?イツキを?
最低だ。
サイテー……。