イツキが隣に引っ越してきたのは、俺が1歳の頃らしい。
母親同士がそれはまぁ仲良くなって、俺たちはお互いの家を行き来しあって育てられた。
俺なんて幼稚園に上がるまでイツキを本当の兄弟だと思っていたくらいだ。
そういえば、兄弟じゃないって気が付いたのはどうしてだったんだっけな。気づいた時とてもショックを受けたことだけはよく覚えている。
幼稚園、小学校、中学、高校。今日まで全部一緒。
互いの家のアルバムを交換しても、たぶん誰も気が付かない。俺の思い出の中には全部イツキがいるし、イツキの思い出の中にも俺がいると思う。
とにかく俺たちはばかみたいにいつもいつも一緒にいた。
高校に入ってにょきにょき背が伸びたら、俺は急に女子に告白されるようになった。
毎日の様に呼び出されたり机やら下駄箱に手紙を入れられたり、断って泣かれたりそのことでひそひそと噂になったりするのも精神的にキツくなっていた頃、この子となら、と付き合ったのがチサだった。
チサとは委員会が一緒で、話しやすくて、いい奴で。
その日、委員会が終わって帰ろうとする俺にチサは
「私と付き合う?」
と言った。
俺が度重なる告白に困惑していることをチサは知っていて、彼女ができればそういうこともなくなるんじゃない?と。
今までにも同じような事を言ってくる子はいたけれど全部断っていた。少しの気持ちも無くそんな理由で付き合うのは不誠実だと思ったから。
だけどこの時は、チサも俺と同じ様な目に合っていたことと、そしてチサならもしかしたら好きになれるかも、と少しだけ思ったんだ。
なぜ、チサなら、と思ったのか。その理由に気がついた俺は自己嫌悪で吐きそうになるのだけど、それはまだ少し後のことだ。
「じゃぁ、よろしく。また明日。」
チサはそう言っていつもと変わらない様子で帰っていった。
教室に戻るとイツキが俺の机に伏せて眠っていた。
「イツキ。」
「んぁ?……コウ……」
猫みたいに伸びをしてふあぁとアクビをする。
「ははっ、でけぇ口。」
「んん〜……おっせぇよぉ…」
「ごめんごめん。帰ろ。」
「おぉ。今日夕飯コウんちだよな?」
「うん。親戚から良い肉届いたんだって。すきやき。」
「まじか、よっし、帰ろ帰ろ。」
「肉食い過ぎてまた寝込むなよ。」
「またっていつの話してんだよ。小3の時の話だろ〜。」
「あれそんな前か。」
「そーだよ、なのにすきやきの度にうちのかーちゃんにもコウんちのかーちゃんにも言われてさー。」
「一生言われるよ、たぶん。」
「うげ。」
「そうだ、あのさ、イツキ。」
「んー?」
「俺、彼女できた。」
「……へ?」
「彼女。付き合う事になった。チサと。」
「……ふーん。」
「ふーんて。そんだけかよ。」
「なに、おめでとうとでも言えばいいわけ?」
「いや、わかんねーけど。」
「おめでと。」
「……おぅ。」
「ほら、変な感じになるじゃん。帰ろーぜ。肉にく。」
イツキになんて言って欲しかったのか俺には分からなかった。ただ何かが引っかかったように胸が苦しくなって、むかむかして……。
この夜、イツキは腹痛だとかで食卓に現れず、俺は俺で高級な肉に胃が追いつかないのかなんだかあまり食べられなかった。
心配もそこそこに、あの時は寝込むほど食べたのにねぇとお互いの親は笑い合い、俺は笑う大人達を眺めながら、きっと今日のことも一生の語り種になるのだろうなとぼんやり思った。
母親同士がそれはまぁ仲良くなって、俺たちはお互いの家を行き来しあって育てられた。
俺なんて幼稚園に上がるまでイツキを本当の兄弟だと思っていたくらいだ。
そういえば、兄弟じゃないって気が付いたのはどうしてだったんだっけな。気づいた時とてもショックを受けたことだけはよく覚えている。
幼稚園、小学校、中学、高校。今日まで全部一緒。
互いの家のアルバムを交換しても、たぶん誰も気が付かない。俺の思い出の中には全部イツキがいるし、イツキの思い出の中にも俺がいると思う。
とにかく俺たちはばかみたいにいつもいつも一緒にいた。
高校に入ってにょきにょき背が伸びたら、俺は急に女子に告白されるようになった。
毎日の様に呼び出されたり机やら下駄箱に手紙を入れられたり、断って泣かれたりそのことでひそひそと噂になったりするのも精神的にキツくなっていた頃、この子となら、と付き合ったのがチサだった。
チサとは委員会が一緒で、話しやすくて、いい奴で。
その日、委員会が終わって帰ろうとする俺にチサは
「私と付き合う?」
と言った。
俺が度重なる告白に困惑していることをチサは知っていて、彼女ができればそういうこともなくなるんじゃない?と。
今までにも同じような事を言ってくる子はいたけれど全部断っていた。少しの気持ちも無くそんな理由で付き合うのは不誠実だと思ったから。
だけどこの時は、チサも俺と同じ様な目に合っていたことと、そしてチサならもしかしたら好きになれるかも、と少しだけ思ったんだ。
なぜ、チサなら、と思ったのか。その理由に気がついた俺は自己嫌悪で吐きそうになるのだけど、それはまだ少し後のことだ。
「じゃぁ、よろしく。また明日。」
チサはそう言っていつもと変わらない様子で帰っていった。
教室に戻るとイツキが俺の机に伏せて眠っていた。
「イツキ。」
「んぁ?……コウ……」
猫みたいに伸びをしてふあぁとアクビをする。
「ははっ、でけぇ口。」
「んん〜……おっせぇよぉ…」
「ごめんごめん。帰ろ。」
「おぉ。今日夕飯コウんちだよな?」
「うん。親戚から良い肉届いたんだって。すきやき。」
「まじか、よっし、帰ろ帰ろ。」
「肉食い過ぎてまた寝込むなよ。」
「またっていつの話してんだよ。小3の時の話だろ〜。」
「あれそんな前か。」
「そーだよ、なのにすきやきの度にうちのかーちゃんにもコウんちのかーちゃんにも言われてさー。」
「一生言われるよ、たぶん。」
「うげ。」
「そうだ、あのさ、イツキ。」
「んー?」
「俺、彼女できた。」
「……へ?」
「彼女。付き合う事になった。チサと。」
「……ふーん。」
「ふーんて。そんだけかよ。」
「なに、おめでとうとでも言えばいいわけ?」
「いや、わかんねーけど。」
「おめでと。」
「……おぅ。」
「ほら、変な感じになるじゃん。帰ろーぜ。肉にく。」
イツキになんて言って欲しかったのか俺には分からなかった。ただ何かが引っかかったように胸が苦しくなって、むかむかして……。
この夜、イツキは腹痛だとかで食卓に現れず、俺は俺で高級な肉に胃が追いつかないのかなんだかあまり食べられなかった。
心配もそこそこに、あの時は寝込むほど食べたのにねぇとお互いの親は笑い合い、俺は笑う大人達を眺めながら、きっと今日のことも一生の語り種になるのだろうなとぼんやり思った。