「コウー!」
「わり、待った?」
「ぜんぜん。ゲームしてたし。ほら、激レア出た!」
「ガチ?いいな、それ編成したらすげー強……イツキ醤油は?」
「あっ忘れた。」
「ふはっ、お前なにしにきたんだよ。」
「ガチャ引きに?」
「学校まで?」
ほんとばかかわいい。髪をくしゃくしゃ撫で回すと、イツキはくすぐったそうに笑った。
激レアねこが出てよっぽど嬉しかったんだろう、ご機嫌なイツキを自転車の後ろにのせてグンと漕ぎ出し、学校の前の坂道をどんどん下る。夕方とはいえしっかりと暑いが、頬に当たる風は心地良い。
「きもちーな。」
うしろで鼻歌でも歌うみたいにイツキが言った。
かわいいな。好きだな。
気持ちが溢れ、溢れたついでに、少しの可能性すら、感じてしまう。
仲の良い幼馴染以上の何かを、俺だけじゃなくて、もしかして。
イツキにも100万分の1くらいはそういう気持ちがあったらいい。全くの希望的観測。
ないけどさ。わかってる。
でも寝坊のイツキが早起きして弁当作ってくれるとか、こんなふうに迎えに来てくれるとか。
うしろから聞こえるイツキの鼻歌、を通り越した大熱唱をBGMに、自転車のペダルと同じくらい俺の思考はぐるぐるぐるぐる回る。

と、道の向こうで手を振る影が見えた。
「コウー!」
サクマだ。ほかの部活の仲間と、サッカー部と、あ、ミズキたちもいる。
「やっほー!」
俺の代わりにイツキが手を振って応えた。
「イツキじゃーん!なにしてんのー?」
「コウ迎えに来たー!」
「そーなんだー!」
ふふ、道のあっちとこっちから、2人ともでけぇ声。
「コウー!デートはー?」
サクマが叫ぶ様に言った。
だからデートじゃないっつーの。
「ちがうって言ったろー!」
ちょうど走ってきたトラックにかき消され、俺の声が届いたのかどうだか定かではないが、大きく手を振り合って別れた。
気を取り直してペダルを踏む。

「俺さ、この前ミウが食べてた練乳が入ってるアイスにしようかな。あれうまそうだった。イツキはー?」
「あーあれなー。……なぁ、今日、デート?だったの?」
「へ?あぁ、ちげーよ。」
まったくサクマめ。前言撤回。あいつはしっかり悪いやつだ。いらんこと言いやがって。
「チサちゃんと?」
「しないって。てかさ……なんか言いそびれてたっつーか……あれなんだけど……俺、チサとはもう付き合ってねーから。」
「ええっっ??」
走行中の自転車からイツキが飛び降りた。
「ぅおっっぁっぶね!!なにしてんだよ??」
ブレーキを握りしめ振り向くと、呆然、と言った顔でイツキが立ち尽くしている。
「なに??どうした??」
「いつ??」
「いつ……って、別れたの?結構前。」
「……んな、だってそんなこと一言も言ってなかったじゃん。」
「だって別に……付き合う事になったときだって、イツキ別にそんなキョーミなさそうだったし……イツキだって、誰と付き合ったとか別れたとか、その度俺に話したりしないだろ。」
「それとこれとは……っ」
「ちがわねーよ。つか、なんでそんなびっくりしてんの?」
「だって俺……いや、うん……え、じゃぁ今彼女、とかは。」
「いないよ。今っつーかチサと別れてからはずっと。誰とも付き合ってない。」
それから家に帰るまで、なにを話しかけてもイツキは心ここに在らずといった感じで、「あぁ、」とか「うん」とか生返事をするばかりだった。