玄関の扉がガチャリと閉まるなり、夢中でキスをした。
息遣いはすぐに荒くなって、あっというまに呼吸困難に陥る。
「コウ……っ、、」
切ない声が鼓膜をジンジンと震わせた。
ぬらりと光る唇にもっとと吸い付く。懸命に応えようとしてくれる唇や舌が可愛くて、たまらず髪に触れるとイツキは体をビクつかせた。
「や……っ」
「イツキ……?」
「やだ、髪、なん、か……ゾクゾクする、」
「髪?」
優しく掻き分けるようにして地肌に触れる。
「ひゃぁっ……っ、ごめ…変な声、出る。」
「変じゃない。可愛い。」
そのまま耳の縁をするするとなぞる。半袖のTシャツから伸びたイツキの二の腕に鳥肌が立った。
「気持ち悪い?」
「ちがっ、気持ち、いい……」
「へっ」
「えっ、ぁ、違う、そうじゃ無くて、ちがう、えと、」
「お前どんだけかわいーんだよ。」
ぎゅうぎゅう抱きしめると、イツキも同じくらい強く抱きしめ返してくれる。
「またそーやってバカにする。。」
「してねーよ。ごめん、ちょい我慢できなかった。」
「ん。俺も……。」
「シャワー浴びよっか。」
「コウ、先いいよ。」
「イツキ先いいよ。汗かいたろ。」
「……俺、じゅ、準備とかあるから。」
「……っ!そうか。……。」
「なんだよ。」
「いや、なんつーか……えろいな。」
「ばか!!想像すんなっっ!」
「ごめんごめんごめんごめんごめん」

買ってきたカップラーメンを魔法の箱に仕舞い込みながらイツキを待った。
先にシャワーを終えて少しは冷静になれるかと思ったけれど焼け石に水とはこのことで、脳内は隅から隅まで煩悩に塗れている。
気づいた時にはキッチンのシンクをピカピカに磨き終えていた。うぅ、落ち着かない。

「なにやってんの?」
イツキが戻ってきた時、俺はリビングに掃除機をかけていた。
「……掃除。」
「そりゃ見れば分かるけど。ははっ、やべぇ力抜ける。何してんだよ。掃除機て。あはは」
いつも通りの笑顔に、笑い声に、胸の奥がきゅうとなる。
俺が掃除機を片付けている間に、イツキはグラスを2つ出し梅ジュースを入れる。氷がカラカラと涼しげに鳴った。
俺とは正反対の落ち着いたゆっくりとした動作。神々しくすら見える。肝が据わってるんだ。それに比べて俺はなんて情けない。
「どーぞ。」
「さんきゅ。」
手渡されたグラスを受け取り、口をつける。ひんやりと爽やかな液体が喉を通っていく感覚に意識を集中させると心が少しだけ鎮まる気がした。
ふと見ると、イツキのグラスは既に空になっていた。余程喉が渇いていたのだろう。一気に飲み干したらしい。
追いかけるように胃に流し込む。あ、こういうとこがカッコ悪いんだよな、俺は。
「かして。片付けてくる。」
イツキのグラスに手を伸ばし、受け取ろうとした瞬間、とん、と指と指が触れた。
「……っ!!」
イツキは手を滑らせ、グラスは俺の目の前をスローモーションの様に落ちていった
「ぅおぁっっっ」
が、既のところでキャッチしたので、グラスが粉々になる事は無かった。
「っっぶね〜〜……俺の反射神経素晴らしいな??」
「……。」
「イツキ?」
「……。」
「どした?」
何も喋らず、背けたままのイツキの顔を覗き込む。
「……っ、イツキ……」
イツキの頬は薔薇色に染まり、汗ばんで、瞳は潤み今にも零れ落ちそうな程切羽詰まっていた。
余裕なんかあるわけ無い。
喋らないんじゃない、喋れないんだ。何か一言でも発してしまったら、きっともう一秒も待てなくなってしまう。
濡れた前髪を手でかきあげる間中、イツキは俺を痛いくらいに見つめた。
「コウ……俺、もう……」
「ん、上、行こっか。」
こくんと頷いた時に見えたつむじが、幼い頃に見たそれの記憶と重なって俺は酷く混乱するのだった。