煌々と明かりの付いた玄関で泣き腫らした顔が晒されると、イツキは気恥ずかしそうに下を向いた。
「ちょいシャワー、浴びてくる。汗かいちった。」
そう言って解かれそうになった指を引き留めるようにそっと握る。
「イツキ。」
「大丈夫。もう逃げねぇよ。」
「……待ってる。」
「ん。」
浴室から聞こえる水音を聞きながら、キッチンの後片付けをする。
出かける前に洗った食器をふきんで拭いて食器棚に戻した。
部活のバッグから弁当箱を取り出して洗っていると、ほかほかになったイツキがペタペタと歩いてきて隣に立つ。
「さっぱりした?」
「うん。」
「弁当、ありがとな。すげーうまかった。」
「うん。」
とん。イツキが俺の肩に寄りかかる。
弁当箱を洗い上げ水切りカゴに立て、タオルで手を拭く間もイツキは俺にぺたりとくっついたままだ。
向き直り両手を広げてみせると、イツキはすっぽりと腕の中に収まった。
待て。
かわいい。
心臓が死ぬほどドキドキしているのはバレバレだろう。けどそれはお互い様だ。
「俺夢見てる?」
「ばーか。……逃げないって言ったじゃん。」
「目、腫れてる。」
「コウが泣かせるからだろ。喉もカラカラ。」
「梅のやつ飲む?」
「飲む!」
開戸から梅ジュースのずっしりと重い瓶を取り出した。
裏の家から毎年お裾分けで貰う梅の実を仕込むのは小さな頃からの俺たちの仕事だ。今年もよくできている。
とろりとした液体をグラスに注ぎ、氷をたっぷり入れ、水で割ってよくかき混ぜる。
「はい。」
クッションを抱えてソファにちょこんと座って待っていたイツキに手渡した。
「さんきゅ。」
梅ジュースを飲むイツキの喉仏がこくんこくんと上下する様子に、自然と視線が吸い寄せられてしまう。
「見過ぎ。」
「あ。ごめん。」
「ふ。いーよ。謝んなくて。」
「……なぁイツキ、俺、俺たち、さ、お互いのことなんでも分かってるって思ってただろ。たぶん、ほんとそうなんだけど、でも、知らないこともいっぱいあるよな。」
「うん。そういうのって言葉にしないと伝わんないんだな。やっぱり。」
すげーこわい。でも。
「となり、座っていい?」
「どーぞ。……チサちゃんと、付き合ってないって、ほんと?」
「うん。付き合って、すぐ別れた。って、……言わなくて、ごめん。」
「ううん、俺だって、言わないし。」
「うん……。」
「そっか。そうだったんだ……。」
「ん……。俺さ、もう分かってると思うけど、改めてっつーか、ちゃんと言葉にさせてもらうと、俺が本当に一緒にいたいって思うのは、……っ、」
やばい。
こんなに緊張するものなのか。
喉が潰れたみたいだ。声が出ない。苦しい。
両手で握りしめるように持っていた梅ジュースをぐいと一気に飲み干す。
「俺はっ、イツキのことが」
ふいに、イツキが俺の肩にもたれかかる。
「イツキっ??」
触れた部分から体がビリビリ痺れた。

すぅ……
「……へ?」
すぅ、すぅ……。。。
え、寝て……
強張っていた身体の力が一気に抜ける。
「ふ。このタイミングで寝るかよ。」
……あぁでもそっか。今朝、早起きしてくれたんだもんな。それにあんなに泣いたら、、
俺の肩ですっかり安心しきった顔で眠るイツキが可愛いくて愛しくてたまらない。
赤くなった目元に胸が締め付けられ、指でそっと撫でた。
ひとつひとつだ。ゆっくり、答え合わせするみたいに気持ちを確かめ合って、伝えよう。
今にも落ちそうになっていたグラスをそっとイツキの手から外す。
空のグラスをそばのテーブルに自分のと一緒に並べ、さらに手を伸ばしてタオルケットを引き寄せた。
肩にかけてやると、イツキはむにゃむにゃと何か言う。
こんな風に1つのタオルケットを2人で腹にかけて並んで寝ている写真がアルバムのどこかにあったな、あれはどちらの家のアルバムだっただろうなどと考えながら、俺もいつのまにか眠りに落ちていたのだった。