リビングでは両方の親達とミウがお土産を広げて騒がしくおしゃべりしていた。非日常は終わったのだ。
「おかえり。」
「ただいまー。2人で大丈夫だった?こっちも雨酷かったでしょう。」
「まぁ、うん。てか、帰ってくるの明日じゃなかった?」
「そうそう、明日の夕方の新幹線に乗る予定だったんだけど、あっちの方また雨降るって予報でね。万が一新幹線が止まっちゃったら困るねーなんて話してたらちょうど今日のチケットなら取れるーなんて話になってじゃぁ帰っちゃおうかーって。」
「そうだったんだ。」
「あなたたち、ぜーんぜん電話出ないんだもの。さっき見たら、家の電話も線が抜けてて……なにかあったの?」
驚いた様な顔でイツキがこちらを見る。
もちろん俺が引っこ抜いたのだ。
何度も言うけど絶対ぜったい邪魔されたくなかったんだ。
「掃除機、かけた時引っ掛けたかも。ごめん。」
「無事ならいいのよ。それよりそう!掃除してくれたでしょう!2人で好き勝手やってぐちゃぐちゃかなーって帰ってきたらピッカピカでびっくりしちゃった。ここも廊下もキッチンも!ありがとうね。」
それはさっき俺が雑念を払うために…とは口が裂けても言えない。そしてその後のことも。
「お兄ちゃん、コウちゃん、これお土産!」
ご当地キャラらしいくま?のキーホルダーが掌に乗せられた。くまはまぬけな笑顔でこちらを見ている。
「それ2人色違いなの。おそろい!」
言われてみればカラーリングが微妙に違う。お互いにそれぞれのくまを見比べようとして、とん、と肩が触れ、至近距離で目が合う。
「それでねそれでねコウちゃん、waon.に会ったの!めちゃくちゃかっこよかったんだよ〜!」
嬉しそうなミクの話を「そうなんだ」とか「よかったな」とか適当な相槌を打ちながら、頭の中はイツキのことでいっぱいだった。
甘えた声、熱い視線、汗ばんだ背中、真っ赤になった耳の縁。
今こうしてここに家族といるとそれらが全部夢の中の出来事みたいで、でも確実に抑えきれない激しい体の火照り。
冷静にならなければ。
落ち着こう。
うん。
きっとまた機会はあるさ。
また?いつ?
今すぐ抱きしめて、いやっていうくらいキスしたいのに?

ふいに、服の裾がつんと引っ張られる感覚がした。
視線を向ける。
「コウ……。」
俺にしか聞こえないくらい小さな声でイツキが言い、それをきっかけに俺の中で何かが弾けた。
「……っ、あのさ!!」
急に大きな声を出したので、家族は皆驚いた顔でこちらを見る。
「俺たちちょっと出掛けてくる!」
隣でイツキがびっくりしている気配がする。きっと目をまん丸にしているのは見なくても分かる。
「今から?」
母さんが言った。
「どこに?」
イツキの母さんも言った。
「どこって、それは……」
言い淀んでしまった俺の手を、イツキがぎゅうと握り、
「自由研究!!」
今度は子供の発表会みたいに大きな声でイツキが言った。
「自由研究?」
家族は一様にきょとんとする。
「ふっ、あははははっ、、そう、自由研究。俺たち今すぐ行かないとなんだ。ほんと今すぐ、大至急。イツキ、準備しよう。」
「ははっ、おっけー!」
イツキも可笑しそうにケラケラ笑って、2人で階段を駆け上がる。

必要なものをリュックに詰め込んで、またバタバタと駆け降りた。
依然呆気に取られている家族に明日には戻ると告げる。
「ミウ、これやるよ。」
「えっ、これ限定のだ!いいの??」
秘密ミッションで手に入れたアニメキャラのグッズはミウの気に入った様だ。ぴょんぴょん躍び跳ねて喜ぶ様子はイツキにそっくりの天使。
「んじゃ、いーこにしてろよ。」
「はーい。いってらっしゃーい。」
玄関で競争するみたいにスニーカーを履く。ふざけて肩が何度も当たり、その度ゲラゲラと笑いが止まらず、足が絡れて転びそうになるのをまた互いに支え合ってまた笑う。
「「いってきまーす!!!」」


「ママ、高校生でも自由研究ってあるの?」
「どうかしら。」
「まぁ、いいんじゃない?夏休みだしね。」